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今度は推しをお守りします!
共同戦線
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「リュシアン様を狙っただなんて……」
「許せない!!」
私が言おうとしたセリフを、隣でギーがいきり立って口にした。
「魔獣を使い、罠を張ったということじゃないか。聖騎士団を巻き込んでまでリュシアン様を狙うなんて、大胆不敵な! 絶対に許せない!!」
リュシアン様だけでなく聖騎士団まで馬鹿にしている! ギーは顔を赤くするほど憤慨した。
「この場合、聖騎士団も恨んでいるのでは? 聖騎士団を巻き込んではリュシアン様を狙いにくいでしょう。それならばどちらにも妬みや恨みがあると考えた方が、納得がいきます」
「それは確かに、そうかもしれませんわね」
ベルトランの言葉に、アナスタージア様は考えるように頷く。リュシアン様も聖騎士団も陥れたかったのだろうか。
ギーはどちらでも腹立たしいと立ち上がったまま歯軋りをした。
「リュシアン様と聖騎士団を狙うような輩に心当たりはありますか?」
私は腕まくりをしてペンにインクを付ける。端から呪いでも掛けてやりたい気分だ。リュシアン様の手を煩わせることなく、とっとと犯人確保に努めたい。
「私が知っているのは、警備騎士団のお馬鹿どもですが、名前が分かりません」
「俺も顔は知っているけど、名前が分からないな。でも、リュシアン様と聖騎士団を妬んでいるやつらなんて、山ほどいるよな。聖騎士団の入団試験に受からなかったやつとか、リュシアン様や聖騎士団を好きな令嬢に振られたとか、細かいことを言えば、色々」
「それをいったら、妬まれまくりですね……」
私は横目でアナスタージア様を見そうになった。アナスタージア様を推しとしている者たちからはかなり恨まれていそうだ。アナスタージア様とリュシアン様のロマンスは皆が耳にしていることである。
それが偽装でも、他の者たちには分からぬこと。アナスタージア様のファンも数に入れていた方が良いだろう。
アナスタージア様とベルトランは思い付く者の名前を教えてくれる。二人はさすがによく知っていて、何人もの名前が出てきた。この間私が喧嘩をふっかけた者たちの名前もご存知だ。
「あと、誰がいるかしらね。リュシアン様個人ではなく、ヴォロディーヌ家をうらやむ者も多いから……」
「本当に多いですね。こんなにいるんですか??」
名前を書いているだけなのに、紙を何枚使っただろうか。机に広がった紙の数に私もうんざりしそうになる。
軽い妬みを持っていても候補に入れているので、多いとは思っていたが。
「では、ここから可能性のある者を残していきましょう。高位者はないと思うので、身分の高い者はなしで」
ベルトランが赤いインクで名前の上にバツを付けていく。
身分がそんなに高くなく、暗黒の力について知識を得られる者。私のような一介のメイドだった者には暗黒の力についてよく知らないのが普通である。
そして、暗黒の力を使う方法を知ることができる者。暗黒の力を使用するにも知識がなければ行えないからだ。
魔法の知識はあっても、そこまで得意ではない者。魔力のある者。魔法陣を使っているので魔力が全くない者は扱えない。
聖騎士団がどうやって派遣されるか、熟知している者。
「こいつは無理だな。こいつと、こいつも」
ギーもいくつかの名前にバツを付け、最終的には紙三枚分の名前が残った。
ここから犯人をさらに絞る必要がある。
「あ、お伝えしてなかったです。先ほどヴィヴィアンお師匠様と相談して行ったのですが、ウヌハスの頭部を使い、呪い返しをしました」
「そんなことできるのか!?」
ギーよ。私はそのためにいるのだが。その問いは無視しておく。
「ウヌハスが呪いを掛けたとはいえ、ウヌハスを操っている者がいますから、そちらに呪いが返るようにしました。ですので、うまくいっていれば、相手にそれなりの影響は出ていると思います。犯人確保のために少々手加減をしましたので、睡眠障害程度かと」
「すごいな、お前!」
「それでも十分ですよ。さすがですね」
「永眠にはならないのよね……?」
ギーとベルトランは褒めてくれたのに、アナスタージア様だけ不安があるようだ。
私も永眠させたかったが、それではただの殺しだとリュシアン様に怒られてしまった。仕方なく手を抜いて呪い返しをしたので、しっかり返ったのかは私も不安だ。
「呪いが返っていれば、眠っても眠さが残っているとか、急に眠気がくるとか、そういった睡眠障害が出ているでしょう。眠っても夢を見続けるので、不眠症になっているかもしれません」
「では、そんな者がいないか、調べさせましょう。お手柄ですね」
珍しくベルトランがちゃんと褒めてくれる。
「ですから、それらに喧嘩を売る真似はやめてくださいよ」
と、思ったら、注意を受けた。アナスタージア様も同感だと疑いの目を私に向ける。前に騎士たちに喧嘩を売ったことをよく覚えていらっしゃるようだ。
「喧嘩を売ったのかよ。まあ、俺も売るけどな」
そこは気が合う。私たちは意味もなくハイタッチをした。アナスタージア様とベルトランは頭が痛いと額を抑えるが、これは戦いだ。負けるわけにはいかない。
「リュシアン様を逆恨みするなど、もっての外です! 懲らしめてやりましょう!!」
「当然だ! 実力もないやつの僻みに屈することはない!!」
私たちは今ここで長い戦いに終始をうち、お互いの敵を倒すべくがっちりと握手をして、協力体制を誓った。
「……何を、しているんだ」
「リュシアン様!」
リュシアン様は疲れているのか、少々顔色悪く団長室から出てきた。
じっとり見つめられる先。私とギーの後ろには誰もいない。握手をしたまま背後を見遣ったが何もなく、私たちはお互い首を捻った。
「これから、リュシアン様を妬む者たちを端から呪おうかと!」
「は!?」
「はっ。間違えました! リスト化した者たちを調べようと……」
「リュシアン様を狙ったやつなど、八つ裂きの刑です! すぐに犯人を捕らえます!!」
ごまかしたのに、ギーがはっきり言った。
「それで、なんで手を繋いでいるんだ……?」
別に手を繋いでいたわけではない。リュシアン様はやはりお疲れか、青白い顔で眉をひそめた。
「一時休戦です。リュシアン様を狙ったやつを探さなければなりません!」
ギーが元気よくハキハキ答えるのを聞いて、リュシアン様はどこか強張っていた肩を下ろした。
「……犯人を探すのは構わんが、脅したりはしないでくれ……」
脅して捕えれば正当性に問われる。仕方ないが、呪わず脅さずに犯人を見付けなければならない。
「分かりました。少しでも何かしてくれば、抹殺する気で倒します!」
「違う! お前もレティシア嬢と同じようなことを言うな。過剰な攻撃はするなよ。短気を起こすな」
私も同じことを思っていたのでばつが悪い。よそを向いて聞いていないふりをしておく。
「俺を恨むやつなんてどこにでもいるからな。俺の知らない者も多いだろうから」
「そんなこと……」
「知らぬうちに恨みを買っているかもしれない。暗黒の力を手に入れた者がこれ以上何かしないよう、早めの対処をしないとな」
リュシアン様を恨む者などいないと言いたいが、実際リュシアン様が知らぬところで妬みを持っている者はいる。
いつもより青白い顔をしているのを見て、私はぎゅっと拳を握る。
(推しにこんな顔をさせるだなんて。許せないわ……)
やはり痛い目に合わせたい。そんな気持ちで燃えたぎっていると、リュシアン様は王からのお召しで部屋を出て行った。喧嘩は売るなと釘を刺すのを忘れずに。
「リュシアン様にはすぐばれてしまうわね」
喧嘩を売る気はないのだが、目の前でリュシアン様の文句を言われれば、押し潰したくなる衝動に駆られる。リュシアン様の悪口など聞いていられないので、その口を縫いたくなるのは仕方ないと思うのだ。
(ああ、でもだめね。私から先に手を出しては、リュシアン様にご迷惑がかかってしまう)
そうならないためにも、あちらの尻尾を掴んで吊り上げて、干物にするくらいは……。
「あら、あの男」
魔術師の建物へ行く途中、まだ明るい中外を歩いていると、前にリュシアン様の文句を言っていた男が目に入った。
金の短髪。深い緑の制服。宮殿の警備騎士の男だ。
同じ警備騎士の男と二人歩いており、もう一人は見知らぬ男である。少し身分が高いのか、二人は別れると金髪の男の方が頭を下げて見送っていた。金髪男の上官のようだ。とはいえ、団長などではないようだが。
金髪男の名前は、ドナ・ティエリー。リュシアン様を妬むリストに記されており、最後まで名前が残った男だ。
魔力は持っているが魔法が得意でなく、聖騎士団に入ることができなかった。一つ年下のリュシアン様は後から聖騎士団に入団し、あっという間に団長に昇進。自身は警備騎士の下っ端のまま。
まだ調査段階でどうしてそこまで分かったかというと、ギーがあの男の情報を持っていたのである。
ドナ・ティエリーは年に一度行われる武闘大会に参加し、剣のみの部門で順当に勝ち上がったそうだが、リュシアン様と対決し、一瞬で倒されてしまったとか。
ずいぶん昔の話らしいが、その時にドナは卑怯にも剣に細工をしていたとかで、後々それがバレて、大目玉を喰らった。
まだアカデミーに入ったばかりだったギーが噂を耳にしたほどなのだから、その話はとても有名なのだ。
しかも、剣の細工についてリュシアン様が告げ口したと思っているらしく、リュシアン様を逆恨みしているそうだ。
リュシアン様がそんなちんけな男を相手にするはずがない。逆恨みにもほどがある。
そのドナは仕事中なのか、きょろきょろと周囲を見回して歩いている。
(どこへ行く気なのかしら……)
ドナは建物と建物の二階を繋ぐ、外向きの回廊の下へ向かっている。そちらは水路が通る貯水槽があり、人気のない場所だ。
警備騎士なのだから、一人でそちらを確認しに行くのだろうか。
疑いを持っているとどこにいても怪しく思ってしまう。
じっと見つめていると、回廊の下の雑草が多く茂ったところに、黒い影が見えた。
ぞくりと背筋に寒気が走る。
(犬? なに、あの犬)
「何をしているんです?」
「ほあっ!」
「え、なんですか!?」
いきなり声を掛けられて奇声を発してしまった。声を掛けてきた方もびくりとする。
「ベルトラン、さま」
振り向いたらベルトランがいたが、私はすぐに先ほどの方へ向く。回廊の下にいた犬はいなくなっていた。そちらの方へ進んでいたドナは方向を変えて回廊沿いを進んでいる。回廊の下をくぐった先に行く気はなかったようだ。
「どうかしたんですか? ……、ああ、あれは……、ドナ・ティエリーですか。あなたが喧嘩を売った」
「売ってません。買ったんです。リュシアン様の文句を言っていた男たちです」
「ええ。知ってます。あの男は有名ですからね。卑怯なドナ・ティエリー。ギーの話は僕も聞いたことがありますから」
ベルトランもその話は有名でよく覚えているとドナの後ろ姿を見つめる。分かりやすく逆恨みをしている一人だ。
「剣に魔法を掛けて、相手の力を削ぐ真似をしたんですよ。あの武闘大会は騎士団に入るために判断される大会ですし」
「そうなんですよね……」
武闘大会の観戦はチケット制だ。騎士を目指す者の登竜門であるため、チケットは高位貴族や出場者の縁故、アカデミーの生徒に配られる。
つまり、リュシアン様が出場されても、私は見に行けなかったのだ。
「聖騎士団に入る者は、あの大会で上位に入らなければなりません。敗者復活戦もありますが、その前に武器の不正使用で失格になりましたから」
「それで、よく警備騎士になれましたね」
「家が裕福だそうですよ。警備騎士になれても、昇進は見込めないでしょうが」
なるほど。仕方なく入団は決められたが、そこは厳格なようだ。
「聖騎士団に入りたくて、不正を行う者は度々出てくるんです。聖騎士は特別な騎士団ですからね。騎士にとって名誉ですし」
「精霊の血を引いているからずるい。その程度の批判をするようなレベルの低い者は問題外ってことですね」
「辛口ですが、その通りですね」
