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(2)地味な少女と派手な娘
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両親を亡くした花売りの姉妹は、ある日店先で倒れた青年を見つける。二人は同時に彼に恋をしてしまい……。
以下、名前の由来と花言葉。
フラヴィエ(金木犀:謙遜)
コルカ(コルチカム:華美)
アレンド(紫陽花:移り気)
“彼女”とはどちらのことでしょう。一体どちらが正しくて、どちらが幼気だったのでしょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あるところに地味な少女と派手な娘がいました。
二人は血の繋がらない姉妹で、同い年だったのですが、その容姿と性格のため『少女と娘』という表現がぴったりでした。
「フラヴィエ。アタシ、ちょっとお呼ばれしたから、後はよろしく」
「あの……、でも……」
「なぁに?」
「まだお昼だし……」
「ええ。そうね。だから?」
「えっと、仕事、まだ終わるには早いかなって……」
「あのねぇ、フラヴィエ。アンタとアタシを一緒にしないで頂戴よ。アンタ最近、全然花を売れてないでしょ? それに比べてアタシはちゃんと売ってるの。わかるでしょう? だからこれは本来アンタのノルマ。たまにはしっかり稼いで頂戴よ」
「……ごめんなさい」
二人は両親を早くに亡くし、花を売って生計を立てていました。
地味で引っ込み思案なフラヴィエと真逆のコルカは、美しく世渡り上手で、若い男からたくさんの支持を得ていました。
その姿は、まるで花のように美しくて煌びやかで。私のような雑草とは大違いだ、とフラヴィエは思いました。
コルカは色んな男に声を掛けられる度、仕事を放って遊びに行きました。でも、上手く花が売れないフラヴィエは、それをとやかく言える立場ではありませんでした。
そんなある日のことです。
フラヴィエがいつものように店の準備をしようと表に出ると、青年が倒れていました。
「きゃっ」
「なぁに? うるさいわね。朝っぱらから」
「コルカ、人が倒れてて……! えっと、大丈夫ですか?!」
フラヴィエが青年を抱き起し、問いかけても返事がありません。
「まぁ! その方きっとお金持ちだわ! それに、とても綺麗な顔……!」
「どうしよう……。この人、熱があるみたい」
「なにしてるのフラヴィエ、この方を店に運ぶわよ!」
コルカは青年の立派な服と顔立ちを見て、嬉々としてフラヴィエに指示を出しました。
「ああ、本当にカッコいい。まるで王子様のようじゃない! きっと神様がアタシに良い出会いをくださったんだわ!」
『お~い、コルカ! 今日はデートの約束だろう? まだ寝ているのかい?』
祈るようなポーズでベッドに横たえた青年を見つめ、自分の世界に浸っていたコルカでしたが、ふいに店の外から聞こえた男の声に立ち上がり、慌てました。
「いけない。今日はデートだったわ! ああ、こんな時に……。いえ、でもこの方もきっとまだ起きないわよね。いい? フラヴィエ。アンタはこの方をしっかり看病して頂戴。抜け駆けは駄目よ? わかっているわね?」
「えっと。わかったわ」
コルカはフラヴィエに言いつけると、いつものように店を放って、外へ遊びに出かけてしまいました。
断れなかったフラヴィエは、それから付きっ切りで青年を看病することになりました。
「しょうがないわ。店はお休みね……。大丈夫。今日の分まで明日売ればいいんだもの……」
勿論、フラヴィエにはわかっていました。明日頑張ったとしても、花が二倍売れることはないと。だけど、彼を放っておくわけにもいかないのです。それに。
「本当に、綺麗だわ……」
青年の整った顔を見て、彼女はそっとため息をつきました。確かにコルカの言うとおり、その顔は美しく、王子様そのものなのです。
「ほんと、コルカとお似合いだもの。仕方ないわ……」
フラヴィエは、目覚めてしまった恋心を、すぐに心の奥底に沈めました。だって、フラヴィエがコルカに勝てる訳がないのですから。
