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5 流れ着いた場所は
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行く当てのない私が流れ着いた場所は、ベルン王国との国境付近で戦線が展開されている傭兵部隊だった。
そこで男として傭兵部隊に混ざり、戦闘行為を生業として生きていた。
男として育てられた私が、城を出て何をすればいいのかわからなかった。
何の後ろ盾のない女の身で放り出されて、市中で素知らぬ顔で暮らしていけるわけもなく、剣をとる以外の道が分からなかった。
王子としての教育を受けていたから、戦闘技術を身につけていたから、何とかそこで生きていた。
少年兵として、傭兵団に身を置いて、2年。
まだ、ここで生きている。
子供の頃から人を殺してきた私には、人を殺す戦場がお似合いの場所だった。
髪は灰色に染めて、目の色を隠すように前髪は伸ばしている。
戦闘中は兜を被り、バイザーを下げれば、目の色は気付かれなかった。
目立たずひっそりとそこに存在し、細々と地味な戦果をあげていれば、日々食べる分には辛うじて困らない。
ただ……
戦闘がない日の夜は、そこら中の天幕から聞こえてくる女性の喘ぎ声に、自分の体を抱きしめて、縮こまっていた。
ここでは当たり前の事だけど、いつまでたっても慣れなかった。
あの声は、戦場に出稼ぎにきた娼婦達のものだ。
あの人達は仕事としてここに来ていて、一応は無理矢理やらされているわけではない。
プロとして誇りを持っている人も多いと聞く。
きちんと報酬を貰っている。
そして、それをやらざるを得ない理由もあるのは想像に易い。
自分に言い聞かせていた。
だけど、やっぱり私はソレを受け入れられなかった。
剣を握れるうちは、これで生きていきたい。
それ以外の、あの道を選ばなければならないなら、いっそ死にたかった。
まだ、捨てきれない矜恃があった。
どっちが良いのかは分からない。
どっちも同じなのかもしれない。
剣で人の命を奪い続ける道と、複数の男達と肌を重ねることと。
「私達の事を、汚いと思ってる?」
心を読まれたかのような、不意にそんな言葉を投げかけられ、ドキリとした。
突然のことに顔を上げると、似たような年頃の女性の姿が目の前にあった。
未成年の少女を戦場に呼ばないから、16歳は過ぎているはずだ。
そばかすが浮いた、少しだけつり目の愛くるしい顔をしていて、茶色のウェーブがかかった髪の毛を、腰付近まで伸ばしている。
いつの間に入ってきたのか、天幕内には二人っきりだ。
何しに来たのか、彼女に伝わるように警戒を露わにした。
「そんなに警戒しないで。私はリズ。女を抱こうとはしない子がいるって聞いて、見に来てみたの。貴方くらいの歳なら、女性に興味をもつだろうに、男の方が好きなのかと思ったけど、違うみたいね」
傭兵団の中には、同性愛者も多く存在している。
でも、私は違う。
「貴方、話せないそうね。でも、その目がね、私達と一緒にいたくないって見たくないって言ってるの。瞳の奥底で、軽蔑するように見ているの。私達がここの野営地にくると、貴方、途端に天幕内に引っ込むでしょ」
身に覚えがあり過ぎて、否定もできなかった。
それ以前に、瞳の色を見られたのかと焦る。
咄嗟に前髪を押さえていた。
「ああ、別に、何を見たからと言って誰かに言うつもりはないわ。自分の命が惜しいから、変な事に巻き込まれたくないもの。うっかり何かを言って、私まで口封じされたら嫌よ」
彼女、リズの言葉を黙って聞き続ける。
「軽蔑されるのも別にいいんだけどね。よく差別される職業だから。でも、私達みたいな子が溢れ返っているのは、誰のせいかってね。それは言いたいわね」
ああ、やっぱり、リズは私の正体に少なからず気付いているんだ。
今まで隠してこれたのに、こんな所であっさりとバレるなんて……
「そうは言ったけど、恨み言を言いにきたわけじゃないのよ?」
リズは、ニッコリと笑った。
「少しは、私を見ようとしてくれない?リズって言う、私自身を。軽蔑する娼婦としてじゃなくて」
そう話す彼女を見上げていた。
腰に手を当て、私を見下ろす姿は自信に溢れていて、私よりはよっぽど自分に誇りを持っている子だ。
「で、ちょっと疲れたの。隣に座ってもいい?」
どうぞと、隣に手をやる。
「どう?私の事を抱いてみる気にはなった?」
ブンブンと首を振る。
リズの事は少しだけ分かったけど、それとこれとは別だ。
それに、女同士で何をするんだ。
「残念ね。レアな子を落とせると思ったのに」
邪気のない顔でまたニッコリと笑う。
リズが何を思ってわざわざここに来たのかはわからなかったけど、私の何かを知ったからといってすぐに利用する気はないようだ。
初めは警戒していたけど、会うたびにリズは自由に振る舞い、後から振り返ると人生で初めて友人と呼べる存在ができた瞬間でもあった。
そこで男として傭兵部隊に混ざり、戦闘行為を生業として生きていた。
男として育てられた私が、城を出て何をすればいいのかわからなかった。
何の後ろ盾のない女の身で放り出されて、市中で素知らぬ顔で暮らしていけるわけもなく、剣をとる以外の道が分からなかった。
王子としての教育を受けていたから、戦闘技術を身につけていたから、何とかそこで生きていた。
少年兵として、傭兵団に身を置いて、2年。
まだ、ここで生きている。
子供の頃から人を殺してきた私には、人を殺す戦場がお似合いの場所だった。
髪は灰色に染めて、目の色を隠すように前髪は伸ばしている。
戦闘中は兜を被り、バイザーを下げれば、目の色は気付かれなかった。
目立たずひっそりとそこに存在し、細々と地味な戦果をあげていれば、日々食べる分には辛うじて困らない。
ただ……
戦闘がない日の夜は、そこら中の天幕から聞こえてくる女性の喘ぎ声に、自分の体を抱きしめて、縮こまっていた。
ここでは当たり前の事だけど、いつまでたっても慣れなかった。
あの声は、戦場に出稼ぎにきた娼婦達のものだ。
あの人達は仕事としてここに来ていて、一応は無理矢理やらされているわけではない。
プロとして誇りを持っている人も多いと聞く。
きちんと報酬を貰っている。
そして、それをやらざるを得ない理由もあるのは想像に易い。
自分に言い聞かせていた。
だけど、やっぱり私はソレを受け入れられなかった。
剣を握れるうちは、これで生きていきたい。
それ以外の、あの道を選ばなければならないなら、いっそ死にたかった。
まだ、捨てきれない矜恃があった。
どっちが良いのかは分からない。
どっちも同じなのかもしれない。
剣で人の命を奪い続ける道と、複数の男達と肌を重ねることと。
「私達の事を、汚いと思ってる?」
心を読まれたかのような、不意にそんな言葉を投げかけられ、ドキリとした。
突然のことに顔を上げると、似たような年頃の女性の姿が目の前にあった。
未成年の少女を戦場に呼ばないから、16歳は過ぎているはずだ。
そばかすが浮いた、少しだけつり目の愛くるしい顔をしていて、茶色のウェーブがかかった髪の毛を、腰付近まで伸ばしている。
いつの間に入ってきたのか、天幕内には二人っきりだ。
何しに来たのか、彼女に伝わるように警戒を露わにした。
「そんなに警戒しないで。私はリズ。女を抱こうとはしない子がいるって聞いて、見に来てみたの。貴方くらいの歳なら、女性に興味をもつだろうに、男の方が好きなのかと思ったけど、違うみたいね」
傭兵団の中には、同性愛者も多く存在している。
でも、私は違う。
「貴方、話せないそうね。でも、その目がね、私達と一緒にいたくないって見たくないって言ってるの。瞳の奥底で、軽蔑するように見ているの。私達がここの野営地にくると、貴方、途端に天幕内に引っ込むでしょ」
身に覚えがあり過ぎて、否定もできなかった。
それ以前に、瞳の色を見られたのかと焦る。
咄嗟に前髪を押さえていた。
「ああ、別に、何を見たからと言って誰かに言うつもりはないわ。自分の命が惜しいから、変な事に巻き込まれたくないもの。うっかり何かを言って、私まで口封じされたら嫌よ」
彼女、リズの言葉を黙って聞き続ける。
「軽蔑されるのも別にいいんだけどね。よく差別される職業だから。でも、私達みたいな子が溢れ返っているのは、誰のせいかってね。それは言いたいわね」
ああ、やっぱり、リズは私の正体に少なからず気付いているんだ。
今まで隠してこれたのに、こんな所であっさりとバレるなんて……
「そうは言ったけど、恨み言を言いにきたわけじゃないのよ?」
リズは、ニッコリと笑った。
「少しは、私を見ようとしてくれない?リズって言う、私自身を。軽蔑する娼婦としてじゃなくて」
そう話す彼女を見上げていた。
腰に手を当て、私を見下ろす姿は自信に溢れていて、私よりはよっぽど自分に誇りを持っている子だ。
「で、ちょっと疲れたの。隣に座ってもいい?」
どうぞと、隣に手をやる。
「どう?私の事を抱いてみる気にはなった?」
ブンブンと首を振る。
リズの事は少しだけ分かったけど、それとこれとは別だ。
それに、女同士で何をするんだ。
「残念ね。レアな子を落とせると思ったのに」
邪気のない顔でまたニッコリと笑う。
リズが何を思ってわざわざここに来たのかはわからなかったけど、私の何かを知ったからといってすぐに利用する気はないようだ。
初めは警戒していたけど、会うたびにリズは自由に振る舞い、後から振り返ると人生で初めて友人と呼べる存在ができた瞬間でもあった。
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