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本編前のエピソード
雲の行き先 17 笑顔の違い(下)
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「この衣は、この日のために作らせた特注品であった」
ヘヒュニは立ち上がって両手を広げ、皆に見せびらかす様にゆっくりと体を回転させる。
部屋の明かりですらもキラキラと反射させる、実に見事な品である。
「良い衣ですね」
ディレクは感じたままに言葉を述べる。
「そうであろう」
嘘偽りの無い言葉に、ヘヒュニは顔を綻ばせる。
「エルドレの品ですね」
織り方に特徴が見られる。
「様々な品を運んでいるだけあって、見る目はしっかりとしている。それについては流石だと言わざるを得んな」
ヘヒュニはじっとりとした目でディレクを見つめる。
「ありがとうございます」
「よいよい」
褒めたのだから礼を言うのは当然だろう、という態度が透けて見える。
「我が国で生産する大量の綿花や麻、羊毛がなければ王国では碌に衣服が作れぬが、織物の技術に関しては確かだからな」
ヘヒュニは同じ目つきでディレクを見る。
「絹を用いた品をお召しになるとは、お心遣いに感謝します」
ヘヒュニは笑う。
喜びからというよりは、含みのある笑顔である。
「絹織物といえば王国だからな。これを着た意味を読み取ったことに、嬉しく思う。気を悪くしないで聞いてもらいたいが、其方とは初めて顔を合わせるため、少々試させてもらった」
ヘヒュニは一度、ディレクの顔を窺う素振り見せてから話を続けた。
「いや、なに。品を見極める目を試したのではなく、こちらの心が読み取れるか心配であってな。これが理解できたのであれば及第点である。これすらも分からぬ者であれば、今宵の晩餐会は中止するところであったぞ」
「それは命拾いしました。大切なお人とお近付きになれる機会を、みすみす棒に振るところでした」
「その様に考えてくれていたのか」
ヘヒュニの笑顔が含みのあるものから、段々と変わってきているのが分かる。
「それでは私からもお一つ。気を悪くしないで聞いてもらいたいのですが、先ほどのやりとりも、こちらの心を読み取ろうとしての行為だとお見受けします」
ヘヒュニの目が少しだけ見開かれる。その顔を見てディレクは、微笑みを湛えゆっくりと頷く。
「ヘヒュニ様は国の命運を握り、海のものとも山のものともつかぬ輩とお話をしなければならないため、あの様にしなければならないのではないかと考えた次第であります」
ヘヒュニの顔は初めの頃と比べると完全に変わっている。
ディレクは話を続ける。
「ヘヒュニ様の本質を見誤り、勘違いをする者が多いのではないでしょうか。それは大変辛いことでしょう。心中をお察しします」
「分かってくれるのか?」
その言葉に先ほどの貴族の一人は笑顔を浮かべ、もう一人は面白くなさげに鼻を鳴らす。
気難しい相手との交渉事に定評のある、ディレクの為せる業だとリュゼーは思う。この様な相手の扱い方法を自分のものにするため、ディレクの行いを頭に入れる。
笑顔を浮かべたヘヒュニは「この衣だがな」と、嬉しそうに話を始める。
「遠くから見ると模様などないのだが、近くに来てみて初めて気がつく。果物を象ったところなど、透けて向こうが見えるのだ。肌触りも実に良い。満足のいく作品だ」
説明している通り、遠くのリュゼーからは何も分からない。
「祝い事であるからな、いつもの倍の値段を出したのだ。王国の民も喜んでおったぞ」
「それは、当家にとっても喜ばしいことです」
場にいる風は笑顔を向ける。ヘヒュニはその笑顔に頷く。
ヘヒュニの様な性格の者が険しいをしないところを見ると、風の笑みの意味を読め取れていない。
ディレクが先ほどの言葉に込めた、「衣一つで何を勝ち誇っているのだ。エルメウス家は何百、何千といった民に富を分配しているぞ」ということに対して、風は笑っているのだ。
富を貪ることしか考えられないやつには、自分が試されているとは思いもしないのだろう。そちらがこちらを試すのであれば、こちらも試させて頂く。
ヘヒュニは自分の領地に固執し、他の情報を得ていないとエルメウス家は判断した。
その後も、どれほどまでにエルドレに貢献しているのかを説くのだが、どの話も自慢が含まれていて聞くに耐えられない。
ディレクはその話に対し、上手く虚栄心をくすぐりながら相槌を打つ。
「そうだ、先ほどこれに見惚れていた者がおったな」
ヘヒュニは思い出す様に室内を見回し、やがてリュゼーと目が合う。
「そこの者じゃ。こちらへ来て、いかにこの品が素晴らしいかを皆に伝えてくれ」
確認をするふりをして振り返った風の顔から笑顔が取り外され、そのほとんどから労りの顔が向けられる。
「私ですか?」
「そうだ。前に出てくるが良い」
「しかし…」
この様な場の礼儀作法など心得ていない。粗相をしてしまったら、ディレクによって作られた、この良い雰囲気を壊すこのになりかねない。
「良い」
ディレクが呼ぶ。
「物事を知らぬ故、無作法がありましたらお許しください」
ディレクの言葉にヘヒュニが笑う。
リュゼーは立ち上がり、一礼をしてから一歩踏み出す。
ディレクの元に向かう途中、身の振り方を決めるためリュゼーは必死になって考える。
