夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第六章 泥沼のプリンセス

6. ローダフシャン星系外縁防衛ステーション#15

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■ 6.6.1
 
 
「相対速度27500km/sec。ホールイン。ホールアウトまで17分20秒。ホールアウトはローダフシャン星系外縁。目標S#15より太陽系外側に1光時を予定。」
 
 レジーナの落ち着いた声がホールインを告げた。
 視野がホールドライヴ特有のダークグレイに染まり、右下にホールアウトまでのカウントダウンが緑色で表示されている。
 パダリナン星系外縁部まで通常空間で航行し、その後数光年の小ジャンプで姿を見えなくしてから、ローダフシャン星系までの長距離ホールドライブに突入したのが、今だ。
 
 ホールアウトしたところで、目標の防衛ステーション#15の周辺を調査して、問題が無い事を確認して、再度短距離ホールドライヴに入る。
 ステーション#15はジャンプステーションよりも3光時ほどローダフシャン太陽系の内側に設置されている。
 3光時も内側にあるため、僅かではあるもののジャンプステーションよりも重力傾斜が強い。
 もちろんそれなりに安全マージンは見てはあるのだが、それでもジャンプステーションよりも太陽系の内側でジャンプ航法を使いたいと思う奴は居ない。
 つまり、ステーション#15に近付く船は通常空間を移動する。
 ステーション#15から1光時のところにホールアウトし、1時間ほど過去の状況をパッシブセンサで確認すればまず大丈夫だ。
 
 その後ステーション#15の近くにホールアウトし、ステーションに接岸。目的の陸戦隊を確保した後に離脱する。
 この間1時間半を予定している。
 ジャンプステーションに駐留している艦隊が、防衛用ステーション#15に不明船が接岸している事を知るのは、そのさらに1時間半後だ。
 この時点ですでに駐留艦隊がレジーナに追いつくことは不可能であり、駐留艦隊がステーション#15に向けてすぐさま出発したとしても、到着するのは早くて十二時間後となる。
 レジーナはその頃すでにステーションから悠々と離脱し、ワームホールを越えてとっくに地球かハバ・ダマナンにホールアウトしているだろう。
 
 地球であればいろいろと融通が利くこともある。逆にハバ・ダマナンであれば、怪しげな装備をかき集めていてもそれほど目立たない。
 それぞれに長所があり、どちらに行くべきかはローダフシャン星系で拾った陸戦隊の状態による。
 
 一旦コクピットを離れ、キッチンに入ってコーヒーをカップに注ぎ、ダイニングテーブルに座った。。
 ダイニングには誰もいなかった。ニュクスもルナもコクピットにおり、アデールは自室で報告書でも書いているのだろう。戦闘機動の可能性が僅かながら有るので、ミスラは自室にいる。乗客であるミリも同じだ。
 
「マサシ。すでに受けてしまった依頼ではありますが、この依頼を完了した後に本船の注目度がまた上がるものと思われます。もはや民間の船とは思えないほどにその筋には有名になっていると思いますが、さらにその上、というお話しです。どうしましょうか。」
 
 一人コーヒーを啜る俺に、レジーナが話しかけてきた。
 「その筋」とは、勿論裏も表も併せて政府レベルの組織や、ヤクザやその他後ろ暗い活動をしている連中のことを指す。
 政府レベルの組織が、汎銀河戦争を有利に生き残っていく為にホールドライヴを欲しがるのは当然として、後ろ暗い組織の連中にとってもホールドライヴは最高の逃走手段として注目しているだろう。
 ちなみにだが、運送業界も地味に注目している。ホールドライヴがあれば輸送にかかる日数を大幅に短縮することが出来、その分コストを大幅に下げることが出来る為だ。
 もっとも後ろ暗い組織の連中とは違って、暴力的手段を使ってでも何が何でも手に入れようなどと云うことは、運送業界はしないのだが。
 
 それはともかくとして、レジーナの言っていることは現実的な問題であり、ここのところの俺の頭痛の種でもあった。
 今のところは船籍などを虚偽申告することでかわしているが、いつまでも続ける訳にはいかないし、いつまでも通用する訳でもないだろう。
 軍艦並みに重武装すれば解決する問題であることは分かっている。
 そしてそれを実行するだけの資金はある。
 だが、下らないこだわりと笑われてしまいそうだが、重武装した貨物船というちぐはぐなものを心情的に受け入れられないのだった。
 
