異世界は都合よくまわらない!

采火

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ファウルダース侯爵家結婚編

重ねた約束と重なる言葉3

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 アンリと一緒にエンゾさんへのお返事を書くと、翌日にはエンゾさんから、同伴者オーケーのお返事が返ってきた。
 アンリのお仕事の都合もあるので、日程を調整してもらい、お茶会の日を決めた。

 そうしてお茶会の日がやってくる。

 お茶会までにマナーの見直しをしてたり、ドレス選んだりしていたらあっという間だった。
 朝から昼用のドレスのコルセットをつけられて、ベルさんにドレスやアクセサリーを飾ってもらった私は、出かける前からくたくたです。

「ベルさん、容赦ない……」
「女性って大変だよね」
「他人事だと思って。アンリもコルセットつけてみたらわかるよ。すっごい苦しいんだから」

 馬車の中で朝の一騒動を思い浮かべていれば、アンリが茶化してくるものだから、ついつい尖った言い方をしてしまった。
 アンリはそれを聞いて喉の奥をくつくつと鳴らしてる。

「男の僕がコルセットしてもなぁ。絞れるものなんてないじゃんか」
「内蔵しぼられようよ。本当に苦しいから。やってみよ?」
「怖いこと言うなよ……」
「旅は道連れ世は情けだ」

 アンリがちょっと顔を引きつらせるけど、本当のことだから。コルセット苦しいから。一回試してみてほしい。
 そんな他愛のないことを話していれば、馬車はやがて止まった。
 馬車の小窓からそぅっと外を覗いてみる。
 大きな門と石壁で囲まれた場所。
 堅牢な門構えをじっと見ていれば、アンリも同じように小窓へと顔を寄せた。

「着いたみたいだ。降りるよ」
「うん」

 御者さんが馬車の扉を開けてくれた。
 アンリが先に降りて、私へと手を差し伸べる。
 私はその手を取ると、ゆっくりと馬車のステップを降りた。

「お待ちしておりました。ユカ様。アンリ様」
「本日はお招きいただきありがとうございます、エンゾ様」

 ドレスの裾を摘んでカーテシー。
 門の外までお出迎えしに来てくれたらしいエンゾ様は、柔らかく微笑むと私達を建物の中へと誘う。

 エンゾ様は今回の社交シーズン中、王都内のオルレット大使館に部屋を借りて宿泊しているようで、今日のお茶会はそこのサロンを借りることになっていた。
 そのサロンに入ると、異国情緒のあふれる内装が目に入って驚く。

「さすがオルレットですね。趣味がいい」
「侯爵家の方にお褒めいただけるとは光栄です。とはいえ、これは大使館の場所をお借りしているだけで、私が用意したものではないのが残念ですが」

 アンリとエンゾ様が話しながら室内へと進んでいく。
 呆然とその様子を見ていれば、アンリが私の様子に気がついた。

「ユカ?」
「……」
「ユカ」
「あっ。ごめんなさい。行きます」

 慌ててアンリの後についていく。
 エンゾ様も私の方を見て、心配そうにされていた。

「どうかなされましたか。お体が弱いと聞きかじっております。ご気分はいかがです?」
「大丈夫です。その、お部屋があんまりにも素敵だったので」

 私の視線が壁紙に釘づけになってるのを見て、エンゾ様は気分を害した様子もなく、満足そうにうなずかれる。

「あぁ、もしかして初めて見ますか? これはマンテンファーウェンと言いまして、フーミャオがもたらした天降りの意匠と言われています。オルレットの文化の一つとして親しまれているのですよ」

 そう、なんだ。
 知らなかった。
 たった国一つを隔てただけで、こんなにも元の世界に通じるものを目のあたりにするなんて、思ってなかった。

 部屋の内装は別に日本らしいものなんて一つもない。
 だけど壁紙紙は白い生地に淡い青色でアラベスク模様が描かれているし、家具は蔦のような植物を編んで作られているものが多くて、見るからにアジアンテイストな雰囲気。

 おとぎ話や美術館、映画でしか見ないような、中世ヨーロッパらしい雰囲気を持つルドランスとはあんまりにも違う。今まで感じなかった郷愁というものが、むくりと鎌首をもたげてくる。
 でも、それと同時に良かった、とも思って。
 これがもし和風の内装だったら、私は泣いていたかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えているうちに、アンリが私の手を取って、サロンの椅子へと座るようにエスコートしてくれる。

「どうぞおかけください」
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」

 だめだ、だめだ。まだここに来たばかり。
 今日は天降りのことを聞ければと思って来たのだから、こんなことで感傷に浸ってる場合じゃない。

「改めまして、本日はお招きありがとうございます」
「急な申し出にも関わらず、来ていただけて本当に良かった。アンリ様もどうかごゆるりとくつろいでいだだければと」
「ええ。実りあるお話が聞けると楽しみにして来ましたので」

 アンリ、返しが上手。
 普段とは違う丁寧な口調。それからよそ行きの笑顔をはりつけてるアンリは、どこからどう見ても貴族の貴公子様だ。
 生まれや育ちってものは、こういうときににじみ出てくるんだなぁ。
 シュロルムにいた時には想像もできなかったことだよ。

