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5章
66 愁蓮視点
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「陛下、本日はお時間をいただき誠にありがとうございます」
眼前に平伏する1人の男の後頭部を、愁蓮は憂鬱な気持ちで眺める。
「問題ない。延遊、父上には随分と世話になっておるゆえな」
しかし口をつく言葉は、想いと裏腹に、随分と鷹揚なもので、自身の立場上の振る舞いと想いの違いに吐き気がしそうだった。
「滅相もございません。このようにお目にかかる機会をいただけただけでも、この身に余る光栄にございます」
しかしそんな愁蓮の思いを知らない延遊は、愁蓮とは逆に溌剌とし、表情は明るい。
順流から、あの手紙を見せられて5日。やはり翌日には父である冢宰からも直々の伺いが愁蓮にもあり、話が飛躍する前にと、早々にこの場を儲ける事になったのだ。
おそらく延遊は、愁蓮が厄介払いとばかりに早急に紅凛を下賜するだろうと思い込んでいる。
それを打ち砕き、納得させる理由に、ここ数日は頭を悩ませた。
「早速本題だが……そなたは、紅妃を下賜できまいかと、彼女の兄である順流にも熱心に文を送っていたとか」
「っ……はい。恐れ多い事ではございますが、私は紅妃様が入宮する以前より、お慕いしておりました」
「順流からも紅妃からも聞いている。随分熱心に慕ってくれたと……。それを掠め取ったのは、他でもない余だ。ゆえに今の彼女の後宮での扱いはそなたにとっては我慢ならぬところ……同じ男として気持ちはよく分かる。そして今こうして余に会いにきた。その気概は大したものだ」
「恐れ多いお言葉でございます。主上のものを欲しがる臣下など卑しいものよとお想いでしょう。しかし、私にとってはそんな誹りをうけるよりも紅妃様が欲しいのです。もちろん紅妃様と、陛下のお気持ち次第にはございますが」
そう言って表情を結んだ彼に、愁蓮は一つ頷く。
「そなたの紅凛を思う気持ちは重々わかった。しかしすまない延游、そなたに……否他の誰にも、紅凛はやれぬ」
ひと思いに、きっぱりと告げる。頭を下げていた延游が弾かれたように頭を上げた。側に控えていた彼の父である冢宰が制するように腰を上げるのを、愁蓮は「よい!」と制す。
「あのように扱っておいて、非情なと思うておるであろう。私とて、紅凛とて本来であれば望んではおらん」
愁蓮を見上げる延游の表情も、冢宰の表情も双方が意図を図り兼ねている様子だ。
「ここだけの話にしてほしいのだが……」
声を落とす。この場には彼ら親子以外には人を入れていない。外には順流を始めとした愁蓮の臣下のみをつけている。
「実のところ、紅凛の離宮行きは、彼女の身を守るための措置であり、私と彼女の関係の悪化は見せかけなのだ」
「すまないな」と眉を下げて、延游を見下ろせば、彼は言葉の意味を理解するのに時間がかかっているのだろう。呆然とした後、「みせかけ……でございますか……」となんとか言葉を発した。
「紅凛の身を害すような事が多発したのだ、犯人は捕まっていないが、彼らは紅凛が寵愛を受けている事に反応する事がわかっている。不甲斐ないが、そうした者たちから紅凛を守るために、彼女を離明宮にやり、そうした噂を流す他なかった。延游から、再三にわたって順流に紅凛を心配する文が届く事を聞いていたゆえ、こちらも心苦しく思いながらはぐらかしていたのだが、かえって辛い想いをさせてしまったな」
「すまぬな」と申し訳ない様子を全面に出して告げれば、言葉を失った息子に代わって、冢宰が「滅相もございません!」と深々と頭を下げた。
「知らぬこととはいえ、それほどまで大切になさっている側妃様を、下賜せよと無礼にも程がある申し出をいたしました。申し訳ございませぬ」
父親のただならぬ謝罪の言葉に、呆然としていた延游も我に返り、慌てて父同様に深々と頭を下げる。こうなることは予め愁蓮には予想がついていた。
「いいや」と首を振ると二人に対して頭を上げるよう告げる。
「そこまで紅凛を想ってくれての事だ、ありがたいことと余は思っておる。ところで、二人に折り入って聞きたい事があるのだが、少し私の話に付き合ってくれるか?」
足を組み直し、延游と冢宰の顔を眺める。
「話……で、ございますか?」