明け方。フラヴィエの看病の甲斐あって、青年の容体は大分よくなりました。
「あら、丁度いいタイミングだったみたいね。さあフラヴィエ、そこを退いて頂戴。交代してあげるわ」
長いデートから帰ってきたコルカは、フラヴィエを押し退けて青年の側につきました。
どうしていいか分からずまごついているフラヴィエを他所に、コルカが青年の肩を優しく揺さぶると……。
「ん……」
青年がゆっくりと目を覚まし、コルカに焦点を合わせ、問いかけました。
「もしかして、君がずっと看病してくれたのかい?」
「ええ。そうですわ」
コルカが、まるで今までそうしていたかのように優しく青年の手を包み込み、寄り添うと、青年は納得したように頷きました。
「そうか、何かお礼をしないと」
「そんな、ワタクシはただアナタを救いたい一心で――」
「……」
フラヴィエは自分が邪魔な存在だと気付き、一人店先に戻り、花売りの仕事を始めました。
しかし、やっぱり小さな声でもごもごと客寄せ文句を言うものだから、誰も足を止めてはくれません。
フラヴィエは、自分がとても情けなくなって、そっと涙を流しました。
しばらくして、コルカと青年が手を繋ぎながら出てきました。フラヴィエがそれをぼうっと見つめていると、コルカは青年を待たせて、フラヴィエに耳打ちをしました。
「ちょっとアタシ、アレンド様と出てくるわ」
「アレンドっていうのね……」
「ちょっと、呼び捨てにしないで頂戴。アレンド様はね、アタシの見立て通り、正真正銘貴族のお坊ちゃまなんですって! ああ、本当にツイてるわ! あの方さえオトせれば、アタシの人生、一気に楽になるんだもの! だからね、フラヴィエ、わかるでしょ?」
「でも、その、お店が……。昨日も休んじゃったし……」
「それくらい一人でできない?」
「……あ、えと」
「はぁ。あのねぇ、いつまで足手まといしてるつもり? そうやってウジウジしてれば誰かが助けてくれるとでも思ってるの? いい加減自立できないわけ?」
「ごめん、なさい……」
フラヴィエは、そっと自分の手の甲に爪を立て、涙を我慢しました。だって、コルカの言うことは全て正しいのですから。
「は~。とにかく、今日こそはアタシの分までちゃんと売るのよ? わかったわね?」
「あ、待っ……」
コルカはフラヴィエの言葉を無視して、あっという間に青年の元に駆けてゆきました。
「もういいのかい?」
「ええ。お待たせしてごめんなさい。さあ、行きましょう?」
「コル……」
フラヴィエは尚も声をかけようとしましたが、その姿を青年に見つめられた途端、恥ずかしくなって俯いてしまいました。
そうしないと、閉じ込めたはずの気持ちが溢れてしまいそうだったのです。
それから、青年と付き合うことになったコルカは、彼のことをフラヴィエに毎日話し、楽しそうに笑いました。
フラヴィエはその話を聞いていると、自分の中で黒い怪物が暴れているような感覚に陥りました。
「何よ、アンタもしかして恨んでんの?」
「そんなことは……」
ないとは言えませんでした。だって、フラヴィエの心はぐちゃぐちゃで、自分でもよくわからなくなっていたのですから。
「あのねぇ、アンタがしゃべんないから悪いのよ?」
「……」
コルカの言う通り。そんなことはわかってるのに。こんなのやめたい。こんな陰気で暗いのやめたいのに……!
フラヴィエがそう思えば思うほど、彼女の喉は絞まり、上手く言葉を紡げません。
「アンタ、自分でその性格恥ずかしくないの? いい歳してさぁ。こんなこと言われて悔しくないの?」
「あ……」
悔しいに決まってる。でも、恥ずかしいなんて他人から言われたくない。だけど、私だってわかってる。この性格は悪なんだって。私の性格が良くないんだって。
でも、だけど、だって。
ねぇ、コルカ。それは私のことを思って言ってくれてるの? 私のことを試しているの? 私が言い返してくるのを狙っているの? それで成長できるとでも?
それとも、本当に失望してて、ただの暴言なの? 私のことなんて奴隷ぐらいにしか思ってないの?
