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第五章 インターミッション ~ミスラのだいぼうけん
1. 旅立ちのミスラ
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むかし昔ある所に(おい)・・・もとい。
時は現代、所は宇宙・・・んー。
慣れない事をすると難しいですね。
ある星に、小さな女の子が住んでいました。
(そんなトコだろ)
女の子の名前はミスラタミズと言いました。でも、ちょっと長くて呼びにくいので、お父さんもお母さんも彼女の事はミスラと呼びます。
(なら長い名前付けなきゃいいのにな)
そこ。身も蓋もないツッコミしないで下さい。黙ってて下さい。
ミスラは元気な女の子です。
村には同じくらいの歳の子供達が十人ほど居ましたが、川で泳ぐのも、木に登るのも、夕飯までにアリペの実(木イチゴみたいなもの)を一番沢山取ってくるのも、ミスラが一番です。
さすがにかけっこだけは、年上で身体の大きいマムラヤやレスレヴィートには敵いませんが、それでも同じ年頃の子供達の中ではミスラが一番です。
去年妹のアプラスミファが生まれてから、お姉さんになったミスラは、お家の仕事をたくさん任されるようになりました。
ご飯の後のお片付けや、ナニバ(牛みたいな家畜)が夕方小屋に戻ってくる前にごはんの入れ物を掃除しておくのもミスラのお仕事です。
・・・これって面倒だからやらされてただけじゃ・・・げふん。
ある日ミスラは、村の教場から帰った後、お友達のシミヤルナヱとお家で遊んでいました。
お家の中では、居間で妹のアプラがすやすやと寝ています。だからシミヤちゃんとミスラはアプラを起こさないように家の外で遊んでいます。
「ミスラ・・・ああ、そこに居たのね。エナシオの葉(ハーブの一種)を採ってきてくれない? 未だあると思ってたら、全然無いの。私はごはんの支度で手が離せないし、もうすぐお父さんが戻ってくるの。ナニバの餌やりもしなきゃ・・・シミヤちゃんはお家に帰るのよ? シミヤちゃんのお家もそろそろごはんよ。」
そう言ってお母さんはミスラに、いつもエナシオの葉を採る時に使っている籠を渡しました。確かに中は空っぽです。
これは一大事です。エナシオの葉はミスラの大好物です。
お姉さんになったミスラは、お母さんに仕事を任されました。それが嬉しかったミスラは張り切って籠を背負い、家の前でシミヤちゃんと別れました。
シミヤちゃんのお家は牧場の端を曲がって二軒向こうです。手を振りながらシミヤちゃんが牧場の角を曲がっていくのを見届けたミスラは、牧場の木柵の間をすり抜け、森に向かって一直線に走って行きます。
途中、ナニバの群れを連れて帰ってくるお父さんとすれ違いました。
「おーい、ミスラ。どこへ行くんだ? もうすぐ夕飯だろう?」
ミスラは、ナニバの群れを避けて走りながらお父さんに手を振ります。
「お母さんがエナシオの葉を採って来てって。無くなったんだって。ナニバのご飯はお母さんがしてくれるって!」
今日は、ナニバのご飯の準備よりも、お母さんから言いつけられた仕事の方が大切です。エナシオの葉の入っていない肉料理なんて、香りも無くて固くて食べられたものではありません。
「気を付けろよ。あんまり森の深い所に入るんじゃ無いぞ。もうすぐ暗くなるから、早く帰ってくるんだぞ。」
お父さんの声が後ろから追いかけてきます。
ミスラはちょっと困りました。実は牧場の向こう側、森に入ってすぐの所に沢山生えているエナシオの木の若葉は、この間お母さんと一緒にあらかた取り尽くしてしまったのです。
森の中に少し入った所、ミスラがいつもみんなと一緒にアリベの実を採る所のもう少し奥に、まだ若いエナシオの木が沢山生えているのを知っています。そこまで行こうと思っていたのです。
その場所はちょっと森の奥の方に入っていかなければいけないのですが、いつもみんなと一緒に行っている所だし、小さい木で葉っぱも採りやすいからすぐに採り終わって帰れるでしょう。
これくらい大丈夫だよね。怒られないよね。
ミスラは辺りが暗くなり始める前には森を出ようと思いました。
ミスラのお家の牧場はずうっと昔からある牧場なのでとても広いです。とても広い牧場なので、村の外れにあります。
森はさらにその向こうにあって、大人でも向こう側に抜けるのに数日かかる程の大きさなのですが、もちろんいつもミスラ達が遊んでいるのは、森にちょっとだけ入った浅いところです。
それは、大人であればちょっと森に分け入った程度の場所でしたが、子供たちにしてみれば森の中のとっても奥深いところでした。
そんなところにアリベの木が沢山生えているのを見つけた子供たちは、そこを大人達に内緒の秘密の場所にしていました。
もちろん本当に秘密かというと、そんなことはありません。村の猟師さん達は皆その場所を知っていて、子供達がこっそりやってきてはアリベの実を仲良く食べているのも知っています。
彼らも子供の頃には同じ様に、子供達だけの秘密の場所でよく遊んでいました。それほど森の奥深いところでもないので、遊んでいる子供達に気付かない振りをして微笑ましく見守っていたのでした。
ミスラはどんどん森の奥に入っていきます。いつも通り慣れた所なので、目印を見間違うこともありません。
いつものアリベの木の下を通りましたが、もう夕飯も近い時間だからか、そこには誰もいませんでした。
ミスラはちょっと寂しく思いながらも、誰もいないアリベの木の脇を通り過ぎます。
さらに少しだけ走って、エナシオの若木が沢山生えている所に着きました。
