49 / 240
1部 ヤギと奇跡の器
第47話 審判(アシュレイ視点)
しおりを挟む
父の脈が弱くなっている。昨日帰るなり使用人にそう告げられ、バタバタと一夜を過ごした。朝には予告通りブラウアー兄弟が迎えに来てくれ、馬車の中で仮眠させてもらう。
父がこの世を去る、それを受け入れることを阻むかのように様々なことが襲いかかる。
しかしそんな目まぐるしく変化する状況とは一転、処分が下れる審判の儀は恐ろしく長かった。メルヒャー卿から薬物を買い受けた貴族が多かったのだ。
昨日の査問とは違い、今日はいつも官吏が集う朝政のための宮殿に王も赴き、そこで処分を公表していた。官吏はもちろん貴族が集められ、この公表そのものが公開処刑の様相を呈している。
貴族の処分は様々だった。自分の快楽に使うもの、それを売って財をなそうとしたもの、中には病気の痛みを和らげるために薬物を購入していたものがいた。それぞれの罪に見合う処分がされていく。しかしこれで午前が終了してしまった。
昼に赤絨毯の回廊でブラウアー兄弟と落ち合う。彼らもさっきまでの儀に参加しており、昼にはここで落ち合う約束をしていた。
「しかし長いな……アシュレイ、父君の容体が急変したら、ここへ早馬を出すようにしてある」
「ルーク、ジル、ありがとう」
俺はそう言いながらも、他人の処分を聞きながら思ったことがあった。父はこのまま俺の凋落を知らずに死んだほうが幸せなのではないかと。
「アシュレイ!」
唐突なジルの大声に俺はおろか、ルークも驚いて身を縮めた。
「父君は、どんなお前でもかわいいと思っている! お前がそばにいてやらなければならない!」
ジルは、少し震えていた。大声を出したからだけではない。
「ジル、お前にはいつも奮い立たされてばかりだな。なるようになったら、また夜営でお前らと馬鹿騒ぎをしたい。今はそれが本心だよ」
ジルはなにも答えなかった。ルークはジルの肩を抱いて、胸を叩く。だからこれ以上俺もジルになにも求めなかった。
午後、宮殿内は少し人が減った。午前に処分を下された者やその家族が退場したからだ。
午後1番にメルヒャー卿の処分が公示された。内容は薬物の流通に留まらない惨たらしいものだった。
「貴公は、塔の管理を職務に際し、発情作用と幻覚作用のある極めて有毒な薬物を用い、生贄の職務にあたる青年2人を凌辱し、その苦悩により衰弱した青年を死に至らしめた。塔の管理離任後は職務で知り得た人脈に独自の流通経路で有毒で依存性の高い薬物を売買し……」
長い公示文を読み上げられるなか、俺はひとつ違和感を覚える。ルイスに聞いた話によれば、ノアは塔に入ってすぐの時に悪魔を見たと言っていたのだ。幻覚作用で見たというのであれば時系列に辻褄が合わない。
「よってヘンゼル=メルヒャー、貴公を極刑に処す」
読み上げられた罪状に宮殿内にどよめきが広がる。今までで一番重い量刑だったからだ。口々に様々な意見が貴族や官吏の間で飛び交う。その中で一際大きい声が響いた。
「庸人を殺したくらいで極刑とは……!」
その時、今まで居るか居ないのかもわからなかった王が、その帳を揺らした。
「今発言したものを捕えよ」
発言したと思しき貴族が泡を食って扉に走り出したところを衛兵が捕らえた。
衛兵が貴族を両脇から抱えると、王の座る玉座までの人が左右に割れ、王の声がそこを通り抜けた。
「貴様は、魔人は庸人を殺しても罪に問われないとでも思っているのか?」
「い、い、いいえ! しかし!」
「魔人同士ならどうだ? それに比べ刑がそぐわないと思うのは、魔人と庸人に違いがあるとでも思っているからであろう」
「しかし! こ、この国は! よ、庸人の差別を逃れできた国でございます! 庸人に恨みがない人間などこの国のどこにおりますか?」
「貴様は二百年、生きているのか?」
「い、いいえ……」
「この国にいる庸人は魔人の子であり、伴侶であり、親である。例え国境がなくともそれは全くなにも変わらない、真実だ。お前は誰からも産み落とされなかったのか?」
宮殿中が静まり返った。貴族が王に言い放った言葉は誰の胸にも心当たりがある感情だったからだ。
「軍でいえば体格の勝る魔人が有利であろう。しかし、文官に魔人しかおらんのは貴様等の利己によるものだ! 人に上も下もない! 今日この日の宥免は、貴様等への敵意だということを忘れるな! 下がれ!」
王の唐突な激昂に宮殿内の雰囲気が変わった。どの魔人も無意識に抱いた差別を叱責され、王がそれに敵意を向けていることを認識したのだ。
先の貴族が宮殿から出されるなか、極刑に処されたメルヒャー卿は立たされていたところから動けずにいた。今の王の激昂で陳情を述べようにも申し開きができないと感じたのだろう。
