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005 サイクロプス

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「グオオオオオオオオギャアアアアアアアアア!」

 昼寝を邪魔されたサイクロプスが怒りの咆哮を繰り出す。
 全身が赤くなった。

(つーかデケェな)

 外に出てきたサイクロプスの全長は約3メートル。
 寝ている姿を見て抱いたイメージより1メートルも大きい。
 もっと言えば小屋の高さを上回っていた。

「よし、俺は逃げる。あとは頑張れよダンス部のホープ!」

 悠人は敵に背を向け森に駆け込もうとする。
 すかさず美優が止めた。

「ちょ! 待って待って! 逃げないで守ってよ!」

「えー、奴を起こしたのは美優だろ? なんで俺が……」

「だって私、女子だよ!? 女を守るのが男でしょ!」

「それは昭和までの価値観だ。令和の世は男女平等といって――」

「そんなのいいから!」

「グォオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 サイクロプスが二人に突っ込む。
 武器は持っておらず、タックルで吹き飛ばす狙いのようだ。

「ひぃいいいい! 来た! 来たよ敵! 来たって!」

「そんなに騒がなくても分かっているよ」

 悠人は瞬時に状況を判断する。

(奴のスピードはこちらより上だ。真っ直ぐ走っても逃げ切れない。そのうえ地の利は向こうにある)

 答えは簡単に導き出せた。

「これは貸しだからな」

 悠人は戦うことにした。
 弓を地面に捨てて、腰に差していた包丁を抜く。
 素早く逆手に持ち替えた。

「え、何で包丁があるの!?」

「学校で拝借した」

「ウオオオオオオオオオオオオ!」

 サイクロプスが右肩を悠人に向ける。
 ショルダータックルの態勢に入った。

(巨体で突進攻撃……まるでヒグマだな)

 幸いなことに、悠人にはヒグマとの戦闘経験があった。
 他の獣とも真っ向勝負をした経験もある。

「化け物だろうが関係ねぇ!」

 悠人は敵のタックルをひらりと回避。
 その際、ただ避けるのではなくカウンターを放った。
 逆手に持った包丁でサイクロプスの目を切りつけたのだ。
 ジャンプして、横に一振り。
 これが効果的だった。

「オオオオオ……!!!!」

 サイクロプスは両手で目を押さえて崩落。
 地面をのたうち回る。
 奇しくも巨大な目が弱点だったのだ。

「チャンス!」

 悠人は迷わず仕留めに掛かった。
 あらゆる動物の急所である首に包丁を突き刺す。
 だが――。

「むっ? 思ったより硬いな……!」

 包丁が皮膚に刺さらない。
 さながらワニ並みの硬さだったのだ。

 それでも、悠人の力が勝った。
 何度も同じ場所を突くことで皮膚を貫いたのだ。
 包丁は奥深くまで刺さり、サイクロプスを絶命させた。

「ふぅ」

 ホッと安堵の息を吐く悠人。

「すご! 一瞬で倒したじゃん! 強すぎない!?」

 美優は大興奮。
 悠人の流麗な動きが脳裏に焼き付いていた。

「結果は楽勝だったが、かなりヒヤヒヤしたぞ」

 悠人は相変わらずの淡々とした口調。

「全然そんな風には見えないんですけど!?」

「それより……」

「あ、そうだね! 早く移動しないと! ここは危険だって学んだ! 今後は悠人に従うよ! ごめん!」

「違う。ここで休憩しようって言いたいんだ」

「え? ここで?」

 悠人は頷き、小屋を指した。

「奴は扉を開けっぱなしで寝ていた。それも足跡が無数にあるこの場所で。つまり、ここの化け物どもは奴を襲わないってことだ」

「化け物同士で仲良くしているってこと?」

「その可能性もあるが、きっと奴にびびっていたのだろう。仲間だったら奴の咆哮を聞いて助太刀に来ていたはずだ」

「たしかに!」

「そうした状況から考えるに、小屋の安全度はそれなりに高い。扉を閉めていれば軽く休憩するくらいはできるだろう」

 こうして、二人は小屋で休むことにした。

 ◇

 小屋は平屋で、間取りは10帖の細長いもの。
 サイクロプス用なので天井が高い。
 家具の類が何もないこともあり、間取り以上に広々としていた。

「さっきまで気づかなかったけど、ここは小屋というよりコンテナだよな」

 悠人は適当な場所で腰を下ろした。

「というと!?」

 美優は彼の正面に座る。

「窓がない」

「言われてみれば!」

「そのせいで日中なのに薄暗いし、空気も悪い」

「換気したいよねー」

「うむ。ま、贅沢は言えないよな」

 悠人が会話を終える。
 ここで美優が口を開かなければ沈黙が訪れるわけだが――。

(よし! 今なら訊くチャンス!)