若木の若葉が沢山生い茂っているのが見えます。
ミスラはにっこり笑うと、エナシオの葉を摘み始めました。
若木の葉は香りが強く、若葉は柔らかいのです。ミスラが葉を摘む度に、エナシオの葉の甘くてすっとする香りが辺りに広がります。
この甘い香りがする葉が沢山入ったお肉の煮込み料理はミスラの大好物です。
お母さん、晩ご飯にお肉の煮込み作ってくれるのかなあ、そうだと良いなあ。エナシオ沢山採ったら沢山入れてくれるかなあ。
でも、ミスラが覚えているのはここまででした。
不意に頭が痛くなって、真っ暗になって、あとは何も覚えていません。
次にミスラが覚えているのは、白い部屋です。
目が覚めて、辺りが真っ白な事に気付きました。
ふかふかのベッドに、真っ白いお布団、真っ白いシーツ。染み一つありません。
でもここがどこか分かりません。
天井も壁も真っ白で、部屋の中にはよく分からない色々なものが沢山あるのですが、どれもこれも真っ白です。
もちろん、お家にはこんな部屋はありません。村長さんの家にも、お友達の誰の家にもこんな部屋はありませんでした。
「ここどこ? お父さん? お母さん? ねえ? 誰か!?」
ミスラは起き上がって周りを見回そうと思いましたが、身体が動きません。
縛られているとか、重しを載せられているとかでは無く、身体が全然動きません。
勿論、さっき喋ったはずの問いかけも、実際には声になっていませんでした。
大きな音がして、部屋の何処かのドアが開いたようでした。
音がした方を見ようと思っても、眼を動かす事が出来ない事に今気付きました。
ミスラは「助けて」と叫んでいるのですが、声が出ていないのがやっと自分でも分かりました。
声も出ません。身体も動きません。逃げようと思っても、起き上がる事さえ出来ません。
右側に何か白い大きなものが近付いてきました。
それは、村長さんのお家にあった「はつでんき」にちょっと似ていて、でも、もっと真っ白くて綺麗で、でも怖い物でした。
不意に右腕に痛みが走ります。
右腕から始まった痛みは、肩から首、胸、お腹、頭、左腕、脚と全身に広がって行って、今ではまるで体中に針を沢山刺されたような激痛が走ります。
「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! いたい!いたい!いたい!いたい!」
幾ら叫んでも声も出ません。涙も出ません。身体も動きません。
全身が切り刻まれる様に痛み、その痛みはどんどんひどくなっていきます。
痛みと恐怖の余り、ミスラはまた意識を失ってしまいました。
次にミスラが気がついたのは、少し薄暗い部屋の中でした。
さっきまでいた筈の白い部屋とは全く違って、部屋の中には余り物は無く、ちょっと変わった形の椅子とテーブルが置いてあるだけでした。
身体の痛みも全部消えていますし、今度はちゃんと身体が動きました。
部屋の中は良い匂いがして、ベッドのシーツからもそれとはまた別の良い匂いがします。
壁にも天井にも汚れ一つ無く、とても綺麗な部屋です。
でも、知らない所です。部屋の中には誰もいません。ひとりぼっちです。
お父さんもお母さんも、勿論アプラも、誰もいないのです。
ここはどこなのでしょうか?
身体が痛くなくなったのは良いのですが、誰もいなくて旧に心細くなってきました。
すると、ベッドの反対側にあるドアが開いて女の人が入ってきました。
女の人がランプを灯した訳でも無いのに、部屋が明るくなりました。
ちょっと変わった格好をしたその女の人は、ミスラの方を見て真っ直ぐベッドに近づいて来ます。
「*******?」
女の人が喋っている言葉が分かりません。
そしてよく見るとその女の人は、怒っている訳でも無さそうなのですが、どことなく怖い感じがします。
ミスラは思わずベッドの上で後ずさります。
「嫌、来ないで。」
「*******」
やっぱり分かりません。
女の人はもっと近づいて来て、今はベッドのすぐ傍に立っています。
ミスラはさらに後ずさりました。背中が部屋の隅の壁に当たりました。
「*******」
「嫌ぁ! もう痛いの嫌なの! 怖いの嫌なの! おうちに帰りたいの!」
怖いことや、痛いことばかり続いて、心細くて、そしてよく分からない言葉を喋る怖い女の人が近くに立っていて、ミスラはとうとう泣き出してしまいました。
お父さんに助けに来て欲しいのです。お母さんに抱っこしてもらって護って欲しいのです。
でも、ここにはお父さんもお母さんもいません。
誰かがベッドの上に上がってきて、ミスラの肩に手を掛けました。
また何かされるのかと思って、ミスラは思わず身体を固くします。
「怯えんで良いぞ。もう誰もお主の事を追い回したりせぬ。酷い事はせぬ。お主は助かったのじゃ。」
別の女の人の声が聞こえました。今度はミスラにも分かる言葉で喋ってくれました。でもそれはちょっと古めかしい言葉で、変な感じです。
振り向いてその女の人の方を見ると、まあ、なんと云うことでしょう。真っ黒な髪の毛に緑色の眼というとっても珍しい外見の、ミスラより少し大きいだけの女の子でした。
その女の子はニュクスという名前でした。とても整った顔立ちの、可愛い女の子です。
その女の子の余りに珍しい髪と眼の色に思わず見とれてしまい、ミスラは泣くことさえ忘れていました。
その女の子はにっこりと笑い、そしてミスラとお友達になってくれました。
こうして、おうちに帰れないミスラのだいぼうけんが始まったのです。
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