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【アフターストーリー】スキル安産 おかわり!
おまけ6 マコトの帰郷
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フランシェが産まれて3ヶ月。俺は王都の懐かしい家にいた。
「マーサさん! モリスンさん!」
駆け込むように子供達を連れて、俺は俺の家に帰ってきた。事前連絡してあったからお店を休みにしてくれた二人は、俺達を温かく迎えてくれる。
「マコト!」
マーサさんに抱きついて、俺は満面の笑みだ。やっぱりこの世界での俺の母親はマーサさんだ。
「ただいま」
「えぇ、おかえり」
優しく髪を撫でられて、俺はちょっとくすぐったい。でも、とても嬉しいんだ。
マーサさんの後ろからゆっくりと、モリスンさんも来てくれて同じように抱きつく。ポンポンと頭を撫でるモリスンさんが、穏やかに微笑んでいる。
「こんにちは、ばぁば、じぃじ」
「来たよ!」
「きたぁ!」
俺の後ろから来ていたシーグルが落ち着いて挨拶するのに対して、下の息子のロアールはまだやんちゃ。そして長女のエヴァも負けずに元気だ。
「あらあら、いらっしゃいみんな」
「さぁ、まずは掛けてお茶にしよう」
駆け寄る息子達を一人ずつ抱きしめながら、マーサさんもモリスンさんも嬉しそうにしてくれる。
今日はユーリスについて久しぶりに王都にきた。少しだけ出席しなきゃいけない会議があるっていうから、フランシェを二人にも見せたくて。
「その子が、新しい子かい?」
シーグルが抱っこしている抱っこひもの中で眠っているフランシェを、モリスンさんがいち早く見つけて声をかけてくれる。シーグルの手から受け取った俺は二人にも顔を見せてあげた。
目を細めて嬉しそうに見るマーサさんの目に、薄らと涙が浮かんでいる。モリスンさんもとても嬉しそうにはにかんだ。
「可愛いわ。マコトに似てるわね」
「そうですか?」
「あぁ、目元が愛らしくて似ている。きっと美しい姫に育つよ」
そんな風に言われるとちょっとくすぐったい。っていうか、俺は未だに自分が可愛いなんて認めていない。そりゃこっちの世界の、特に竜人の中にいたら俺は小さいかもしれないけれど、でも可愛いは無いと思っている。
でも、反論しても反論で返ってくるからもう良いんだけれどね。
「あたちはぁ?」
「ん?」
「あたちも、かあさまみたいにびじん?」
5歳のエヴァが俺を見上げながらそんな事を言っている。くっ、我が娘ながら可愛い。俺に似てるってみんな言うけれど、俺からすると似てない。5歳にして見た目天使、そして誘惑は小悪魔だ。
「エヴァはとっても美人だよ」
「ほんとぉ!」
「勿論だよ」
抱き上げてやれば俺の首にギュウゥと抱きついてくる。目に入れても痛くないって言うのは多分痛いけれど、入れてみようと思えるくらいには可愛い娘だ。
何にしても落ち着いて、今は食堂の椅子に座ってお茶を飲んでいる。フランシェは俺の腕の中でぐっすりだ。
「マコト、王都にはどのくらいいるの?」
「2~3日です」
「じゃあ、ゆっくりね」
「国王陛下と王妃殿下の所に帰るのかい?」
「いえ、お二人が迷惑じゃなければこちらに泊まりたいんですけれど」
これに関しては王様とお妃様にも了承を貰った。二人も快く送り出してくれて、俺は気兼ねなくここにこれている。
モリスンさんもマーサさんもとっても嬉しそうにしているけれど、モリスンさんは少し申し訳ないみたいだ。
「陛下と妃殿下も、孫の顔が見たいんじゃないのかい?」
「お二人は時々ですが屋敷にきて、子供達と遊んでくれてますから」
お妃様は頻繁にお茶をしに来てくれる。それに王様も月に1回程度だけれど来てくれる。忙しいのに申し訳無いと言えば、「来たくてきてるんだから気にしないで」と言われてしまった。
「なんだか申し訳ないな」
「そんな事ありませんよ」
モリスンさんまで申し訳なさそうにしたら、俺もちょっと申し訳ない。
本当は俺がもっとここに帰ってくればいいんだけれど、徒歩の道のりの長さは分かってる。陸路だとどうしても数日かかってしまうし、馬車移動でも下のエヴァとフランシェは連れてこられない。精々ロアールくらいまでだ。
「あの、お店ってどうなるんですか?」
「マコトがいるのに開けていられないわ」
それも申し訳ない気がする。このお店を楽しみにしてる常連さんもいるわけだから。
ふと、俺は一つおもいついた。そしてそれを、二人に提案してみた。
「あの、お二人がよければお店、手伝わせてください」
「手伝うって、マコトがかい?」
「俺だけじゃなくて、シーグルやロアール、可能ならエヴァも」
