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034 散歩

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「ごめんね、付き合ってもらって」

「別にいいさ、俺も暇だったし」

 陽葵の用件は散歩だった。
 一緒に散歩でもしないか、というもの。
 よって、俺たちは今、仲良く海沿いを歩いている。
 ラフトが見える距離にあるため手は繋いでいない。

「散歩とは名案だな。でかしたぞ、陽葵」

「そうなの?」

「もしかしたら鍋などの人工物が漂着しているかもしれない。そういうのを発見できたら、生活がますます快適になるだろう」

「たしかに! でも、私はそこまで考えていなかったよ。ずっと土器を作っていたから息抜きしたいなって」

 陽葵が手を繋いできた。
 ラフトから見えなくなったのだ。

「あっ、いきなり手を繋いでも大丈夫だった?」

 陽葵は恥ずかしそうに上目遣いで俺を見る。

「もちろん。いつでも繋いでくれ」

「あはは」

「それよりも――」

 俺は周囲をチラチラ見ながら言う。

「人工物が全く見当たらないな」

「だねー……」

「これは想定外だ」

「何か見つかると思ったの?」

「かなりの高確率でな」

「そうなんだ? なんで?」

「俺たちの乗っていた船が転覆したからさ。船の大半が海の藻屑になったとしても、その内のいくらかは流れ着いてもおかしくないだろ? 船内にあった物だったり、船の残骸の一部だったりさ」

「たしかに……」

「ま、ないならないでかまわないけどな」

 と言ったその時だった。

「刹那君! あれ!」

 陽葵が前方を指す。
 そこには横たわるワシの姿があった。
 真っ白な頭が特徴的なハクトウワシだ。

「どうしてワシが波打ち際に打ち上げられているんだ?」

「分からないけど、なんだか怪我をしていそうだよ!」

 陽葵が駆け寄る。
 そういえば彼女は動物好きだったな、と思い出す。

「キュィィ……」

 ワシは左翼に怪我を負っているようだ。
 怪我の程度はそれほど酷くない。
 問題は外傷よりも濡れていることだろう。
 海に落下したらしく、全身がビショビショだ。

「刹那君、この子、どうにかならない?」

 陽葵が切実な目で訴えかけてくる。

(そんな目で見られても厳しいのだが……)

 野生のワシはそう易々と人を受け入れない。
 とはいえ、「無理だね!」とは言えないだろう。

「とりあえず体を温めてやらないとな」

 俺は恐る恐るワシに手を伸ばす。
 すると、案の定、威嚇の咆哮を繰り出された。

「おっと」

 慌てて手を引く。
 それと同時に、ワシは目を閉じた。

「死んじゃったの……?」

 陽葵の顔が悲しみの色に染まる。

「いや、気を失っているだけのようだ」

 俺はワシに触って鼓動を確かめた。
 流石に失神していると威嚇することもない。

「俺は焚き火を用意する」

「私はこの子を温める!」

 陽葵はワシを持ち上げ、ギュッと抱きしめる。
 制服のボタンを弾け飛ばしそうな胸がワシを包み込む。

「羨まし……いや、すぐに用意するから待ってろ」

「うん!」

 ダッシュで森へ駆け込み、木材を調達する。
 砂辺に戻ったら1分で火を熾し、焚き火をこしらえた。

「たくさん温まってね、ワシさん」

 焚き火の傍に腰を下ろす陽葵。
 彼女の腕の中で、ワシは弱々しい息を吐く。

「寝ている間に怪我の治療もしておくか」

「できるの?」

「さっき森でアロエを見つけた。塗り薬の代わりにしよう」

 アロエに薬のような効果があるかは分からない。
 ただ、俺が幼稚園児だった頃、祖母がアロエを塗ってくれた。
 傷口に塗るものだと言って。

「これでよしっと」

 アロエの葉に詰まっているゼリーを取り出して、ワシの傷口に塗る。

「キュイィ……」

 ワシの瞼がピクピク動く。
 もうじき目を覚ましそうだ。

「腹が減っているかもしれないからメシを獲ってきてやろう」

「私はここにいても平気?」

「ああ、問題ない」

 俺は森に行ってワシのエサを探す。

(ハクトウワシって何を食うんだ?)

