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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)
47. 確認作業
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ノバグは、俺達が仮にステーションXと名付けた、海賊達が拠点として使用しているサテライトのコンテナルームに、パワーを消費するコンテナが122個存在すると言っていた。
勿論、それら全てに幼女や少女が格納されている訳では無い。
絶対零度での保管が不可欠なヤバイ化学物質が入っていたり、コンテナ内部の環境を常に一定に保っていなければ劣化してしまう様なものが入っていたりすれば、その為にパワーを消費する。勿論、少年が入っていたりもする。そっちが趣味の奴も居るだろう。
当然、ノバグはすでに電子的に記録されている全てのコンテナの中身を知ってはいるのだが、違法な人身売買を行っている連中が中身を正確に表すタグを付けている訳など無い。
中身は人間の子供であっても、タグは販売用愛玩動物であったり、生鮮食料品であったりする訳だ。
結局、全ての怪しいコンテナを物理的に開けて、俺達が中身を目視で確認するのが一番確実、という話に落ち着いた。
ノバグが徹底的にコンテナのシステムをハッキングしても良いのだが、そうするとシステム情報を部分的にでも書き換えてしまう可能性があり、後に警察に引き渡した時に色々と面倒なことになりかねない。
勿論、警察が子供達の情報を解析する際に障害となり、最終的に子供達が家に帰る為の警察での解析作業を僅かでも邪魔するのも拙い、と判断した事にも依る。
俺達は広いコンテナルームの中をノバグが表示するマッピングに従って歩き回り、それらパワーを食っているコンテナを一つ一つ全て確認して回った。
それだけでは余りに暇なので、途中誰からという訳でも無く、エイフェとミスラの今後についての話題となり、コンテナのドアを開けては中を確認し、次のコンテナに向けて歩いて行く間中、彼女たちについて話をすることとなった。
「よっ、と。#59、当たりだ。中身は金髪で褐色の肌の少女。生命維持装置付き。ノバグ、頼む。」
俺は黒に近いダークグレイの全面塗装があちこち剥げかけている古びたコンテナのドアを開けた。
外側は古びた印象のコンテナだったが、中は綺麗に磨き上げられ、すでに見慣れ始めた生命維持装置がコンテナ内部を埋めているのが見える。
正面の透明なキャノピーの中には、ショートヘアに切った金髪をふわりと揺らせて、ミルクチョコレートの様な肌の色をした十才前後の少女が目を閉じている。
因みにこのコンテナの電子タグは「食肉(要加温)」だった。コンテナの表面には、「早さと安さで勝負、デポイネント食品流通組合」と目立つ黄色の文字がでかでかと書いてある。
デポイネント食品流通組合は実在の運送業者だが、まさか彼らが人身売買に手を染めているとは思えない。どこかでコンテナだけ盗られ、運悪く流用されたのだろう。
「承知致しました。#59コンテナ、該当マーク。金髪で褐色の肌の少女。マーク。次をお願い致します。」
ノバグの応答を待ってコンテナのドアを閉め、次のコンテナに向けて歩き始めた。
「で。結局どうする? 調べは付いているのか?」
俺達は意識が戻った後のエイフェの変える先について話していた。
犯罪奴隷となってしまったバディオイには、もちろん親権は無い。
ではもう一方の母親は、というと、バディオイが話した内容からの印象では、まるでエイフェとバディオイを捨てて何処かに出て行った様な印象がある。
その様な母親の元にエイフェを送り届けて、果たして彼女は幸せに暮らせるのか、という点が議論の的となっていた。
「調べは付いている。バディオイの妻、ハファルレアはデテソト星系の第四惑星ビロルナエの港湾管理局で地上勤務をしている。男が居るかどうかまでは分からない。ちなみにデテソトは、パイニエの地方星系だ。」
「さすが、と言うばかりだが、良く調べが付いたな。」
星系間でデータ通信を行うことは出来ない。
タイムラグの無い量子通信では、星系間は簡単なテキストメッセージ程度しかやりとり出来ない。データベースへのアクセスなどは全て規制されている。