「では、まずはこちらをお楽しみいただけれたらと思います。薔薇茶と申しまして、オルレットで品種改良しましたカルテットローズを使用してます」

 そう言ってエンゾ様が手ずから淹れてくれたお茶は、透明なティーカップの中に薔薇の蕾が浮かんでいた。
 あまり馴染みのないそれは、元の世界で言う花茶に属するものだと思う。

「これも、天降りでもたらられたものですか?」
「これとは?」
「お茶の淹れ方です」

 エンゾ様が目を丸くする。
 それからすぐに破顔した。

「よくお気づきで。あまり知られておりませんが、この薔薇茶の歴史を紐解くと、フーミャオが旅していたとき、各地の花を茶にして飲んでいたことが始まりと言われております。フーミャオが旅した場所で茶にする花は変わりますが、オルレットでは薔薇だったそうてすよ」
「そうなんですね」

 三百年前のフーミャオさん。
 名前からそれっぽいなと思ってたけど、もしかしたら中国……そうでなくてもアジア圏の人だったのかもしれない。
 しかも私と違ってすごくアクティブ。色々なものを遺していったんだ。

「フーミャオさんってすごい方だったのですね」
「ええ。彼のもたらした知恵はこうやって後世にも残り、今なお親しまれています。ルドランスでもそうではありませんか?」
「そうですね……あまり知られてはいませんが、ルドランスの白磁器を発展させたのはフーミャオだと聞いております。専門ではありませんので詳しくはないのですが、その道の人々にとっては人間国宝とも呼ばれているとか」
「そうでございましょうね。それほどまでに、フーミャオの功績は世界的に見ても素晴らしいものばかりです」

 壁紙にお茶に工芸品。それからお香もそうだっけ。
 フーミャオさんという人がもたらした物は沢山ある。
 同じ天降り人ということで、勝手に親近感が湧いていたけれども、そんなことは全然なかった。

 フーミャオさんは世界中に広く知れ渡る有名人。
 テレビの中に映る芸能人のようなもので、私なんかと比べるなんて、おこがましすぎた。

 薔薇茶を口に含めば薔薇の良い香りがする。
 香りを楽しむだけのお茶は、紅茶を楽しむこの国の人たちに喜ばれたはずだ。
 フーミャオさんってすごい人。
 異世界に来ても、たくましく、この世界に馴染んで、人々の記憶に残った。

 それなら、私は?
 私はこの世界に来て、何を求められているの?

 頭の片隅にそんな言葉がよぎった瞬間、胃から何かがせり上がってきそうになる。
 それを薔薇茶と一緒に飲み込んだ。

「それにしてもユカ様は非常に目が優れておられる。天降りには前々から関心が?」
「そう、ですね」
「やはり、その黒髪と黒目ゆえでしょうか。我が香の大家でもそうですが、黒持ちの人間は天降りに親しみを持ちやすい傾向があるんですよ。天降りでもたらされたものに、まるで故郷の母を思うような郷愁の念を抱くこともあると聞きます」

 エンゾ様からの何気ない告白に驚く。

「そうなの? アンリ」
「いや、初めて聞く。でも世界的に見ても黒持ちの人間って少ないからなぁ。……天降り人の血筋として聞くのは、西だと香の大家、東はウスイ家だけど、どちらも門外不出のところが多いから」

 そうなんですか、と確認の意図を込めてエンゾ様を見やれば、エンゾ様は茶目っ気を含んで笑う。

「内緒ですよ。ですが、そうですね。ユカ様はそのお色からして強く天降り人の血が出ている、先祖返りとでも申しましょうか。その勘の鋭さは、香の大家の直系に通じるものがあります」

 顔が引きつりそうになるけど、曖昧に笑っておく。
 先祖返りではなく、天降り人そのものですなんて言えないよ。
 アンリのほうをそっと盗み見れば、彼も苦笑いのような表情になっていた。

「そういうエンゾ様こそ、天降りについてどう思われているのですか? もてなしの仕方といい、並々ならぬ情熱のようなものを感じますが」
「あぁ、お恥ずかしながら。傍系ではございますが、私も香の大家の出。やはり人一倍天降りに惹かれるものはございます。ですので私の扱う商品は、天降り由来のものを多く品揃えしているのですよ」

 アンリがうまく話を切り替えしてくれると、エンゾ様はたいへん誇らしそうに自分の扱う商品について教えてくれる。
 それこそこの薔薇茶を筆頭に、去年開発されたばかりの伸縮率の高い布など、天降りによってもたらされた物を研究して商品化しているのだという。

「これも香の大家の恩恵です。オルレットは天降りに関する一切を香の大家で管理しているので、新旧問わず、あらゆる天降りの情報が入ってきますから」

 そう言うエンゾ様は本当に楽しそうで、嬉しそうだった。
 なんだろう、ロマンを追って冒険に出る船乗りのような、宝探しをする少年のような。
 そんなエンゾ様を見ていると、天降りというものがまるでプレゼント箱に詰められたおもちゃのように思えてしまうものだから、不思議な気持ちだった。

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