 ――美優は気になっていたことを尋ねた。

「悠人って東京から転校してきたんだよね?」

「そうだよ」

「何でウチにしたの? 岡山に親が転勤するとか?」

「いや、親が投資用に所有していた物件の中で、最も東京から離れていたのが岡山だったからだ。学校は家から近くて入れるならどこでもよかった」

「どゆこと?」

「端的に言うと親に捨てられたんだ。卒業までの学費や生活費、住居なんかを与えられて。あとは勝手に生きろってさ」

「ええええ! 何で!?」

 予想外の答えに驚く美優。
 何かあるとは思ったが、想像とは全く違うものだった。
 思っていたよりも闇の深そうな話だ。

「ウチの親ってエリート志向が強くて、昔からスパルタ教育だったんだ。当然ながら世間体も気にしていたんだけど、そんな中で俺がトラブルを起こしてしまってな」

「トラブルって?」

「…………」

 すぐには答えない悠人。
 話そうかどうか悩んでいた。
 皆には知られたくない話題だ。

「あ、訊いちゃまずかった?」

「まぁな」

「じゃあ無理に言わなくて大丈夫!」

「いや、話しておこう。どうやら美優は誤解しているようだしな」

「誤解って?」

「俺を良い人間だと思っているだろ?」

「うん!」

 迷わずに頷く美優。
 屈託のない笑みが浮かべていた。

「残念ながらそういう人間ではない」

「そうなの?」

「きっとな」

 悠人は転校の経緯を話し始めた。

「掃いて捨てるほどよくある話だが――」

 それは今年の四月。
 悠人が二年になって間もない頃のことだ。

『霧島君、私のハジメテ、貰って……!』

 放課後、悠人は教室で恋人の女子と過ごしていた。
 清楚系を具現化したような黒髪ロングでスカートの長い子だ。

 二人は誰も居ない教室で人生初のセックスをする予定だった。
 それが彼女の望みあり、悠人もその気になっていた。
 だが、悠人がおもむろに彼女の胸を触った瞬間、事態は一変した。

 カシャッ。
 どこからともなくシャッター音が鳴り響いたのだ。

『はい、撮影させていただきましたー!』

『霧島悠人が同級生の女子をレイプしようとした瞬間!』

『これが学校中に知れ渡ったら退学どころか逮捕もありえるぅ!?』

 同じクラスのチャラい男子が教室に入ってきた。

『いや、これは合意の上で……』

 悠人は最初、必死に弁明しようとした。
 しかし――。

『助けて! 霧島君が私のことを犯そうとしてきたの! 大事な話があるって言われて、何かと思ったらいきなり!』

 ――なんと恋人だったはずの女子が裏切った。
 そう、彼女もチャラ男三人組の仲間だったのだ。

『この件がバラされたくなかったら……分かるよな?』

『マネー、プリーズ!』

『お前の家って金持ちなんだろ? 親の財布からくすねてこいよ』

『霧島くぅん、私、欲しいバッグがあるの♪』

 彼らの要求はお金だった。

(ここで言いなりになったら、今後はひたすらカモにされてしまう)

 そう判断した悠人は、その場で男どもをボコボコにした。
 それも軽く締め上げたなどというレベルではない。
 後遺症が残りかねないレベルで完膚なきまでに叩きのめした。
 絶対的な恐怖を植え付けるためだ。
 そこまでしなければ反撃されると考えていた。

「――その結果、相手の親が警察に通報して、俺の振る舞いは過剰防衛だ何だと問題になった。その件は示談で済んだが、俺に対する父の怒りは収まらなかった。で、今に至る」

「そんな、酷いよ。悠人は何も悪くないじゃん! なのにおかしい!」

 話を聞いた美優は、両手に拳を作って怒りを露わにした。

「いや、悪いのは俺さ。過剰防衛と判断されただけ御の字で、傷害事件に問われて少年院にぶち込まれてもおかしくなかった。それは自分でも分かっている」

 というのは、悠人の表向きの意見だ。
 本当は自分が悪いと思っていなかった。

「でも仕掛けてきたのは向こうじゃん! それに男たちはともかく、悠人を騙した女はお咎めなしってありえなくない? 私からすると女が一番悪いように感じたんだけど! 恋人の振りして悠人を騙すとか最悪じゃん!」

「お咎めがなかったわけじゃないよ」

「そうなの? 殴った?」

「いや、さすがにそれは気が引けてな。俺は何もしないつもりだったが、向こうが勝手にビビってお詫びをしてくれた」

「お詫び?」

「まぁ、その、口でちょっとな」

 濁す悠人。
 だが、美優には分かった。

「フェラチオをさせたの?」

「させたっていうか、向こうからそれで許してくれって」

 その時のことを悠人はよく覚えている。
 実は今でも思い返してオナニーのネタにすることがあった。
 週に6回ほど。

「なるほどねー。ていうか、そういうフェラって気持ちいいの?」

 前のめりになる美優。

「そういうフェラって? フェラには種類があるのか?」

「好きでもない子にシてもらうってこと」

「あー、そのことか。普通に気持ちよかったよ。女子に話すのはどうかと思うが、好き嫌いで変わるもんじゃないと思う。それに相手は清楚系の美人だったしな、表向きの顔はだけど」

「へぇ、そういうものなんだ――」

 美優はそこで間を置いた。
 そしてニヤリと笑い、右手で輪っかを作って口の前に。
 次の瞬間、彼女はとんでもないことを言い出した。

「――じゃあ、私もシてあげよっか?」
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