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辻本 陽太

嫌な勘

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パトカーに乗っている。
窓の外を虚な目で見る静が隣にいる。
揺れる車体が眠気を誘うのが常だが、今日は違った。
知らない居心地の席に座り、到着するのを待つ。
俺は人を殴ったんだ。
でも…アイツは俺達に刃物を向けて来たんだ。
仕方ないだろ?
誰だってそうする。
俺は罪に問われるのか?
静を取り残して檻に入る事だけは嫌だ。

署に着いて事情聴取が行われた。
勿論、俺は殴った張本人だから重要参考人として扱われた。
静と美優とは違い、俺は長々と話を聞かれた。
静や美優との関係性とか、刃物を向けて来た奴と面識はあるのかとか。
そういった事情聴取が続いたせいで少しの間、静と住んでいる家に帰れなかった。
多分心配させているだろうな。申し訳ないが、これが終わるまで待っていてくれ。

事情聴取が終わり、俺は帰ろうと思った。
最寄りのコンビニに寄って適当な買い物をして家に帰ろうとした時に、誰かに話しかけられた。

「陽太さん、ちょっといいですか?」

陽太「うん?誰ですか?」
累「私です、累です。」
陽太「あぁ、累さんか。奇遇ですね、ここで会うなんて」
累「私もなにか買おうと思って来たらちょうど陽太さんが居たので…」

その声の主は累さんだった。
まさか事情聴取後に初めて話す知人が累さんになるとは思ってなかった。

累「それで…一つ伝えなきゃいけない事があるんですよ。」

累さんはさっき買っていたコーヒーを飲みながら続ける。

累「陽太さんが事情聴取を受けている間に、静さんがまた襲われて…」

その言葉を聞いた時、俺は爆速で帰ろうとしたけど、それを止める様に累さんが話す。

累「あぁ待ってください。静さんなら大丈夫ですよ。」
累「私が運良く居合わせたので何とか…」
陽太「良かった…」

安堵のため息が出た。
静がこんな短スパンで襲われるなんて、たまったもんじゃない。
出来れば今後こういう長期間静と離れる時間は作りたくないな。

陽太「本当に良かった…ありがとうございます…静を助けてくれて」
陽太「それにしても…酷い奴等ですよ。何の為にこんな襲ってるんだか。」
累「静さんの人気が高まっている悪い証拠なんですけど…もう起こってほしくないですよね…」
累「とにかく、二人とも災難でしたね、二人ともお疲れ様です。」

俺は累さんに感謝と少しの愚痴を話して別れた。
早く帰ろう。静が心配だ。
これでもし俺も累さんも居合わせてない時に襲われたりしたらショックで色々と終わってしまう。

家に帰って、静から熱烈なお出迎えを貰った後、数日は家で大人しくする事にした。
何かありすぎて大変だし、静の無事を守る為だ。
そうして家で過ごしていると橘からメッセージが来た。

二人で飲みに行かないか、という誘いだった。
橘と飲みに行きたいが、静が物凄く心配だ。
だから俺はオンライン飲み会で許してくれないかと交渉をしてみた。
その願いを橘は了承してくれた。
後日、橘との二人だけでオンライン飲み会をする事になった。

PCを立ち上げて、ビデオ通話を橘と繋げて飲み会スタートだ。
静には事前に言ってあるから、本当に二人だけの飲み会だ。
しばらく雑談をしながら杯を交わしていると、酔った橘が愚痴を言い始めた。
仕事の上司がウザイだの、この前に行ったレストランの店員がカスだの、
特有の言い回しで愚痴を言う橘。その話で延々と笑っている俺。
すると橘が俺の気になる内容の話をし始めた。

橘「いやぁ~、最近アレ見んのにハマってんだよ」
陽太「アレってなんだよ、気になるわ」
橘「VTuberってやつ?アレ良いんだよなぁ~」
陽太「言い方が危ねぇ~」
橘「職場でウザイ上司とフラストレーションの溜め合いした後、帰って見るVTuberの動画は最高だぜぇ~」
陽太「フラストレーションの溜め合い???www」
橘「誰も望んでない史上最悪の逆共依存関係だよ、カスの人間め」
陽太「やめちまえwww」
橘「かわいい声でゲームしたりしてんの、聞いてるだけで幸せだからもっとやってくれぇ~!!」
橘「お前はそういうの見んの??」
陽太「俺はそういうの見ないなぁ、いっちゃんかわいい彼女いるし」
橘「そうだったな~、お前には最高の彼女がいるもんな~」
橘「羨ましいわぁ~俺も欲しい~」

橘はVTuberにハマっているらしい。
不審者みたいな言い回しでその魅力を語っているが、俺もその良さは分からない事では無い。
橘は一推しのVTuberの話をこれでもかとした。
その後に嫌いなVTuberの愚痴も始めた。
名前を聞きたかったが、橘は「名前を言う価値すら無い」「その名前を口に出したら呪われる」だの都市伝説みたいな扱いをして、
結局それが誰なのかは分からなかった。
散々愚痴やら雑談やらを話した後、眠いからと言ってビデオ通話を切る事にしたらしい。
最高の飲み会だった。機会があればまたしたいものだ。