この俺の提案には大人しくお菓子を食べていた子供達も驚いたみたいだった。特に分別のあるシーグルは、ちょっと難しい顔だ。
「母上、それはじぃじとばぁばに迷惑がかかると思う。俺はまだしもロアールは落ち着きがないし、エヴァはまだ幼い」
「あぁ、うん、そうだよね……」
息子シーグルは13歳にしてとてもまっとうな正論を言う。既に俺は論破されそうになっている。
でも、仕事をするって事の大事さとか、大変さを体験させてもみたいのだ。みんなユーリスみたいな王族の仕事風景しか見ていないから、そうじゃない仕事だって見せてあげたい。そう思ってしまった。
「私は構わないよ」
「え?」
見れば穏やかな笑みを浮かべたモリスンさんが、俺とシーグルを見ている。
「シーグル、君は特に長男で、未来の王太子になる。だから、こうした庶民の生活を見る機会はこれからどんどん減っていく可能性が高い。だが、私たち庶民は寄り添ってくれる王様が好きだ。その点、ユーリス殿下は皆に人気があるんだよ」
シーグルは少し驚いた顔をして、その後ちょっと考えている。けれど隣のロアールが服をクンと引っ張るから、顔を上げた。
「兄ちゃん、やってみよう」
「ロアール」
「俺、気を付けるからさ。それに、エヴァだって出来る仕事あるだろ?」
エヴァの方は何を話されているのか、いまいちピンと来てはいなさそうだ。けれど、きっと楽しい事なんだってのは分かっている。黒い瞳が輝いている。
「エヴァ、やりたい!」
弟妹のお願いに弱いシーグルは困った顔で俺を見て、マーサさんとモリスンさんも見る。でもその全員が頷くから、最後にははにかんだような笑みを浮かべた。
「頑張ります」
「あぁ、そうしなさい。沢山、失敗していきなさい」
「失敗なんて!」
「マコトだって最初は沢山失敗したんだ。注文を間違って聞いたり、運ぶテーブルを間違ったり」
「ちょっと、モリスンさん!」
そりゃ、やったけれど。でもバラされるのは恥ずかしい。顔を赤くした俺に、モリスンさんもマーサさんも声を上げて笑った。
「さぁ、今日は沢山作らないと! お買い物行ってくるわ」
「俺も行きたい!」
「あたしも!」
買い物に行くというマーサさんに便乗すべく、ロアールとエヴァが元気に手を上げて立ち上がっている。そんなの絶対に負担になるんだからダメだ。放っておくと二人ともあちこち行ってしまうんだし。
そう思って俺が何か言う前に、シーグルが俺の服を引いて少し困ったみたいに微笑んでいた。
「俺も一緒に行くから、平気。母上はここにいて。父上も来ると思うから」
「シーグル」
「いいわよ、マコト。じゃあ、ロアールにエヴァにシーグル、行くわよ!」
元気なマーサさんに連れられて、三人の子供達が出ていく。それを見送る俺は、少しだけ複雑だった。
「立派に育ったな、シーグルは」
俺の気持ちを察するみたいに、モリスンさんが言ってお茶を追加してくれる。それを飲みながら、俺は少し俯き加減に頷いた。
「ちょっと、良い子すぎると思うんです」
「ん?」
「13なら親にべったりではないと思うんですけれど、それでも言いたい事とかあると思うし。それにロアールが産まれてから凄く聞き分けがよくなって。その分、我が儘とか言わなくなって。本当は沢山我慢をさせているんじゃないかって思うと、可哀想で」
シーグルはとても聞き分けがいい。それに、我が儘を言わない。王族の子だからってとても努力しているし、そんな事全然表に出さない。でもそれはそれで心配なんだ。本当は寂しいんじゃないかって、思ってしまうんだ。子供らしいはしゃいだ姿なんて、本当に少ししか知らない。
モリスンさんが大きな手で俺の頭を撫でて頷いてくれる。これにとてもホッとする。
「確かに、少し我慢をしているのかもしれない」
「ですよね」
「でも、家族を愛しているのも本当だと思うよ」
「え?」
「今はまだマコトの手を必要としていないのだとしても、いつか必ず欲する時がくる。いつでも受け止めてあげられるように、マコトはシーグルを見ていてあげなさい。そして、小さなSOSを見逃さないようにしてあげなさい。それもまた、愛情だよ」
諭すように言われて、俺も少し考える。反発なんてしないシーグルだけれど、ここから先は成長がゆっくりになるらしい。自己防衛出来るくらいの大きさまでは急激に成長していくけれど、ここからは人間の1歳を10年くらいかけて大きくなるんだとか。
もしかしたらその過程で、あるのかもしれない。俺が助けたり、怒ったりしないといけないようなこと。もっともっと愛情をかけてあげること。
自然と笑った俺にモリスンさんも笑う。俺のお父さんは本当に素敵な人だ。
そうしていると店のドアベルが鳴って、城に顔を出していたユーリスが顔を出してくれる。俺を見つけて微笑み、モリスンさんにも丁寧に頭を下げた。