ああ。わからない。私にはコルカの真意がわからない。私は、もうコルカを信じられない。
「またそうやって、黙ってる。いい加減にしてよ。いつまで悲劇のヒロインぶってるつもりなの?」
「あぁ……」
そう。わかってたの。自分が可哀想なのが好きなんだって。きっと。おかしい。私はおかしいんだ。でも、この切なく薄い微笑みを浮かべる私が、どうしようもなく好き。不幸が好きなの。本当は、不幸に溺れてしまう私が可愛くて仕方がないの。だから、ね。
「あぁ。そっか。そうよね。うふふ。あははははははははは」
「ちょっと、フラヴィエ……?」
コルカは、俯いたまま笑いを零すフラヴィエを不審に思い、その肩に手を伸ばしました。
だけど、その手がフラヴィエに触れるより先に、彼女は気づいてしまいました。
己の妹の狂気に。そして、自分の命の終わりに。
「ああ。ごめんなさい。コルカ、私は、悪魔だったみたい」
青年が店を訪ねてきたときには、二人の娘はべったりと血塗られていました。
“彼女”はとても悲しげで、儚くも綺麗でした。“彼女”は確かに、この世界で最も不幸な少女だったのです。
「コルカ!」
青年は、命の恩人である彼女を助けようと腕を伸ばしました。しかし。
「駄目よ。貴方たちだけ幸せになるなんて。許すわけがないでしょう?」
そう。狂気を宿したフラヴィエが許すはずありません。
「アレンド様、逃げて……!」
息も絶え絶えに叫んだコルカの声は無駄になりました。フラヴィエは躊躇うこともなく、その腕にナイフを突き刺したのです。
「ぐ、あああ!」
「まだ終わらないわ。全部無くさなきゃ。貴方が生きていると、私の心は真っ黒くなってしまうんですもの。だから、許して頂戴ね?」
「フラヴィエ、やめ――」
「ああああああああ!」
薄暗く笑ったフラヴィエは、彼の腕から抜き取ったナイフを、その心臓に突き刺しました。か弱い彼女にどうしてそれほどの力があったのかはわかりません。ただ、彼女がか弱い自分を打ち破ったのは確かでした。
「あ、ああ……、どうして……」
コルカは、返り血を浴びたフラヴィエに問いかけました。しかし、悪魔はその問いかけには答えません。
その代わりに、真っ赤に染まった腕がコルカを掴みました。
「やめて、やめて頂戴! フラヴィエ、アタシだけは、許して! あ、ああ……、たった二人の家族じゃない!」
這いずり逃げようとするコルカは、涙を流して叫びました。しかし、悪魔になり果ててしまったフラヴィエが許すはずがないのです。
引き裂かれた赤いドレスが宙に舞いました。誰からも愛されていた娘の命は、こうして悪魔に奪われてしまったのです。
悪魔は、ようやく自分の中の真っ黒い感情が消えたことに安堵しました。
「あはは。良かった。これで私は生きてゆける。ねえコルカ。私は強くなれたでしょう?」
真っ赤に染まった花の中で、彼女は楽しそうに笑いました。
ああ。幼気な“彼女”は死んでしまったのです。
それからしばらく。全てを覆い隠した少女は、今まで通りの生活を試みたけれど。
やはり、コルカの助けなしには花売りが成り立たなくて。
上手く助けを乞うこともできず、自分の悲劇を嘆きながら、飢えて死んでしまいましたとさ。おしまい。
以下、名前の由来と花言葉。
フラヴィエ(金木犀:謙遜)
コルカ(コルチカム:華美)
アレンド(紫陽花:移り気)
“彼女”とはどちらのことでしょう。一体どちらが正しくて、どちらが幼気だったのでしょう。
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あるところに地味な少女と派手な娘がいました。
二人は血の繋がらない姉妹で、同い年だったのですが、その容姿と性格のため『少女と娘』という表現がぴったりでした。
「フラヴィエ。アタシ、ちょっとお呼ばれしたから、後はよろしく」
「あの……、でも……」
「なぁに?」
「まだお昼だし……」
「ええ。そうね。だから?」
「えっと、仕事、まだ終わるには早いかなって……」
「あのねぇ、フラヴィエ。アンタとアタシを一緒にしないで頂戴よ。アンタ最近、全然花を売れてないでしょ? それに比べてアタシはちゃんと売ってるの。わかるでしょう? だからこれは本来アンタのノルマ。たまにはしっかり稼いで頂戴よ」
「……ごめんなさい」
二人は両親を早くに亡くし、花を売って生計を立てていました。
地味で引っ込み思案なフラヴィエと真逆のコルカは、美しく世渡り上手で、若い男からたくさんの支持を得ていました。
その姿は、まるで花のように美しくて煌びやかで。私のような雑草とは大違いだ、とフラヴィエは思いました。
コルカは色んな男に声を掛けられる度、仕事を放って遊びに行きました。でも、上手く花が売れないフラヴィエは、それをとやかく言える立場ではありませんでした。
そんなある日のことです。
フラヴィエがいつものように店の準備をしようと表に出ると、青年が倒れていました。
「きゃっ」
「なぁに? うるさいわね。朝っぱらから」
「コルカ、人が倒れてて……! えっと、大丈夫ですか?!」
フラヴィエが青年を抱き起し、問いかけても返事がありません。