「済みません。私の方から振っておいて申し訳ないのですが、あと五分でホールアウトです。コクピットに戻って下さい。」
 
 結局俺は、ダイニングテーブルに着き、冷えていくコーヒーカップを両手で包み込んだまま、レジーナからホールアウトの知らせがあるまで悩み続けていた。
 
 
■ 6.6.2
 
 
「ホールアウト5秒前、3、2、1、ホールアウト。パッシブスキャン開始します。防衛ステーション#15確認しました。距離1光時。周辺宙域を航行する艦船ありません。ジャンプステーション確認しました。同駐留艦隊確認しました。駐留艦隊に動きはありません。引き続き短距離ホールドライヴ開始します。ホールアウトはステーション#15から10万km。ホールインは5分30秒後。」
 
 席に戻り、システムに接続した俺の視野の中に目標の防衛ステーション#15の緑色のマーカーが点滅(フラッシュ)する。
 レジーナの報告通り、数光時内を航行する艦船は無い。彼方にローダフシャン星系のジャンプステーションと、その周りを護る駐留艦隊の黄色いマーカーが見える。
 対空間速度12500km/secという高速でホールアウトしたレジーナが最大加速で制動を掛ける。
 ステーション#15に対して、数十秒で同ベクトルまで減速できる対空間速度1000km/secまで減速してからホールインする為だ。
 
 そして五分が経過し、レジーナは再度ホールドライヴ空間に入り、十分ほどでまたホールアウトした。
 ステーション#15はもう目の前だ。
 
「ステーション#15まで10万km。攻撃行動認められません。ハフォン軍艦隊コードを使用して接岸要請。受理されました。自動応答のみです。」
 
「諒解した。ミリ、聞こえているか?」
 
 B客室をあてがわれたミリにネットワーク越しに話しかける。
 
「ええ。聞こえているわ。」
 
「向こうの状況は判るか?」
 
「ステーションの本来の当直員は全員無力化された上で、陸戦小隊がコントロールを握っている筈よ。」
 
「コンタクトを取ってくれるか? レジーナ、収束ビーム回線開いてくれ。」
 
「諒解しました。ビーム投射します。プロトコル応答。回線確保しました。ミリ、お願いします。」
 
 10万kmと近距離なので、電磁波による通信でも殆どタイムラグは無い。
 
「第八基幹艦隊第3156陸戦小隊、聞こえるか。応答せよ。こちら情報軍1502。第3156陸戦小隊、応答せよ。こちら情報軍1502。」
 
「聞こえている。こちら3156陸戦小隊。待ちくたびれて隊長が拗ねちまってるよ。あんたが迎えか?」
 
 男の声でステーション#15から応答があった。
 
「そうよ。迎えに来たわ。拗ねた隊長は頭に二三発ぶち込んで叩き起こして。移乗の準備を。」
 
「ステーション#15から接岸要求に許可ありました。接岸シーケンス開始します。接岸は8分15秒後。」
 
「幾らウチの隊長でも頭にぶち込んだらかなり痛がる。尻にしとくよ。」
 
「認証完了。問題無いみたいね。」
 
「こちらも認証完了だ。問題無い。ステーション当直兵は全員個室に軟禁してある。」
 
 ミリと陸戦隊の兵士がハフォン人にしては珍しい意味不明なジョークの応酬をしていたが、どうやらそのふざけた会話がお互いの状況確認を含めた合い言葉だった様だ。
 
「マサシ、聞いていて分かったと思うけれど、ステーション#15は問題無く陸戦隊によって占拠されているわ。安心して接岸してもらって良い。」
 
 それは聞いていて判った。しかしそれだけでは不十分だ。
 
「その陸戦隊の兵士達が、FMBCで汚染されていないという保証は?」
 
 なんと言ってもFMBCは本人が知らないうちに食品から口径摂取してしまい、本人が知らないうちに思想や思考を操作されてしまうのだ。
 俺のその問いに対するミリの答えは、少々衝撃的なものだった。
 
「その可能性は無いわ。彼らは全員正規のバイオチップを導入している。」
 
 確かにそれは、FMBCによって思考制御されていないという証明ではある。
 しかし、ハフォン人がよくそれを受け入れたものだと思った。
 ハフォン人は、「神から与えられた身体に本来備わっていない異物を導入する」という宗教上の理由でバイオチップの導入に否定的だというのは、銀河中に知れ渡っている事実だ。
 こと宗教が絡むと、人がどれだけ頑なになり、時に異常とも思える行動をとりさえもするというのは、地球人である俺は良く知っている。
 ミリのような、自称「割り切った考え方が出来る者」はともかく、一般の兵士や民間人がチップを導入することにそうそう同意するとは思えなかった。
 チップを持っていないことでどれだけ不便であろうと、多種族に対して不利になろうと、これまで頑なに拒否してきたから現在のハフォン人のほとんどはチップを持っていないのだ。
 
