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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)
45. サテライト第四階層
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俺とアデールは、ブラソンを伴い、コントロールルームから少し離れた所にあるリフトに向かった。
一方、ルナとニュクスは、表層からかなり深い階層までを貫通しているというコンテナルームに向かって闇の中に消えていった。
コンテナルームとは言っても、その大きさは、幅、深さ共に数kmにもなる。勿論その全てを海賊達が使っていた訳では無く、表層のごく一部を使っていただけの様だ。
中にはいくつもの隔壁が有り実際には不可能らしいのだが、大きさだけを論じるのであれば、そのコンテナルームにはレジーナを丸ごと数隻格納することさえ可能な大きさの様だった。
そもそもが、コンテナルームは他にも沢山あり、ルナとニュクスが向かったものは比較的小ぶりのものなのだそうだ。
テラフォーミングサテライトというものに立ち入ったのは勿論今回が初めてなのだが、惑星一つをまるまる改造してしまおうという人工衛星なのだ。格納している資材の量も、それを格納する場所も、それは破格の量であろうという事は想像できる。
このサテライトにはそれだけ巨大なコンテナスペースが存在するものの、海賊達が使っていたのは数層、ごく一部であるようだった。
それは当然だろう、と思う。
海賊が本拠地として使っていたサテライトに山の様な量のコンテナが有り、直径250kmもある様なサテライトがそれらコンテナで一杯になっている様であれば、海賊というボロすぎる商売に転向する人間が後を絶たないだろうし、俺達地道に稼いでいる運送業に従事する者達にしてみれば、悲しさの余り世を儚んで自殺者が出てもおかしくない程の衝撃の事実だ。
海賊はリスクの割に儲からない。
その通説と事実があるので、世に溢れる無法者達は海賊として旗揚げすることを諦めているのであり、そうで無ければ銀河中海賊だらけになってしまうだろう。
傭兵艦隊を率いて、命と金を賭して強大な正規軍の艦隊に立ち向かうよりも、武装さえまともに持っていないお宝満載の貨物船団を襲う方が楽に決まっている。
ただ、公式に宣言された戦域に行けばいくらでも敵艦隊に出会うことが出来るのに対して、航路を極力秘密にしようとする貨物船団に出会う確率はこの広い宇宙の中で絶望的に低いことが、実際の儲けの差を生み出しており、そしてそれが無頼漢達をして海賊に転向することを諦めさせている最大の理由だ。
ただ勿論、割に合わない儲からない商売ではあっても、例えばジャキョセクションの様に、非合法な商品を取引する為に海賊の振りをした組織が必要になったりもするのだろう。
その様な非合法な商品を取り扱う為というのが、この割に合わない商売の存在する大きな理由の一つなのかも知れない、などと思ったりもする。
俺達が探し求めている生体保管用のコンテナ、つまりミスラが捕らえられていたと同様のコンテナは勿論、海賊が使用していた僅かなスペースの中に含まれているものと考えられる。
それが幾つあるのか分からない。そこにバディオイの娘、エイフェが本当に居るのかどうかもまだ分からない。
もしかしたら、とうの昔に買い手が付き、とっくに出荷された後なのかも知れない。
その場合ブラソンは、エイフェをどこまで追いかけるつもりだろうか。
そもそもブラソンは、会った事も無いエイフェを見つけることが出来るのだろうか。
悲しみに暮れる親友を助けてやりたいという仲間の願いを叶えることだけを考えてここまで突き進んできたが、エイフェがまだ生きているという確証さえも無くここまでやってきたのだ。
無鉄砲で後先考えずに行動するのはガキの頃から変わらない。
しかし「あの時動いておけば良かった」等と後になって自責の念に囚われるくらいならば、無鉄砲でも動いた結果で痛い目を見る方がまだましだといつも思ってきた。
いかん。
敵も出てこない中を黙って歩いていると碌な考えが浮かばない。
「後方、問題無い。」
俺達の組んでいる隊列は、先頭がアデール、そのすぐ後ろにブラソン、数m離れて俺、の順番だった。
第一階層でステルスのLASに襲われてルナが対応した時の事があるので、俺は常に後ろを警戒していなければならない。