拍子抜けしたようにこちらを見上げる、よく似た親子の顔を見て、愁蓮はゆっくりと頷いた。
眼前に平伏する1人の男の後頭部を、愁蓮は憂鬱な気持ちで眺める。
「問題ない。延遊、父上には随分と世話になっておるゆえな」
しかし口をつく言葉は、想いと裏腹に、随分と鷹揚なもので、自身の立場上の振る舞いと想いの違いに吐き気がしそうだった。
「滅相もございません。このようにお目にかかる機会をいただけただけでも、この身に余る光栄にございます」
しかしそんな愁蓮の思いを知らない延遊は、愁蓮とは逆に溌剌とし、表情は明るい。
順流から、あの手紙を見せられて5日。やはり翌日には父である冢宰からも直々の伺いが愁蓮にもあり、話が飛躍する前にと、早々にこの場を儲ける事になったのだ。
おそらく延遊は、愁蓮が厄介払いとばかりに早急に紅凛を下賜するだろうと思い込んでいる。
それを打ち砕き、納得させる理由に、ここ数日は頭を悩ませた。
「早速本題だが……そなたは、紅妃を下賜できまいかと、彼女の兄である順流にも熱心に文を送っていたとか」
「っ……はい。恐れ多い事ではございますが、私は紅妃様が入宮する以前より、お慕いしておりました」
「順流からも紅妃からも聞いている。随分熱心に慕ってくれたと……。それを掠め取ったのは、他でもない余だ。ゆえに今の彼女の後宮での扱いはそなたにとっては我慢ならぬところ……同じ男として気持ちはよく分かる。そして今こうして余に会いにきた。その気概は大したものだ」
「恐れ多いお言葉でございます。主上のものを欲しがる臣下など卑しいものよとお想いでしょう。しかし、私にとってはそんな誹りをうけるよりも紅妃様が欲しいのです。もちろん紅妃様と、陛下のお気持ち次第にはございますが」
そう言って表情を結んだ彼に、愁蓮は一つ頷く。
「そなたの紅凛を思う気持ちは重々わかった。しかしすまない延游、そなたに……否他の誰にも、紅凛はやれぬ」
ひと思いに、きっぱりと告げる。頭を下げていた延游が弾かれたように頭を上げた。側に控えていた彼の父である冢宰が制するように腰を上げるのを、愁蓮は「よい!」と制す。
「あのように扱っておいて、非情なと思うておるであろう。私とて、紅凛とて本来であれば望んではおらん」
愁蓮を見上げる延游の表情も、冢宰の表情も双方が意図を図り兼ねている様子だ。
「ここだけの話にしてほしいのだが……」
声を落とす。この場には彼ら親子以外には人を入れていない。外には順流を始めとした愁蓮の臣下のみをつけている。
「実のところ、紅凛の離宮行きは、彼女の身を守るための措置であり、私と彼女の関係の悪化は見せかけなのだ」
「すまないな」と眉を下げて、延游を見下ろせば、彼は言葉の意味を理解するのに時間がかかっているのだろう。呆然とした後、「みせかけ……でございますか……」となんとか言葉を発した。
「紅凛の身を害すような事が多発したのだ、犯人は捕まっていないが、彼らは紅凛が寵愛を受けている事に反応する事がわかっている。不甲斐ないが、そうした者たちから紅凛を守るために、彼女を離明宮にやり、そうした噂を流す他なかった。延游から、再三にわたって順流に紅凛を心配する文が届く事を聞いていたゆえ、こちらも心苦しく思いながらはぐらかしていたのだが、かえって辛い想いをさせてしまったな」
「すまぬな」と申し訳ない様子を全面に出して告げれば、言葉を失った息子に代わって、冢宰が「滅相もございません!」と深々と頭を下げた。
「知らぬこととはいえ、それほどまで大切になさっている側妃様を、下賜せよと無礼にも程がある申し出をいたしました。申し訳ございませぬ」
父親のただならぬ謝罪の言葉に、呆然としていた延游も我に返り、慌てて父同様に深々と頭を下げる。こうなることは予め愁蓮には予想がついていた。
「いいや」と首を振ると二人に対して頭を上げるよう告げる。
「そこまで紅凛を想ってくれての事だ、ありがたいことと余は思っておる。ところで、二人に折り入って聞きたい事があるのだが、少し私の話に付き合ってくれるか?」
足を組み直し、延游と冢宰の顔を眺める。
「話……で、ございますか?」
拍子抜けしたようにこちらを見上げる、よく似た親子の顔を見て、愁蓮はゆっくりと頷いた。
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