69 / 103
32② ー真実ー
しおりを挟む
「封印されて、ずっとあの場所に……?」
『そうだね。魔獣と共に封じられてその魔力や命でも吸収したのか、魔獣に混じったのかなんなのか。暗闇の中で僕の意識は無くなることはなく、ずっと暗闇の中から周囲が見えていた。いつだったか、そのうち外に出られるようになったけれど、鎖に繋がれてそのまま。それでもずっと、あそこから何が起きているのか見ることができた』
どれだけの長い時を孤独に過ごしたのか。ヴァルラムは鎖に繋がれたまま、時の移ろいに身を任せていたのだ。
『もちろん、君の話も聞いていたよ。お菓子も食べ物もあって、いただくこともできたし。封印が緩んでいたせいだろうね』
「は、はは……」
独り言のように話していた話をすべて聞かれていたのか。しかも、お菓子や食べ物を食べていたのも動物ではなく本人だったとは。
しかし、姿だけはフィオナたちの目に見えることはなく。
そうして、あの夜、あの魔法陣が現れた。
『昔見たことのある、魂を呼び寄せる魔法陣。前も引っ張られたけれど、途中で消えてしまった。けれど、今回は、長い間僕を呼び寄せようとしていた』
そこに訪れてしまったフィオナは、魂を呼び寄せる魔法陣によって巻き込まれたのだ。
『君の体は弱く、あのままでは持たなかった。魔法陣の先にいた女性もまた意識を失っていた。僕には体がないから、あの体を使えということだと察したけれど、僕の他に君がいた』
「だから、私を、セレスティーヌの体に? どうして!? 彼女の魂はそこにあったんじゃないの!!??」
『一度体を離れた彼女の魂は、そこにはなかった。それに、魂を戻す方法なんて僕は知らないよ。魔法陣によって呼ばれそこに生贄があったのならば、僕が女性の体に入るのではなく、君の魂を入れることができると思っただけだ』
そうしてフィオナは、セレスティーヌとして目が覚めた。
『女性の体を差し出すなんて、どうかしている。僕がその体に入ってどうするの。僕はすでに遠い昔体を失っている。この魂ですら一体何者なのかも分からない。人なのかそうではないのか、もう分からない。どれだけ昔のことだと思っているの。なのに、あの魔法陣を使った。僕が何になっていると思ったんだろうね』
「それは、おそらく……」
エルネストはナーリア国の正史を知らないのではないだろうか。エルネストの知識が、アロイスが持っていた絵本と同じだとすると……。
悪である魔法使いの魂か、魔獣を呼ばせるつもりだった。
稀代の魔法使い。しかも魔獣と共に封じられた。それらを呼ぶことができれば、セレスティーヌだけでなく、バラチア公爵家にいる者たちにも何かが起こると考えるかもしれない。
『近くにいる者たちを、殺すとでも思ったのかね?』
「それを呼んだセレスティーヌは大罪を犯すことになる。あの魔法陣を教えた者だとクラウディオが疑われれば、彼も罰せられる。戦いになればあわよくば二人も死ぬかもしれない。邪魔者を排除しようとしたのは間違いないわ」
『悪い魔法使いだなんて失礼だね。僕が本当に彼女の体を乗っ取り、世に放たれたら、大きな力を持って滅ぼそうとしてもどうでもいいのかな?』
エルネストは、どこまで考えていたのだろう。
そうであれば良いと、軽く計画したのだろうか。
稀代の魔法使いと言われた悪がセレスティーヌの体に乗り移った時、その悪が狙うのは……。
(王弟だと知らなくても、絵本通りと思っていたら? 悪い魔法使いが体を手に入れた時、自分を封じた王を狙う……?)
時代が違うと気付かなければ、王宮を襲うだろうか。
そこまで考えていたのならば、エルネストの恨みは計り知れないものがある。
「セレスティーヌはどこにいるの?」
『彼女の体から出ても、君はどこにも行けないよ。君の体は死んでしまったからね』
「それは、……」
もう分かっていた。セレスティーヌの体に入っている限り、セレスティーヌがフィオナの体に入っていないのならば、フィオナの体に魂はなく、ただの屍となってあの石碑の側に転がっているだろう。
両親や妹はフィオナの部屋に来ることはない。彼らは石碑に訪れようと思わない。
フィオナの死がいつ気付かれるのかも分からない。
「————それでも、私はセレスティーヌじゃないもの」
『君は、あの場所でいつも寂しそうだったけれど、その体ではとても楽しそうに見えたよ』
それも知っている。
フィオナはセレスティーヌになってから、戸惑いながらもその生活を楽しんでいた。
アロイスやリディ、クラウディオやモーリス、シェフのポールやメイドたち。
フィオナでいた時よりずっと多くの人と関わり、セレスティーヌとなって生き生きと生活をすることができた。
『そこに使える体があるのならば、君が使えばいい』
その言葉は、まるで悪魔の囁きのようだった。
「セレスティーヌは。どうやったら彼女を元に戻せるの!?」
『……近くにいるよ。フィオナ。もう戻るといい。その体でも負担がかかるから』
「待って! まだ何も話していない!」
突然ヴァルラムが遠のいた。自分が動いているのか、ヴァルラムが動いているのか、どちらが動いているのか分からないが、どんどんヴァルラムが遠くなっていく。
まだ、セレスティーヌと話をしていない。
彼女が、なにを望むのか、なにも聞いていない。
『もう時間だ。体にお戻り』
「ヴァルラム。セレスティーヌと、話を————!」
ヴァルラムが見えなくなり、暗闇だけになった時、フィオナは光の渦に落とされた。
「……ティーヌ、セレスティーヌ!」
暗闇から真っ白な世界に飛ばされたと思えば、聞き覚えのある声がセレスティーヌを呼んでいた。
(それは私の名前ではない。彼女はまだ暗闇にいて、戻ってきていない)
「セレスティーヌ!!」
その名を呼ばれて、目覚めるのはフィオナではないはずだ。
しかし————、
「……ラウディオ……」
「セレスティーヌ!?」
目の前には瞼を真っ赤にして涙を流すクラウディオがいた。クラウディオの涙が、フィオナの頬にぽたりと垂れる。
「倒れたと聞いて、急いで、もう、目を覚まさないかとっ!!」
そう言って、クラウディオはフィオナの隣に頭を埋めた。
ずっと呼んでいたのか。握られた手が熱い。
「泣かないで、クラウディオ……」
(その手を握る相手は、私ではないのだから————)
『そうだね。魔獣と共に封じられてその魔力や命でも吸収したのか、魔獣に混じったのかなんなのか。暗闇の中で僕の意識は無くなることはなく、ずっと暗闇の中から周囲が見えていた。いつだったか、そのうち外に出られるようになったけれど、鎖に繋がれてそのまま。それでもずっと、あそこから何が起きているのか見ることができた』
どれだけの長い時を孤独に過ごしたのか。ヴァルラムは鎖に繋がれたまま、時の移ろいに身を任せていたのだ。
『もちろん、君の話も聞いていたよ。お菓子も食べ物もあって、いただくこともできたし。封印が緩んでいたせいだろうね』
「は、はは……」
独り言のように話していた話をすべて聞かれていたのか。しかも、お菓子や食べ物を食べていたのも動物ではなく本人だったとは。
しかし、姿だけはフィオナたちの目に見えることはなく。
そうして、あの夜、あの魔法陣が現れた。
『昔見たことのある、魂を呼び寄せる魔法陣。前も引っ張られたけれど、途中で消えてしまった。けれど、今回は、長い間僕を呼び寄せようとしていた』
そこに訪れてしまったフィオナは、魂を呼び寄せる魔法陣によって巻き込まれたのだ。
『君の体は弱く、あのままでは持たなかった。魔法陣の先にいた女性もまた意識を失っていた。僕には体がないから、あの体を使えということだと察したけれど、僕の他に君がいた』
「だから、私を、セレスティーヌの体に? どうして!? 彼女の魂はそこにあったんじゃないの!!??」
『一度体を離れた彼女の魂は、そこにはなかった。それに、魂を戻す方法なんて僕は知らないよ。魔法陣によって呼ばれそこに生贄があったのならば、僕が女性の体に入るのではなく、君の魂を入れることができると思っただけだ』
そうしてフィオナは、セレスティーヌとして目が覚めた。
『女性の体を差し出すなんて、どうかしている。僕がその体に入ってどうするの。僕はすでに遠い昔体を失っている。この魂ですら一体何者なのかも分からない。人なのかそうではないのか、もう分からない。どれだけ昔のことだと思っているの。なのに、あの魔法陣を使った。僕が何になっていると思ったんだろうね』
「それは、おそらく……」
エルネストはナーリア国の正史を知らないのではないだろうか。エルネストの知識が、アロイスが持っていた絵本と同じだとすると……。
悪である魔法使いの魂か、魔獣を呼ばせるつもりだった。
稀代の魔法使い。しかも魔獣と共に封じられた。それらを呼ぶことができれば、セレスティーヌだけでなく、バラチア公爵家にいる者たちにも何かが起こると考えるかもしれない。
『近くにいる者たちを、殺すとでも思ったのかね?』
「それを呼んだセレスティーヌは大罪を犯すことになる。あの魔法陣を教えた者だとクラウディオが疑われれば、彼も罰せられる。戦いになればあわよくば二人も死ぬかもしれない。邪魔者を排除しようとしたのは間違いないわ」
『悪い魔法使いだなんて失礼だね。僕が本当に彼女の体を乗っ取り、世に放たれたら、大きな力を持って滅ぼそうとしてもどうでもいいのかな?』
エルネストは、どこまで考えていたのだろう。
そうであれば良いと、軽く計画したのだろうか。
稀代の魔法使いと言われた悪がセレスティーヌの体に乗り移った時、その悪が狙うのは……。
(王弟だと知らなくても、絵本通りと思っていたら? 悪い魔法使いが体を手に入れた時、自分を封じた王を狙う……?)
時代が違うと気付かなければ、王宮を襲うだろうか。
そこまで考えていたのならば、エルネストの恨みは計り知れないものがある。
「セレスティーヌはどこにいるの?」
『彼女の体から出ても、君はどこにも行けないよ。君の体は死んでしまったからね』
「それは、……」
もう分かっていた。セレスティーヌの体に入っている限り、セレスティーヌがフィオナの体に入っていないのならば、フィオナの体に魂はなく、ただの屍となってあの石碑の側に転がっているだろう。
両親や妹はフィオナの部屋に来ることはない。彼らは石碑に訪れようと思わない。
フィオナの死がいつ気付かれるのかも分からない。
「————それでも、私はセレスティーヌじゃないもの」
『君は、あの場所でいつも寂しそうだったけれど、その体ではとても楽しそうに見えたよ』
それも知っている。
フィオナはセレスティーヌになってから、戸惑いながらもその生活を楽しんでいた。
アロイスやリディ、クラウディオやモーリス、シェフのポールやメイドたち。
フィオナでいた時よりずっと多くの人と関わり、セレスティーヌとなって生き生きと生活をすることができた。
『そこに使える体があるのならば、君が使えばいい』
その言葉は、まるで悪魔の囁きのようだった。
「セレスティーヌは。どうやったら彼女を元に戻せるの!?」
『……近くにいるよ。フィオナ。もう戻るといい。その体でも負担がかかるから』
「待って! まだ何も話していない!」
突然ヴァルラムが遠のいた。自分が動いているのか、ヴァルラムが動いているのか、どちらが動いているのか分からないが、どんどんヴァルラムが遠くなっていく。
まだ、セレスティーヌと話をしていない。
彼女が、なにを望むのか、なにも聞いていない。
『もう時間だ。体にお戻り』
「ヴァルラム。セレスティーヌと、話を————!」
ヴァルラムが見えなくなり、暗闇だけになった時、フィオナは光の渦に落とされた。
「……ティーヌ、セレスティーヌ!」
暗闇から真っ白な世界に飛ばされたと思えば、聞き覚えのある声がセレスティーヌを呼んでいた。
(それは私の名前ではない。彼女はまだ暗闇にいて、戻ってきていない)
「セレスティーヌ!!」
その名を呼ばれて、目覚めるのはフィオナではないはずだ。
しかし————、
「……ラウディオ……」
「セレスティーヌ!?」
目の前には瞼を真っ赤にして涙を流すクラウディオがいた。クラウディオの涙が、フィオナの頬にぽたりと垂れる。
「倒れたと聞いて、急いで、もう、目を覚まさないかとっ!!」
そう言って、クラウディオはフィオナの隣に頭を埋めた。
ずっと呼んでいたのか。握られた手が熱い。
「泣かないで、クラウディオ……」
(その手を握る相手は、私ではないのだから————)
101
お気に入りに追加
3,288
あなたにおすすめの小説
【完結】惨めな最期は二度と御免です!不遇な転生令嬢は、今度こそ幸せな結末を迎えます。
糸掛 理真
恋愛
倉田香奈、享年19歳。
死因、交通事故。
異世界に転生した彼女は、異世界でエマ・ヘスティア・ユリシーズ伯爵令嬢として暮らしていたが、前世と同じ平凡さと運の悪さによって不遇をかこっていた。
「今世こそは誰かにとって特別な存在となって幸せに暮らす」
という目標を達成するために、エマは空回りしまくりながらも自分なりに試行錯誤し続ける。
果たして不遇な転生令嬢の未来に幸せはあるのか。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる