上 下
74 / 78
二章;OPENNESS

72話;徒花(10)

しおりを挟む

 「マリスディア」
 稽古場から自室へ戻る途中、自分を呼び止める声に振り返ると、大広間へ続く廊下にニコラスが立っていた。

 「ニコラス」
 その固い表情は彼をあまりよく知らない者からすると動揺してしまうくらい不機嫌そのものだが、マリスディアからしたらいつものことである。
 彼は学生街に居を構えているので、王宮で見かけることは珍しい。

 そんな従兄弟の登場にほっとして近づくと、彼はたくさんの書類を両脇に抱えていた。
「図書館帰り?」
「ああ、注文していた資料が届いたのでな。外国の資料だからか王宮の図書館でないと取り寄せられない代物だったんだ」
 見たところ歴史関連や遺跡絡みの資料のようだ。
 心なしか仏頂面が嬉しそうに見える。
「相変わらずニコラスは歴史関係の研究が好きなのね」
「この間立ち寄ったフーリアの遺跡でとても珍しい遺物を発見したんだ。そこで調べたいことが山のように出てきてしまって。あの遺物はおそらく五千年も昔の古代魔法関連の……」

 またいつもの熱弁が始まってしまった。
 こうなると彼はなかなかおしゃべりを止めない。
 マリスディアは苦笑する。

 ニコラスがこうして遺跡探索などに泊まりがけで出かけているのは有名な話なのだが、フィールドワーク中に遺跡の中で野宿もしてしまうくらいの逞しさも持ち合わせている。
 おまけに魔法の腕も抜きんでて優秀のため、仮に魔物と出会しても問題はないようだ。
 そんな知識も豊富で行動力のある彼をマリスディアは幼い頃から尊敬していた。

 「ニコラスは、なんでも出来てすごいわ」
 率直な思いを口にする。
 その声色がいつもと違ったのか、ニコラスが口を止める。
「あ、遮ってしまってごめんなさい、ニコラス。続けて」
 慌てて話を促すと、彼はこちらをじっと見つめた後、首を横に振った。
「いや、私こそ配慮が足りなかった。マリアも大変な思いをしていると聞いていたのにな」
 どうやら彼女自身のことやアカデミーでのことは彼も知るところらしい。
 マリスディアは恥ずかしさを誤魔化すように笑って見せた。
「心配をかけてごめんなさい」
「いや、マリスディアの立場を考えると無理もない。次期聖王として、周りからの重圧も相当のものだろう」

 一体自分はどれだけの人に迷惑をかけているのだろう。
 彼の気遣いに再び自分の立場が恨めしく感じてしまう。

 「本当だったらニコラスのほうが、次の聖王に相応しいのに」

 ついそんな本音が口をついて出てしまった。
 訝しげに首を傾げるニコラスにマリスディアは弁解をした。
「だってそうでしょう?ニコラスは魔法の腕も素晴らしいし勤勉だし、人からの信頼も厚いでしょう?」

 実際王城内にもニコラスを次期聖王に推す声は上がっているのだ。
 そのことはきっと彼の耳にも届いているはずである。

 当人はしばらく黙って考え込んでいたが、周りに誰もいないことを確かめると徐に紅の瞳をマリスディアへ向けた。
「私では聖王にはなれないよ、マリア」

 セレインストラの王は聖王直系でなければならない。
 黄昏星の力は一子相伝とされるからだ。

 ニコラスはそんな昔からのしきたりのことを言っているのだろう。
「でも、お父様がニコラスに黄昏星の作り方を教えてさえくだされば……」
「そういうことではない」
 かぶりを振ったニコラスが続けた。
「私には王の資質がないと言っているんだ」
「資質ならあるじゃない。ニコラスを信頼している人は沢山……」
「それを言うなら、マリスディアのことを思っている者も多くいる」
「わたしを?」
 思い当たる人物たちを思い浮かべながらマリスディアは俯いた。