一応、俺の後ろにプローブが一機浮いており、全周警戒を行っては居るのだが、だからといって安心できるものでも無い。
レジーナの報告では、IDが確認出来る稼働可能なHASもLASももう無いとのことだったが、警戒しなければならないのは、人もスーツもIDが認識できないステルス状態の敵だ。
「意外だったな。特殊な個人技は、あんたの方が得意なものだと思っていたよ。」
と、ブラソンがアデールに向けて俺が思っていたと同じ質問を口にした。
ありがたい。
集中力が散漫になるので、俺が積極的に喋る気にはならないが、誰かが何かを喋ってくれている方が気が紛れる。
「私が情報部員だからか? まあ、そう思うだろうが。
「前にも言ったが、お前達が想像している情報部員というのは、映画や小説の中の特殊な例だ。全く無いとは言わないが、あんなニンジャかレンジャーかみたいなのは現実にはそうそうあり得んよ。」
先頭を歩くアデールが後ろを振り返ることも無く返事をする。
勿論、光学迷彩もセンサーリダクションも動作しているので、現実にはアデールもブラソンもその姿を見ることは出来ない。
しかし、仲間がどこに居るのかは表示されるマーカータグを見て分かるとしても、どちらを向いているのか、何をしているのかが全く分からないのは余りに不便だ。
なので、しばらく前からノバグが気を利かせて、仲間達の半透明の姿が見える様にAAR画像を重ねてくれていた。
「しかし俺達一般人よりは上手いだろう。ルナはまだ生まれて一年にも満たない生義体だ。軍人でさえ無い。ルナの方が上手いというのは、意外だな。」
「修行」というよく分からないキーワードを連呼し、どうやら仮想空間を中心に船の兵装や白兵戦用銃器を含めてあらゆる戦闘訓練を行い、時には貨物室でニュクスを相手に現実の格闘戦訓練も行って居るらしいルナの戦闘能力の向上は目覚ましいものがある。
しかし、ブラソンが言った通り、所詮は民間人だ。
その道のプロであるアデールに敵うとはとても思えないが。
「二つある。まず一つは、格闘戦能力だ。
「ルナと私を較べれば、私の方が強いだろう。それは銃器を用いた白兵戦でも同じだ。数ある武装の中から最適なものを瞬時に選んで攻撃に移るのは、ルナにはまだ厳しい様だ。だから反射的な動きだけで対処できる格闘戦の方が良いと判断した。幸い相手は地球人では無い。反応速度だけで勝てるだろう。
「もう一つは、奇天烈なあの格好だ。ルナにしてもニュクスにしても、あの格好でいきなり前に立たれると、大概の人間は一瞬動きが止まる。まさか戦いの場にゴスロリ服やメイド服で出てくる変な奴がいるとは誰も思わない。ああいう服装を知らない銀河種族ならなおさらだ。度肝を抜かれ、一瞬動きが固まってしまえば、あとは奴らの独壇場だ。この一瞬は、銀河種族達の反応速度の遅さと合わせて、致命的な一瞬になる。もっともそんなトリックは、感情の動きさえ無くしたプロフェッショナルには通用しないだろうが、そんな凄腕が海賊をやっているとは考えられないからな。」
二番目の理由は、少々眉唾なところもありそうだが、しかし翻ってもし戦闘中に自分の前にあの格好の女がいきなり姿を現せば、確かに一瞬呆気にとられて動きが固まってしまうだろう。
冗談の様な話だが、自分の身に置き換えて考えれば、妙に納得できる理由ではあった。
真面目な様な、半ば冗談の様な話をしている内にリフトに着いた。
アデールがリフト脇の壁に貼り付く。ブラソンはその後ろ。
俺はアデールの反対側の壁に貼り付き、引き続き後方を警戒する。
「ここで待て。」
そう言って、アデールがリフトの縦シャフトの中に身を躍らせる。
銃撃戦の音が聞こえる訳でも無く、しばらくして下から声がかかった。
まずブラソンがシャフトに入り、ブラソンが下に着いたのを確認してから俺もリフトに入る。
リフトは良くある重力式のリフトで、下の第四階層近くで入口の方に身を動かせば自動的に降下速度が落ち、第四階層の出口の床にふわりと着地した。
出口の脇にアデールが立っており、そのすぐ隣にブラソンが居る。
「こっちだな。」
俺が第四階層に到着したのを確認した後、ノバグから提供されるマップに従ってアデールが歩き始めた。
俺達も元の隊列を取り、またアデールの後ろを付いて歩く。
「さっきの話だが。あんたは白兵戦と格闘戦のどっちが得意なんだ?」
ブラソンがまた話を始める。
ブラソンにしても、いつどこから襲われるか知れないいつまでも続く緊張感に落ち着かない思いをしているのだろう。気を紛らわせる為に喋っているに違いない。