それは、レジーナの様な宇宙船からの通信でも同じだ。
例外として、レジーナはシャルル造船所をアクセスポイントにしているので、地球圏のネットワークには量子通信でフル接続することが出来る。勿論これは、地球船籍の宇宙船にのみ許された接続であり、地球圏以外の星系のネットワークに同様に接続することは、レジーナには出来ない。
データ通信に解放されている電磁波通信では、星系間のやりとりに何百年、何千年という時間がかかり、現実的にこちらも不可能だ。
つまり、レジーナから地球圏ネットワーク以外に存在するデータを検索することは不可能なのだ。
地球圏ネットワークに、バディオイの妻の所在など記録されている訳が無い。
つまり、バディオイの妻の所在を知りたければ、バディオイ夫妻が住んでいたパイニエ星系のネットワークにデータ通信接続するか、そのビロルナイという名の惑星のネットワークに接続する必要がある。
勿論、地球船籍のレジーナからその様な接続は不可能だ。
しかし、ブラソンとノバグはそれをやってのけた訳だ。だから、バディオイの妻の所在を掴めている。
「この間パイニエに寄港した時、お前がスペゼにニュクスのナノマシンを大量にばら撒いたからな。」
成程。
南スペゼでダバノ・ビラソ商会ビルからデータを盗み出した時に、大量のナノマシンを地上に残してきた上に、ニュクスが機械達のプローブを地上に何機も降ろしていた。
多分それらの資材を使って、パイニエのネットワークにデータ通信可能な量子通信ユニットを地上に生成して隠してあるのだろう。
南スペゼでは、アデールが随分派手に市街戦をやらかして、あちこちを破壊しまくっていた。
遠距離通信を行うための量子通信ユニットは、それなりの大きさを持ち、それなりのパワーを食うものだが、破壊された建造物などの再建の時に紛れ込ませることは不可能では無いだろう。
「エイフェが目覚めたら、勿論彼女の意思を最初に確かめたい。彼女が母親と共に暮らす意思があるなら、一度ビロルナエに行ってハファルレアに会って話がしてみたい。」
確かに俺達は、バディオイが独白の様に語った文字通り一方的な情報しか確認していない。
バディオイが嘘を吐いたとは余り思えないが、一方的な思い込みで女房のことを悪者に仕立て上げてしまっている可能性も否定出来ない。
「諒解だ、と、言いたい所なんだがな。パイニエで俺達はお尋ね者になっていないか?」
南スペゼであれだけ派手に暴れて、さらにその上パイニエ大気圏上層部で一芝居打った上に、軍警察と港湾管理部の制止を振り切ってパイニヨ太陽系からとんずらしたのだ。指名手配になっていておかしくない。
さらにパイニエのヤクザ組織であるバペッソからは完全に目を付けられている。
ブラソンが言うには、バペッソと軍警察の上層部は癒着しているため、もし次にパイニエに行くことが万が一あったとして、軍警察の出頭命令に素直に従って出頭すれば、そのまま警察の裏口からバペッソの迎えがやって来て何処か誰も知らない所に連れ去られ、そのまま暗闇の中で始末されて二度と生きて戻ってくることは出来ないだろう、とのことだった。
パイニエは、星間国家パイニエの首都星だ。
首都星で大暴れしたお尋ね者に向けて、同じ星間国家に属するビロルナイが素直に上陸許可を出すとは到底思えなかった。
「そのことなのですが。パイニエ軍警察は、ペニャット港湾管理部から提出された、マサシに対する手配要求を棄却しています。現在、マサシに対する公式な手配は一切行われておりません。出頭命令も出されていない模様です。」
「なんだって?」
ノバグからの意外な情報に戸惑う。
個人所有の船からあれだけコケにされて、政府機関が黙って引き下がる訳が無い。再び顔を見せたなら、絶対に逃がさないと網を張って待っているのが、普通の政府機関の対応だ。
「バペッソか。」
バペッソが軍警察上部と繋がっているのなら、港湾管理部から申請された手配要求を軍警察が握り潰したのも納得出来る。
大量の兵隊を投入し、HASを何機も投入しておきながら、たった数人に引っかき回され、スペゼ市内の事務所を何箇所も潰され、挙げ句の果てに逃げられた。
ヤクザとしては面子丸潰れだ。
連中が今後もヤクザとしてやっていきたいのなら、俺達を絶対に捕まえようとするだろう。
軍警察にさえ邪魔させないということか。
軍警察や港湾管理部に出頭され、身柄を確保されて取り調べを受ける、例え最終的にその身柄がバペッソに引き渡されるとしても、その僅かな時間さえ許せないという意思の表れと見ることが出来る。
もしくは、出頭してきた俺達を横からかっさらうのでは無く、バペッソ自身の力で確保し始末した、という事実が欲しいのかも知れない。
多分後者だろう。
誰の手を借りることも無く、自分達だけで事の始末を終える。面子を保つには、それが必要だろう。
「はい。我々がパイニヨ太陽系を離れてすぐ、ペニャット港湾管理部から何通もの手配申請が軍警察に提出されています。軍警察はのらりくらりと受理を引き延ばした挙げ句、対応の遅さに対して猛烈な抗議を行った港湾管理部に上から圧力を掛けて黙らせたようです。」
確かに、バペッソには多くの人的、物的被害が出ているのに対して、パイニエ軍警察には殆ど被害は出ていないはずだ。
軍が投入してきた十二機のHASも、アデールは跳び蹴りを食らわして撃退しただけで、破壊した訳では無い。
俺達にコケにされた軍警察も面子丸潰れだが、バペッソの様に大きな被害を出した訳では無いので、そこは一歩バペッソに譲っている、という所か。
「しかし、良くそんな情報手に入ったな。」
いつもながら、ノバグとブラソンのコンビのやることには、驚きを通り越してほぼ呆れてしまう。
数千光年離れた太陽系の、政府の重要組織である軍の内部情報をいとも簡単に覗き見てくる。
ネットワークやシステムといったものに疎い俺には、何をどうやっているのか想像することさえ出来ない。
「そこはほれ、勝手知ったる何とか、という奴だ。付き合いの長い連中だからな。手口も、システム構造も良く知っている。」
ブラソンが笑いながら応えた。
「では、ビロルナエに寄港することは可能な訳だ。警察よりも、ヤクザに気を付けなければならなさそうだ。バペッソと協力関係にある組織、バペッソに恩を売りたい奴ら、バペッソに嫌がらせをしたい連中。全てが俺達を狙ってくるだろう。」
コンテナのドアを閉めながら言う。このコンテナは外れだった。中身は電子タグと一致しており、本当に加温が必要な液体化学物質だったようだ。
「しかしブラソン、一つ問題がある。俺たちはエイフェが母親と暮らしたいと言う事を前提に考えているが、もし嫌だと言ったらどうする? エイフェが母親と一緒に居たいと言ったとしても、母親の方が拒否したら? どちらの場合も、無理に母親と一緒に暮らして、彼女が幸せになるとは思えない。」
バディオイによると、彼ら父子を捨てて出て行った女ということになっている。もし本当にそうならば、エイフェが拒否する可能性も、母親のハファルレアという女が拒否する可能性も、相当に高いだろう。
「分かっている。その場合はお手上げだ。イベジュラハイに頼るか、それともか・・・」
ブラソンは言葉を濁したが、その先は聞かなくても分かる。
俺も人の事を言えた義理ではないが、ブラソンも大概にお人好しだ。自分が養女にするなどと言い出すに決まっていた。
いずれにしても、エイフェが意識を取り戻すまでこのステーション近傍に滞在することになっている。
そして、エイフェの答えを聞き、それから母親であるハファルレアに会うためにビロルナエという名の惑星に向かう。
そのビロルナエという惑星では、レジーナが到着したと同時に色々な意味でバペッソと関係のある組織や個人が動き出し、俺たちの命を狙ってくるだろう。
そもそも、エイフェが母親と暮らしたいと言うか、母親が娘と暮らしたいと言うか、それさえも分かってはいなかった。
程なく俺たちはコンテナの確認作業を終えた。
122個のコンテナをチェックし、83人もの囚われた子供たちを発見した。
中には二十歳手前くらいの年齢に見える少年や少女も含まれてはいたが、ほとんどは十歳に達するかどうかという外見の子供たちだった。
もちろん、レジーナに八十余りものコンテナを収容する能力はない。
この子供たちの身柄をどうするのかも、また別の問題だった。
数万光年という距離を踏破して、追い求めたエイフェの身柄を無事確保したのは良いが、俺たちの前にはまだ問題が山積みだった。
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