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035 陽葵にサプライズ

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 18時過ぎ、俺と陽葵はラフトに戻った。
 布団は既に完成しており、料理もあと少しで出来上がる。

「せっちゃん、いいところに戻ってきたなぁ!」

 沙耶がニヤニヤと俺を見る。

 そのすぐ近くには、仕事を終えた凛が立っていた。
 こちらは無表情だ。

「なにか悪だくみでもしているのか?」

「ちがぁーう! 今から沙耶様の講座が始まるんだよ!」

「油の温度の見分け方を教えてくれるらしいよ」と凛。

「ほう」

「プロの料理人ってのは温度計に頼ることなく見分けられるのだ!」

「沙耶はプロなのか?」

「違うけど……って、そんな細かいことはどうでもいいの!」

 沙耶が目の前にある土器バケツへ目を向ける。
 焚き火にかけられたそのバケツに入っているのは綿実油。

「いくよー、よく観ているんだぞー!」

 沙耶がぶつ切りにしたパプリカの一部を油に入れる。
 パチパチッと小気味いい音がなり、パプリカが左右に散らばった。

「これ! この弾け方が高温の証! ざっと180度ってところだね!」

「へぇー! そうなんだ!」

 陽葵が感心する。

 そんな陽葵を見て満足げな沙耶。
 しかし次の瞬間、彼女は目をギョッとさせた。

「なんでワシなんか抱いてるの!?」

「今さらかよ」と笑う俺。

「怪我をしちゃって飛べないみたいだから、今日は一緒に過ごすの!」

「たはー、捌いて食べるのかと思ったよー!」

「キュイッ!?」

 驚くワシ。

「なんてこと言うの! そんなことしないよ!」

 陽葵は「もー」と頬を膨らませる。
 そして、ラフトの中へワシを運んだ。

「で、180度ならどうなんだ?」

 話を調理に戻す。

「ばっちりってこと! あとは食材を揚げていくのみ!」

 沙耶は食材を少しずつ放り込んでいく。
 何かが入る度にパチパチと気持ちいい音が鳴る。

「私も何か手伝いたい! 散歩してリフレッシュしたし!」

「陽葵、あんたはベンチに座ってなー!」

「えー」

「だって他にやることないし! お皿を運ぶ担当が欲しいけど、それは凛がやってくれるからね」

 凛は「そういうこと」と皿を見せる。
 それは俺がスライスした丸太だった。

「刹那も座ってていいよ? 疲れたっしょ?」

「ならお言葉に甘えさせてもらおう」

 俺は陽葵の隣に腰を下ろした。

「そろそろだー! 凛、準備しろー!」

「いつでもいいよ」

 皿を水平にして、沙耶の前で待ち構える凛。

「いくぞー!」

 沙耶は竹で作った菜箸を使って食材を取り出していく。
 バケツの上で何度かぶんぶんと振ってから、凛の持つ皿へ盛り付ける。
 キッチンペーパーが無いせいか、微かに油が滴っていた。

「あとは塩をパラパラっと!」

 盛り付けられた揚げ物に塩をまぶして完成だ。

「行け! 凛!」

 凛は「ん」とだけ答えて、皿を陽葵の前に置く。
 そして、近くに干している布団を手に取った。

「えっ、凛、寝ちゃうの!?」

 驚く陽葵。

「違うよ」

 凛は無表情で答えつつ、陽葵の正面に移動する。
 俺と沙耶は凛の隣に立った。

「なになに!? なにが始まるの!?」

 現状が理解できていない陽葵。
 ブタ君も「何事だ!?」と言いたげな顔で見ている。
 そんな中、沙耶が「せーの」と合図した。

「「「陽葵、誕生日おめでとー!」」」

「え? ええええ!」

 陽葵は立ち上がり、あたふたする。
 その様子に、俺たちはクスクス笑った。

「陽葵、この布団は私からの誕生日プレゼントだよ」

 凛が折りたたんだ布団を渡す。
 陽葵の目にぶわぁっと涙が浮かんだ。

「覚えていてくれたんだ、私の誕生日」

「もちろん」

「私、てっきり刹那君のために布団を作ってるのかと思ったよ」

 陽葵は嬉しそうに布団を抱きしめる。

「ぐっすり眠ってね」

「うん! こんな大変な環境なのにありがとう!」

 布団で涙を拭いつつ、陽葵は満面の笑みを浮かべた。

「あたしからは目の前のご馳走が誕生日プレゼントだ!」

「すごく美味しそう!」

「熱いうちに食べてみて! あたしらの分もあるから気にしないで!」

「分かった!」

「布団、邪魔だろうからラフトに戻しておくね」と凛。

「ごめんね、ありがとー!」

 陽葵は凛に布団を渡し、ベンチに座って食事を始める。
 揚げたてのサワガニを箸で摘まみ、豪快に齧り付く。

「サクサクしてて美味しい! すごく美味しいよ、沙耶!」

「この沙耶様が腕によりをかけて揚げたんだから当然よ!」

 沙耶は「がっはっは」と誇らしげに笑う。
 それから、凜と協力して残り3人の素揚げも用意する。

「布団は私、ご馳走は沙耶からだけど――」

 準備が終わると、凛は陽葵の向かいに座った。

「これらは刹那が協力してくれたおかげで作れたの。だから、刹那からの誕生日プレゼントでもあるって認識でお願いね」

「さすがにあたしらの手伝いをしながら自分でも誕プレを用意するとか無理だからなー!」

 沙耶は凛の隣に腰を下ろす。
 それから、全員のコップに水を注いだ。

「分かってるよ! これだけでも十分、ううん、十二分に嬉しいから!」

 女性陣は俺が誕プレを用意していない方向で話を進めていく。
 その反応はまさに予想通りであり、俺は思わずニヤけてしまった。

「ふっ、まだまだ青いな、君たちは」

 俺はドヤ顔で陽葵の隣に座った。

「青いって?」と凛。

「また中二病かー? 空は茜色だぞー?」

「ふっふっふ」

 あえて溜めを作る。
 それから、満を持して「実は――」と切り出した。

「俺も用意しているんだよな、陽葵の誕生日プレゼント」

「嘘ぉ!?」

 そう驚いたのは陽葵だ。

「いつの間に用意したの? そんな余裕あった?」

 凛は不思議そうにしている。

「ていうかどこにあるんだよ!? 誕プレ! ないじゃん!」

「ここにはない」

 俺は目の前に置かれた箸を手に取り、自分の皿に手を伸ばす。
 揚げたてのシイタケを堪能してから続きを言った。

「食事が終わったら連れて行こう。誕生日プレゼントのある場所へ」

 言った後で不安になった。
 俺の誕プレ――土器の浴槽が壊れていたらどうしよう、と。
 製作途中で現場を離れたため、仕上がりの確認はぶっつけ本番になる。
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