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1章
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しおりを挟む約束の2日後、愁蓮が紅凛を誘ったのは、後宮の北側の最奥に位置する小ぢんまりとした、平たい建物だった。
後宮に来てからこれほど奥まで来た事が無かった紅凛は、こんなところがある事も知らなかったし、他の建物に対して比較的新しそうな割に、何処か寂しい印象のその建物は、少し異質に感じた。
「なんだか、寂しい雰囲気ね」
そう呟くと、手を取る愁蓮が「そうだな」と呟く。
「普段は閉じているんだ。今は俺くらいしか入らないが、それでも久しぶりだ。おいで!」
そう言って手を引かれて紅凛は彼に誘われるまま、建物に入って行った。
中はカビ臭く、少し埃っぽかった。しかし窓から入る日の光に照らされた回廊は、美しい掘り込みや装飾がなされていて、決して粗雑に作られたものではない事がわかる。
綺麗な建物なのに・・・こんな風に閉めきられてしまってもったいない。
そう思っていると、大きな扉の前に来て、愁蓮が立ち止まった。
「ここは父が作って、そしてすぐに封印したんだ」
そう言って一礼して扉を開いた。
「?」
訳もわからず紅凛も彼に習って一礼して、慌てて彼の後に続いた。
そうして入った部屋には、沢山の書物が積み上げられていて、その中にひとつだけ大きな卓に地図の用な物が広げられていた。
それは、随分と使い古されていて、所々墨が擦れて薄くなっている。
その上に碁石がいくつも転がっていて、紅凛にはそれが何かよくわからなかった。
「紅凛。我が姜家は古くから小国の支配者だった。しかし国は乱立して、争い、吸収を繰り返したそれは知ってるな?」
その地図のような物から視線を逸らさず愁蓮が問うので、紅凛は頷く。
「我が家も同じだった。大きくなったり削られたり、父の代で諸国が大きく統一の動きを見せてきて、我が家も勢力を伸ばそうと戦った。
そうして5年前、ようやく統一を成し得て、皇帝となった」
確認するように視線を向けられて、もう一度理解していると頷く。
「説明すればその程度のことだ、でもその間に人が沢山死に、熾烈な戦場を潜ってきた」
向き合った愁蓮の声は苦しげで、その手を慰めるように握り返す。
「もうあんな思いを民にもさせたくはない。
父も同じ思いで、あの人は更に長いこと戦っていたから、随分と心が擦り切れていたのだろうな。
だからあんな事ができたのだと思う。」
「あんなこと?」
問うように首を傾けると、愁蓮はどこか寂しげに笑って紅凛の手を引いた。
「おいで」
そう言って。左側にあった扉を開いて、彼は紅凛を誘い進んでいく。
そこはまた回廊になっていて、壁際にいくつも絵がかかっているようだった。
一つ目の絵の前で愁蓮が止まったので、紅凛もそれに習う。
その絵を見上げれば、そこには4人の女性の絵姿が描かれていて。
その中で一際目を引く赤毛の女性にすぐに視線が行った。
どことなく見覚えのあるその顔をじっと見つめる。
「これは父の妻達の生前を描かせた物なんだ」
「え?」
愁蓮の言葉に、紅凛はその女性から目が離せないまま声を上げる。
「姜家の領地はここよりも、もっと西にあってそこで俺も生まれた。父はそこを拠点に勢力を伸ばしていたんだ。しかし俺が15の頃、城を空けた隙を突かれて城を攻め落とされた。」
その言葉を聞いて紅凛の脳裏に、空が炎で赤く染まったあの日の光景が浮かんできた。
「父の妻達4人と、城に残っていた俺の妹弟8人がそれによって犠牲になった。
俺とそのすぐ下の弟は、たまたま父と同行していたから無事だった。」
「愁蓮のお母様は?」
この4人の誰かだろうか?そう思い問うと。
彼はゆっくりと首を横に振る。
「母は俺を産んですぐ亡くなっているんだ。ただ、母親代わりによく目をかけてくれた、側室がいたんだ」
そう言って彼が指を刺したのは、、赤毛の女性だった。
「後で知った話しだが、父は奇襲を受ける事をある程度予想していたらしい。知っていて見殺した。戦略的に城を手放してもいいと判断したらしい」
その非情な内容に紅凛は息をのむ。
胸がズクズクと痛む。あの日の弟達の逃げ惑い泣き叫ぶ声が頭の中に響く。
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