「ご無沙汰しています、モリスン殿」
「ユーリスくん、そう堅苦しい事は抜きだ。さぁ、おいで」
笑顔で迎えるモリスンさんに、ユーリスも穏やかに微笑んで俺の隣に座り、フランシェの頬を撫でた。
ユーリスとモリスンさんは仲が良い。ここに来れば二人でお酒を酌み交わしている。ユーリスはモリスンさんの事を「モリスン殿」って言うけれど、モリスンさんはユーリスの事を「ユーリスくん」と呼ぶ。最初の頃「殿下」と呼んで悲しまれたから。
ユーリスも二人を俺の両親と思ってくれている。だから水をあけられるのは寂しいのだと言った。本当に、王子様っぽくなくて好きだ。
「他の子供達はどうしたんだ?」
「マーサさんの買い物についてっちゃって。シーグルもいるから大丈夫だって言ってたけれど」
「まぁ、王都は治安がいいし、ロアールも心得ている。心配はないさ」
どっしりと構えたユーリスはそんな風に言ってあまり心配しない。自分も冒険者をしていたから、子供達の冒険心を理解しているのかもしれない。特にロアールの方は冒険者としての素質があると言っていた。将来そうなりたいと言ったら、反対しないんだろうな。
「あっ、ユーリスあのね、明日からお店を手伝う事にしたんだ」
「店をか?」
慌ててユーリスに伝えると、少し驚いた顔をしていた。そして済まなそうにモリスンさんを見る。けれどそれを受けるモリスンさんは落ち着いていて、しっかりと頷いてくれた。
「息子達が手間をかけるかもしれないが」
「いや、構わないさ。宿は閉めておくが、食事処だけを開けようと思っている。二階の部屋は君たちがいる間貸し切りだから、好きに使って構わない」
「いいんですか?」
「あぁ。本当は食事処も開けるつもりはなかったんだから、いいんだよ」
俺達がここにくると、二人はいつも宿の二階を空けて待っていてくれる。少し申し訳ないけれど、遠慮をすると悲しい顔をされるからお言葉に甘えている。
「それに仕事をしてみるのも、知らない者と話すのもいい刺激になるかもしれない。ユーリスくん、いいだろうか?」
「お二人が良いと仰ってくれるなら、俺は願ったりだ。どのようにして生活を立てていくのか、彼らも体験しておくいい機会になる。すまない、モリスン殿」
「いいや」
「そういう事なら、フランシェは俺が城に連れていく。母上と父上はすっかりフランシェの虜だからな。マコトが頑張っている間、きっと喜んでお世話をしてくれるさ」
「いいのかな?」
「勿論。どっちが世話をするかで喧嘩しなければいいがな」
冗談っぽく言ったユーリスに、俺もモリスンさんも顔を見合わせて大いに笑った。
程なくして買い物から帰ってきたみんなは、案の定手にお菓子を持ってご機嫌だ。俺は仕方なく笑って腕をまくる。少しは俺も体を動かさないと。
「今日は俺も手伝います。何品か作らせてください」
「それは助かるわ! マコトの料理は美味しいもの」
マーサさんと並んでキッチンに立った俺はこうして、一緒に夕食を作り始めたのだった。
翌日、俺は久々にエプロンをつけて店に立った。まずは店内の掃除。床を掃いて拭いて、テーブルも拭き上げていく。厨房ではモリスンさんとマーサさんが料理の仕込みだ。
それらが終わるくらいにシーグルがきっちりと支度を調えてきた。
「おはようございます、母上、じぃじ、ばぁば」
「おはよう、シーグル。ロアールとエヴァは?」
「まだ寝てる」
困ったように笑ったシーグルは俺と同じくエプロンを着けた。そうして少し、店はいつも通りに開店した。
ドアベルが鳴って、懐かしい常連さんが入ってくる。そして俺を見つけて、みんな驚いたような顔をした。
「いらっしゃいませ!」
「「マコトちゃん!」」
駆け寄ってきたのは大工さん一行。朝の仕事の前にここにきて食事をしていく常連さんだ。みんな元気そうで俺も嬉しくて、ニコニコ笑った。
「いつ戻ったんだい?」
「昨日から。今日はお手伝いです」
「なんだ、ここに本当に戻ってきたんじゃないのかい」
「んな分けあるかよ。マコトちゃんは今やユーリス殿下の奥方だぞ」
そんな事を言って笑ってしまう。
「いらっしゃいませ」
俺のそばに来て、ニッコリと笑ったシーグルに全員が目を丸くする。俺は少し誇らしげにシーグルの隣に立った。
「息子のシーグルです」
「初めまして。母がお世話になっております」
なんて、大人みたいな事を言って俺は少し赤くなり、大工のみなさんは目を丸くして、次には大笑いした。
店は相変わらず忙しい。俺が教えたレシピが大ヒットらしくて更にお客さんが増えたんだとか。そんな事で俺は忙しく厨房とホールを行き来している。シーグルは水を出して注文を取ってとしてくれるけれど、やっぱりちょっと大変そう。それでも間違えないのは凄い。
