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(3)少年と金魚
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金魚が好きな『金田さん』と彼女が好きな『水野くん』の話。爽やか青春物語ではなく、いつもの絶望です。
歪みまくった少年と不思議狂った少女が好きです!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ある夏祭りの夜。石段の上で、赤い金魚は重くため息を吐きました。
『ああ、神様。このままじゃ、私、死んでしまうわ』
金魚すくいで彼女を掬った男の子は、母親に「金魚なんて飼えない」と叱られ、泣く泣く彼女を袋に入れたまま、置いてきぼりにしたのです。
『そうよね。金魚なんて、猫や犬ほど可愛くないし、水槽だって、買わなきゃだし。人間に捨てられたって仕方がないもの』
金魚は、袋の中でまた一つため息を吐きました。そして、彼女は男の子の顔を思い出し、悔しそうにもう一つため息を吐きました。
『あの子は私を掬って喜んでいたわ。あの時、私も本当に嬉しかった。私を必要としてくれる人間がいるんだって、そう思ったのよ。それなのにね……』
金魚は、空に打ちあがる花火を見て、ひらりと体を泳がせます。
もう、祭りも終わりに近づいているのです。
『ああ。私にはもうどうしようもないわ。きっと、このまま朝になって、息が苦しくなって、お腹がすいて。日差しに焼かれて死んでしまう……!』
金魚は、己の不幸に身を震わせながら、ゆらりゆらりと狭い水の中を泳ぎました。
『誰か助けて。誰でもいいわ。お願いだから、私を救って』
金魚は願いました。必死に祈りました。するとそのとき。
「あれ? こんなところに金魚が」
「なんだよ、水野。どうした?」
「いや、金魚がほら。落ちてる」
「うわ。ホントだ。どーすんの?」
ぐらりと水が揺れ、でかい目玉が金魚の目の前に迫りました。金魚を掬った子とは別の男の子が、落ちていた金魚を拾い上げ、友達に見せたのです。
「きっと、捨てられたんだなコイツ」
金魚は、その言葉にどきりとしました。自分が捨てられた事実を人間の口から聞くと、改めて自分には価値がないように思えてなりませんでした。でも。
「え、お前持って帰るの?」
「うん。だって、そうしなきゃ、コイツ、死んじゃうよ」
「優し~」
「別に。模様が綺麗だし。金魚飼うの、面白そうだし」
そう言って、少年は金魚を嬉しそうに見つめました。
『ああ、私はまだ生きていていいのね……?』
少年の笑顔に、金魚は心の底から喜びました。そして、金魚は揺れる水の中で安心して眠りました。次に起きたとき、どんなに幸せな気分だろう、どんな家に着くのだろう、とくすぐったくなる気持ちを抑えながら。
*
それから数年後。高校生になった少年は、平凡な日常を送っていました。
「あ。おはよう水野くん!」
「ああ。おはよう金田さん。今日も早いね」
「うん。早くこの子に会いたくてね」
クラスメイトの少女がそう言って突いた水槽には、真っ赤な金魚が入っていました。
「金田さんは本当に金魚が好きなんだね」
「うん。だって可愛いじゃない」
「そうだね」
「あ、もしかして水野くんも金魚好き?!」
「勿論、金魚も好きだけど。僕は金田さんの方が好きだな」
「えっ?」
少年に迫られた少女は、頬を赤く染めました。
「ふふ。金魚みたいで可愛いね」
「み、水野くん、揶揄わないでよ……」
「揶揄ってなんかないよ。ねえ金田さん。よければ僕と付き合ってみない?」
「えっ。でも……」
「じゃあさ、お試しデートしよう? 今度の日曜日に水族館でどうかな? 金田さん、水族館好きだよね? ね、それで駄目だったら諦めるからさ」
「でも、きっと水野くんは楽しくないよ? 私は水野くんが思ってるような子じゃないかもしれないし」
「まさか。金田さんは僕の理想の子だよ」
「……それは」
『は~。今日一限目から単語テストとかクソ萎えだよね~』『それ~。こちとらソシャゲ周回で疲れてるんだっつの~』『あっは! まんまと沼っててウケる~!』『沼に引き込んだのはどこの誰よ~!』『わはは! さあさあ急いで勉強しようか!』
「じゃ、詳細はLINEで送っとくよ。日曜日楽しみにしてるからね」
クラスメイトの声が廊下から聞こえてきたタイミングで少年は少女にそっと囁き、気障な微笑みを残して離れました。
少女はいつの間にか掻いていた掌の汗を拭い、金魚にそっと語り掛けました。
「私、頑張るからね」
*
「水野くん、お待たせ。ごめんね、少し遅れちゃった。服を選ぶのに時間がかかっちゃって。変じゃないかな?」
日曜日、待ち合わせ場所に来た少女は、少年の目の前でくるりと回って見せました。
「……大丈夫だよ。ええと、とっても似合ってる」
白いブラウスと赤いスカートがふわりと風に舞って、まるで水の中を泳ぐ金魚のようだなと少年は思いました。
「水野くんはさ、お祭りで金魚すくいやったことある?」
「えっ?」
長い時間をかけて水族館をじっくり堪能した後、金魚のいる水槽を見つめた少女は静かに問いました。
「私、あれ苦手でさ。中々すくえないんだよね。水野くんって何でもできるからさ、ああいうのも得意なのかなって」
「何でもはできないけどね。まあでも、人並みにはできるよ」
「え~。ねえねえ、今まで何匹ぐらい掬ったの?」
「覚えてないよ。小さい頃のことだもん。でも、そうだな。金田さんが僕と付き合ってくれるって言うんなら、今年の夏まつりでたくさん掬ってあげるよ?」
「ふふ。ありがとう水野くん」
「それで。そろそろ返事は決まったかな?」
「……うん。決めた! けど、ここじゃなんだから、少し海を歩かない? 夜風が気持ちいいと思うよ」
「ムードがあっていいね」
水族館のすぐそばにある海を見つめながら、少年は少女の手を取りました。
「さて。返事を聞いてもいいかな? 金田さん」
「う~ん。どうしよっかな~」
「本当に金田さんは可愛いね」
「ふふ。ありがとう」
潮風に吹かれる小柄な少女を見て、少年は目を細めました。
「ああ、その綺麗な顔が歪んだらどうなるのかな……」
少年がそう呟いた途端、少女の目がぎょろりと不気味に動きました。
「ああやっぱり。水野くん、私を殺す気なんでしょう?」
「え? 一体なんのこと?」
愛らしい少女の様子に驚きつつも、少年は後ろ手に持ったナイフを彼女から見えないよう隠しました。
「殺すまでいかなくたって、私を存分に痛めつけて捨てるんだよね? 私、知ってるよ?」
「金田さん……?」
「だって、金魚の時もそうだった」
ぎょろりと少女の両の目は、大きく見開かれたままに少年を捉えました。その姿が、昔拾った金魚と重なって……。
「あ、あの、君って、やっぱり、あのときの金魚だったり……?」
「ふふ」
綺麗に笑った少女が、月明りを浴びながらくるりと回ってみせました。回った後に、金魚の姿に戻るんじゃないかと思った少年は、息を飲みました。だって、それほどまでに彼女は人間離れした笑顔を浮かべていたのです。
「金魚が人間になるわけないじゃない。水野くんってほんと馬鹿だね」
「な……。じゃあ、どうして」
「知ってるよ」
ムッとしたようなホッとしたような複雑な表情を浮かべた少年に、少女は間髪入れずに答えました。
「昔、水野くんが金魚を散々甚振った後、捨てたこと。知ってるのよ。だって、私、ずっとあなたのこと見てたんだもん」
「見てた……?」
「うん。私はね、小学生の頃、水野くんのことが好きだったの。なのに……」
「待ってよ、じゃあ君は僕が小学生だった頃を知ってるのか?」
「まだ気づかないんだ。水野くん、ほら、私の顔をよく見て?」
「……まさか」
前髪を上げた少女の額には、古い傷跡がありました。確かに少年はそれに見覚えがありました。
「そう。私は小学生の頃、クラスメイトにずっといじめられていた女の子よ。思い出してくれた?」
「いや、だって。まさか。あの子、確か名前が赤井だったし……。君みたいに可愛くなかった……!」
「そうね。あの時の私は醜かったわ。だから皆にいじめられてた。でも、ある日それをあなたが助けてくれた」
少女の言った通り、小学生の頃の少女は暗い性格と太った体のせいでいじめに遭っていました。そんな少女を絶望から救ったのがこの少年だったのです。
「私は嬉しかった。その時私は、あなたのことを神様みたいに思ってた。でも」
「……」
「あなたは私を人気のない場所に引っ張って、一通り慰めた後に、油断してた私に……」
少年は弱い者を人知れず甚振るのが大好きでした。そうやって虫や魚や小動物をたくさん傷つけてきました。金魚すくいだって、たくさんの金魚を残酷に殺すためだけに何度も挑戦してきたのです。だから、あの日少年が拾った金魚も……。
でも、少年はあるときいじめられる少女を見て思ったのです。「あれも傷つけてみたい」と。
少年は、少女を散々脅し、傷つけ、最後には一生残るような傷を額に作りました。少女は恐怖のあまり、少年のことを誰にも言えず、そのまま転校してゆきました。
「それから私はあなたを恨んで……。努力して綺麗になって……。復讐のためにまたここに戻ってきたの。私ね、思ったの。私もあの金魚と同じなんだなって。あなたにとってただの玩具だったんだなって。許せないなって」
少女の瞳には深い憎悪が浮かんでいました。
「復讐? 馬鹿な。華奢な君に何ができるって言うんだ? 昔より抵抗できないんじゃないか?」
少年は少女の首にナイフをあてがうと、今までの優しい笑顔を取り払い、少女を見下しました。
「あのね、あなたが傷つけて半殺しのまま放置したあの金魚、私が家に連れて帰って飼ったの。でもすぐ死んじゃって。それでね、ここに埋めてあるのよ」
「は?」
ナイフに臆することもなく、少女は砂浜を足で軽く叩きました。
「ここならさ、いっぱい魚がいるから寂しくないかなって思ったんだよね」
「だから何? 君もここに埋まれば寂しくないって? ふふ。はは! それは随分と魅力的だけどね。そんなことしたら僕はすぐに捕まってしまう。わかるだろう? 僕は罪を犯したいわけじゃない。僕は君のようなか弱い子を誰にもバレずに傷つけていたいんだよ!」
少年は、ナイフに力を込めました。しかし。
「そうやってまた私を恐怖で支配するつもり? でも無駄。だって、私はもう傷つかないから」
「は? どういうことだよ……。これ……」
ナイフが少女の肌を傷つけることはありませんでした。だって、いくらその肌に刃を入れようとしても、肌が透明になり、ナイフが空を切ってしまうのです。そう。まるで少女は……。
「幽霊……」
「だから、ね。今度はあなたが傷つく番だよ? 水野くん。あなたもここなら寂しくないよね?」
「や、やめ、来るな……! ひっ、あああ!」
ナイフを奪った少女は、少年の足を躊躇うことなく突き刺しました。
「さあ皆。生きのいい玩具でたっぷり遊ぼうね」
『キチチチ』『ギヂヂヂヂイ』
「な。助けてくれ、やめ、謝るから、だからッ――」
少女は少年に答えることなく、じっと彼を見つめました。
少年の体は少年が殺してきた虫や動物の霊に蝕まれてゆきました。ゆっくりと最大限の苦痛を味わいながら、少年は息絶えました。
「私、ついにやったよ、金魚さん。これで私たちもようやく眠れるね」
『うん。そうだね。お疲れさま。ありがとう』
少女は、綺麗になるために無理をして、心を病みこの海で自殺してしまった可哀想な幽霊でした。彼女は、彼女自身と少年が殺した生き物たちの恨みを背負い、力を持った怨霊となり果てました。
そうして、その身を少年が好むであろう姿に変え、己の本当の名前を捨て、現実を歪めて彼が罠に掛かるのを人間に化けて静かに待っていたのです。そう。全ては予定調和。これでようやく少女たちの復讐は果たされたのです。
「私の死体はきっと今もこの海の底。だからきっと次は魚に生まれ変わるかもね」
『それじゃあ今度は私が人間になって、きっと貴方をすくってあげるわ』
そうして、二匹の金魚は笑い合い、眠りにつきました。今度こそはと幸せを祈りながら。
歪みまくった少年と不思議狂った少女が好きです!
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ある夏祭りの夜。石段の上で、赤い金魚は重くため息を吐きました。
『ああ、神様。このままじゃ、私、死んでしまうわ』
金魚すくいで彼女を掬った男の子は、母親に「金魚なんて飼えない」と叱られ、泣く泣く彼女を袋に入れたまま、置いてきぼりにしたのです。
『そうよね。金魚なんて、猫や犬ほど可愛くないし、水槽だって、買わなきゃだし。人間に捨てられたって仕方がないもの』
金魚は、袋の中でまた一つため息を吐きました。そして、彼女は男の子の顔を思い出し、悔しそうにもう一つため息を吐きました。
『あの子は私を掬って喜んでいたわ。あの時、私も本当に嬉しかった。私を必要としてくれる人間がいるんだって、そう思ったのよ。それなのにね……』
金魚は、空に打ちあがる花火を見て、ひらりと体を泳がせます。
もう、祭りも終わりに近づいているのです。
『ああ。私にはもうどうしようもないわ。きっと、このまま朝になって、息が苦しくなって、お腹がすいて。日差しに焼かれて死んでしまう……!』
金魚は、己の不幸に身を震わせながら、ゆらりゆらりと狭い水の中を泳ぎました。
『誰か助けて。誰でもいいわ。お願いだから、私を救って』
金魚は願いました。必死に祈りました。するとそのとき。
「あれ? こんなところに金魚が」
「なんだよ、水野。どうした?」
「いや、金魚がほら。落ちてる」
「うわ。ホントだ。どーすんの?」
ぐらりと水が揺れ、でかい目玉が金魚の目の前に迫りました。金魚を掬った子とは別の男の子が、落ちていた金魚を拾い上げ、友達に見せたのです。
「きっと、捨てられたんだなコイツ」
金魚は、その言葉にどきりとしました。自分が捨てられた事実を人間の口から聞くと、改めて自分には価値がないように思えてなりませんでした。でも。
「え、お前持って帰るの?」
「うん。だって、そうしなきゃ、コイツ、死んじゃうよ」
「優し~」
「別に。模様が綺麗だし。金魚飼うの、面白そうだし」
そう言って、少年は金魚を嬉しそうに見つめました。
『ああ、私はまだ生きていていいのね……?』
少年の笑顔に、金魚は心の底から喜びました。そして、金魚は揺れる水の中で安心して眠りました。次に起きたとき、どんなに幸せな気分だろう、どんな家に着くのだろう、とくすぐったくなる気持ちを抑えながら。
*
それから数年後。高校生になった少年は、平凡な日常を送っていました。
「あ。おはよう水野くん!」
「ああ。おはよう金田さん。今日も早いね」
「うん。早くこの子に会いたくてね」
クラスメイトの少女がそう言って突いた水槽には、真っ赤な金魚が入っていました。
「金田さんは本当に金魚が好きなんだね」
「うん。だって可愛いじゃない」
「そうだね」
「あ、もしかして水野くんも金魚好き?!」
「勿論、金魚も好きだけど。僕は金田さんの方が好きだな」
「えっ?」
少年に迫られた少女は、頬を赤く染めました。
「ふふ。金魚みたいで可愛いね」
「み、水野くん、揶揄わないでよ……」
「揶揄ってなんかないよ。ねえ金田さん。よければ僕と付き合ってみない?」
「えっ。でも……」
「じゃあさ、お試しデートしよう? 今度の日曜日に水族館でどうかな? 金田さん、水族館好きだよね? ね、それで駄目だったら諦めるからさ」
「でも、きっと水野くんは楽しくないよ? 私は水野くんが思ってるような子じゃないかもしれないし」
「まさか。金田さんは僕の理想の子だよ」
「……それは」
『は~。今日一限目から単語テストとかクソ萎えだよね~』『それ~。こちとらソシャゲ周回で疲れてるんだっつの~』『あっは! まんまと沼っててウケる~!』『沼に引き込んだのはどこの誰よ~!』『わはは! さあさあ急いで勉強しようか!』
「じゃ、詳細はLINEで送っとくよ。日曜日楽しみにしてるからね」
クラスメイトの声が廊下から聞こえてきたタイミングで少年は少女にそっと囁き、気障な微笑みを残して離れました。
少女はいつの間にか掻いていた掌の汗を拭い、金魚にそっと語り掛けました。
「私、頑張るからね」
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「水野くん、お待たせ。ごめんね、少し遅れちゃった。服を選ぶのに時間がかかっちゃって。変じゃないかな?」
日曜日、待ち合わせ場所に来た少女は、少年の目の前でくるりと回って見せました。
「……大丈夫だよ。ええと、とっても似合ってる」
白いブラウスと赤いスカートがふわりと風に舞って、まるで水の中を泳ぐ金魚のようだなと少年は思いました。
「水野くんはさ、お祭りで金魚すくいやったことある?」
「えっ?」
長い時間をかけて水族館をじっくり堪能した後、金魚のいる水槽を見つめた少女は静かに問いました。
「私、あれ苦手でさ。中々すくえないんだよね。水野くんって何でもできるからさ、ああいうのも得意なのかなって」
「何でもはできないけどね。まあでも、人並みにはできるよ」
「え~。ねえねえ、今まで何匹ぐらい掬ったの?」
「覚えてないよ。小さい頃のことだもん。でも、そうだな。金田さんが僕と付き合ってくれるって言うんなら、今年の夏まつりでたくさん掬ってあげるよ?」
「ふふ。ありがとう水野くん」
「それで。そろそろ返事は決まったかな?」
「……うん。決めた! けど、ここじゃなんだから、少し海を歩かない? 夜風が気持ちいいと思うよ」
「ムードがあっていいね」
水族館のすぐそばにある海を見つめながら、少年は少女の手を取りました。
「さて。返事を聞いてもいいかな? 金田さん」
「う~ん。どうしよっかな~」
「本当に金田さんは可愛いね」
「ふふ。ありがとう」
潮風に吹かれる小柄な少女を見て、少年は目を細めました。
「ああ、その綺麗な顔が歪んだらどうなるのかな……」
少年がそう呟いた途端、少女の目がぎょろりと不気味に動きました。
「ああやっぱり。水野くん、私を殺す気なんでしょう?」
「え? 一体なんのこと?」
愛らしい少女の様子に驚きつつも、少年は後ろ手に持ったナイフを彼女から見えないよう隠しました。
「殺すまでいかなくたって、私を存分に痛めつけて捨てるんだよね? 私、知ってるよ?」
「金田さん……?」
「だって、金魚の時もそうだった」
ぎょろりと少女の両の目は、大きく見開かれたままに少年を捉えました。その姿が、昔拾った金魚と重なって……。
「あ、あの、君って、やっぱり、あのときの金魚だったり……?」
「ふふ」
綺麗に笑った少女が、月明りを浴びながらくるりと回ってみせました。回った後に、金魚の姿に戻るんじゃないかと思った少年は、息を飲みました。だって、それほどまでに彼女は人間離れした笑顔を浮かべていたのです。
「金魚が人間になるわけないじゃない。水野くんってほんと馬鹿だね」
「な……。じゃあ、どうして」
「知ってるよ」
ムッとしたようなホッとしたような複雑な表情を浮かべた少年に、少女は間髪入れずに答えました。
「昔、水野くんが金魚を散々甚振った後、捨てたこと。知ってるのよ。だって、私、ずっとあなたのこと見てたんだもん」
「見てた……?」
「うん。私はね、小学生の頃、水野くんのことが好きだったの。なのに……」
「待ってよ、じゃあ君は僕が小学生だった頃を知ってるのか?」
「まだ気づかないんだ。水野くん、ほら、私の顔をよく見て?」
「……まさか」
前髪を上げた少女の額には、古い傷跡がありました。確かに少年はそれに見覚えがありました。
「そう。私は小学生の頃、クラスメイトにずっといじめられていた女の子よ。思い出してくれた?」
「いや、だって。まさか。あの子、確か名前が赤井だったし……。君みたいに可愛くなかった……!」
「そうね。あの時の私は醜かったわ。だから皆にいじめられてた。でも、ある日それをあなたが助けてくれた」
少女の言った通り、小学生の頃の少女は暗い性格と太った体のせいでいじめに遭っていました。そんな少女を絶望から救ったのがこの少年だったのです。
「私は嬉しかった。その時私は、あなたのことを神様みたいに思ってた。でも」
「……」
「あなたは私を人気のない場所に引っ張って、一通り慰めた後に、油断してた私に……」
少年は弱い者を人知れず甚振るのが大好きでした。そうやって虫や魚や小動物をたくさん傷つけてきました。金魚すくいだって、たくさんの金魚を残酷に殺すためだけに何度も挑戦してきたのです。だから、あの日少年が拾った金魚も……。
でも、少年はあるときいじめられる少女を見て思ったのです。「あれも傷つけてみたい」と。
少年は、少女を散々脅し、傷つけ、最後には一生残るような傷を額に作りました。少女は恐怖のあまり、少年のことを誰にも言えず、そのまま転校してゆきました。
「それから私はあなたを恨んで……。努力して綺麗になって……。復讐のためにまたここに戻ってきたの。私ね、思ったの。私もあの金魚と同じなんだなって。あなたにとってただの玩具だったんだなって。許せないなって」
少女の瞳には深い憎悪が浮かんでいました。
「復讐? 馬鹿な。華奢な君に何ができるって言うんだ? 昔より抵抗できないんじゃないか?」
少年は少女の首にナイフをあてがうと、今までの優しい笑顔を取り払い、少女を見下しました。
「あのね、あなたが傷つけて半殺しのまま放置したあの金魚、私が家に連れて帰って飼ったの。でもすぐ死んじゃって。それでね、ここに埋めてあるのよ」
「は?」
ナイフに臆することもなく、少女は砂浜を足で軽く叩きました。
「ここならさ、いっぱい魚がいるから寂しくないかなって思ったんだよね」
「だから何? 君もここに埋まれば寂しくないって? ふふ。はは! それは随分と魅力的だけどね。そんなことしたら僕はすぐに捕まってしまう。わかるだろう? 僕は罪を犯したいわけじゃない。僕は君のようなか弱い子を誰にもバレずに傷つけていたいんだよ!」
少年は、ナイフに力を込めました。しかし。
「そうやってまた私を恐怖で支配するつもり? でも無駄。だって、私はもう傷つかないから」
「は? どういうことだよ……。これ……」
ナイフが少女の肌を傷つけることはありませんでした。だって、いくらその肌に刃を入れようとしても、肌が透明になり、ナイフが空を切ってしまうのです。そう。まるで少女は……。
「幽霊……」
「だから、ね。今度はあなたが傷つく番だよ? 水野くん。あなたもここなら寂しくないよね?」
「や、やめ、来るな……! ひっ、あああ!」
ナイフを奪った少女は、少年の足を躊躇うことなく突き刺しました。
「さあ皆。生きのいい玩具でたっぷり遊ぼうね」
『キチチチ』『ギヂヂヂヂイ』
「な。助けてくれ、やめ、謝るから、だからッ――」
少女は少年に答えることなく、じっと彼を見つめました。
少年の体は少年が殺してきた虫や動物の霊に蝕まれてゆきました。ゆっくりと最大限の苦痛を味わいながら、少年は息絶えました。
「私、ついにやったよ、金魚さん。これで私たちもようやく眠れるね」
『うん。そうだね。お疲れさま。ありがとう』
少女は、綺麗になるために無理をして、心を病みこの海で自殺してしまった可哀想な幽霊でした。彼女は、彼女自身と少年が殺した生き物たちの恨みを背負い、力を持った怨霊となり果てました。
そうして、その身を少年が好むであろう姿に変え、己の本当の名前を捨て、現実を歪めて彼が罠に掛かるのを人間に化けて静かに待っていたのです。そう。全ては予定調和。これでようやく少女たちの復讐は果たされたのです。
「私の死体はきっと今もこの海の底。だからきっと次は魚に生まれ変わるかもね」
『それじゃあ今度は私が人間になって、きっと貴方をすくってあげるわ』
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