「逆恨みにもほどありすぎだと思いますけれど、あの男、アナスタージア様に懸想してますから、それも関係しているのでしょうね」
「そ、うなんですか……」
「リュシアン様の悪口を言っていた時、アナスタージア様の前で恥をかいたことを憤っていました。まったく、許せませんね。私の推したちに」
「そう、ですね……」
ベルトランは居心地悪そうに返事をする。私がじっと見ていると、コホンと咳払いをした。
「ご婚約者様に会いました」
「魔獣の研究をしている人ですから、今後も会うことがあると思います」
答えてはくれるが、どこかよそよそしいというか、身の置き場がなさそうにそわそわしている。
その気まずそうな顔が気になるのだが、私は突っ込みはやめようと小さく息を吐いた。他人の家の事情など知り合ったばかりの私が口を出すことではない。
ただ、歯痒さを感じているだけだ。
「変わった人でしょう。あれでも子供の頃は警戒心が強くて、仲が良くなるまで時間が掛かりました」
「そうなんですか? ものすごく話しやすそうな方でしたが」
「レティシアさんとは仲良くなれると思いますよ」
ベルトランは温かい笑みを浮かべる。
「研究バカで、集中したら何も見えなくなるんです。私も似たようなところはありますが、彼女ほどの集中力は持てないですよ」
ベルトランはいつもよりずっと優しげな話し方をする。家族について話すような、とても気安い雰囲気を感じた。
何年も前に知り合って婚約を続けているのだから理解力があるのだろう。少し聞いているだけで分かる。
(アナスタージア様のことを知らなければ、うらやむような関係だけれど)
ベルトランは丁度ブリジット様のところへ行くそうだ。暗黒期における魔獣の増加について、意見交換があるらしい。ブリジット様は研究所で主任を任されており、仕事上重なることが多いそうだ。
「難しいどころではないわよね。アナスタージア様はそれがよく分かっているから……」
せめて婚約だけは回避したい。リュシアン様と利害関係を結んだのは、想うことだけは許してほしいと思っているからだろうか。
せめて、想うだけは。
ベルトランの背を見送って、私はただため息を吐くしかできなかった。
「許せない!!」
私が言おうとしたセリフを、隣でギーがいきり立って口にした。
「魔獣を使い、罠を張ったということじゃないか。聖騎士団を巻き込んでまでリュシアン様を狙うなんて、大胆不敵な! 絶対に許せない!!」
リュシアン様だけでなく聖騎士団まで馬鹿にしている! ギーは顔を赤くするほど憤慨した。
「この場合、聖騎士団も恨んでいるのでは? 聖騎士団を巻き込んではリュシアン様を狙いにくいでしょう。それならばどちらにも妬みや恨みがあると考えた方が、納得がいきます」
「それは確かに、そうかもしれませんわね」
ベルトランの言葉に、アナスタージア様は考えるように頷く。リュシアン様も聖騎士団も陥れたかったのだろうか。
ギーはどちらでも腹立たしいと立ち上がったまま歯軋りをした。
「リュシアン様と聖騎士団を狙うような輩に心当たりはありますか?」
私は腕まくりをしてペンにインクを付ける。端から呪いでも掛けてやりたい気分だ。リュシアン様の手を煩わせることなく、とっとと犯人確保に努めたい。
「私が知っているのは、警備騎士団のお馬鹿どもですが、名前が分かりません」
「俺も顔は知っているけど、名前が分からないな。でも、リュシアン様と聖騎士団を妬んでいるやつらなんて、山ほどいるよな。聖騎士団の入団試験に受からなかったやつとか、リュシアン様や聖騎士団を好きな令嬢に振られたとか、細かいことを言えば、色々」
「それをいったら、妬まれまくりですね……」
私は横目でアナスタージア様を見そうになった。アナスタージア様を推しとしている者たちからはかなり恨まれていそうだ。アナスタージア様とリュシアン様のロマンスは皆が耳にしていることである。
それが偽装でも、他の者たちには分からぬこと。アナスタージア様のファンも数に入れていた方が良いだろう。
アナスタージア様とベルトランは思い付く者の名前を教えてくれる。二人はさすがによく知っていて、何人もの名前が出てきた。この間私が喧嘩をふっかけた者たちの名前もご存知だ。
「あと、誰がいるかしらね。リュシアン様個人ではなく、ヴォロディーヌ家をうらやむ者も多いから……」
「本当に多いですね。こんなにいるんですか??」
名前を書いているだけなのに、紙を何枚使っただろうか。机に広がった紙の数に私もうんざりしそうになる。
軽い妬みを持っていても候補に入れているので、多いとは思っていたが。
「では、ここから可能性のある者を残していきましょう。高位者はないと思うので、身分の高い者はなしで」
ベルトランが赤いインクで名前の上にバツを付けていく。
身分がそんなに高くなく、暗黒の力について知識を得られる者。私のような一介のメイドだった者には暗黒の力についてよく知らないのが普通である。
そして、暗黒の力を使う方法を知ることができる者。暗黒の力を使用するにも知識がなければ行えないからだ。
魔法の知識はあっても、そこまで得意ではない者。魔力のある者。魔法陣を使っているので魔力が全くない者は扱えない。
聖騎士団がどうやって派遣されるか、熟知している者。
「こいつは無理だな。こいつと、こいつも」
ギーもいくつかの名前にバツを付け、最終的には紙三枚分の名前が残った。
ここから犯人をさらに絞る必要がある。
「あ、お伝えしてなかったです。先ほどヴィヴィアンお師匠様と相談して行ったのですが、ウヌハスの頭部を使い、呪い返しをしました」
「そんなことできるのか!?」
ギーよ。私はそのためにいるのだが。その問いは無視しておく。
「ウヌハスが呪いを掛けたとはいえ、ウヌハスを操っている者がいますから、そちらに呪いが返るようにしました。ですので、うまくいっていれば、相手にそれなりの影響は出ていると思います。犯人確保のために少々手加減をしましたので、睡眠障害程度かと」
「すごいな、お前!」
「それでも十分ですよ。さすがですね」
「永眠にはならないのよね……?」
ギーとベルトランは褒めてくれたのに、アナスタージア様だけ不安があるようだ。
私も永眠させたかったが、それではただの殺しだとリュシアン様に怒られてしまった。仕方なく手を抜いて呪い返しをしたので、しっかり返ったのかは私も不安だ。
「呪いが返っていれば、眠っても眠さが残っているとか、急に眠気がくるとか、そういった睡眠障害が出ているでしょう。眠っても夢を見続けるので、不眠症になっているかもしれません」
「では、そんな者がいないか、調べさせましょう。お手柄ですね」
珍しくベルトランがちゃんと褒めてくれる。
「ですから、それらに喧嘩を売る真似はやめてくださいよ」
と、思ったら、注意を受けた。アナスタージア様も同感だと疑いの目を私に向ける。前に騎士たちに喧嘩を売ったことをよく覚えていらっしゃるようだ。
「喧嘩を売ったのかよ。まあ、俺も売るけどな」
そこは気が合う。私たちは意味もなくハイタッチをした。アナスタージア様とベルトランは頭が痛いと額を抑えるが、これは戦いだ。負けるわけにはいかない。
「リュシアン様を逆恨みするなど、もっての外です! 懲らしめてやりましょう!!」
「当然だ! 実力もないやつの僻みに屈することはない!!」
私たちは今ここで長い戦いに終始をうち、お互いの敵を倒すべくがっちりと握手をして、協力体制を誓った。
「……何を、しているんだ」
「リュシアン様!」
リュシアン様は疲れているのか、少々顔色悪く団長室から出てきた。
じっとり見つめられる先。私とギーの後ろには誰もいない。握手をしたまま背後を見遣ったが何もなく、私たちはお互い首を捻った。
「これから、リュシアン様を妬む者たちを端から呪おうかと!」
「は!?」
「はっ。間違えました! リスト化した者たちを調べようと……」
「リュシアン様を狙ったやつなど、八つ裂きの刑です! すぐに犯人を捕らえます!!」
ごまかしたのに、ギーがはっきり言った。
「それで、なんで手を繋いでいるんだ……?」
別に手を繋いでいたわけではない。リュシアン様はやはりお疲れか、青白い顔で眉をひそめた。