朝の三時間、忙しい時間が過ぎて落ち着いてきてからロアールとエヴァが起きてきた。ユーリスは起きているけれどフランシェのお世話をしてくれるらしい。本当に出来た旦那様だ。
「ごめん母上!」
「ごめんなしゃい」
遅く起きた二人は泣きそうな顔をしている。その二人の頭をヨシヨシと撫でながら、俺は穏やかに笑う。
「いいんだよ。それに、お昼も忙しいから手伝ってな」
そう言うと、二人はコクコクと可愛く頷いてくれた。
今のうちに皿洗いと、もう一度床の拭き掃除とテーブルの拭き上げ。マーサさんとモリスンさんはお昼の仕込みがある。
テーブルを拭いて床を拭く俺のそばで、シーグルも同じようにしている。心持ち、少し落ち込んで見える。
「母上」
「なに?」
「仕事をするって、大変なんですね」
とても神妙な様子で言うから、俺は少し驚いた。けれど直ぐに微笑んだ。分かって欲しい事を、シーグルはちゃんと受け止めたみたいだ。
「もっと上手くやれると思っていました。でも、やってみると違いました。効率よく出来ると思っていたのに、そのようには体が動かなくて。母上のようには上手く出来なくて」
「シーグルはよく出来てるよ。間違わなかったしさ。俺なんて初日ボロボロで、本当に迷惑かけちゃったもん」
「母上でもそのようになるのですか?」
凄く驚いた顔をされたから、俺の方が笑ってしまう。この子には俺がどんな風に見えているんだろう。こんな平凡な俺をスーパーマンみたいに見ているんだろうか。
「でも」
そこには少し子供っぽくはにかんだシーグルがいた。
「嫌いじゃないです。色んな人が褒めてくれたり、『有り難う』って言ってくれたり。笑顔を向けられるって、素敵な事ですね」
「うん、そうだね」
ちゃんと、大事な部分が育ってる。それを感じた俺は、感無量だった。
お昼、少し忙しくなりそうな時間に身支度を調えたユーリスがフランシェを抱いて降りて来た。これからお城だ。いつもの癖で行ってらっしゃいのキスをしたらユーリスはとっても照れていた。背後でした「おぉぉ!」という声に場所を思いだして俺も赤くなってしまった。
エヴァは一生懸命水の入ったグラスを運んでいる。彼女には「お水のない人の所にお水を届けてね」とお願いしておいた。それだけをひたすら頑張ってくれる姿は愛らしくて、数十人単位で大人をメロメロにしている様子だった。
ロアールはシーグルについて出来た料理を運ぶ手伝いをしている。少し慌ただしいロアールは何度かお皿をひっくり返しそうになっていたけれど、すかさずシーグルが料理を取り上げてセーフ。そんな様子に客達は大いにはやし立てていた。
楽しい時間が過ぎて、俺もモリスンさんもマーサさんもニコニコしながら見ている。そしてはっきりと、子供達の成長を見る事ができた。
そんな事が2日、明日の朝には屋敷に帰るという午後。買い物に出ていたマーサさんが手に沢山の花や木の苗を持って戻ってきた。
「どうしたんですか、それ!」
「今ね、庭を綺麗にしている最中なの。よかったらみんなもお花植えていって」
ユーリスもこの日は休みで店を手伝ってくれ……ようとしたんだけれど、ちょっと不器用だった。結局はフランシェの面倒をみてくれていた。ちょっとだけ元気がなかったな。
「うわぁ! おはな!」
「植えたい?」
「うん!」
マーサさんのそばで蕾を付けた花を見ながら、エヴァは嬉しそうに走り回る。そうして俺達は庭に向かった。
裏の庭は前にはなかった花壇ができていた。シャベルで穴を掘って、そこに花の苗を植えていく。夏から秋にかけて花が咲くらしい。その後はいくつか掘ってあった穴に木を植樹した。
「この木、どんな花が咲くの?」
まだ細い若木は、それでも俺の胸くらいまではある。俺の隣に並んだユーリスはふわっと柔らかな笑みを浮かべた。
「夢見草という木だ。既に季節は終わっているが、春に薄紅の花を咲かせるんだ」
「薄紅の花?」
「あぁ。大きくなれば小さな薄紅の花が鈴なりに咲いて、まるで雲のようなんだ」
「それって」
まるで桜みたいじゃないか。
植えたばかりの若木に触れる。緑の葉を茂らせるそれが、春に花を咲かせる姿を想像する。そして、俺は一つ大事な事を決意してユーリスを見た。
「来年の春さ、みんなでまたこようね」
「ん?」
「俺の世界でね、春の花を愛でながら食事を楽しむ風習があるんだ。花見っていうんだけどね。その時に見る花と、この木の花は似ている気がするんだ」
俺が言うと、ユーリスも感慨深げに植えたばかりの木を見る。そしてそっと、俺の肩を抱いて頷いた。
「勿論、そうしよう。草地に腰を下ろして、食事を楽しむのもいい」
「うん」
「楽しみだな」