後日、静から酔ってる俺について色々聞いた。
途中で「いっちゃんかわいい彼女がいる」って言ってたって聞いた時にはめちゃくちゃ恥ずかしかった。
静も部屋越しに聞いていて恥ずかしかったらしい。
今度は静と気晴らしにどこかドライブにでも行こうかな…

静と付き合ってもうかなりの時間が経った。
最近、彼氏彼女とこういう事をしたいとかそういう記事をネットでよく見かける。
そこに書いてある事の大半はやった事がある。
デートと言っても色々種類があるだろう、ドライブとかショッピングとか…。
ただ、やってみたい…というか気になる事がある。
高校一年からの長い付き合いの中で、お互い一度も口に出した事すらない。
話は何度か聞いた事はあるが、実際にやった事は無い。

あれだ…性行為ってやつ。
成人もして結婚…なんかも考えている俺達。
高校の同窓会に行くと、美優と静はウチらのクラスで一番続いてるカップルだ。と必ず言われるらしい。
それは俺も一緒で、ヤッた事はあるのか、とか聞かれる事もあった。
その度に無いと答える。
周りの反応は「えぇ~!?」「まだヤッてないの!?」とかそんなんばっかりだ。
ヤッてすぐ別れた奴に言われたくない。と、言いたいところだが…。
めっちゃヤリたい訳じゃない。ただ、どんなものなのかが知りたいだけ。
お互いの裸を見せ合うどころか、それ以上の事をするなんて一生を誓った相手とはしたくない。
でも俺は…静と別れたくない。

頭の中でこれでもかと考えた結果、俺は静と…する事にした…。
けど、するって言ったってどうすればいいのか分からないからな…。
そういえば、そういう事に関しては橘は経験豊富だったな。

恥ずかしいが、俺は橘に聞こうと思った。
そうと決まればさっさと聞いてしまおう。
そうして橘にメッセージを送ろうとした。
が、予想外のことが起きた。
俺はいつの間にか橘にブロックされてた。
ついこの前一緒に飲んだばっかなのになんで!?
酔った勢いで悪ふざけをし始めてその一環でブロックされたか…?

とも思ったが、橘の事なら酔いが覚めた後にそういうのに気づいて戻すタイプだし、そうではないらしい。
結局俺は橘に恥ずかしい事を聞こうとしたら、ブロックされてるのに気づいてショックを受けただけだった。

こういう事を話せるのは橘以外に居ない…。
困ったけど、俺がそういう事を考えてるっていうのが外部に流出する恐れが無くなったから良しと出来るか…?

結局この悩みは自分でなんとかする事にした。
累さんに相談するかどうかも考えたが、こういう大事な事は自分だけでなんとかした方がいい…
連日悩み続けて疲れたから、一人で買い物に行く事にした。

目的はこういう悩みを解決出来そうな本…だから静と一緒にっていう訳には出来なかった。
もし俺がこういう事を考えてるってバレた時に、ドン引きされて別れ話なんて切り出されたらやってけない。
だから俺は一人で行く。

本屋に着いて目的の本を探している最中、店内をうろつく愛莉を見かけた。
ただ、その様子はおかしかった。
挙動不審な感じで、本を探しているんだか迷子なのか分からない。
もし迷子なら困っているだろうから、助けてあげようと思い近付いて声をかけた。

陽太「おーい、愛莉」

俺がそう声をかけると愛莉は驚いた素振りを見せた。
いくら店内だからと言ってそんなに驚くものなのだろうか…?

陽太「さっきからウロウロしてるけど、もしかして迷子?」
愛莉「…いや…違う…」

明らかにおかしい。
久しぶりとはいえ、知人のはずだ。
それなのにも関わらず、愛莉は震えている。
俺が怖いんだろうか…それとも、店内が寒い…?
愛莉が震えている理由がよく分からない。

陽太「寒いのか?それとも俺が誰だか分かってない?」
陽太「俺は陽太だよ。高校で生徒会の書記やってた」
愛莉「いいって、気にしないで」

妙に食い違っている返事をした後、愛莉はまたどこかに行こうとする。
どう考えてもおかしいその様子は嫌な予感がした。
そしてその嫌な予感は更に強まる。
愛莉の腕に火傷の痕があるのが見えた。
腕と言っても上腕、肩に近い場所だ。
一人で暮らしていて、そんな場所に火傷の痕が付くだろうか。
俺は愛莉の腕を掴んでその事を聞いた。

陽太「愛莉…この火傷は何だ?」
愛莉「…」
陽太「…誰かに追われてる?」
愛莉「…!」
陽太「愛莉…?」
愛莉「…いいって、離してよ!」

声を少し荒げてそう言うと、愛莉は俺に掴まれていた腕を引っこ抜いてどこかに言ってしまった。
どう考えても怪しい。
何かに追われている様な、必死に隠れている様な、そんな風に見える。
俺が投げかけた純粋な疑問…。

「誰かに追われてる?」

この言葉に反応したのか?
もしそうなら、愛莉は今危険な状況に置かれている事になる。

俺は本を諦め愛莉の家に向かった。
愛莉は一人暮らしを始めて、俺はその住所を同窓会の時に聞いた。
その住所が真実なら、ここを向かった先に愛莉の家があるだろう。

陽太「嘘だろ…」

思わずそう口から出た。
目の前にはアパートがある。
そのアパートの一室に向かって放水されていた。
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