「一時休戦です。リュシアン様を狙ったやつを探さなければなりません!」
ギーが元気よくハキハキ答えるのを聞いて、リュシアン様はどこか強張っていた肩を下ろした。
「……犯人を探すのは構わんが、脅したりはしないでくれ……」
脅して捕えれば正当性に問われる。仕方ないが、呪わず脅さずに犯人を見付けなければならない。
「分かりました。少しでも何かしてくれば、抹殺する気で倒します!」
「違う! お前もレティシア嬢と同じようなことを言うな。過剰な攻撃はするなよ。短気を起こすな」
私も同じことを思っていたのでばつが悪い。よそを向いて聞いていないふりをしておく。
「俺を恨むやつなんてどこにでもいるからな。俺の知らない者も多いだろうから」
「そんなこと……」
「知らぬうちに恨みを買っているかもしれない。暗黒の力を手に入れた者がこれ以上何かしないよう、早めの対処をしないとな」
リュシアン様を恨む者などいないと言いたいが、実際リュシアン様が知らぬところで妬みを持っている者はいる。
いつもより青白い顔をしているのを見て、私はぎゅっと拳を握る。
(推しにこんな顔をさせるだなんて。許せないわ……)
やはり痛い目に合わせたい。そんな気持ちで燃えたぎっていると、リュシアン様は王からのお召しで部屋を出て行った。喧嘩は売るなと釘を刺すのを忘れずに。
「リュシアン様にはすぐばれてしまうわね」
喧嘩を売る気はないのだが、目の前でリュシアン様の文句を言われれば、押し潰したくなる衝動に駆られる。リュシアン様の悪口など聞いていられないので、その口を縫いたくなるのは仕方ないと思うのだ。
(ああ、でもだめね。私から先に手を出しては、リュシアン様にご迷惑がかかってしまう)
そうならないためにも、あちらの尻尾を掴んで吊り上げて、干物にするくらいは……。
「あら、あの男」
魔術師の建物へ行く途中、まだ明るい中外を歩いていると、前にリュシアン様の文句を言っていた男が目に入った。
金の短髪。深い緑の制服。宮殿の警備騎士の男だ。
同じ警備騎士の男と二人歩いており、もう一人は見知らぬ男である。少し身分が高いのか、二人は別れると金髪の男の方が頭を下げて見送っていた。金髪男の上官のようだ。とはいえ、団長などではないようだが。
金髪男の名前は、ドナ・ティエリー。リュシアン様を妬むリストに記されており、最後まで名前が残った男だ。
魔力は持っているが魔法が得意でなく、聖騎士団に入ることができなかった。一つ年下のリュシアン様は後から聖騎士団に入団し、あっという間に団長に昇進。自身は警備騎士の下っ端のまま。
まだ調査段階でどうしてそこまで分かったかというと、ギーがあの男の情報を持っていたのである。
ドナ・ティエリーは年に一度行われる武闘大会に参加し、剣のみの部門で順当に勝ち上がったそうだが、リュシアン様と対決し、一瞬で倒されてしまったとか。
ずいぶん昔の話らしいが、その時にドナは卑怯にも剣に細工をしていたとかで、後々それがバレて、大目玉を喰らった。
まだアカデミーに入ったばかりだったギーが噂を耳にしたほどなのだから、その話はとても有名なのだ。
しかも、剣の細工についてリュシアン様が告げ口したと思っているらしく、リュシアン様を逆恨みしているそうだ。
リュシアン様がそんなちんけな男を相手にするはずがない。逆恨みにもほどがある。
そのドナは仕事中なのか、きょろきょろと周囲を見回して歩いている。
(どこへ行く気なのかしら……)
ドナは建物と建物の二階を繋ぐ、外向きの回廊の下へ向かっている。そちらは水路が通る貯水槽があり、人気のない場所だ。
警備騎士なのだから、一人でそちらを確認しに行くのだろうか。
疑いを持っているとどこにいても怪しく思ってしまう。
じっと見つめていると、回廊の下の雑草が多く茂ったところに、黒い影が見えた。
ぞくりと背筋に寒気が走る。
(犬? なに、あの犬)
「何をしているんです?」
「ほあっ!」
「え、なんですか!?」
いきなり声を掛けられて奇声を発してしまった。声を掛けてきた方もびくりとする。
「ベルトラン、さま」