文句も言わずにそれに答えているアデールは、さすがその道のプロの余裕というものだろうか。
シャルルの造船所の食堂で話をして以来、人が変わった様にアデールの性格が話をしやすい真人間になったのは間違いなかった。
確かに人が変わったのだろう。人格を入れ替えた、という意味で。
「私は格闘戦の方が得意だな。殆どショートソードの長さのナイフが一番の好みだ。ルナのスタイルに似ている。というよりも、ナイフを使った格闘戦をルナに教えたのは私だが。」
ルナはいったいどこを目指して進んでいるのだろう。
船内においては、完璧なオシゴトをこなすメイドを目指し、今の様な状況においては真っ黒なメイド服を着た暗殺者(アサシン)を目指している様に見える。
そう言えばしばらく前に、ルナについてレジーナから相談を受けたことがある。
レジーナと分離した後、船内もしくはクルーの中での自分の存在意義について悩んでいるとのことだった。
相談は受けたが、ルナ本人からでは無かったことと、ルナは究極的な論理思考を持ったAIであり、ヒトの子供が人生に悩んでいるのとは訳が違うので、俺は余計な口を出さずに彼女が自分なりの答えを出すのを待った。
青年期のヒトと同じで、そうやって自分の生き方に悩むこともまた、生義体を得た一人のAI人格として成長に必要なことだと思ったからだ。
横から口を出すのは、本人が自分なりの答えにどうしても辿り着けなくて困ってからで良い。
ルナがやたらと「修行」という言葉を使い始めたのは、それから少し経ってからだった様に思う。
多分、ルナは自分の立ち位置を見つけ、その理想とするところに向けて「修行」を続けているのだろう。
多分それば、船内においても、船の外においても、船そのものであるレジーナを含めた皆をあらゆる意味で影ながら守ることなのだろうと思った。
俺が一人で色々と考えを巡らせている間もブラソンとアデールの会話は続き、そしてしばらくしてコンテナコントロールルームに接近した。
その間、結局海賊の残党による襲撃は一度も発生しなかった。
「コントロールルーム内には、現時点で検知されている海賊の残党十五人全てのIDが存在します。モニタカメラで確認出来る限りでは、スーツを着ている者は居りません。また、抵抗の意思がある様には見えません。」
海賊ともあろう者が随分あっさりと諦めたようにも感じられるが、拠点をこれだけほぼ完全に占拠され、稼働可能であるスーツも全て破壊された現在、抵抗したくともする手段が無いというのが彼らの現実だろう。
地球人ならそれでも諦めず、配管のパイプでも振りかざして襲ってくるのかも知れないが、銀河種族でそこまでやる気骨のある奴はなかなか居ない。
「どうする? 話し合いに応じる者もいるかも知れないぞ?」
アデールがこちらを振り返り問いかけてくる。
「止めておこう。俺達は少人数過ぎる。後々隙を見て反撃されたら面倒だ。押さえきれない。全員無力化してさっさとどこかに放り込んでしまおう。」
「OK。同意する。ノバグ、コンテナコントロールルームのドアロック解除。私が合図したら、一秒だけドアを開けてくれ。
「ルナ、ニュクス、そちらはどうだ?」
「ルナ、問題有りません。敵の襲撃らしき襲撃はありません。あと数百mでコントロールに着きます。」
「ニュクス、問題無しじゃ。暇じゃ。」
どうやら、コンテナルームに潜んでゲリラ戦を仕掛けようと云う海賊は居なかったようだった。
「OK。今からこちらのチームでコンテナコントロールルームを制圧する。間違ってドアを開けるなよ。」
「ルナ、諒解です。」
「ニュクス、諒解じゃ。」
そしてアデールは、俺とブラソンにその場にいるように手でサインを出し、一人だけコンテナコントロールルームに近付いていった。
「ノバグ、コンテナコントロールルームの扉を一秒だけ開けてくれ。」
「諒解致しました。」
ノバグの声と共に、扉が開く。
そこにアデールがガスグレネードを二つ投げ込む。
扉はすぐに閉まった。
「ノバグ、ドアロック。室内から誰も出さないでくれ。」
「諒解致しました。コンテナコントロールルーム内のエアコンディショナーを停止いたしました。」
「ありがとう。気が利くな。」
たっぷり十秒ほど経ってからアデールが立ち上がった。
「マサシ、引き続き後方警戒を頼む。部屋に入るぞ。ノバグ、エアコン再稼働開始。ドアを開けてくれ。」
コントロールルームのドアが開いた。
部屋の中には動く者は居なかった。
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