花の記憶

Yonekoto8484

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薔薇

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哲雄と幸子は、ずっと幸せで、平穏な生活だった訳ではない。

怒りっぽい性格の哲雄は、癪に触ることがあると、憤りを抑えられなくなるところがあり、そのせいで、度々幸子や子供たちに手を出した。幸子に手首の骨折という大怪我をさせてしまったことすらある。

8人の子供の面倒を見ながら家事を全て一人でこなさなければならなかった幸子は、しばしば発狂しそうになり、台所のど真ん中で奇声をあげ、泣き崩れることも、あった。

子供が8人もいると、いくら気を利かせているつもりでも、面倒が見切れずに、子供が事故に遭ったり、怪我を負ったりして、災難に見舞われることもあった。娘の美恵子が車に撥ねられたり、息子の慶太が友達と花火を作ろうとして指をなくしてしまったり、末っ子娘の恵美が友達と近くの丘で遊んでいる時に転けて木の切り株が首に刺さり大出血をしたり、肝を冷やす瞬間や、顔が青ざめるような事態が雨後の筍のように、次々と起こるものだった。

しかし、思いがけない不足事態に容赦なく、続々と見舞われながらも、子供たちは、何とか全員無事に成人式を迎えることが出来た。

ところが、成人したら成人したで、トラブルが尽きることはなかった。息子の幸太がアルコール中毒症を患い、飲酒運転で逮捕されたり、幸太が交際相手を妊娠させ、幸子が中絶手術の費用を出す羽目になったり、娘の蘭がまだ結婚関係を結んでいない男性に妊娠させられ、哲雄の怒りを買ってしまったり、いろんなことがあった。

それでも、時には言い合いながら、時には手を取り合い力を合わせながら、こういった嵐の雨の如く、天から降り注ぐ逆境を乗り越え、お互い健康で、元気に老後を迎えることが出来た。

そして、二人で、家の庭で様々な種類の花を育て始めた。特に力を入れたのは、薔薇だった。薔薇は、人に怪我を負わせるような棘が沢山生えているのにも関わらず、綺麗な花を咲かせ、心地よい香りを漂わせ、人を癒す力がある。珍道中の人生を送った二人には、この花の魅力が手にとるようにわかる。そして、我が子と同じくらい愛おしく見えて来る。

薔薇に虫がつくと、早めに手を打たないと虫が卵を産み、増殖していく一方だから、毎日薔薇を点検し、虫が1匹でも目にとまれば、さっさと捕まえて瓶に入れるのである。哲雄が退職してから、薔薇の点検作業を幸子と一緒に行なうのが日課になった。

「今年は、虫がしつこいね!」
虫を10匹ほど捕まえてから、幸子が言った。

「本当だね。」
哲雄が賛成した。虫を捕まえても捕まえても、まだ見つかるのだ。

うっかり蟻を踏み潰すと合掌し、祈りの言葉を唱え、冥福を祈る幸子でも、薔薇を食べる虫となると、供養しようと思わないようである。

「あっ!また刺さった!」
哲雄が薔薇の棘が指に刺さると、痛みで声を上げた。薔薇の点検を行っている時は、棘に近寄らないように注意するからいいのだが、虫を見つけるとつい真剣になり、棘に用心することを忘れてしまうものである。哲雄は、今年だけで、5回ほど、自分の不注意の結果、指を怪我している。怪我とはいえ、消毒し、絆創膏をすればすぐに治る程度だが、棘が不意に刺さる時の痛みには、毎回たじろぎそうになる。

幸子は、棘の扱い方を心得ているようで、棘が刺さることは、ほとんどない。痛みにも強いようで、刺さっても、うんともすんとも言わない。気がつくと、指に絆創膏をしていることが多い。哲雄が絆創膏に気づいて、訳を聞くと、
「ちょっと刺さった。」
と何気なく答えるだけである。

「なんて神経が太いものだ!」と哲雄は、いつも感心している。

しかし、今日は、薔薇の点検を早く切り上げる日だ。末娘一家が遊びに来るからである。

子供が8人もいれば、長女の梨沙と次女の加奈みたいに遠く離れた地で暮らす子、次男の幸太みたいにいつまでも地に足がつかなくて親のすねを齧ってばかりいる子、長男の浩みたいに離婚し親に心配をかける子など、色々だが、恵美は、末っ子の割には、しっかりしていて、よく親孝行をしてくれるから、有難い。

子供が3人もいて、一番上の子から満4歳の長女、満2歳の次女、1歳未満の三女の可愛い三姉妹である。

恵美は、子育てが忙しくても、時間を作って、子供たちを連れて、よく会いに来てくれるものである。一週間に一回ぐらいの頻度で、一緒に食事会もしている。今日も、食事をみんなで食べる予定である。

かつて8人の子供が走り回り、やかましいくらいだった家が、子供たちが巣立ってからというもの、ポカリと穴が空いたようで、静かでどことなく寂しくなったから、週に一回でも、子供たちのかしましい声が飛び交い、賑やかになるのは、有難い。

「今週も、よく来てくれたな!」
孫娘たちの顔を見ると、哲雄が目を輝かせ、出迎える。

孫たちが靴を脱ぎ、上がると、幸子がすぐに3人をギュッと抱き寄せて、挨拶をする。

「お腹すいた?ご飯は、まだだから、リンゴ、剥いてあげようか?」
幸子がそう言って、子供たちが返事するのを待たずに、テキパキとリンゴを剥き始める。孫たちが来ると、ただでさえ職場で腕を振るい、やる気に満ちている幸子の動作には、さらに勢いがついて、いつになく甲斐甲斐しくなるのだ。

幸子は、1歳未満の孫娘も手掴みで食べやすいように、リンゴを細かく刻み、3枚の小皿に均等に入れていく。

幸子が子供たちのおやつを用意する間に、哲雄が娘と娘の旦那さんの話し相手に専念する。娘の旦那さんは、バツイチだから、交際を始めた当初は、哲雄が大反対したのだが、今では、素朴で好感が持てると婿を気に入っている。哲雄の婿に対する嫌悪感が好感へと豹変した背景には、哲雄と同じ職業をやっているから親近感が湧きやすかったということがあるのかもしれない。

頼んだ宅配ピザが届き、みんなで歓談しながら食事を楽しみ、幸子の手作りのクッキーで締めてから、子供たちが家中を走り回り、眠くなるまで遊び倒す。目がとろーんとして来ると、娘が子供たち3人を車に乗せ、哲雄と幸子に見送られて、25分ほど離れた家へ帰って行くのである。2~3時間の僅かな間だが、哲雄と幸子にとっては、お腹も、心も満たされる至福のひとときである。
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