振り向いたらベルトランがいたが、私はすぐに先ほどの方へ向く。回廊の下にいた犬はいなくなっていた。そちらの方へ進んでいたドナは方向を変えて回廊沿いを進んでいる。回廊の下をくぐった先に行く気はなかったようだ。
「どうかしたんですか? ……、ああ、あれは……、ドナ・ティエリーですか。あなたが喧嘩を売った」
「売ってません。買ったんです。リュシアン様の文句を言っていた男たちです」
「ええ。知ってます。あの男は有名ですからね。卑怯なドナ・ティエリー。ギーの話は僕も聞いたことがありますから」
ベルトランもその話は有名でよく覚えているとドナの後ろ姿を見つめる。分かりやすく逆恨みをしている一人だ。
「剣に魔法を掛けて、相手の力を削ぐ真似をしたんですよ。あの武闘大会は騎士団に入るために判断される大会ですし」
「そうなんですよね……」
武闘大会の観戦はチケット制だ。騎士を目指す者の登竜門であるため、チケットは高位貴族や出場者の縁故、アカデミーの生徒に配られる。
つまり、リュシアン様が出場されても、私は見に行けなかったのだ。
「聖騎士団に入る者は、あの大会で上位に入らなければなりません。敗者復活戦もありますが、その前に武器の不正使用で失格になりましたから」
「それで、よく警備騎士になれましたね」
「家が裕福だそうですよ。警備騎士になれても、昇進は見込めないでしょうが」
なるほど。仕方なく入団は決められたが、そこは厳格なようだ。
「聖騎士団に入りたくて、不正を行う者は度々出てくるんです。聖騎士は特別な騎士団ですからね。騎士にとって名誉ですし」
「精霊の血を引いているからずるい。その程度の批判をするようなレベルの低い者は問題外ってことですね」
「辛口ですが、その通りですね」
「逆恨みにもほどありすぎだと思いますけれど、あの男、アナスタージア様に懸想してますから、それも関係しているのでしょうね」
「そ、うなんですか……」
「リュシアン様の悪口を言っていた時、アナスタージア様の前で恥をかいたことを憤っていました。まったく、許せませんね。私の推したちに」
「そう、ですね……」
ベルトランは居心地悪そうに返事をする。私がじっと見ていると、コホンと咳払いをした。
「ご婚約者様に会いました」
「魔獣の研究をしている人ですから、今後も会うことがあると思います」
答えてはくれるが、どこかよそよそしいというか、身の置き場がなさそうにそわそわしている。
その気まずそうな顔が気になるのだが、私は突っ込みはやめようと小さく息を吐いた。他人の家の事情など知り合ったばかりの私が口を出すことではない。
ただ、歯痒さを感じているだけだ。
「変わった人でしょう。あれでも子供の頃は警戒心が強くて、仲が良くなるまで時間が掛かりました」
「そうなんですか? ものすごく話しやすそうな方でしたが」
「レティシアさんとは仲良くなれると思いますよ」
ベルトランは温かい笑みを浮かべる。
「研究バカで、集中したら何も見えなくなるんです。私も似たようなところはありますが、彼女ほどの集中力は持てないですよ」
ベルトランはいつもよりずっと優しげな話し方をする。家族について話すような、とても気安い雰囲気を感じた。
何年も前に知り合って婚約を続けているのだから理解力があるのだろう。少し聞いているだけで分かる。
(アナスタージア様のことを知らなければ、うらやむような関係だけれど)
ベルトランは丁度ブリジット様のところへ行くそうだ。暗黒期における魔獣の増加について、意見交換があるらしい。ブリジット様は研究所で主任を任されており、仕事上重なることが多いそうだ。
「難しいどころではないわよね。アナスタージア様はそれがよく分かっているから……」
せめて婚約だけは回避したい。リュシアン様と利害関係を結んだのは、想うことだけは許してほしいと思っているからだろうか。
せめて、想うだけは。
ベルトランの背を見送って、私はただため息を吐くしかできなかった。
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