そう言った人を見上げて、俺は満面の笑みで頷く。そして、来春この庭で開かれる賑やかな花見の風景を思って、幸せに微笑んだ。
「マーサさん! モリスンさん!」
駆け込むように子供達を連れて、俺は俺の家に帰ってきた。事前連絡してあったからお店を休みにしてくれた二人は、俺達を温かく迎えてくれる。
「マコト!」
マーサさんに抱きついて、俺は満面の笑みだ。やっぱりこの世界での俺の母親はマーサさんだ。
「ただいま」
「えぇ、おかえり」
優しく髪を撫でられて、俺はちょっとくすぐったい。でも、とても嬉しいんだ。
マーサさんの後ろからゆっくりと、モリスンさんも来てくれて同じように抱きつく。ポンポンと頭を撫でるモリスンさんが、穏やかに微笑んでいる。
「こんにちは、ばぁば、じぃじ」
「来たよ!」
「きたぁ!」
俺の後ろから来ていたシーグルが落ち着いて挨拶するのに対して、下の息子のロアールはまだやんちゃ。そして長女のエヴァも負けずに元気だ。
「あらあら、いらっしゃいみんな」
「さぁ、まずは掛けてお茶にしよう」
駆け寄る息子達を一人ずつ抱きしめながら、マーサさんもモリスンさんも嬉しそうにしてくれる。
今日はユーリスについて久しぶりに王都にきた。少しだけ出席しなきゃいけない会議があるっていうから、フランシェを二人にも見せたくて。
「その子が、新しい子かい?」
シーグルが抱っこしている抱っこひもの中で眠っているフランシェを、モリスンさんがいち早く見つけて声をかけてくれる。シーグルの手から受け取った俺は二人にも顔を見せてあげた。
目を細めて嬉しそうに見るマーサさんの目に、薄らと涙が浮かんでいる。モリスンさんもとても嬉しそうにはにかんだ。
「可愛いわ。マコトに似てるわね」
「そうですか?」
「あぁ、目元が愛らしくて似ている。きっと美しい姫に育つよ」
そんな風に言われるとちょっとくすぐったい。っていうか、俺は未だに自分が可愛いなんて認めていない。そりゃこっちの世界の、特に竜人の中にいたら俺は小さいかもしれないけれど、でも可愛いは無いと思っている。
でも、反論しても反論で返ってくるからもう良いんだけれどね。
「あたちはぁ?」
「ん?」
「あたちも、かあさまみたいにびじん?」
5歳のエヴァが俺を見上げながらそんな事を言っている。くっ、我が娘ながら可愛い。俺に似てるってみんな言うけれど、俺からすると似てない。5歳にして見た目天使、そして誘惑は小悪魔だ。
「エヴァはとっても美人だよ」
「ほんとぉ!」
「勿論だよ」
抱き上げてやれば俺の首にギュウゥと抱きついてくる。目に入れても痛くないって言うのは多分痛いけれど、入れてみようと思えるくらいには可愛い娘だ。
何にしても落ち着いて、今は食堂の椅子に座ってお茶を飲んでいる。フランシェは俺の腕の中でぐっすりだ。
「マコト、王都にはどのくらいいるの?」
「2~3日です」
「じゃあ、ゆっくりね」
「国王陛下と王妃殿下の所に帰るのかい?」
「いえ、お二人が迷惑じゃなければこちらに泊まりたいんですけれど」
これに関しては王様とお妃様にも了承を貰った。二人も快く送り出してくれて、俺は気兼ねなくここにこれている。
モリスンさんもマーサさんもとっても嬉しそうにしているけれど、モリスンさんは少し申し訳ないみたいだ。
「陛下と妃殿下も、孫の顔が見たいんじゃないのかい?」
「お二人は時々ですが屋敷にきて、子供達と遊んでくれてますから」
お妃様は頻繁にお茶をしに来てくれる。それに王様も月に1回程度だけれど来てくれる。忙しいのに申し訳無いと言えば、「来たくてきてるんだから気にしないで」と言われてしまった。
「なんだか申し訳ないな」
「そんな事ありませんよ」
モリスンさんまで申し訳なさそうにしたら、俺もちょっと申し訳ない。
本当は俺がもっとここに帰ってくればいいんだけれど、徒歩の道のりの長さは分かってる。陸路だとどうしても数日かかってしまうし、馬車移動でも下のエヴァとフランシェは連れてこられない。精々ロアールくらいまでだ。
「あの、お店ってどうなるんですか?」
「マコトがいるのに開けていられないわ」
それも申し訳ない気がする。このお店を楽しみにしてる常連さんもいるわけだから。
ふと、俺は一つおもいついた。そしてそれを、二人に提案してみた。
「あの、お二人がよければお店、手伝わせてください」
「手伝うって、マコトがかい?」
「俺だけじゃなくて、シーグルやロアール、可能ならエヴァも」
この俺の提案には大人しくお菓子を食べていた子供達も驚いたみたいだった。特に分別のあるシーグルは、ちょっと難しい顔だ。
「母上、それはじぃじとばぁばに迷惑がかかると思う。俺はまだしもロアールは落ち着きがないし、エヴァはまだ幼い」
「あぁ、うん、そうだよね……」
息子シーグルは13歳にしてとてもまっとうな正論を言う。既に俺は論破されそうになっている。
でも、仕事をするって事の大事さとか、大変さを体験させてもみたいのだ。みんなユーリスみたいな王族の仕事風景しか見ていないから、そうじゃない仕事だって見せてあげたい。そう思ってしまった。
「私は構わないよ」
「え?」
見れば穏やかな笑みを浮かべたモリスンさんが、俺とシーグルを見ている。
「シーグル、君は特に長男で、未来の王太子になる。だから、こうした庶民の生活を見る機会はこれからどんどん減っていく可能性が高い。だが、私たち庶民は寄り添ってくれる王様が好きだ。その点、ユーリス殿下は皆に人気があるんだよ」
シーグルは少し驚いた顔をして、その後ちょっと考えている。けれど隣のロアールが服をクンと引っ張るから、顔を上げた。
「兄ちゃん、やってみよう」
「ロアール」
「俺、気を付けるからさ。それに、エヴァだって出来る仕事あるだろ?」
エヴァの方は何を話されているのか、いまいちピンと来てはいなさそうだ。けれど、きっと楽しい事なんだってのは分かっている。黒い瞳が輝いている。
「エヴァ、やりたい!」
弟妹のお願いに弱いシーグルは困った顔で俺を見て、マーサさんとモリスンさんも見る。でもその全員が頷くから、最後にははにかんだような笑みを浮かべた。
「頑張ります」
「あぁ、そうしなさい。沢山、失敗していきなさい」
「失敗なんて!」
「マコトだって最初は沢山失敗したんだ。注文を間違って聞いたり、運ぶテーブルを間違ったり」
「ちょっと、モリスンさん!」
そりゃ、やったけれど。でもバラされるのは恥ずかしい。顔を赤くした俺に、モリスンさんもマーサさんも声を上げて笑った。
「さぁ、今日は沢山作らないと! お買い物行ってくるわ」
「俺も行きたい!」
「あたしも!」
買い物に行くというマーサさんに便乗すべく、ロアールとエヴァが元気に手を上げて立ち上がっている。そんなの絶対に負担になるんだからダメだ。放っておくと二人ともあちこち行ってしまうんだし。
そう思って俺が何か言う前に、シーグルが俺の服を引いて少し困ったみたいに微笑んでいた。
「俺も一緒に行くから、平気。母上はここにいて。父上も来ると思うから」
「シーグル」
「いいわよ、マコト。じゃあ、ロアールにエヴァにシーグル、行くわよ!」
元気なマーサさんに連れられて、三人の子供達が出ていく。それを見送る俺は、少しだけ複雑だった。
「立派に育ったな、シーグルは」
俺の気持ちを察するみたいに、モリスンさんが言ってお茶を追加してくれる。それを飲みながら、俺は少し俯き加減に頷いた。
「ちょっと、良い子すぎると思うんです」
「ん?」
「13なら親にべったりではないと思うんですけれど、それでも言いたい事とかあると思うし。それにロアールが産まれてから凄く聞き分けがよくなって。その分、我が儘とか言わなくなって。本当は沢山我慢をさせているんじゃないかって思うと、可哀想で」
シーグルはとても聞き分けがいい。それに、我が儘を言わない。王族の子だからってとても努力しているし、そんな事全然表に出さない。でもそれはそれで心配なんだ。本当は寂しいんじゃないかって、思ってしまうんだ。子供らしいはしゃいだ姿なんて、本当に少ししか知らない。
モリスンさんが大きな手で俺の頭を撫でて頷いてくれる。これにとてもホッとする。
「確かに、少し我慢をしているのかもしれない」
「ですよね」
「でも、家族を愛しているのも本当だと思うよ」
「え?」
「今はまだマコトの手を必要としていないのだとしても、いつか必ず欲する時がくる。いつでも受け止めてあげられるように、マコトはシーグルを見ていてあげなさい。そして、小さなSOSを見逃さないようにしてあげなさい。それもまた、愛情だよ」
諭すように言われて、俺も少し考える。反発なんてしないシーグルだけれど、ここから先は成長がゆっくりになるらしい。自己防衛出来るくらいの大きさまでは急激に成長していくけれど、ここからは人間の1歳を10年くらいかけて大きくなるんだとか。
もしかしたらその過程で、あるのかもしれない。俺が助けたり、怒ったりしないといけないようなこと。もっともっと愛情をかけてあげること。
自然と笑った俺にモリスンさんも笑う。俺のお父さんは本当に素敵な人だ。
そうしていると店のドアベルが鳴って、城に顔を出していたユーリスが顔を出してくれる。俺を見つけて微笑み、モリスンさんにも丁寧に頭を下げた。
「ご無沙汰しています、モリスン殿」
「ユーリスくん、そう堅苦しい事は抜きだ。さぁ、おいで」
笑顔で迎えるモリスンさんに、ユーリスも穏やかに微笑んで俺の隣に座り、フランシェの頬を撫でた。
ユーリスとモリスンさんは仲が良い。ここに来れば二人でお酒を酌み交わしている。ユーリスはモリスンさんの事を「モリスン殿」って言うけれど、モリスンさんはユーリスの事を「ユーリスくん」と呼ぶ。最初の頃「殿下」と呼んで悲しまれたから。
ユーリスも二人を俺の両親と思ってくれている。だから水をあけられるのは寂しいのだと言った。本当に、王子様っぽくなくて好きだ。
「他の子供達はどうしたんだ?」
「マーサさんの買い物についてっちゃって。シーグルもいるから大丈夫だって言ってたけれど」
「まぁ、王都は治安がいいし、ロアールも心得ている。心配はないさ」
どっしりと構えたユーリスはそんな風に言ってあまり心配しない。自分も冒険者をしていたから、子供達の冒険心を理解しているのかもしれない。特にロアールの方は冒険者としての素質があると言っていた。将来そうなりたいと言ったら、反対しないんだろうな。
「あっ、ユーリスあのね、明日からお店を手伝う事にしたんだ」
「店をか?」
慌ててユーリスに伝えると、少し驚いた顔をしていた。そして済まなそうにモリスンさんを見る。けれどそれを受けるモリスンさんは落ち着いていて、しっかりと頷いてくれた。
「息子達が手間をかけるかもしれないが」
「いや、構わないさ。宿は閉めておくが、食事処だけを開けようと思っている。二階の部屋は君たちがいる間貸し切りだから、好きに使って構わない」
「いいんですか?」
「あぁ。本当は食事処も開けるつもりはなかったんだから、いいんだよ」
俺達がここにくると、二人はいつも宿の二階を空けて待っていてくれる。少し申し訳ないけれど、遠慮をすると悲しい顔をされるからお言葉に甘えている。
「それに仕事をしてみるのも、知らない者と話すのもいい刺激になるかもしれない。ユーリスくん、いいだろうか?」
「お二人が良いと仰ってくれるなら、俺は願ったりだ。どのようにして生活を立てていくのか、彼らも体験しておくいい機会になる。すまない、モリスン殿」
「いいや」
「そういう事なら、フランシェは俺が城に連れていく。母上と父上はすっかりフランシェの虜だからな。マコトが頑張っている間、きっと喜んでお世話をしてくれるさ」
「いいのかな?」
「勿論。どっちが世話をするかで喧嘩しなければいいがな」
冗談っぽく言ったユーリスに、俺もモリスンさんも顔を見合わせて大いに笑った。
程なくして買い物から帰ってきたみんなは、案の定手にお菓子を持ってご機嫌だ。俺は仕方なく笑って腕をまくる。少しは俺も体を動かさないと。
「今日は俺も手伝います。何品か作らせてください」
「それは助かるわ! マコトの料理は美味しいもの」
マーサさんと並んでキッチンに立った俺はこうして、一緒に夕食を作り始めたのだった。
翌日、俺は久々にエプロンをつけて店に立った。まずは店内の掃除。床を掃いて拭いて、テーブルも拭き上げていく。厨房ではモリスンさんとマーサさんが料理の仕込みだ。
それらが終わるくらいにシーグルがきっちりと支度を調えてきた。
「おはようございます、母上、じぃじ、ばぁば」
「おはよう、シーグル。ロアールとエヴァは?」
「まだ寝てる」
困ったように笑ったシーグルは俺と同じくエプロンを着けた。そうして少し、店はいつも通りに開店した。
ドアベルが鳴って、懐かしい常連さんが入ってくる。そして俺を見つけて、みんな驚いたような顔をした。
「いらっしゃいませ!」
「「マコトちゃん!」」
駆け寄ってきたのは大工さん一行。朝の仕事の前にここにきて食事をしていく常連さんだ。みんな元気そうで俺も嬉しくて、ニコニコ笑った。
「いつ戻ったんだい?」
「昨日から。今日はお手伝いです」
「なんだ、ここに本当に戻ってきたんじゃないのかい」
「んな分けあるかよ。マコトちゃんは今やユーリス殿下の奥方だぞ」
そんな事を言って笑ってしまう。
「いらっしゃいませ」
俺のそばに来て、ニッコリと笑ったシーグルに全員が目を丸くする。俺は少し誇らしげにシーグルの隣に立った。
「息子のシーグルです」
「初めまして。母がお世話になっております」
なんて、大人みたいな事を言って俺は少し赤くなり、大工のみなさんは目を丸くして、次には大笑いした。
店は相変わらず忙しい。俺が教えたレシピが大ヒットらしくて更にお客さんが増えたんだとか。そんな事で俺は忙しく厨房とホールを行き来している。シーグルは水を出して注文を取ってとしてくれるけれど、やっぱりちょっと大変そう。それでも間違えないのは凄い。
朝の三時間、忙しい時間が過ぎて落ち着いてきてからロアールとエヴァが起きてきた。ユーリスは起きているけれどフランシェのお世話をしてくれるらしい。本当に出来た旦那様だ。