 確かに彼らはいつもあたたかい言葉をかけてくれている。
 しかし自分は果たして味方でいてくれているタチアナたちに報いることができているのだろうか。
 マリスディアは申し訳なさで瞳をぎゅっと閉じた。

 「私は周りと調和しようとするマリスディアの方が王に向いていると思っている」
 そんなニコラスの言葉に顔を上げた。
「国の頂点に立つということは、一人で政を行なうことではないだろう?私が上に立つと疎ましがられてしまうことも、マリスディアならそうならない。お前の従者への接し方や、従者からの表情を見ていれば分かる」
「そうかしら」
「マリスディアのいまの状況で次期聖王と言われるのは確かに過酷なことだと思う。だが、お前にしか出来ないことがあるのも事実だ」
「わたしにしか出来ないこと……、ヒオにも言われたわ。それがなんなのか、まだ分からないけれど……」
「確かに前例のないことだ。辛いことだと思うが、私も助けになることは何でもしたいと思っている」
「ありがとう」

 やはり彼が次期聖王の座を引き受けてくれるわけにはいかないようだ。

 少々残念な気持ちが彼女の顔に表れた。
 マリスディアの気持ちを汲んだのか、ニコラスがすまないと呟く。
「厳しいことを言うが、自分に出来ないことを他人に委ねるのはやめておいた方がいい。いまのマリスディアが魔法を使えないとしても」
「そんなつもりは……」
「あまり使命だ天命だと言いたくないのだが、聖王の座に就くことが今世においてのマリスディアの使命なのだと思う」
「……そうだよね」
 だとしたらあまりに重いものだ。
 マリスディアは俯いてぎこちなく笑う。

 「魔力を持たないとされる中でどのように活路を見出すのか、私も調べ始めたところだ。また何か分かったら知らせる」
「……調べ始めた?」
 そんな問いにこくりと頷き、ニコラスは持っていた資料に目をやる。
「先ほど前例がないとは言ったが、現代よりもっと昔にそういう例はなかったのか、魔力がなくとも魔法が使えるのかを調べようと、過去を辿ることにしたのだよ」
「ニコラス……」
 従兄弟が自分のことを案じてくれていたことに、マリスディアは目頭が熱くなった。
 つんとした痛みを誤魔化すように鼻の頭に皺を寄せていると、ニコラスも珍しく照れくさそうな表情をしている。
「でも、ニコラスの貴重な時間が削られてしまわない?」
「気にするな」
 かぶりを振ったニコラスが実はと声を顰めた。
「私は将来教員になりたいんだ」
「先生?」
 マリスディアの問いに短く頷くと彼は更に小声になる。
「多くの子どもたちに自分の知っていることを伝えたいと思っている。歴史であれば尚良いが、何でも構わない。ともかくアカデミーや寺子屋で、子どもたちにいろいろなことに興味を持ってもらいたいのだ」

 こんなことを思うのは失礼かもしれないが、意外だった。
 彼はどちらかと言うと子どもが苦手な分類だと、そう勝手に思っていたことをマリスディアは心の中で詫びた。

 「今後もマリスディアだけでなく、同じ悩みを持った子が現れるかもしれない。今回のことで何か人の役に立つことがあればと思ってな」
 そう言葉を紡ぐニコラスをマリスディアは誇らしいと思った。
「とても素晴らしい思うわ、ニコラス。けれど、教員になるのは……」
「ああ、簡単ではないだろうな」
 彼女の言わんとしていることを読み取り、ニコラスも渋い顔をした。
「何せ我々は王族だ。そう簡単に政以外の職務に就かせてはもらえないだろう。だが」
 そう言葉を切るとニコラスは珍しくにやりと口の端を上げた。
「私はそう簡単に諦めんぞ」
 その表情が彼にしては珍しく挑戦的で、まるでジルファリアのようだとマリスディアは微笑んだ。

 「ニコラスの夢が叶うように、わたしも願っているわ」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...