特殊スキル「安産」で異世界を渡り歩く方法

凪瀬夜霧

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【アフターストーリー】スキル安産 おかわり!

おまけ9 同郷の旅人

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 シーグルと一緒に初めて国を離れて人族の国を旅していた。野営して料理をして、一緒に星を見て遊ぶのは本当にキャンプみたいだ。
 そんな旅も折り返し。俺達は竜の国に戻るための峠越え、その一歩手前にキャンプを張った。

「母上、今日は何を作るんですか?」
「今日はカレーを作るよ」

 そう言って俺はマジックバッグから大きな鍋を取り出して食材を出した。玉葱、人参、ジャガイモ、肉。この旅ではシーグルも一緒に料理をしようと思って、出来合いの物は入れないようにした。だから旅の間、野営の時は一緒に作っている。
 シーグルはユーリスに似てあまり料理が得意じゃないみたいだ。剣を握らせれば強いのに包丁を持たせたら途端に不器用になって、ジャガイモがとっても小さくなったのには笑ってしまった。
 それでもこの旅でそれなりに上手になってきた。包丁は苦手だから野菜を洗って鍋をかき混ぜると、ちょっとションボリしていた時にはいじらしい感じがした。

「マコト、テントとタープの周りには結界を張った」
「有り難う」
「良い匂いだな。カレーか」
「うん」

 材料を見てユーリスは楽しみという顔をしている。ジャガイモの皮むきをする俺の隣ではシーグルが人参の皮と格闘している。頑張れ。
 そんなこんなで夕食作りをしていると、不意にユーリスが顔を上げて周囲を警戒する。鋭いその視線に、俺も少し強ばった顔をした。

「どうしたの?」
「まだ少し遠いが、モンスターの気配だ」
「え!」

 俺はビクリと体を震わせる。シーグルも凜々しい顔をしてユーリスの前に立った。

「父上」
「位置も分かりそうだな。先に行って討伐しておく。ここにいなさい」
「あの、俺も!」

 勇ましい10歳のシーグルはそんな風に言うけれど、俺は心配だ。この子も強いけれど、でもまだ10歳なんだ。
 ユーリスはふわりと笑ってシーグルの頭を撫で、首を横に振った。

「少し大きそうだから、お前はここにいなさい」
「でも!」
「お前に母上を任せる。母上を守るんだぞ」

 そう言われたらシーグルも何も言えなくなってしまって、納得はしていないけれど動けない様子で頷いた。

「分かりました」
「頼む。マコトもテントから出ないでくれ。直ぐに片付けてくるから」
「うん、分かった。ユーリス、気を付けてね」

 そう言って、俺はユーリスの首に手を回して抱き寄せてキスをした。行ってらっしゃいと、無事でいてを乗せて。こんな事しか出来ないけれど、精一杯のお願いを詰め込んだから。
 ユーリスが行ってしまうと不安になる。祈るようにしていると、隣にシーグルが来て俺の手を握ってくれた。

「父上は強いから、大丈夫ですよ」
「うん、分かってるんだけれどね」

 それでも怪我をさせてしまった。何よりこんな時、何もできない自分が辛い。出会った時の思いが蘇ってくる。もっと、旅に役立てるスキルがあればよかったのに。せめて回復魔法とか使えれば、少しくらいは役に立てたのに。俺は5歳のロアールが使える初歩の魔法すら使えないんだ。

「時々ね、無い物ねだりなんだけど思うんだ。俺にも魔法が使えたり、戦う力があればよかったなって」
「母上」
「勿論ね、俺の持ってるスキルが嫌ってわけじゃない。これのおかげで俺はシーグルにも、ロアールにも、エヴァにも会えたんだ。でもね、こうして旅に出るとやっぱりすこし、歯がゆい時があるんだ」

 ユーリスに言えば気にする。でも、久しぶりに感じる不安がそんな事を言わせてしまう。俺の弱い部分が曝け出されてしまって、そんな自分に自己嫌悪する。
 シーグルがギュッと俺の手を握る。そして、ふわっと笑った。

「母上は、魔法でもスキルでも出来ない事をしてくれています」
「魔法でも、スキルでも出来ない事?」
「はい。この料理もそうです。母上の料理は美味しいだけじゃありません。俺や父上、弟や妹に幸せをくれます。母上の腕は魔法の腕です。不安や辛さを溶かして、優しくしてくれます。そういうことは魔法やスキルじゃ出来ません。母上だからできるんです。だから、そんな苦しい顔をしないでください」
「シーグル」

