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2章 

28 愁蓮視点

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約束の日、出迎えに出てきた紅凛は思いの外、華奢で見上げてきた色素の薄い茶の瞳が、潤んでいて、とても可愛らしくて、思わず抱き寄せたい衝動に駆られた。


予め順流に説明をされていた通り、彼女はどうやら客人をもてなすのが初めてのようで、不慣れながら甲斐甲斐しく世話をする姿がとても初々しくて可愛らしかった。

まだ18になったばかりだという。ちょうど、嫁いできた頃の鈴円様と同じ年頃だ。

そして自分は28。

自分より10も歳下の娘に夢中になるなど、どうかしていると思いながらも、彼女に対する思いを抑える事はできなかった。

しかし次はいつ彼女に会えるかわからない。

柄にもなく、口説くような言葉を使った。

そして次につながるような約束をして別れた。聡い順流は何かを察しているようではあったが、何も言わないところを見ると、どうやら彼にとっても不都合ではないらしい。


何度か紅凛にもてなしの礼という名目で手紙を書こうか迷った。しかし、短い時間を共有しただけの歳上の男から手紙をもらって驚かせてしまうかもしれない。もしかしたら引かれるかもしれない。

次に外に出られるのはいつだろう、その機を見ているうちにひと月が経った。


順流から家への誘いがあったのだ。「紅凛も、随分とおもてなしが上手くなりましたよ!」そう言った彼の言葉が妙に引っかかった。

俺以外にも他の男をもてなしたのだろうか?
他の男が、彼女を目にして・・・。
なんだかとてつもなく、おもしろくない。

「それは楽しみだな」

みっともない嫉妬心を隠して、快諾した。

そこから約束の日まで、彼女にどんな言葉をかけようかと、まるで初めて恋をしたばかりの少年のように胸躍らせて過ごした。


そうして待ちに待ったその日、前回同様に迎えに出てくれた紅凛はやはり可愛らしくて、ついつい顔がだらしなく緩みそうになるのを抑えた。

順流にそんな顔を見られようものなら、後から何を言われるやら・・・。


順流からの前情報の通り、紅凛のもてなしは前回に比べて格段に上手くなり慣れていた。
それを微笑ましく思いながらやはりどこか他の男達に嫉妬する自分がいた。

ありがたい事に、順流が席を外したタイミングに、図らずとも2人で話せる機会が巡ってきた。

触れた彼女の頬は白くて柔らかくて、壊物のように繊細だった。

他の男達よりも、もっと強く彼女に印象づけたくて。随分と必死に彼女に甘い言葉を吐いた気がする。

「そんな・・・どなたにも仰ってるんじゃありませんか?」

どうやらそれが裏目に出て、遊び人だと思われそうになったが、彼女の言い草がどこか拗ねているようで、彼女も自分と同じように思ってくれているのかもしれないと思うと、喜びが込み上げてきた。

なんとか誤魔化すように笑い飛ばして、酔っ払っているという事にして、なおも彼女のことを褒める。


彼女の頬がみるみる赤くなって、潤んだ瞳で見上げられてしまって、そこで俺はたまらず、一歩踏み込む事にした。

将来を約束した相手はいないのだろうか?と

そう聞けば彼女は、なんのこだわりもなくスルリと

今はいないが、いずれ兄が決めるというのだ。

なるほど・・・彼女を落とすのならば順流を落とせばいいという事らしい。

おそらくそれは、とても簡単な事である。

しかし、そこにきてようやく自分の身の置かれている立場を思い出した。


紅凛には伏せているものの、自分は皇帝という立場の人間で、自分が彼女を手に入れるという事は、彼女が後宮に入るという事だ。

彼女に自由は無くなるし、後宮内の煩わしい女の世界で生きる事を強いなければならない。

今後宮で皇子達の養育を任せている貴妃と、妃の2人は彼女にどう対応するだろうか。彼女達は月香と親しかったから、面白くはないだろう。

それにすでに自分には世継ぎとなる息子が2人いる。彼女が子を産んでもその子供が皇帝となる可能性は、ほぼない。

彼女には窮屈な思いをさせるだけで、何の利もないのだ。


馬鹿みたいに舞い上がってはいたが、彼女のためには自分のものにならない方が幸せなのではないか・・・。

そこまで考えた時、不意に彼女から、逆に婚約者などはいないのか?と聞かれた。

素直に、昔妻がいて子供が2人居ると話せば、彼女はやはり驚いたような、少しショックを受けたような顔をした。
そのままにしておけば良かったのかもしれない。

しかし何故か、弁解するようにすでに終わった過去のように話して、よせばいいのに最近また妻にしたいと思える人に出会ったのだと、匂わせてしまったのだ。


そしてそれは君だよと言いたくて・・・そう言おうと思った矢先に、タイミング悪く順流が戻ってきてしまって、その話は有耶無耶になってしまったのだ。


その話を紅凛はどうやら悲観的に捉えたのだろう。
それからの彼女はどこか心ここに在らずと言う様子で、最後の見送りの際に上げた顔はどこか泣きそうな顔をしていた。


違うんだ。さっきの話は君のことなんだ・・・その一言を言おうかと迷った。

けれど先程の後宮の事が頭をよぎると、このまま彼女から見切ってくれた方が良いのかもしれない。

そんなずるい考えを抱いて、グッと口をつぐんで、彼女に背を向けたのだった。
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