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第四章 アメリカムラサキバン
01.白鳥に出逢う火食鳥
しおりを挟むいるはずの番の姿が消えて一瞬呆然としたカジュリエスではあったが。
カジュリエスは、巡察官だ。
カジュリエスの仕事は悪人を取り締まり、何処かに被害が出たら話を聞き加害者を探し、街の、国の安全を脅かす人間から、そこに住まう人間を守る。
魔力は魔術師になれる程には高くなくとも、人の探索に必要な魔術は一通り使えるし、魔術がなくとも人の探索はお手の物で。
その上で、いなくなった相手はレイルだ。
レイルと番になれてすぐ――実際には当時は番ではなく完全にカジュリエスの勘違いであったが――あまり魔力が高くないレイルに気づかれないように、自分だけが分かる不可分魔法を植え付けておいた。
不可分魔法とは、本来はお互いがどこにいてもわかるように、お互いがわかるように結びつけるものだ。番同士でかけてもいいし、親子間でかけてもいい。
レイルに知られたら気持ち悪いと思われそうで言い出せずにいたが、当時、番と思われていなかったのであれば本当に言わなくて良かった。その事実を告げただけで嫌われてもおかしくなかった……が、今となってはその逆、かけておいて良かった。己の判断は正しかったな。
自身を正当化しながらも、カジュリエスはレイルの不可分魔法が紡ぐ糸のように伸びた魔の痕跡を追う事にした。なぜか普段は強固なその力はあまりに微弱で一体レイルに何が起こっているのか全く理解ができないが、それでも頑張れば追うことができる。自分とレイルだけを繋ぐ魔術だ。そう簡単に消えるわけがない。
命令違反になるが、王城への招集へは応じない。巡察官は何人もいるが、自分にとっての番はレイル一人で、レイルにとっての巡察官は自分だけのはずだ。走りながら通信石を使って、巡察官の詰め所へ連絡を入れる。
『はい、巡察官詰所』
「悪いが、そちらの招集には応じられなくなった」
『え、あ……カジュリエス巡察官ですか!? いらしていただけないと隊員を指揮する人数も足りていないのですが!』
「番が何者かに攫われた。悪いが番を追う」
『あぁ……』
通信に出た後輩はそれはどうしようもない、といったようなため息をついた。彼は巡察隊の中でも珍しい叩き上げの隊員で、市井で番と暮らしているのは知っている。以前カジュリエスに「それはもう番ですよ」と焚き付けたのも彼だ。
「では……」
通信を切ろうとした時のこと。ちょっとお待ち下さい、と止められた。
『番を捜しに行くのはわかりました。ただ、それをそのまま上に報告することはできません。バルチャー医官を捜してください。元々市井にいたカジュリエス巡察官はバルチャー医官を捜しに行ったと報告しておきます』
「バルチャー、だと? 俺の知っているあのバルチャーか?」
『はい、バルチャー医官の姿もどこにも見えず、皆が捜しています。そもそもバルチャー医官には、医官以外の仕事もあったそうで、王城はそれもあって今とても慌ただしいのです』
「……わかった、では、番を捜すついでにバルチャーの事も気に留めておく」
『助かります、何かわかればご連絡を、私は通信室に詰めていますので』
このまま好き勝手に番を捜しにいけば、万が一にも処分されるかもしれないととっさに考えてくれたのだろう。良い後輩を持ったものだ。
カジュリエスは走りながらも考える。
それにしても。
バルチャーは一体何の仕事をしていたのだろう。今まで何度も話はしたし、隊内では仲良くしている方だと思っていたが医官以外の仕事を請け負っていたとは知らなかった。
程なく、カジュリエスは一軒の店の前に立つ。
全体的に青い建物、そっけないぐいらの細い金文字で「織布店」と書いてある。
迷わずに木でできた青い扉を力いっぱい叩いた。「すみません、誰かいますか、人を捜してます!」と叫ぶのも忘れない。
扉を叩いただけで出てきてくれるのは店が営業をしている時だけだ。そうでない時、居留守を使われる事もあるが、理由を叫ぶと出てきてもらえる率は格段に上がる。と、新人の頃に先輩から言われたものだ。
案の定、しばらく時間を置いてから、白いと言うには青白すぎる男が店の奥から出てきて、ガラス越しに顔を見せた。王城内でもちょっと見ないような見事な純白の大きな羽を持っている。
「捜し人とは」
扉の横、店内が見えるガラス越しに言葉少なに返す。すぐに扉を開けるつもりはなさそうだ。カジュリエスはしばし悩んだ。この店にレイルがいることは間違いない。短時間で急激に身体が変化していったレイルを、いつまでも自分から離れた場所に置いておきたくはない。できたら、今すぐ店の中に入れてほしい。この男が誰かはわからないが、揉めたくはない。揉める時間が惜しい。
「レイル、と言う男が、ここにいないか」
カジュリエスは、いちかばちか、バカ正直に名前を告げる事を選ぶ。目の前の男の不機嫌そうな表情がぴくり、と動いた。
「お前は誰だ、巡察官」
「名乗らず申し訳ない。私の名はカジュリエス、見ての通り巡察官をしているが今日人を捜しているのは巡察官として捜しているのではない。ただの個人として、自分の番を捜している」
「番……?」
「そうだ、捜しているレイルと言う男は、俺の番だ」
「……レイルに不可分魔法をかけたのはお前か」
「……わかるのか……?」
「随分と強固な魔法をかけたもんだな。隠すのに一苦労した、それでなくとも今は魔力を隠さないといけない時だってのに……」
「……」
「巡察官、お前本当にレイルの番か? レイルに内緒で不可分魔法をかけたやばい変態じゃないって証明できるか?」
証明……は、全くできない。そもそも不可分魔法をかけられていたことにレイルは気づいていなかったし、本当の意味で番になった後も、それを伝える時間もないままにレイルは消えてしまったのだから。
「証明は……できないが。……レイルに、確認してもらえればわかるはずだ。中にいるなら、カジュリエスという名を告げてくれ」
今朝の今朝まで、あれだけお互いの存在を認めあって確かめた、はずだ。好きと言って好きと言われ、自分だけでなくレイルも、ここ数日間違いなく発情期を共に過ごし正しい番になれた、はずだ。だから、名前さえ告げてもらえればレイルだって会いたいと思ってくれるはずだ。
男はこちらをじっと見たまま答えない。
それから、しばし。ふ、とため息のようなものをついて、扉を開けた。
「入れ。俺にはお前にかまっている時間が無い」
随分と愛想が悪いように思うが、市井を巡察する中でこれよりも態度の悪い人間なんていくらでも見てきたし、中に入れてくれると言うのだからカジュリエスにとって悪い人には思えない。
眩しい程に白い羽をはためかせ「ついてこい」と男は踵を返す。
部屋の中、店として使っているであろう場所を足早に横切り中の扉をあけて廊下へ。廊下を進んだ先、また一枚扉を開けて中庭のような場所へ。中庭の全部が大きな天幕のようなもので覆われていた。
「ここは……」
布の中は見えないが、間違いなくこの中にレイルがいることを感じる。
「ここにレイルがいる。お前の知る男とは違うかもしれないが……。俺には時間がないから会わせるが、会った上でお前がもし本当にやばいやつだと分かったら俺はお前をなんとしても殺すぞ」
カジュリエスの巡察官としての本能が告げる。この白い男は物騒だ。誰だか知らないが、会って間もないやばいかどうかわからないやつを、自分がやばいやつ認定したら殺すだなんて。
「いくらなんでも、物騒じゃないか、人を殺すなんて。そもそもあなたはレイルの何なんだ」
「俺はレイルの父親だ」
「父親」
「そうだ、実の父親だ」
白い男はさっさと天幕の中へ入っていってしまった。
この国の親子は血の繋がりが無い者たちが大多数で、子供が成人して独り立ちをすると、個体の寿命があまりに違う事もあって、付き合いが薄くなることも多い。そのため、親子だから、とべたべたした付き合いをしている人を見たことが無いが、……実父と言ったか……? それであるなら血の繋がりもあるはずで、あまりにレイルと目の前の男はかけ離れて見えるが……。
白い男の大きな羽を見ながら天幕に入ったカジュリエスは、瞬間、身体中の皮膚が総毛立つのを感じた。
あまりに強すぎる魔力は、毒だ。それも、摂取した途端に身体中全てを巡る強い毒だ。今カジュリエスが対峙しているのもまさにそれで、即効性の毒にやられてカジュリエスの身体は固まり、心臓の動きが異常に速くなる。汗が吹き出し、恐怖がその身体を支配し思うように動けない。どうすれば。一体、なぜ。何が。
目の前にいた白い男がこちらを見て、その鮮烈とも思える程の赤い唇の端を持ち上げて笑った。
「ちょっと、すごい圧だろ……あいつらは今人型をとってるし、慣れたらマシになるぞ、今二人いるから余計に……」
二人? と、聞くまでもなく、白い男の先に見えた人は。
「……レイル……?」
自分の知っているレイルは、髪も羽も、素朴と言う言葉が褒め言葉になるような茶色で、小さな羽がちょこんとついていて、細い身体に細いオレンジ色の脚がとてもかわいい……。
そんなレイルは、もうそこにはいない。
そこにいるレイルは、鮮やかに赤い唇、水色がかった白い肌、髪の毛も、背中の羽も、紫から青に光輝きあまりに美しく……。
こんな羽色、長いこと巡察官をしているカジュリエスですら見たことがない。
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生まれた時からこれだけの羽を持っていたら、どれだけその背の羽が小さくても、レイルは孵卵施設で大切に、誰より大事に大人になるまで育てられたはずだ。それほどに価値がある色をして、その上この近くに寄るのが困難な程に強い魔力は。
「レイル……」
再び声をかけた。
横たわっていたレイルは、薄っすらとその目を開けてこちらを見ている。よかった、瞳の色は、以前の茶色いままだ。
だが、レイルは。
「空龍、だったのか……」
その言葉にレイルは、実父と名乗った白い男に不思議なほどに似た真紅の唇の端を持ち上げて薄く笑った。
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