「まぁ! その方きっとお金持ちだわ! それに、とても綺麗な顔……!」
「どうしよう……。この人、熱があるみたい」
「なにしてるのフラヴィエ、この方を店に運ぶわよ!」
コルカは青年の立派な服と顔立ちを見て、嬉々としてフラヴィエに指示を出しました。
「ああ、本当にカッコいい。まるで王子様のようじゃない! きっと神様がアタシに良い出会いをくださったんだわ!」
『お~い、コルカ! 今日はデートの約束だろう? まだ寝ているのかい?』
祈るようなポーズでベッドに横たえた青年を見つめ、自分の世界に浸っていたコルカでしたが、ふいに店の外から聞こえた男の声に立ち上がり、慌てました。
「いけない。今日はデートだったわ! ああ、こんな時に……。いえ、でもこの方もきっとまだ起きないわよね。いい? フラヴィエ。アンタはこの方をしっかり看病して頂戴。抜け駆けは駄目よ? わかっているわね?」
「えっと。わかったわ」
コルカはフラヴィエに言いつけると、いつものように店を放って、外へ遊びに出かけてしまいました。
断れなかったフラヴィエは、それから付きっ切りで青年を看病することになりました。
「しょうがないわ。店はお休みね……。大丈夫。今日の分まで明日売ればいいんだもの……」
勿論、フラヴィエにはわかっていました。明日頑張ったとしても、花が二倍売れることはないと。だけど、彼を放っておくわけにもいかないのです。それに。
「本当に、綺麗だわ……」
青年の整った顔を見て、彼女はそっとため息をつきました。確かにコルカの言うとおり、その顔は美しく、王子様そのものなのです。
「ほんと、コルカとお似合いだもの。仕方ないわ……」
フラヴィエは、目覚めてしまった恋心を、すぐに心の奥底に沈めました。だって、フラヴィエがコルカに勝てる訳がないのですから。
明け方。フラヴィエの看病の甲斐あって、青年の容体は大分よくなりました。
「あら、丁度いいタイミングだったみたいね。さあフラヴィエ、そこを退いて頂戴。交代してあげるわ」
長いデートから帰ってきたコルカは、フラヴィエを押し退けて青年の側につきました。
どうしていいか分からずまごついているフラヴィエを他所に、コルカが青年の肩を優しく揺さぶると……。
「ん……」
青年がゆっくりと目を覚まし、コルカに焦点を合わせ、問いかけました。
「もしかして、君がずっと看病してくれたのかい?」
「ええ。そうですわ」
コルカが、まるで今までそうしていたかのように優しく青年の手を包み込み、寄り添うと、青年は納得したように頷きました。
「そうか、何かお礼をしないと」
「そんな、ワタクシはただアナタを救いたい一心で――」
「……」
フラヴィエは自分が邪魔な存在だと気付き、一人店先に戻り、花売りの仕事を始めました。
しかし、やっぱり小さな声でもごもごと客寄せ文句を言うものだから、誰も足を止めてはくれません。
フラヴィエは、自分がとても情けなくなって、そっと涙を流しました。
しばらくして、コルカと青年が手を繋ぎながら出てきました。フラヴィエがそれをぼうっと見つめていると、コルカは青年を待たせて、フラヴィエに耳打ちをしました。
「ちょっとアタシ、アレンド様と出てくるわ」
「アレンドっていうのね……」
「ちょっと、呼び捨てにしないで頂戴。アレンド様はね、アタシの見立て通り、正真正銘貴族のお坊ちゃまなんですって! ああ、本当にツイてるわ! あの方さえオトせれば、アタシの人生、一気に楽になるんだもの! だからね、フラヴィエ、わかるでしょ?」
「でも、その、お店が……。昨日も休んじゃったし……」
「それくらい一人でできない?」
「……あ、えと」
「はぁ。あのねぇ、いつまで足手まといしてるつもり? そうやってウジウジしてれば誰かが助けてくれるとでも思ってるの? いい加減自立できないわけ?」
「ごめん、なさい……」
フラヴィエは、そっと自分の手の甲に爪を立て、涙を我慢しました。だって、コルカの言うことは全て正しいのですから。
「は~。とにかく、今日こそはアタシの分までちゃんと売るのよ? わかったわね?」
「あ、待っ……」
コルカはフラヴィエの言葉を無視して、あっという間に青年の元に駆けてゆきました。
「もういいのかい?」
「ええ。お待たせしてごめんなさい。さあ、行きましょう?」
「コル……」
フラヴィエは尚も声をかけようとしましたが、その姿を青年に見つめられた途端、恥ずかしくなって俯いてしまいました。
そうしないと、閉じ込めたはずの気持ちが溢れてしまいそうだったのです。
それから、青年と付き合うことになったコルカは、彼のことをフラヴィエに毎日話し、楽しそうに笑いました。
フラヴィエはその話を聞いていると、自分の中で黒い怪物が暴れているような感覚に陥りました。
「何よ、アンタもしかして恨んでんの?」
「そんなことは……」
ないとは言えませんでした。だって、フラヴィエの心はぐちゃぐちゃで、自分でもよくわからなくなっていたのですから。
「あのねぇ、アンタがしゃべんないから悪いのよ?」
「……」
コルカの言う通り。そんなことはわかってるのに。こんなのやめたい。こんな陰気で暗いのやめたいのに……!
