妻と浮気と調査と葛藤

葛藤の底なし沼

(妻が浮気をしたのは自分にも原因があるんじゃないか？)
　
　浮気の証拠を抑えて離婚。無論、相手方にも慰謝料請求。復讐劇の始まりだ！なんて意気込んでいたが、二本目のタバコに火を付け、この期に及んで冷静に考えてみた。

　時間はどうだ？
　大丈夫。探偵事務所との約束の時間まであと二十五分はある。タバコ一本五分間と見積もってもあと二本は吸える。

　結婚してから三年間専業主婦。
　元々妻は友達百人出来るかな♪をリアルで再現していた明るい女性だった。

　しかし、女性は男性と比較して特に結婚すると周囲も気を使うのか、友人関係も疎遠になってくると聞いた事があった。もちろん今のSNSが発達したこのご時世では、わざわざ会いに行かなくても、気軽にコミュニケーションは可能だ。
　八方美人な妻も例外ではなく、結婚してからは携帯をいじるのはよくある光景だったが、友人との外出は皆無だった。
　やはり昼間は家事に勤しみ、夜は私に『おかえりなさい』を言う生活を三年間も続けてれば刺激を求めたくなるだろう。俺が逆の立場だったら、そうならないとは自信を持って言えない。

　しかし、結婚してからの三年間、週末は必ず二人で外出する様に心掛け連れ出していた。俺自身が行きたいと言う気持ちが強かったのもある。平日仕事に追われている分、一時の癒しであったから。
　俺は平日は『おかえりなさい』を聞きたくて……。そうだよ。俺はアイツにプロポーズをしたのは一生アイツの『おかえりなさい』を聞きたかったからだ。
　別に俺の実家は片親でもなんでもない。挨拶や愛情に飢えた幼少時代を過ごした訳でもない。
　だが、半年間の同棲時代、アイツの『おかえりなさい』に俺は満たされていた。プロポーズの言葉だってそうだ。

『俺におかえりなさいを毎日、いや一生言ってくれないか？』

　いやいやいや。ちょっと待て。俺はアイツに対して確固たる愛情を自覚している。しかし妻はどうだ？毎日毎日同じリズムでの生活に飽き飽きしてしまっていたのか？
　そして愛情はいつしか、ただの情に代わり、虚しさと結婚した事への後悔に成りさがる。そして、刺激を求めて浮気をした。
　だからと言って浮気は許される物ではないはずだ。百人に聞いたってそうだろう。
　俺はDVどころか大きな喧嘩だってした事はない。子供に対しても話し合った上で望んで不妊治療もして来なかった。毎日他愛もない会話と時間を一緒に過ごし平凡な毎日を送っていたはずだ……？！

　『平凡』だと？

　それがいけなかったのか？
　男性は安定を求めて、女性は刺激を求めると聞いた事がある。確かに俺は安定を求めていた男だ。しかしそれは世界中の男女にアンケートして、統計を取った訳ではないだろ？　
　十人十色、百人百様、多種多様あるはずだ。

　いやだからと言って浮気は……。

　まずい。葛藤の泥沼にハマってきてしまった。

　そう言えば時間は！？

(ヤバい！あと二分？タバコ二本しか吸ってないぞ！)

　何をやっているんだ俺は。
　人間集中して考えている時の時間はあっと言う間に経過する。

　そんな事はどうでもいい。

　俺は慌ててタバコを足で踏み消し、吸い殻を拾う事も忘れ再びビルに入り、上昇ボタンを真にイラつきながら連打していた。