「ごめん母上!」
「ごめんなしゃい」
遅く起きた二人は泣きそうな顔をしている。その二人の頭をヨシヨシと撫でながら、俺は穏やかに笑う。
「いいんだよ。それに、お昼も忙しいから手伝ってな」
そう言うと、二人はコクコクと可愛く頷いてくれた。
今のうちに皿洗いと、もう一度床の拭き掃除とテーブルの拭き上げ。マーサさんとモリスンさんはお昼の仕込みがある。
テーブルを拭いて床を拭く俺のそばで、シーグルも同じようにしている。心持ち、少し落ち込んで見える。
「母上」
「なに?」
「仕事をするって、大変なんですね」
とても神妙な様子で言うから、俺は少し驚いた。けれど直ぐに微笑んだ。分かって欲しい事を、シーグルはちゃんと受け止めたみたいだ。
「もっと上手くやれると思っていました。でも、やってみると違いました。効率よく出来ると思っていたのに、そのようには体が動かなくて。母上のようには上手く出来なくて」
「シーグルはよく出来てるよ。間違わなかったしさ。俺なんて初日ボロボロで、本当に迷惑かけちゃったもん」
「母上でもそのようになるのですか?」
凄く驚いた顔をされたから、俺の方が笑ってしまう。この子には俺がどんな風に見えているんだろう。こんな平凡な俺をスーパーマンみたいに見ているんだろうか。
「でも」
そこには少し子供っぽくはにかんだシーグルがいた。
「嫌いじゃないです。色んな人が褒めてくれたり、『有り難う』って言ってくれたり。笑顔を向けられるって、素敵な事ですね」
「うん、そうだね」
ちゃんと、大事な部分が育ってる。それを感じた俺は、感無量だった。
お昼、少し忙しくなりそうな時間に身支度を調えたユーリスがフランシェを抱いて降りて来た。これからお城だ。いつもの癖で行ってらっしゃいのキスをしたらユーリスはとっても照れていた。背後でした「おぉぉ!」という声に場所を思いだして俺も赤くなってしまった。
エヴァは一生懸命水の入ったグラスを運んでいる。彼女には「お水のない人の所にお水を届けてね」とお願いしておいた。それだけをひたすら頑張ってくれる姿は愛らしくて、数十人単位で大人をメロメロにしている様子だった。
ロアールはシーグルについて出来た料理を運ぶ手伝いをしている。少し慌ただしいロアールは何度かお皿をひっくり返しそうになっていたけれど、すかさずシーグルが料理を取り上げてセーフ。そんな様子に客達は大いにはやし立てていた。
楽しい時間が過ぎて、俺もモリスンさんもマーサさんもニコニコしながら見ている。そしてはっきりと、子供達の成長を見る事ができた。
そんな事が2日、明日の朝には屋敷に帰るという午後。買い物に出ていたマーサさんが手に沢山の花や木の苗を持って戻ってきた。
「どうしたんですか、それ!」
「今ね、庭を綺麗にしている最中なの。よかったらみんなもお花植えていって」
ユーリスもこの日は休みで店を手伝ってくれ……ようとしたんだけれど、ちょっと不器用だった。結局はフランシェの面倒をみてくれていた。ちょっとだけ元気がなかったな。
「うわぁ! おはな!」
「植えたい?」
「うん!」
マーサさんのそばで蕾を付けた花を見ながら、エヴァは嬉しそうに走り回る。そうして俺達は庭に向かった。
裏の庭は前にはなかった花壇ができていた。シャベルで穴を掘って、そこに花の苗を植えていく。夏から秋にかけて花が咲くらしい。その後はいくつか掘ってあった穴に木を植樹した。
「この木、どんな花が咲くの?」
まだ細い若木は、それでも俺の胸くらいまではある。俺の隣に並んだユーリスはふわっと柔らかな笑みを浮かべた。
「夢見草という木だ。既に季節は終わっているが、春に薄紅の花を咲かせるんだ」
「薄紅の花?」
「あぁ。大きくなれば小さな薄紅の花が鈴なりに咲いて、まるで雲のようなんだ」
「それって」
まるで桜みたいじゃないか。
植えたばかりの若木に触れる。緑の葉を茂らせるそれが、春に花を咲かせる姿を想像する。そして、俺は一つ大事な事を決意してユーリスを見た。
「来年の春さ、みんなでまたこようね」
「ん?」
「俺の世界でね、春の花を愛でながら食事を楽しむ風習があるんだ。花見っていうんだけどね。その時に見る花と、この木の花は似ている気がするんだ」
俺が言うと、ユーリスも感慨深げに植えたばかりの木を見る。そしてそっと、俺の肩を抱いて頷いた。
「勿論、そうしよう。草地に腰を下ろして、食事を楽しむのもいい」
「うん」
「楽しみだな」
そう言った人を見上げて、俺は満面の笑みで頷く。そして、来春この庭で開かれる賑やかな花見の風景を思って、幸せに微笑んだ。
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