 俺はギュッとシーグルを抱きしめた。たった10歳の子供に教えられるなんて情けないけれど、同時に心が温かくなる。だから、これからも沢山返していこう。そう思えた。


 しばらくそうして待っていると、近くの木々が揺れてユーリスが戻ってきた。そして、一人の男の人を連れていた。
 綺麗な人だった。長い黒髪を背で一括りにした、どこか儚げな綺麗な顔の人。線も細いのに危なげもなくて、浮かべる表情はとても穏やかで優しい。

「母上、あの人怖い」

 シーグルはギュッと俺の服を握って少し隠れるようにする。けれど俺は、そんな風には思わなかった。なんだか懐かしい感じがしたのだ。

「マコト、戻ったよ」
「おかえり、ユーリス。そちらの人は?」

 視線を向けるとその男の人はとても丁寧に頭を下げる。いっそ、優雅って言える感じに。

「初めまして、誠さん。私は志輝と申します。貴方と同じ異世界人です」
「異世界人!!」

 俺の心臓は違う理由で高鳴った。10年こっちの世界にいて、俺は今まで異世界人に出会った事がなかった。だから嬉しいような、妙な興奮があった。

「あの、生まれは日本ですか!」
「えぇ、日本ですよ。誠さん……という音を聞いて、もしや同じ日本の方かと思って楽しみにしていました」
「わぁ! あの、いつこちらへ? っていうか、どうしてユーリスと?」

 沸き起こる疑問や興奮を抑えられずにワタワタと聞いてしまうと、志輝さんは可笑しそうに優雅に笑った。

「モンスターを探して向かった先にいたんだ。雰囲気もどこかマコトに似ていたから話を聞いたら異世界人だと言うので誘ったんだ」
「モンスターと遭遇したんですか! あの、大丈夫でしたか?」

 俺じゃモンスターと対峙したら間違いなく負ける。だから心配したんだけれど、志輝さんはまったく問題ない様子で一つ頷いた。

「幸いにして、人より少し丈夫に出来ております。心配はありませんよ」
「実際、俺が行った時には彼がトドメを刺す直前だった。まったく出る幕がなかったよ」

 俺はちょっとだけ凹む。同じ異世界人なのに、こんなにも違うんだ。そう思うとやっぱり自分が情けなくなってしまった。

「聞けばこの世界にきてまだ3ヶ月程度だと言うし、一人で野宿だと言うから誘ったんだ。食事だけでもと」
「私のような者が家族の団らんにお邪魔してもいいのかとも思ったのですが、久々に出会う同郷の方と話がしたくて、誘惑に負けてしまいました。少しだけ、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「はい、勿論です!」

 俺は二つ返事で志輝さんを招き入れた。でも俺の後ろでシーグルは怯えている。何をどうしてこんなに志輝さんに怯えているのか俺には分からなくて、そしてこんなにこの子が小さくなるのは初めてだから、ちょっと戸惑ってしまう。

「父上、あの」
「ん?」
「その方、本当に大丈夫なんですか? あの……危ない人じゃないんですか?」
「え?」

 俺は驚いた。シーグルは10歳ながら礼儀正しいほうだ。だから初対面の人にこんな事を言うなんて思わなかったのだ。
 怒ったほうがいいのだろうか。そう思っていると不意に、志輝さんがとても鮮やかに笑った。

「賢い子ですね、貴方は」
「あの」
「平気です、私に害意はありません。本当に誠さんとお話をしてみたい、そういう好奇心だけですよ」

 なんだか不穏。そうは思うけれど、俺はこの人から悪い印象を受けないんだ。
 そう思っていると、志輝さんは俺に困った顔で笑う。ちょっと悲しそうに。

「誠さんはもう少し危機感を持った方がいいですよ。貴方に接触する人間が本当に善人なのか悪人なのか、貴方はちゃんと見極めなければなりません」
「え? あの」
「その子が抱く本能的な危機感は正しいものです。私の前職はね、殺し屋ですから」
「え!」

