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今度は推しをお守りします!

婚約者

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「レティシア嬢。弟の体調が悪いと聞いたが、呼べる魔導士はいるのか?」

 リュシアン様に呼ばれて浮き足だったところ、そんなことを問われて私は推しの優しさに飛びつきそうになった。とある日の午後。

「ご心配をお掛けしてます。エミールはヴィヴィアンお師匠様が診てくれることになって、できるだけ早く時間を空けて来てくれることになっています!」
「そうか……。医師から話を聞いて、誰か呼べる者がいるか心配だったんだ」
「推しが私の心配を!?」
「違うっ! 弟の心配だ!」

 きっぱり否定をいただき、私はしょんぼりしたいところだが、エミールの心配をしていただけたので、神を崇めるがごとく推しを崇めた。

「心配していただき、ありがとうございます。私もエミールの容体は心配なのです。お医者様が言うには、暗黒期に体調不良が重なっているため、もしや関わりがあるのではということなのですが、この間少しだけ体調が良くなりまして。お師匠様に診てもらえるまで体調の良いままでいれれば良いのですが……」

 お医者様からは新しい薬もいただいており、そのおかげで良くなっているのではと思うのだが、体調不良の原因が分かればありがたい。

 リュシアン様は憂えげに眉根を下ろした。その心配した顔も素敵できゅんとする。

(お優しい方だわ。お医者様も紹介いただいたのに、魔術師様の心配までしていただいて)

「ヴィヴィなら安心だろうが、あいつはいつ暇になるかも分からないだろうに……。急ぎならば他の者を紹介するが……」
「それは、ありがたいですけれども……」

 お師匠様に聞いてみなければならない。お師匠様がいつ空くかはお師匠様の仕事のはかどり具合による。急に空いたりすることもあるので、その空きを待っていたりするのだ。

「俺からもヴィヴィに言っておく。予定が早い方に診てもらった方がいいからな。誰か一番早く行ける者に頼んでみよう」
「ありがとうございます、リュシアン様。そうしていただければ助かります」
「いや、病ではなく暗黒期のせいだとしたら、早めに診てもらった方がいいからな」

 素っ気なく口にしながら、頬がちょっぴり赤らんでいる。自ら行った親切になぜか照れているようだ。恥ずかしがり屋にも程がある。
 この人情の厚い方になんと礼をすれば良いものか。とりあえずは拝んでおこう。推しの情け深さに感謝を!

「拝むな!!」
 両手を擦り合わせてありがたく拝んでいると、リュシアン様は耳まで真っ赤にして踵を返してしまった。さすがに正面から拝んではダメだったか。

「拝むのはダメよ……」
「なんで拝むんだよ。馬鹿かお前」
「嫌われますよ」
「え、そ、そんなっ!」

 アナスタージア様からギー、最後のベルトラン様の言葉で、私は失敗に気付く。
 照れ屋のリュシアン様を前から拝んだら、逆に嫌われてしまうのか。急いで部屋を出て後を追う。
 すぐに後を追ったのだが、リュシアン様との足の長さが違いすぎて中々追い付けない。廊下を曲がる姿を追ってその廊下を曲がろうとした時、その先でリュシアン様が膝を付いているのが見えた。

「リュシアン、かたぐるま、して」
「まあ、フランシス王子。リュシアンはお仕事中ですよ。邪魔してはいけません」

 リュシアン様の前にいるのは、王妃様とフランシス王子だ。
 リュシアン様は王様の信頼を受けている方で、それは王妃様や王子様も同じ。二人ともリュシアン様に偶然会って嬉しそうだ。

 特に五歳になったばかりのフランシス王子はリュシアン様が大好きである。
 綿毛のように柔らかそうな髪で、王妃様と同じ銀色だ。王妃様にその髪をなでられて嫌がると、リュシアン様の足に引っ付いた。

 イヤイヤ期はとっくに終わっているが、今はちょっぴり反抗期らしく、かんしゃくを起こすことが多いとか。そんな暴れたり泣いたりする時にリュシアン様の肩車をしてもらうと、途端ご機嫌になるらしい。

「構いません。フランシス王子。これからどちらに行かれるのですか?」
「お庭でおさんぽなの!」
「では、ご一緒しましょう」
「フランシス王子、リュシアンにお礼をしなければなりませんね。なんと言うのですか?」
「ありがとう!」

 フランシス王子はリュシアン様の肩の上でご機嫌だ。リュシアン様の尖った耳を持ったり、頭に抱きついたりしている。

(う、うらやましい!!)

 一国の王子。しかもまだ五歳の子供をうらやむことになるとは。
 リュシアン様はフランシス王子に会ってにこやか笑顔である。その笑顔を私にも向けていただけないだろうか。

「拝んでいるようではねえ……」
「はっ、アナスタージア様! 私、また声に出してましたか??」
「いつも声に出てるわよ」

 いつの間にか後ろにいたアナスタージア様が呆れ声を出してくる。

「リュシアン様大好きライバルがいすぎて……っ」
「そうねえ。フランシス王子はリュシアン様のことやたら気に入っているものね」

 庭園に行く前に飛んでいる鳥でも見付けたか、フランシス王子が空を指さしている。リュシアン様はそちらの方へ向いて王妃様と緩やかに微笑み合い、ゆっくりと歩き出す。
 王妃様はとても穏やかな方で、人の良さが分かるような暖かな笑顔を湛える方だ。フランシス王子を見上げながら、笑顔が絶えない。

「幸せそう……」
「遅くにできた子ということもあって唯一の王子だし、とても大切に育てていらっしゃるのよ」

 アナスタージア様も王妃様と王子様を見つめて、幸せそうな彼らを微笑ましく見遣る。

「王子様は王様似ね。大きくなったら令嬢たちの視線を集めるのが目に見えるようだわ」
「王様は、イケメンですもんね。いえ、リュシアン様の美しさには敵いませんが、王様と王妃様はお似合いの美男美女」
「あら、ではベルトラン様はどうなの?」
「ベルトラン様ですか? 眼鏡ベルトラン様」
「眼鏡は関係ないでしょう……」

 ベルトラン様も関係ないと思うのだが。首を傾げると、アナスタージア様は小さく笑う。

「王様のまた従兄弟よ。年も近いし顔も似ていると言われているの。眼鏡をされていると分かりづらいかしら? 眼鏡を取って隣に並ぶと良く似ているのよ?」
「そうなんですか!?」

 いいとこのお坊ちゃんだとは思っていたが、王様の親戚だったとは。

「では、アナスタージア様と身分も合うのでは?」
 何がとは言わないが、私は軽く口にしてみる。アナスタージア様はお父様が王の側近であり、身分の高い方だ。

 ベルトラン様の身分がアナスタージア様と合わないのかと思っていたのだが、そうでないのならアタックしても問題ない。二人は両想いだ。
 しかし、アナスタージア様は遠慮げにフッと微笑む。

「婚約者がね、可愛らしいのよ」

 婚約者、だと!?





 それは青天の霹靂。

 あんなに分かりやすくアナスタージア様に視線を向けていながら、ベルトラン(←呼び捨てに降格)に婚約者がいた!

「なん……ですか?」
「いいえ、なんでも」 

 私がじっとり睨んでいると、ベルトランは眼鏡を中指で軽く上げつつ、冷や汗を流す。あまりにじっとり睨んでいたので、ベルトランは顔を引き攣らせた。

「僕はなにもしていませんよ」
 しましたよ。してますよ! 言いたいが、側にアナスタージア様がいるので、私は膨らませた頬をしぼませる。

「呪われた道具は呪いを払った後、保管庫に保存しておきました。鍵をお返しします」
「……ご苦労様です。では、この書類をリュシアン様へ届けてください」
「承知しました!!」

 さすがベルトラン。私のあしらい方を良く知っている。私は渡された書類を持って、隣の部屋にいるリュシアン様にるんるんで会いに行く。

「会いに行くじゃないだろ。届けに行くだろ。届けたらすぐに部屋から出てこい」
 口うるさいギーの文句は無視し、また声に出ていたことも置いておき、私はリュシアン様のいる団長室の扉をノックして返事を待ってから中に入る。

 リュシアン様は本棚の前で真剣な顔を向けていた。

「書類になります」
「机の上に置いておいてくれ」
「何かお探しですか?」
「ここにあったはずの本がないんだが、ヴィヴィに貸したかと思って……。返してもらった覚えがあるような気がしたんだが」
「今、お師匠様に聞いてきましょうか?」
「ヴィヴィは今日外出しているだろう。悪いが、次の授業の時に聞いておいてくれないか……。そんな、バングルしていたか?」