「誰もが苦渋の決断に直面したのよ。教義に従ってバイオチップを導入せず、しかし最終的にはFMBCを植え付けられ、祖国を裏切る事になるのを手をこまねいているか。教義に反することになってもバイオチップを自ら進んで導入し、祖国と同胞に忠誠を捧げるか。
「論理的に考えればどちらの道を取るべきかはすぐに答えが出るわ。でも『自ら進んで』バイオチップを導入することに対して酷い葛藤を覚えた者も多い。
「もっとも、殆どの国民はそんな選択肢さえ与えられず、自覚の無いままにFMBCに汚染されていくのだけれど。」
 
 つまり、旧政府側に残っているハフォン人の大部分は、彼らが先祖代々受け継いできた宗教の教義に従う事よりも、国と種族を存続させる為、仇敵の見えざる攻撃に対抗する為の現実的な選択をした者、という事になるのだろう。
 
「接岸3分前。想定乗り込み乗客数が多いため、下層貨物室ゲートにて接岸します。」
 
 遙か遠くの宇宙空間に小さく光るローダフシャン星系主星の光を受けて、弱々しく銀色に光る円筒形のステーション#15が視野の中で大きくなる。
 レジーナはゆっくりとさらにステーションに近付き、そして接岸用のゲートの位置に合わせて停止した。
 
「接岸。ゲート接続。重力アンカー展開。重力アンカーコントロール権を取得。ゲート内与圧完了。接岸シーケンス完了。移乗可能です。ネットワークリンクしました。低レベルでのコミュニケーション可能です。」
 
「ミリ、迎えに出ようか。俺も貨物室に降りる。ブラソン、済まないが後を頼む。」
 
「諒解。」
 
 ブラソンの返事を聞いて、システム接続を解除し、船長席から立ち上がる。
 
「私も出ますか?」
 
 隣の機関士席のルナが肉声で聞いてくる。俺の方を向くその顔は相変わらず無表情だが、俺の身に危険が及ばないよう用心して護衛が必要なのではないかと尋ねているのだということは判る。
 
「大丈夫だ。ミリも居る。」
 
 ミリでさえこの船に乗った当初はルナやレジーナに対してぎこちない対応をしていたのだ。一般の兵士の前にいきなり機械知性体の生義体であるルナが姿を現すのは避けた方が良いだろう。時間をかけてゆっくりなじませた方が良い。
 
「判りました。」
 
 ルナの左肩を軽く叩き、コクピットから出る。
 廊下にアデールが立っていた。
 どうもこの船には心配性の奴が多い。
 
「人間なら問題無いだろう。ニュクスに頼まれた。」
 
 アデールは紫のレジーナスカジャンを羽織っているが、その下には明らかにAEXSSを着用している。ニュクスが気を回して、かなり前から頼んでいたに違いない。
 
「判った。頼んだぞ。」
 
 アデールの前を通り過ぎると、アデールが俺のすぐ後ろを着いてくる。
 俺達が一般客室との区画を抜けるのと、B客室からミリが出てくるのは同時だった。
 
「貨物室は下の階(デッキ)だったわね。」
 
「ああ。こっちだ。」
 
 アデールとミリを伴って、リフトで貨物室に降りる。
 リフトから出るとアデールは俺達から離れて自分の小型コンテナに近づいていき、コンテナ脇に設置してあるラックに架かっていたアサルトライフルを手に取った。
 
「どういう事?」
 
 ミリが訝しげな表情の顔を俺に向けた。
 
「心配するな。深い意味は無い。どうもこの船には心配性の奴が多くてな。」
 
「お主は一度、自分の行動について深く省みるべきじゃの。」
 
 俺がミリの問いに答えてすぐ、ニュクスの声が頭の中に響いた。
 ミリの表情が、こちらを睨み付ける様な目つきから、何もかも理解して俺を冷ややかに眺める様なものに変わった。
 どうやらニュクスの声はミリにも聞こえているらしい。
 なんたることだ。
 やはり一度、この船の乗員全員が俺に対して持っている誤った認識を正す為に話し合う必要があるだろう。
 
「貨物室ゲートエアロック内壁開きます。」
 
 レジーナの声と共に、貨物室の壁面に設置してあるエアロックの内壁がゆっくりと自動で開いた。
 程なくして、エアロックの向こうに続くゲートから複数の重い足音が聞こえてきた。
 
「えらく別嬪さんな船だな。しばらく世話になる。」
 
 先頭を歩いて船内に入ってきたHASの跳ね上げたキャノピーの下に不敵な笑いを浮かべてこちらを眺める男の顔が見えた。。
 
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