 俺の素っ頓狂な声は、森の中に響いて消えていった。

 暗殺者だと言った志輝さんは、今俺と一緒にカレーを作っている。とても綺麗なナイフ使いで野菜の皮を剥いたばかりか、リンゴに綺麗な彫り込みを入れて繊細な蝶や花を彫りだしてしまった。これにはシーグルも目を輝かせて興奮気味だった。

「志輝さんは、魔人族の国に落ちたんですね」

 カレーの鍋を見つつ、俺の近くに座る志輝さんに話しかける。ちょうど、自分たちの境遇について話していたのだ。

「えぇ、魔人族の王都、そこにある黄昏の城に落ちたのです」
「黄昏の城だって?」

 ユーリスが驚いた顔をして問い返す。それに、志輝さんは静かに頷いた。

「黄昏の城って、なんですか?」
「魔人族の王城だ。魔王の居城でもある」
「魔王!!」

 いや、魔人族にも王様ってものがいるなら、その名称は魔王なんだろうけれど。でも、魔王って単語で俺が思い浮かべるものはRPGのラスボスとか、そんな姿だ。もの凄く大きくて、怖くて、顔色も肌色じゃなくて。
 そんな俺の思考が分かったのか、志輝さんが楽しそうに笑った。

「魔王と言っても、私や誠さん、ユーリスさんと同じ人の姿ですよ。角があって、細い尻尾がある程度の違いです」
「あっ、はは」

 うぅ、恥ずかしいかも。

「黄昏の城は地上の中心にあります。全ての国と隣り合う、とても静かな世界でした。私はそこの、魔王の寝所に落とされたのです」
「大丈夫だったのか? あの国はある意味特別な場所だ。侵入者に対して厳しいと聞くが」
「そうなの?」
「魔人族の国にだけ、天人の国に行ける橋がある。だから、よっぽどの用事がなければ入国が難しい国だ。天人の国もその橋を通らなければ行けないからな」
「そうなんだ」

 思えば俺はあまり他国の事を聞かなかったから、そういうことは初めて知った。俺、この世界に10年もいるのに知らない事ばっかりだ。

「幸い、魔王アルファードは直ぐに私が異世界人だと分かったようで、手厚く保護してくださいました。そしてこの世界の事を私が理解するまで、側に置いてくれたのです」
「いい人に最初に出会ったんですね」

 何の気なしに俺が言ったら、志輝さんはどこか憂いのある顔で「そうですね」と呟いた。

 程なくカレーが出来て、志輝さんはとても嬉しそうな顔で食べている。

「美味しいですね! やはりカレーは家庭の味がいいのでしょう。大手チェーンにはない温かさがあります」
「そんなに言って貰えると嬉しいです」

 少し照れてしまう。そして俺と志輝さんの会話はユーリスとシーグルには分からないらしく、首を傾げている。
 そんなこんなで食事が終わって、俺は少しだけ志輝さんと二人で話す時間を貰った。懐かしい話があるのもそうだけれど、なんとなくもう少し会話がしたかったのだ。
 タープからそんなに遠くない結界の中で、俺は志輝さんと隣り合ってお酒を飲んでいる。ユーリスはその間にシーグルに剣の稽古を付けてくると言った。

「本当に、素敵な旦那様と可愛い子ですね」
「あはは、有り難うございます」
「竜人族は出生率が下がっているのですよね? その中で子供が生まれるなんて、貴方はとても愛されていますね」
「え?」

 志輝さんは色々と知っているようで、そんな事を言う。多分俺よりもこの世界のことを知っているんだ。

「あの、志輝さんはどうして国を出てきたんですか? 魔王さん……アルファードさんとは上手くやれなかったんですか?」

 思わず聞いてしまう。だって、知らない世界を一人で旅するなんてとても大変だ。どうして志輝さんはそんな決断をしたのか。アルファードさんはそれを許したのか。
 時折、アルファードさんの話をするときの志輝さんは憂いがあって、そこに気持ちがないとは思えない。なのに、どうしてなんだろう。
 たっぷりと考えた志輝さんは力なく笑った。

「あそこでは私は異質だったから……でしょうかね」
「異質?」

 なんだろう、それ。なんか、とても悲しい気持ちになる。

「私の性は、他者の命を狩る者なのでしょう。ですが魔人族は争いを嫌います。私の性質とは真逆です。それに、私のスキルを発動させる条件はあの国では整いません」
「スキル、ですか?」