ドロフの横を通った時に、「上手くやれよ」との声が聞こえる。
その顔が笑っているのは、容易に想像がつく。
ヘヒュニは立ち上がって両手を広げ、皆に見せびらかす様にゆっくりと体を回転させる。
部屋の明かりですらもキラキラと反射させる、実に見事な品である。
「良い衣ですね」
ディレクは感じたままに言葉を述べる。
「そうであろう」
嘘偽りの無い言葉に、ヘヒュニは顔を綻ばせる。
「エルドレの品ですね」
織り方に特徴が見られる。
「様々な品を運んでいるだけあって、見る目はしっかりとしている。それについては流石だと言わざるを得んな」
ヘヒュニはじっとりとした目でディレクを見つめる。
「ありがとうございます」
「よいよい」
褒めたのだから礼を言うのは当然だろう、という態度が透けて見える。
「我が国で生産する大量の綿花や麻、羊毛がなければ王国では碌に衣服が作れぬが、織物の技術に関しては確かだからな」
ヘヒュニは同じ目つきでディレクを見る。
「絹を用いた品をお召しになるとは、お心遣いに感謝します」
ヘヒュニは笑う。
喜びからというよりは、含みのある笑顔である。
「絹織物といえば王国だからな。これを着た意味を読み取ったことに、嬉しく思う。気を悪くしないで聞いてもらいたいが、其方とは初めて顔を合わせるため、少々試させてもらった」
ヘヒュニは一度、ディレクの顔を窺う素振り見せてから話を続けた。
「いや、なに。品を見極める目を試したのではなく、こちらの心が読み取れるか心配であってな。これが理解できたのであれば及第点である。これすらも分からぬ者であれば、今宵の晩餐会は中止するところであったぞ」
「それは命拾いしました。大切なお人とお近付きになれる機会を、みすみす棒に振るところでした」
「その様に考えてくれていたのか」
ヘヒュニの笑顔が含みのあるものから、段々と変わってきているのが分かる。
「それでは私からもお一つ。気を悪くしないで聞いてもらいたいのですが、先ほどのやりとりも、こちらの心を読み取ろうとしての行為だとお見受けします」
ヘヒュニの目が少しだけ見開かれる。その顔を見てディレクは、微笑みを湛えゆっくりと頷く。
「ヘヒュニ様は国の命運を握り、海のものとも山のものともつかぬ輩とお話をしなければならないため、あの様にしなければならないのではないかと考えた次第であります」
ヘヒュニの顔は初めの頃と比べると完全に変わっている。
ディレクは話を続ける。
「ヘヒュニ様の本質を見誤り、勘違いをする者が多いのではないでしょうか。それは大変辛いことでしょう。心中をお察しします」
「分かってくれるのか?」
その言葉に先ほどの貴族の一人は笑顔を浮かべ、もう一人は面白くなさげに鼻を鳴らす。
気難しい相手との交渉事に定評のある、ディレクの為せる業だとリュゼーは思う。この様な相手の扱い方法を自分のものにするため、ディレクの行いを頭に入れる。
笑顔を浮かべたヘヒュニは「この衣だがな」と、嬉しそうに話を始める。
「遠くから見ると模様などないのだが、近くに来てみて初めて気がつく。果物を象ったところなど、透けて向こうが見えるのだ。肌触りも実に良い。満足のいく作品だ」
説明している通り、遠くのリュゼーからは何も分からない。
「祝い事であるからな、いつもの倍の値段を出したのだ。王国の民も喜んでおったぞ」
「それは、当家にとっても喜ばしいことです」
場にいる風は笑顔を向ける。ヘヒュニはその笑顔に頷く。
ヘヒュニの様な性格の者が険しいをしないところを見ると、風の笑みの意味を読め取れていない。
ディレクが先ほどの言葉に込めた、「衣一つで何を勝ち誇っているのだ。エルメウス家は何百、何千といった民に富を分配しているぞ」ということに対して、風は笑っているのだ。
富を貪ることしか考えられないやつには、自分が試されているとは思いもしないのだろう。そちらがこちらを試すのであれば、こちらも試させて頂く。
ヘヒュニは自分の領地に固執し、他の情報を得ていないとエルメウス家は判断した。
その後も、どれほどまでにエルドレに貢献しているのかを説くのだが、どの話も自慢が含まれていて聞くに耐えられない。
ディレクはその話に対し、上手く虚栄心をくすぐりながら相槌を打つ。
「そうだ、先ほどこれに見惚れていた者がおったな」
ヘヒュニは思い出す様に室内を見回し、やがてリュゼーと目が合う。
「そこの者じゃ。こちらへ来て、いかにこの品が素晴らしいかを皆に伝えてくれ」
確認をするふりをして振り返った風の顔から笑顔が取り外され、そのほとんどから労りの顔が向けられる。
「私ですか?」
「そうだ。前に出てくるが良い」
「しかし…」
この様な場の礼儀作法など心得ていない。粗相をしてしまったら、ディレクによって作られた、この良い雰囲気を壊すこのになりかねない。
「良い」
ディレクが呼ぶ。
「物事を知らぬ故、無作法がありましたらお許しください」
ディレクの言葉にヘヒュニが笑う。
リュゼーは立ち上がり、一礼をしてから一歩踏み出す。
ディレクの元に向かう途中、身の振り方を決めるためリュゼーは必死になって考える。
ドロフの横を通った時に、「上手くやれよ」との声が聞こえる。
その顔が笑っているのは、容易に想像がつく。
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