あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお

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「あ、おいしい。魚介の出汁がよく出てる」
「ホントだ。やっぱあさりってうまいな」

「これ、何合作ったの?」
「何合になるんだろ? 米600gってパエリアの素に書いてあったけど。3~4人分だって」

「へえ。これで3~4人分?」
 ホットプレートいっぱいのパエリアを見て、祐樹は「多くない?」と笑っている。

「残してもいいよ。明日、チーズかけて焼いてもいいし」
「それもおいしそう」

 作りながらもうアレンジを考えてるのかとびっくりする。こういうところが料理上手な人は違うんだな。

「スペイン料理ってそんなにないよね」
「北京でもほとんど見かけなかったな。三里屯《サンリトン》くらいか?」

 大使館街近くの繁華街には祐樹も連れて行ってもらったことがある。

「そうだね、あそこならあったかもね」
「広州や深センにはあっただろ?」

「だと思うけど、行ったことないな」

 一人で飲食店を開拓するほど食にこだわりがない祐樹は、広州時代はもっぱら職場近くの飲食店や日系スーパーのお世話になっていた。仕事が忙しくて適当に済ませていたのだ。

 たまにはデートに誘われてレストランで食事もしたが、セフレという認識だった彼らとそれほど頻繁に食事をしたことはない。

「そもそもスペイン料理になじみがないよな」
「うん。でもこれはおいしいよ」

 本場の味は知らないが、パエリアはかなりいい出来だった。

「いつもらったの?」
「んー、3日くらい前? 女性と一緒に家入るとこ見かけてこんばんはって挨拶したら、これあげるよってくれた」

「ピエールってかなりモテるよね」
「俺が知る限り5人くらい出入りしてる感じ?」

「うん。中国人何人かとフランス人? ドイツ人?」
「聞いたことないけど、きれいな人ばっかだよな」

「そうだね。よく鉢合わせしないよね」
「だよな。でも中国人女性は積極的だって言ってたな」

「結婚して国外に住みたいと思うからじゃない?」
「多分な。祐樹は最近どう?」

「彼女紹介はほとんどなくなったよ」

 赴任した当初は彼女を紹介しようと言うお節介を焼く人が数人いたが「日本人がいい」ときっぱり断っているうちに諦めたようだ。


 すると今度は噂を聞いた大連在住の日本人女性がアプローチしてくることがたまにあるが、これまた「仕事が忙しくて」と誘いを断るうちに諦めてもらうことになっている。

「祐樹、モテるからなあ」
「言うほどモテないって。海外にいるからだよ。駐在員って響きがいいんじゃないの」

「そんないいもんでもないけどな。駐在員なんて」
「実際を知らないからね。でもアジアはそんなに人気ないでしょ」

「中国はそうでもシンガポールとか香港だと話が変わるんじゃね? 一番人気はヨーロッパとか北米だろうけど」

「それはあるのかな。二コ上の先輩社員がマレーシア駐在決まって彼女にプロポーズしたら、北欧がよかったのにってあからさまにがっかりされたって」

「何だそれ」
「結婚してヨーロッパに住めるって期待してたらしいよ」

「こっちは仕事だっつーの、社命で行くのに彼女の希望まで聞いてらんねーって」
「だよね。でもヨーロッパ方面の駐在妻社会の話聞くとこわって思う」

「ああ、アジアはまだマシらしいな」

 妻社会の序列は夫の会社の規模や役職に従っているようで、それはそれは気を使うものらしい。もちろん祐樹たち男社会にも暗黙の序列はあるからどこに行っても同じだろうが。

「そう言えば、祐樹の先輩でイギリスに赴任した人、どうなった?」

 突然孝弘の口から思いがけない話が飛び出して、祐樹はドキッと心臓が跳ねた。
 イギリスに赴任した先輩なんて一人しかいない。

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