フラヴィエがそう思えば思うほど、彼女の喉は絞まり、上手く言葉を紡げません。
「アンタ、自分でその性格恥ずかしくないの? いい歳してさぁ。こんなこと言われて悔しくないの?」
「あ……」
悔しいに決まってる。でも、恥ずかしいなんて他人から言われたくない。だけど、私だってわかってる。この性格は悪なんだって。私の性格が良くないんだって。
でも、だけど、だって。
ねぇ、コルカ。それは私のことを思って言ってくれてるの? 私のことを試しているの? 私が言い返してくるのを狙っているの? それで成長できるとでも?
それとも、本当に失望してて、ただの暴言なの? 私のことなんて奴隷ぐらいにしか思ってないの?
ああ。わからない。私にはコルカの真意がわからない。私は、もうコルカを信じられない。
「またそうやって、黙ってる。いい加減にしてよ。いつまで悲劇のヒロインぶってるつもりなの?」
「あぁ……」
そう。わかってたの。自分が可哀想なのが好きなんだって。きっと。おかしい。私はおかしいんだ。でも、この切なく薄い微笑みを浮かべる私が、どうしようもなく好き。不幸が好きなの。本当は、不幸に溺れてしまう私が可愛くて仕方がないの。だから、ね。
「あぁ。そっか。そうよね。うふふ。あははははははははは」
「ちょっと、フラヴィエ……?」
コルカは、俯いたまま笑いを零すフラヴィエを不審に思い、その肩に手を伸ばしました。
だけど、その手がフラヴィエに触れるより先に、彼女は気づいてしまいました。
己の妹の狂気に。そして、自分の命の終わりに。
「ああ。ごめんなさい。コルカ、私は、悪魔だったみたい」
青年が店を訪ねてきたときには、二人の娘はべったりと血塗られていました。
“彼女”はとても悲しげで、儚くも綺麗でした。“彼女”は確かに、この世界で最も不幸な少女だったのです。
「コルカ!」
青年は、命の恩人である彼女を助けようと腕を伸ばしました。しかし。
「駄目よ。貴方たちだけ幸せになるなんて。許すわけがないでしょう?」
そう。狂気を宿したフラヴィエが許すはずありません。
「アレンド様、逃げて……!」
息も絶え絶えに叫んだコルカの声は無駄になりました。フラヴィエは躊躇うこともなく、その腕にナイフを突き刺したのです。
「ぐ、あああ!」
「まだ終わらないわ。全部無くさなきゃ。貴方が生きていると、私の心は真っ黒くなってしまうんですもの。だから、許して頂戴ね?」
「フラヴィエ、やめ――」
「ああああああああ!」
薄暗く笑ったフラヴィエは、彼の腕から抜き取ったナイフを、その心臓に突き刺しました。か弱い彼女にどうしてそれほどの力があったのかはわかりません。ただ、彼女がか弱い自分を打ち破ったのは確かでした。
「あ、ああ……、どうして……」
コルカは、返り血を浴びたフラヴィエに問いかけました。しかし、悪魔はその問いかけには答えません。
その代わりに、真っ赤に染まった腕がコルカを掴みました。
「やめて、やめて頂戴! フラヴィエ、アタシだけは、許して! あ、ああ……、たった二人の家族じゃない!」
這いずり逃げようとするコルカは、涙を流して叫びました。しかし、悪魔になり果ててしまったフラヴィエが許すはずがないのです。
引き裂かれた赤いドレスが宙に舞いました。誰からも愛されていた娘の命は、こうして悪魔に奪われてしまったのです。
悪魔は、ようやく自分の中の真っ黒い感情が消えたことに安堵しました。
「あはは。良かった。これで私は生きてゆける。ねえコルカ。私は強くなれたでしょう?」
真っ赤に染まった花の中で、彼女は楽しそうに笑いました。
ああ。幼気な“彼女”は死んでしまったのです。
それからしばらく。全てを覆い隠した少女は、今まで通りの生活を試みたけれど。
やはり、コルカの助けなしには花売りが成り立たなくて。
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