そこに俺の名が読み上げられた。
父がこの世を去る、それを受け入れることを阻むかのように様々なことが襲いかかる。
しかしそんな目まぐるしく変化する状況とは一転、処分が下れる審判の儀は恐ろしく長かった。メルヒャー卿から薬物を買い受けた貴族が多かったのだ。
昨日の査問とは違い、今日はいつも官吏が集う朝政のための宮殿に王も赴き、そこで処分を公表していた。官吏はもちろん貴族が集められ、この公表そのものが公開処刑の様相を呈している。
貴族の処分は様々だった。自分の快楽に使うもの、それを売って財をなそうとしたもの、中には病気の痛みを和らげるために薬物を購入していたものがいた。それぞれの罪に見合う処分がされていく。しかしこれで午前が終了してしまった。
昼に赤絨毯の回廊でブラウアー兄弟と落ち合う。彼らもさっきまでの儀に参加しており、昼にはここで落ち合う約束をしていた。
「しかし長いな……アシュレイ、父君の容体が急変したら、ここへ早馬を出すようにしてある」
「ルーク、ジル、ありがとう」
俺はそう言いながらも、他人の処分を聞きながら思ったことがあった。父はこのまま俺の凋落を知らずに死んだほうが幸せなのではないかと。
「アシュレイ!」
唐突なジルの大声に俺はおろか、ルークも驚いて身を縮めた。
「父君は、どんなお前でもかわいいと思っている! お前がそばにいてやらなければならない!」
ジルは、少し震えていた。大声を出したからだけではない。
「ジル、お前にはいつも奮い立たされてばかりだな。なるようになったら、また夜営でお前らと馬鹿騒ぎをしたい。今はそれが本心だよ」
ジルはなにも答えなかった。ルークはジルの肩を抱いて、胸を叩く。だからこれ以上俺もジルになにも求めなかった。
午後、宮殿内は少し人が減った。午前に処分を下された者やその家族が退場したからだ。
午後1番にメルヒャー卿の処分が公示された。内容は薬物の流通に留まらない惨たらしいものだった。
「貴公は、塔の管理を職務に際し、発情作用と幻覚作用のある極めて有毒な薬物を用い、生贄の職務にあたる青年2人を凌辱し、その苦悩により衰弱した青年を死に至らしめた。塔の管理離任後は職務で知り得た人脈に独自の流通経路で有毒で依存性の高い薬物を売買し……」
長い公示文を読み上げられるなか、俺はひとつ違和感を覚える。ルイスに聞いた話によれば、ノアは塔に入ってすぐの時に悪魔を見たと言っていたのだ。幻覚作用で見たというのであれば時系列に辻褄が合わない。
「よってヘンゼル=メルヒャー、貴公を極刑に処す」
読み上げられた罪状に宮殿内にどよめきが広がる。今までで一番重い量刑だったからだ。口々に様々な意見が貴族や官吏の間で飛び交う。その中で一際大きい声が響いた。
「庸人を殺したくらいで極刑とは……!」
その時、今まで居るか居ないのかもわからなかった王が、その帳を揺らした。
「今発言したものを捕えよ」
発言したと思しき貴族が泡を食って扉に走り出したところを衛兵が捕らえた。
衛兵が貴族を両脇から抱えると、王の座る玉座までの人が左右に割れ、王の声がそこを通り抜けた。
「貴様は、魔人は庸人を殺しても罪に問われないとでも思っているのか?」
「い、い、いいえ! しかし!」
「魔人同士ならどうだ? それに比べ刑がそぐわないと思うのは、魔人と庸人に違いがあるとでも思っているからであろう」
「しかし! こ、この国は! よ、庸人の差別を逃れできた国でございます! 庸人に恨みがない人間などこの国のどこにおりますか?」
「貴様は二百年、生きているのか?」
「い、いいえ……」
「この国にいる庸人は魔人の子であり、伴侶であり、親である。例え国境がなくともそれは全くなにも変わらない、真実だ。お前は誰からも産み落とされなかったのか?」
宮殿中が静まり返った。貴族が王に言い放った言葉は誰の胸にも心当たりがある感情だったからだ。
「軍でいえば体格の勝る魔人が有利であろう。しかし、文官に魔人しかおらんのは貴様等の利己によるものだ! 人に上も下もない! 今日この日の宥免は、貴様等への敵意だということを忘れるな! 下がれ!」
王の唐突な激昂に宮殿内の雰囲気が変わった。どの魔人も無意識に抱いた差別を叱責され、王がそれに敵意を向けていることを認識したのだ。
先の貴族が宮殿から出されるなか、極刑に処されたメルヒャー卿は立たされていたところから動けずにいた。今の王の激昂で陳情を述べようにも申し開きができないと感じたのだろう。
そこに俺の名が読み上げられた。
0
お気に入りに追加
491
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる