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第三章 タカ
03.幸せだったはずのコンドル
しおりを挟むそれからの二百年、バルチャーにとっては幸せな日々。
バルチャーの番であるピーファウルは、バルチャーの言うことをよく聞く。
先代の空龍とは違う、バルチャーが好ましいと思う龍だ。
王族の中には、あまりにピーファウルへの締め付けが過ぎると言い、いくらなんでも龍に対して不敬では、と言う声もあった事は知っている。しかし、現王と結託して正しい事をしていると信じているバルチャーの心には届かない。
そもそも、不敬なわけがない。
水、食事、環境の良い部屋、常に医術師である自分が付き従い健康に問題の無い環境を整えている。
部屋の中では自由に過ごせるし、国に禍いの降りかかる時限定ではあるが、外に行くこともできる。
だいたい、龍に不敬とはどう言うことだ。龍は龍の役割を果たせば良い。自分も龍の世話、という役割を果たす。
それにしても、と、バルチャーは長椅子に寄りかかるように眠るピーファウルを眺めながら考えた。
そろそろ龍の寿命を鑑みても次世代の龍を残す行為をしてもおかしくないはずだ。
あえて性欲を抑える形で今まできたが、これからは方針を変えて次の龍の事も検討しないといけないか、とバルチャーは立ち上がり、近づきながら声をかける。
「ピーファウル、起きてください。あなた、そろそろ次世代の龍を残す頃ではありませんか?」
実は寝ていなかったのか、ピーファウルは頭を上げずに開いた目をこちらに向けてきた。
「急に、……何の話ですか」
「あなたの次代の龍の話です。あなたの先代は、番に核を植えつけていました。それが卵になり、産み落とされ、あなたが孵化した。あなたも二百五十歳くらいになるでしょう。そろそろじゃないですか?」
「バルチャー……あなたは……、私の次代の龍にも関わるつもりですか……」
「私はまだまだ死にそうにないので、生きている限りは……まぁそうですね、関わるでしょうね。
で、どうなんです? そろそろなのでしたら、私とあなたは番なのですから、私に植え付けるのが道理かと思いますが」
「バルチャーに、……核を……?」
「ええ、医術師としても興味深いですし、私以外いないでしょう。その時がきたら、その股間の鍵を外して差し上げますので教えてください」
「……わかりました」
そう答えたきり、ピーファウルはまた目を閉じてしまった。
だが、構わない。わかりました、と言質をとったのだからピーファウルは自分に報告をしてくるだろう。
自分の寿命があとどのくらい続いていくのかはわからないが、国の為、自分の為、次代の龍も孵化した時からまた自分が教育を施そう。
バルチャーは、他からはそうとは見えないような表情を浮かべてはいたが、心底満足していた。
自分が死ぬまで、その満足感が続くと信じていた。
禍いを振り払いに行った空龍が時間になっても戻らない、と、近衛が報告に来るまでは。
近衛を従え、どれ程焦り苛つき走り飛んだかわからない。
空龍の姿は目立つ。また、魔力も溢れ出しているはずなので探すのは容易かとタカを括っていたのもいけなかった。
その上、例え人化しても、人型の羽であれば長い事飛び続けることは出来ない。そもそも彼の羽は通常ではあまり見ない色と大きさで、どこに行っても目立ち隠密にはむいていないのだ、すぐに目撃情報が寄せられて見つけられるとそう甘く考えていた。
まさかそれから三十日もの間、痕跡すら追えなくなるとは思わなかった。
龍の魔力を完全に舐めていた己を初めて省みる。それまでは、いくらピーファウルが龍であってもバルチャーは完全に御していると思っていたし、自分の教育は完璧だと自惚れていた。彼らが本気になれば自分たちのようなヒトに簡単にあしらわれるとは思ってもみなかった。
教育が足りなかったのか。
見つけたら更に締め付ける必要があるか。
三十日。
国境の端から、異様に大きな魔力が検知されたと隠密師団の者が報告にくるまで、バルチャーには打つ手が無かったことに酷く苛ついた。
多分、心の奥底でピーファウルを信じていたのだ。
ここから逃げ出したりしないと、そう、疑いもせず思っていた。
近衛師団と隠密師団の者を引き連れ、島へと急行する。
こんな島、こんな所にあったのかと思う程の小さな小さな島だった。
何もない、ただの土しかない島にピーファウルは、ただ立っていた。
三十日ぶりに見たピーファウルは、やつれてふらついているようではあったが素っ気なくいつもと同じようにただそこにいた。
「ピーファウル、散々に探しましたよ」
「……探索なんて、頼んでいませんよ」
「そんなつれない事を……国中を総出で散々探しまわりましたが……こんな……島、このあたりにありましたか」
「私がこうして立っているのだから、あったのでしょう」
「…………なぜ、逃げたのです。そんな事、今まで一度も……あなたはもっと自覚を持っていると思っていましたが」
そうだ、自覚があったはずだ。
だからこそ、彼が逃げるなんてこと、考えてもいなかった。
それなのにピーファウルは、自覚があるから戻るだなんて言うのだ。とんだ詭弁だ。
見知らぬ人間と交わらなかったかと聞いても、素っ気ない。ピーファウルがバルチャーに対して愛想良くしていた事など見たことはないが、もう少し言いようがあるだろうと思う。
「……戻ったら、まずは身体検査をさせてください、ピーファウル。あなたの身体が心配なんです」
「バルチャー、……あなたが心配しているのは私の身体ではなく別のことでしょう」
「あなた以上に心配な事などありませんよ、私の美しいピーファウル」
「……あなたの、ではありません」
それまでも。
それまでも、素っ気ない態度や素っ気ない口調が多かったピーファウルだ。とは言え、ここまで嫌悪感の滲むような表情はしていなかったように思う。
何かが違う。
今までとは、明らかにピーファウルの様子が違う。
こんな視線のよこし方、こんな口元の歪め方、目の前のこの男はしていたか? いや、していない。ある種の人形のような男だったのに、今では、その正体は空龍である、と言うことを引いても人間らしく見える。
とりあえず、連れ帰って身体を調べることにする。
そうして、足りなかった教育を再度施さなくては。貞操帯の金具の具合も調整せねばならないかもしれない。
次代の龍については貞操帯が元のまま付いていると言うのを信じるのであれば、どこぞに核を植えつけたとも思えない。
そのうち落ち着いたら、ピーファウルと寿命の話やそれに関しての次代の龍の話をしてみてもいい。
そう考えながら帰路に着く。
途中、ピーファウルに聞こえないように隠密師団の者達にあの小さな浮島を爆破しておくよう伝えた。
とりあえずは、良いこととする。
ピーファウルは国に無事に戻り、次代の龍も生していないと言う。事実、貞操帯は元の通りについていた。
毎日機嫌は良くなさそうではあるが、それでも言う事はよく聞く。
――バルチャーは、騙されていた。
核は植え付けなくとも、空龍の魔力のみで卵になる。ピーファウルはバルチャーの知らない所で既に次代の龍を作っていた。
空龍一人で卵が作れるだなんて、誰も教えてくれなかったし、空龍以外は誰も知らなかったのだろう。
先代が自らの番に卵を産ませていたのは、ただ、そうしたかったから、それだけだ。
ただ、その事実に気づくのはそこから更におおよそ三十年近くも経ってからの事で、気づいたからと言ってその時にはもう、バルチャーに出来ることなど何一つ無かったのだけど。
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