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6章

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「陳家では、一度消した狼伯の名を、再び戻し、しかし所在不明との措置と取ることにするそうだ。狼伯も今更陳家に戻るわけにもいかないだろうということだ。狼伯は家を出る際に、鈴円との間に産まれた子どもを連れていた。陳家ではすぐ処分するつもりだったのだろうな……その産まれた赤子に関する物は何も残されていないそうだ。故にこれを女と記載し、紅凛とする。赤子を連れた狼伯が流れ着いたのはたまたま夏家の親族の住まう地域で、男一人、育てることに限界を感じた狼伯は、夏家の中でも子の多い家に紅凛を預けた。しかし見目の良い紅凛はある日突然行方不明になり、親族の夏順流がたまたま章州の妓楼でその姿を目に止め、慌てて引き取り養女とした……」

淡々と説明する愁蓮の言葉に、紅凛は目を丸くしながら、感心して聞き入った。

「よくも、まぁ……絶対に兄様が立てた筋書きでしょう?」

 全てを聞いてから問えば、愁蓮がなんとも複雑そうな顔をしたので、紅凛はやはりか……と自嘲ぎみに微笑む。

 筋書きとしてはとても良く出来ていて、その上真実も織り交ぜているために信憑性が高く、しかも関係者が全て身内か、もう亡い者で構成されている。
 こんな悪知恵が働くのは紅凛がよく知る兄だけである。

 夏家と陳家がすり合わせをする……そう聞いた時から、兄が頭を働かせるであろうことは分かっていたものの、見事な筋書きに驚かされるとともに、いっそ頼もしくさえ思えてしまう。

「柊圭が予め機転を利かせて、陳家内での当時の記録や、どの程度の者達がその事実を知っているのかを把握してくれていた事が功をそうした。陳家内での情報統制は問題ない。もし、この先、紅凛の出生を問われることがあるのならば、陳家が狼伯を証人として差し出す事を約束しているし、狼伯も今後は陳家に戻らないにしても、柊圭にその所在を明らかにしておくことを約束したそうだ。何より彼は、紅凛の幸せを願っている。鈴円様や狼炎の分も、胸を張って生きてほしいと伝言を預かっている」

どうやら、狼伯はこの話が解決するまでの数日は、大人しく帝都に居たものの、陳家には近づかず、話が片付けばすぐに章州に戻る予定だという。

「鈴円様と、狼炎を弔いながら、彼らの側で生涯を過ごすつもりらしい」

「そう……なんだかもっと色々と、母様や兄の話を聞きたかった気もするけれど……」
 後宮という場所の性質上、招くことも逢いに行くことも出来ないのが残念だ。
 本当ならば、紅凛から見た母の様子や、彼がいなくなってから母がどのように彼を恋しんでいたかを伝えたかったように思うのだが……。

「そう言うと思って、少しだけ日を伸ばせないかと聞いてみたのだがな」

 困ったように微笑んだ愁蓮は紅凛の手を取って、腰を引き寄せる。

「再び紅凛の顔を見たら、鈴円様を思い出して、側を離れられなくなりそうで怖いと……」

「そう……ふふっ」

 思わずおかしくて、クスクスと笑うと、まさかここで紅凛がこんな反応を示すと思っていなかったであろう愁蓮が意味を測りかねたように視線を向けてくる。

「ごめんなさい。話をする時間が取れなかったのは残念だけど……なんだかその考え方に血のつながりを感じてしまって」

 愁蓮の胸に頬を寄せながら、紅凛はなおもくすくすと笑う。

「私がいつまでも蓮様を諦められず、何があっても、どんな形でも側にいたいと願ったのは、きっと父親譲りの執着強さがあったからだろうなぁって思ったの」

 約束された当主としての華々しい生活を捨ててでも、母の側にいることを選んだ狼伯、そして例え冷宮で寂しく過ごそうとも、愁蓮の存在を感じながら生きていこうと一時は覚悟をしていた紅凛。思えば考え方はよく似ている。

 紅凛の言葉に、愁蓮が少しばかり考えるようにして、そして力強く紅凛を引き寄せると、きつく抱きしめた。

「ならば、俺はその似たもの親子に感謝しなければならないな。狼伯が鈴円様を追いかけてくれたおかげて紅凛が産まれ、紅凛が父に似て辛抱強くいてくれたおかげで、再びこうして愛しい存在を抱くことができるのだから」

 耳元で低くささやかれ、紅凛は彼の寝間着の襟元をきゅうと握る。

 狼伯と紅凛、残された唯一の親子だが、実は対話は必要ないのかもしれない。


 それぞれが、今は亡い家族に思いを馳せ、そしてそれぞれの場所でお互いの息災を願っていれば、きっと想いはずっと繋がっているのだから。
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