 俺は動物博士ではない。
 なので、動物の食生活には大して詳しくなかった。

 そこで、ハクトウワシの生態について考えてみる。
 主な棲息地や行動パターンなど。
 さらにテレビや動画サイトで観た記憶も総動員。

「魚と哺乳類、あとは爬虫類も食う可能性が高いな」

 海に墜落したあたり、魚を食おうとした可能性が高い。
 ハクトウワシのサイズ的に、それほど大きな魚ではないだろう。
 おそらく渓流魚でも問題ないはずだ。

 主食は魚であると考えていいだろう。
 それ以外には野ウサギを食べることは分かっている。
 そういう動画を観たことがあった。
 ならば、トカゲを食べてもおかしくない。

 魚、ウサギ、トカゲ。
 この内、森で獲れるのはウサギとトカゲだ。
 トカゲはそこらで散見されるので、探すのに苦労しなかった。

「好物かは分からないが、まぁ大丈夫だろう」

 2匹のトカゲを捕まえる。
 サワガニと同程度の小さいサイズだ。
 デコピンで仕留めて、陽葵のもとへ戻った。

「戻ったぜ」

「キュイ!」

 俺の声とワシの覚醒が重なった。
 陽葵はこちらを一瞥したあと、すぐにワシを見つめる。

「キュイ! キュイイ!」

 ワシは激しく抵抗した。
 陽葵に食われると思ったのだろう。

「大丈夫、大丈夫だからね」

 そんなワシを優しく撫でる陽葵。
 彼女の想いが伝わったようで、ワシは大人しくなった。
 陽葵の腕の中で体を丸め、「クゥン」と甘えるように鳴く。

「ほら、メシを持ってきてやったぞ」

 俺はワシの顔の前でトカゲをぶら下げる。
 尻尾を摘まみ、頭部を下にして、左右にゆらゆら。

「キュイィィ!」

 ワシは警戒感を示している。
 俺にはまだ心を開いていないようだ。

「俺じゃダメだな」

「私があげてみる!」

「そうしてくれ」

 陽葵は俺からトカゲを受け取り、片方をワシに近づける。
 すると、ワシは警戒する様子もなくパクッと食いついた。

「おお」

「食べてる! 食べてるよ刹那君!」

「よかったよかった」

 ワシはトカゲを平らげるとおかわりを要求した。

「食いしん坊だなぁ」

 陽葵が頬を緩める。
 そして、もう1匹のトカゲを食べさせた。

「キュィン! キュィイイン!」

 嬉しそうな声で鳴いている。
 どうやら俺の捕まえたトカゲは美味かったようだ。

「これで問題解決だな。ワシを放して戻るとしよう」

「うん!」

 陽葵はワシの足を両手の掌に載せて腕を伸ばす。

「さぁお行き!」

「キュイ!」

 飛び立とうとするワシ。
 しかし、翼をばたつかせたところでトラブル発生。

「キュイッ……!」

 どうやら傷口が痛むらしい。
 すぐに翼を畳んでしまった。

「思っていたより重傷なのかもしれないな」

「どうしよう……」

 陽葵の目は「どうしよう」と言っていない。
 どう見ても「この子を連れて帰るぞ」と言っていた。

 やれやれ。
 俺は苦笑いを浮かべた。

「仕方ないからラフトへ連れて帰ろう。そろそろ時間だし」

「本当!? やったー!」

「ただ、怖がらせるかもしれないぞ。沙耶や凛、それにブタ君もいる」

「私が一緒なら大丈夫だよ!」

 発言の根拠は不明だが、俺も同感だった。
 陽葵がいれば問題ないだろう、と何故か思えたる。

「なら戻るとしよう」

「うん!」

 海沿いにできた足跡を辿って、俺たちはラフトへ戻った。

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