 視線が本から私に移ると、リュシアン様は私が左腕にしていたバングルに気が付いた。

 リュシアン様は眉根を寄せて、こめかみに青筋を立てる。

 その顔は武器だと知っているのだろう。報告しておいた方が良かったか。武器には見えないのだし、何か思惑があると勘違いされてしまったのかもしれない。

「これは、間違っても誰かを狙おうとしたわけではなく、リュシアン様にぶつけてぎゅっと抱きしめようとか、考えているわけではありません!!」
「は?」
「違うのです。違うのです。そうじゃなくて、妄想が暴走! じゃなくて」
「いや、ちょっと待て! 何をする気なんだ? それを使って何かできるのか??」
「はっ、これは、武器でして。って、ご存知なかったでしたか!?」
「ちょっと待て、武器!? 誰かから贈られた物を着けてきたわけではないのか??」
「誰かから? いえ、私が買いました」

 話が合わない。私たちはお互い顔を見合わせて、お互いに口を閉じる。

「自ら、購入した物か? そういった装飾品を着けているのを見たことがなかったから、てっきり、誰かからの贈り物かと……」
「そんなわけが。一体どこの誰が私に贈り物をくれるというのです。あ、でもこのリボンはエミールが聖騎士団に入る際にくれました」

 えへへ。とこれ見よがしに髪に結んであるピンクのレースのリボンを見せる。
 髪の毛はちょっぴりカサついているが、リボンで結んでから三つ編みし、余ったリボンを三つ編みに絡ませているので、カサつきが見えにくくなっている。
 毎日ケリーが可愛らしく飾ってくれるのだ。お気に入りのリボンである。

「あー、そ、それは、えー。良く似合っていると思う」
 コホン、と咳払いしながら頬を赤く染めてくる。抱きついて良いだろうか?

「良くない! 違う。なら、そのバングルは武器なのか!?」
「魔力を込めると雷のようなものが飛び出して、目標物を痺れさせるんです。私は攻撃魔法が得意とは言えませんから、すぐに対処できる武器を購入しました。剣などは扱えないので、丁度良いかな。と」
「そうか。それは良い武器だな。聖騎士団は決して安全な場所にいるわけではない。魔獣に対峙するだけでなく、突然何者かに襲われることもある。君は剣の鍛錬をしているわけではないし、狙われる可能性があってもおかしくないからな」
「足手まといにならないように気を付けます!」
「いや、ちょっと待て。痺れさせて抱きつくと言ったのか?」
「はっ!? では、私はここで失礼させてもら、」

 私の妄想を蒸し返されて、私は逃げようとする。しかし、リュシアン様が突然ゆでだこレベルで顔を真っ赤にし、湯気が出そうなほどの赤面をしてきたので、急ブレーキをかけた。
 かつてないほどの真っ赤っかだ。

「抱きついて、良いということで……?」
「良いわけないだろう!」
「いえ、かわ良すぎて、母性本能がむらむら……。そうじゃないですよ、ええ、そうそう、ご存知でらしたら教えていただきたいのです」

 余計なことを口にしたせいで、リュシアン様が真っ赤な顔をしながら眉を逆立てた。これ以上何か言うと当分話し掛けても無視されそうだ。なので、話題を変える。

「ベルトラン……、様って婚約者がいらっしゃるのでしょうか?」
「……まったく。ああ。聞いたのか?」

 少しは怒りが緩和されたか。諦めたように大きくため息をついて、リュシアン様は話題変更に乗ってくれる。

「子供の頃から決まっている婚約者で、まだ結婚の話はないが、仲はいいぞ」
「そうなんですか……」

 それをアナスタージア様は知っているわけだ。私は肩を下ろししょんぼりする。
 両想いでも家同士で決まった婚約となれば本人はどうにもできない。しかも子供の頃決まったとなれば、避けようがないはずだ。
 だからベルトランも片想いのまま、何も言えないのだろうか。

「どんな方なのでしょうか?」
「なんと言うか、パワフルな人だな。無駄に元気が有り余っているというか。まあ、ベルトランは振り回されてはいるが、気の合う相手といったところだ」

 気が合うような婚約者がいながら、アナスタージア様に片想いをするなどと、ベルトランは不誠実ではなかろうか!?
 握り拳をいつの間にか作っていると、リュシアン様の拳が軽くおでこに当たった。

「はわわ。今、コツンってしました!? コツンって!!」
「いちいち言わなくていい! そんなことより、余計なことをするなよ。本人たちの問題だ」

 私が何を考えているか分かっていると、リュシアン様は私に釘を刺す。
 アナスタージア様とベルトランのことは知っているのだ。

「……分かりました」

 婚約者がいるのだから、どうにもならない。例え両想いでも……。
 その現実に、貴族としての矜持を思い知らされた気がした。
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