 この人も何か、特殊なスキルを持っているのだろうか。そう思って見ていると、ふふっと誤魔化すように笑っていた。

「それとね、私は喧嘩の仲裁をしなければならないのですよ」
「喧嘩の仲裁!」

 こんな旅をしなければならない喧嘩の仲裁って、なんだろう。国家間を跨いでって事なのかな? 今は国同士の戦争とかないって聞いているのに。

「誠さんは、ユーリスさんに愛されるためにこの世界に来たのですね」
「え?」

 志輝さんを見ると、志輝さんは一生懸命に鍛錬をするシーグルとユーリスを見ている。どこか厳しい視線で。

「この世界に異世界人が招かれるのは、この世界の神が歪になった世界の秩序を保つ為なのだそうです。だからここに来た異世界人は必ず必要とされるのです。貴方がユーリスさんの側に落ちたのなら、そのようにこの世界の神が巡りを用意したのでしょうね」

 どこか、不安になる。志輝さんは何を知っているのだろう。とても沢山……この世界の住人ですらも知らない事を知っているんじゃないだろうか。

「志輝さんは、どうしてそんな事を知っているんですか?」

 問いかける。それに、酷く困った顔で志輝さんは頷いた。

「この世界には二人の神がいるそうです。地の神と、天の神。二人で世界を支えていたはずでした。その一柱が、魔王であるアルファードです」
「え!」

 俺は驚いて、次には心臓がドキドキと鳴った。そして気づいた時には、俺は志輝さんの手を握っていた。

「志輝さん、その人に会わせてください!」
「誠さん?」
「竜人族は出生率が下がっています。俺が「安産」のスキルで子供を産んでも、絶対数は減っているんです。その神様にお願いして、子供が生まれるようにできないかお願いしたいんです!」

 竜人の国にいて、やっぱりそこは気になってしまう。俺の周りには沢山子供がいるけれど、町の中を見ればそうでもない。子供が圧倒的に少ないのは否めないんだ。
 志輝さんはとても辛そうに、首を横に振った。

「それはアルファードでも出来ません」
「どうして!」
「出生に関わる薬を作る生命の木の大元は、天の神がいる天人の国にあるのです。そこの生命の木が弱っているから、出生率が下がってしまっているそうです」
「そんな……」

 思って、でもそれなら木を元気にする方法を探さないと。まずは天人の国に行けないとダメだ。

「あの、天人の国に行くことはできないんですか?」
「……今は不可能です。天の神と地の神が喧嘩をして、その橋を一方的に閉じられ、天の神は岩戸隠れをしてしまったそうなのです」
「なっ」

 なにそれ!

「本当に、バカな兄弟喧嘩でこのような事になって。呆れて物も言えませんね」
「志輝さんが仲裁する喧嘩って、もしかして」

 言えば、志輝さんは困ったように笑って頷いた。

「あの、どうやって」
「まったく手がないわけではないんです。その為に、私は自分のスキルの発動条件を整えなければならないのです。今は、その為の旅をしています」
「その発動条件って」
「秘密です」

 唇に人差し指を立てて「しっ」と悪戯な笑みを浮かべる志輝さんは、どこか妖艶にも映った。でもとても、悲しそうだった。

「大元の生命の木の力を受けて、地上の生命の木が実をつけます。それが命の薬の原料になるそうです。ですが天の神が岩戸隠れしたために木に力が注がれなくなってしまった。その為に木が弱り、膨大な魔力に耐えられる核が作れなくなったようです。その為、魔力の高い種族から出生率が下がり始めています」
「あの、それならこのまま弱り続ければ、今は平気な種族もいずれ」
「貴方は賢い人ですね」

 志輝さんのそれは俺の言葉を大いに肯定している。俺の背に寒気が走った。この世界は誰も知らない間に、ゆるやかに滅びへと向かっている。
 ふわりと、志輝さんが俺の頭を撫でた。とても心配そうに。

「あの、俺は特殊なスキルがあって子供ができます。でも、俺の周囲でもそんなスキルなくても子供を授かった人が沢山います。それは、どうしてですか?」
「その人達はとても強い愛情を持って子を望んだのでしょうね」
「え?」
「命の核を守るのは、双方の深い愛情だと聞きました。核の色が濃くなればなるほど、愛情が深い証拠です。その両親の愛が核を守り、膨大な魔力を持つ種族間の結びつきで注がれた力に耐えるのだと」

 確かにママ会で話していても、薬の色が濃い時に上手くいっていると話していた。俺もそうだから分かる。それが、結びつきを強くしているのはこういう理由だったんだ。

「それでも上手くいく確率は下がっています。大元の問題を解決しなければこの世界は閉じて行きます。アルファードに出来た事は、そうした種族に長い寿命を与え、その伴侶の寿命を長い方に揃える事だけだったそうです。可能性を残す為に」
「あ……」

 それじゃあ、俺がユーリスと長い時間を生きられるのは、その魔王さんのおかげなんだ。その人が祝福してくれなかったら、俺は一人で死ななきゃいけなかったんだ。

「誠さん?」

 俺は泣いていて、改めて志輝さんの手を握って小さな声でずっと「有り難う」を言っていた。志輝さんは俺の気持ちを察してくれたみたいで、ただポンポンと背中を撫でてくれた。

「少し、時間はかかるかもしれません。それに、間違いなく仲裁できるかは分かりません。でもいつか、滅びの危機にある種族の間でも沢山の子が生まれてくれるように、力を尽くしてみます。それが私がこの世界にきた理由だと思いますから」
「あの、どうしてそこまでするんですか?」

 聞けば、志輝さんは幸せそうに優しく笑う。少し遠く、誰かを思うように。

「初めてだったのです、こんな私を必要だと言ってくれた人は。何も要求されず、押しつけられず、私である事を尊重したうえで大切に包むように慈しんでくれた人は」
「志輝さん」

 寂しい中にも嬉しそうに微笑む人は、恋をしているように見える。愛した人がいる、そんな顔。俺だって分かるんだ。俺にも、愛した人がいるんだ。

「誰にも求められず、疎まれて、命すら使い捨てだった私を必要としてくれた人に、私は何かを返したい。それに、これが私がこの世界に来た理由ならやってみたいではありませんか。疎まれた者がこの世界を救うのですから、なんだか楽しくはありませんか?」

 これが志輝さんの理由。俺はその強い気持ちに、俺にはない決意を感じて頷いた。
 その時、少し遠くで大きな音がした。志輝さんはそちらを睨み付けて立ち上がる。それとほぼ同時に、ユーリスが駆け込んできた。

「マコト、モンスターが側にいる。討伐してくるからここで」
「いいえ、そちらは私がゆきましょう。せっかくの家族水入らずの時間に、そう長く他人がいては申し訳ありません」

 ゆっくりと離れていこうとする腕を、俺は知らずに引いていた。なんだか悲しくて、寂しくて、手を離してはいけない気がしたから。
 志輝さんはゆっくりと微笑んで、俺の手を下げさせた。

「誠さん、今日は楽しかったです。この世界で私と同じ同郷の方にお会い出来るとは思いませんでした。有意義で、温かな時間でした。有り難う」
「あの!」

 言いかける俺の唇に人差し指を置いてニッコリと優しく微笑んだ人は、不意に体を寄せて俺の耳に囁きかけた。

「私の特殊スキルは、「死神」というものです。ユーリスさんが知っているはずですから、後でこっそりと聞いてみてください」

 それだけを言って、志輝さんはヒラヒラと手を振って闇の中へと消えていってしまった。俺はその背中を追いたいのに、引き留めたいのに、拒まれているようでできなかった。

 後でユーリスに聞いてみたら、「死神」というスキルはとても特殊で、発動に条件が必要なのだという。その条件は百の命を狩る事。ようは、百のモンスターを討伐することらしい。
 そうして得られる発動スキルはただ一つ。死後、この世界の神に会うことができる。


 この出会いから5年以上の歳月が流れて、俺もこの出会いをどこかで引っかけながらも思い出の中に入れてしまったくらいの時、不意に手紙が届いた。

「あ!」

 魔法で届いたその手紙には流暢な文字でたった一言添えてあった。

『少しずつではありますが、貴方の願いは叶いますよ。もう、憂える必要はありません。この世界の未来は、明るい方向へと向かいます』

 最後に添えられた「志輝」の名に、俺は知らずに涙が流れた。危惧種と言われる人達の憂いを思うばかりではない。優しい人がどこからか、この手紙を送ってくれた。それがとても嬉しくて、心の底から安堵したのだった。
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