上 下
70 / 103

33① ー呼び出しー

しおりを挟む
「おばたま、できたのー」
「あら、アロイス。上手ね。にゃんこちゃんを描いたの?」
「にゃんこなのー。にゃあ、にゃあ」

 セレスティーヌは穏やかな顔をして、隣にいるアロイスをなでながら褒めた。
 猫がアロイスの側に寄っては、セレスティーヌの横でうずくまる。それもなでてやりながら、床で眠っている猫を描くアロイスの隣でその様を眺めた。

「セレスティーヌ、体調は大丈夫ですか?」
「旦那様! 大丈夫です。先日はご迷惑をお掛けして……」
「いえ。体調が良いのならばいいんです。これから出掛けてきますので、少しでもおかしければ、すぐにモーリスにお伝えください」
「ありがとうございます」

 セレスティーヌは謝りながらも笑顔を湛え、クラウディオを見送ると立ち上がろうとする。それを制止して、クラウディオは部屋を出た。
 座っていて良いと言うのに、立ち上がってそこでクラウディオを見送る。

 顔色は悪くなさそうだが、いつもより元気がないような気がした。無理に微笑んでいるような、妙な違和感を感じる。

 セレスティーヌが倒れたと連絡があったのは、一昨日のことだった。
 急いで店に行けば、そこにいたのはノエル・ブランシェ。
 既に呼ばれていた医師と共に、セレスティーヌの診断は終わったと告げられた。

 診断によれば、特になにもなし。

「そんなわけ、あるか!」

 馬車の中で吐き捨てるように言うと、御者が何事かと声を掛けてくる。焦ってなんでもないと返して、大きく息を吐いた。

 真っ青な顔をして目が覚めない。だが、体には問題ない。そう言われて納得できるはずがない。
 セレスティーヌはその瞳を開くことなく、呼吸もしているのか分からないほど浅く息をし、触れた手は体温がないのではないかと思うほど冷たかった。

 長く呼びかけ続け、やっと動いた瞼を見て、涙が流れた。
 すぐに屋敷に戻り別の医師に診せようとしたが、セレスティーヌは、

「寝不足だったんです!」

 申し訳なさそうにして、騒ぎになったことを謝った。

 ノエルは大したことがないと分かり、さっさと帰路に着いたが、セレスティーヌと何の目的で会っていたか口にしなかった。
 しかも、あの男————。

「待て! この間から、一体なにをしている!?」

 店から出る前にノエルの胸ぐらを掴むと、ノエルは一瞬眉を寄せたが、すぐにクラウディオの手を払い、表情を無に変えた。

「守秘義務です」

 その一言は、魔法師の中でも特別な地位を持っている者の答えだった。
 魔法に関する公にできない事由について、一定の者以外には口を閉ざすことが許されている。その相手が公爵でも関係はない。
 脅してでも口を割らせたいが、それではこちらが罪になる。

 目覚めたセレスティーヌに話を聞こうとしても、お願いしていることがあって。とそれ以上のことはなにも話してくれなかった。

(なにも話してもらえないなんて……)

「はあ、ノエルとなにをしていたんだ……」

 ため息混じりに呟いても、真実を教えてくれる人はいない。無性に情けなくなって、憂愁に閉ざされそうになった。
 




「ひどい顔をしているぞ。なにかあったのか?」

 王に呼ばれて部屋に入ると、のっけからそんなことを言われて苦笑いをする。

「妻が倒れたので」
「またか?」

 呆れるような王の返答に、ムッとしそうになる。
 しかし、これまでのセレスティーヌは妙な薬を口にして倒れることがあった。王からすれば、またおかしな真似をしたのか。という疑問を持っていてもおかしくない。確信を持った嫌味の言葉だ。
 ノエルと共にいて突然倒れたとは話したくない。クラウディオはそうではないとだけ否定しておく。

「よく倒れるものだな。一度、医師にしっかり診てもらったほうが良いのではないのか?」
「そう思います。最近、頭を抑えてふらつくことも増えているので……」

 前は、アロイスの相手やダンスの練習をしたせいで疲れたのかと思っていたが、それとは関係なく倒れた。
 ノエルの呼んだ医師では信用がならない。だから昨日も別の医師に診てもらおうと説得しようとしたが、セレスティーヌにキッパリと断られてしまった。

「まあ良い、それで、今日お前を呼んだのは、討伐に参加してほしいからだ」
「私が、ですか……?」

 通常討伐は魔法を学んだ者が必ず経験する通過儀礼のようなもので、魔法の学び舎を卒業して一、二年以内に派遣されることが多い。
 魔法師と学び舎で学び終えたばかりの若い者、それから騎士たちを帯同するのが通例で、討伐と言う名の卒業試験のようだった。

 手っ取り早く評価が得られるため、学び舎で魔法を学んだ身分がさほど高くない者たちや、身分があっても長男ではない独身者が参加することもあるが、公爵であるクラウディオに依頼が来るのは稀だ。

 王はテーブルにあった書類の束をこちらによこす。クラウディオは軽く目を通すと、顔を上げた。

「見たことのない魔獣の増加、ですか……」

 それらは地図や資料で、魔獣がどんな特徴を持ち、どこに現れたか記されていた。
 ただ、その場所は普段から魔獣が出る土地ではなく、特徴などを見ても、クラウディオの記憶にない、新種のような魔獣だった。

「おかしな話だろう? すでに被害があり、危険な個体のようだ。そのため、魔法師も必要だと調査した者が言うのでな」

 王は顎をなでながら、どこかわざとらしい口調で話す。そうしてもう一枚、紙を渡してきた。
 そこに書いてあった内容に、クラウディオはぴくりと眉を傾げる。

「エルネストに依頼しようと思ったのだが、サルヴェール公爵の体調が思わしくないそうだ。ならばお前が適任だろう」

 サルヴェール公爵が体調不良とは知らなかったが、この件はエルネストに尋ねていないだろう。
 資料から見るに、王はクラウディオを討伐に参加させることしか考えていないようだ。

「まったく、物騒なことだ。なにかあればお前の判断に任せる。良い結果を待っているぞ」
「……承知しました」

 クラウディオの返事に、王は満面の笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 75

あなたにおすすめの小説

【完結】惨めな最期は二度と御免です!不遇な転生令嬢は、今度こそ幸せな結末を迎えます。

糸掛 理真
恋愛
倉田香奈、享年19歳。 死因、交通事故。 異世界に転生した彼女は、異世界でエマ・ヘスティア・ユリシーズ伯爵令嬢として暮らしていたが、前世と同じ平凡さと運の悪さによって不遇をかこっていた。 「今世こそは誰かにとって特別な存在となって幸せに暮らす」 という目標を達成するために、エマは空回りしまくりながらも自分なりに試行錯誤し続ける。 果たして不遇な転生令嬢の未来に幸せはあるのか。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...