夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)

25. ニョルドッカ

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■ 4.25.1あ
 
 
 いかにもそっち方面のガラの悪い男達は、店の窓を通して確認出来る限り、十一人集まったところで行動を開始した。
 ルナの位置からは、壁の陰になって男達の全部は見えていないはずだが、レジーナからの情報と窓から見えるだけの情報で十分状況は把握出来ているようだった。
 俺は男達に興味の無い振りを装うと、親父が持ってきたニョルドッカなる食い物をスプーンと同じ形をした食器で掬って食べた。
 
 旨い。
 酸味と甘みが適当に合わさって、そして少し香辛料の香りが付いている。印象としてはカポナータにどこか似ている。
 入っている肉はどうやら合成蛋白の様だが、しっかりとした味が付いていてまるで本物の肉の様だ。野菜はこのステーション内にプラントでもあるのだろうか、新鮮な生の野菜が使われている様だった。
 地球圏外で美味いと思える食い物にはなかなかありつけないものだが、このニョルドッカは珍しく美味いと思える料理だった。親父の仕事に感謝、と言ったところだ。
 バムーという飲み物も悪くない。ほうじ茶に少し似た風味だが、かなり強い甘みが付いている。色と言い味と言い、まさにほうじ茶だった。
 出されたバムーは熱くも無く、冷やしてもいない常温のものだったが、これは少し冷やして飲んだ方がもっと美味いだろう。
 
 ニョルドッカの皿を半分程平らげたところで、俺達の座るテーブルの脇に男達が立った。
 今初めて気付いたかの様に顔を上げる。同時に人数を確認する。
 テーブルの脇に五人。店内の入口付近に二人。店の外の入口から窓にかけて四人。
 絶対に逃がさない、という布陣だろう。
 全員、普通の服を着ている。LAS(軽装甲スーツ)は着用していない様だ。
 軽装甲とはいえ、LASはそれなりにかさばる。LASの上から服を着ることはできない。
 その点、AEXSSは上に服を着て誤魔化せる所が優秀だ。さすが、スパイ用装備と言ったところか。
 
 問題は、この男達が何者で、何を目的にして近づいて来たのか、という事だ。
 ただ単に、女連れで歩いているよそ者を見つけたので脅しに来た、もしくは金品を強請りに来たただの街のチンピラ。
 貨物船の乗組員を見つけたので、少々手荒く接触しに来た海賊の手先。
 最悪なのは、バペッソの息のかかった連中が本部からの連絡でレジーナを待ち伏せていた場合。
 いや、もっと最悪なのは、ジャキョセクションはバペッソと友好的な関係にあり、バペッソが緊急手配したレジーナと俺達がのこのこやってきたところを押さえに来た場合だ。
 いずれにしても、今から繰り広げられる親密なコミュニケーションの中で何らかの情報は得られるだろう。
 
『ノバグR。少し手が割けるか? この男達、どこかからモニタされているか?』
 
 ノバグRからはすぐに応答があった。
 
『少々お待ち下さい。ノバグR068をそちらに付けます。』
 
『ノバグR068です。至近アクセスポイントのログを解析中。解析完了。追跡中。特定しました。ジャキョシティ第12区C488番地から監視されています。』
 
 やはりそうか。
 俺とルナの外見情報に関しては、追跡され始めた時点で向こうにバレているので、もう今更だろう。
 ただ、ここから後に発生するであろう少々荒っぽいコミュニケーションについては知られたくは無い。特に、AEXSS関連情報を映像で残されるのは避けたい。
 
『ノバグR。この後多分乱闘になる。乱闘に突入した時点で、こいつらの監視情報をブラックアウトで置き換えられるか?』
 
 ブラックアウト。つまり気絶した状態だ。監視がハッキングされたことはバレバレになるが、記録が残るより随分マシだ。ノバグなら特定されることも無いだろう。
 
『承知しました。乱闘突入時から、襲撃者全員のモニタ情報をブラックアウトします。』
 
『頼んだ。』
 
 現実世界では、俺の横に立ったリーダー格らしいチンピラが、俺のバムーのコップを取り上げ、その中身をニョルドッカの皿の中に注ぎ込んだ。
 この手の連中のこの辺りの絡み方は、全銀河共通と言ったところだ。
 せっかく美味い食い物にありついたのだが、全くもってもったいない話だ。
 もしかしたら、美味い食い物と美味い飲み物を混ぜたらもっと美味いかも知れない。
 試しに食ってみたが、ニョルドッカは薄まった味になってしまっており、やはり不味かった。
 
「よぉ、色男の兄さんよぉ。ちぃっとツラ貸しな。俺らのボスがお呼びだ。」
 
 リーダー格がニヤニヤと笑いながら、俺を見下ろして言う。
 さて。
 いくらAEXSSを着ているとは言え、ヤクザの事務所に連れて行かれたのでは少々不安がある。出来ればここである程度情報を引き出したいのだが。
 いずれにしても、連中が俺達を事務所に連行しようとした時点で、金品狙いの恐喝の線は消えた。
 LASも着ていない様なチンピラを送り込んでくると云う事は、こちらが地球人とバレていないのか、それとも人数を揃えれば何とかなると思ったのか。
 
「味が薄まってしまったな。」
 
 そう言って俺はスプーンをニョルドッカの皿の中に置いた。
 
「あ゛ぁ? なんだって?」
 
 情報収集行動開始だ。
 
「食べ物を粗末にしてはいけませんと、ママに教わらなかったか?」
 
 孤児だったらしょうが無いがな。
 
「うるせえ。ゴタゴタ抜かさず着いて来やがれ。」
 
 そう言ってリーダー格は俺の頭に手を伸ばし、髪の毛を鷲掴みにして俺の頭を揺すった。
 
『襲撃者モニタ情報をブラックアウトで置換開始しました。』
 
 ノバグRの声が頭に響いた。
 視野の端で、何か動いた気がした。
 
「痛ってええ!」
 
 見ると、ルナの腕がチンピラリーダーの腕に触っている。チンピラリーダーはそのルナの手を触ろうとしている。
 違うな。
 よく見ると、チンピラリーダーの二の腕にルナが右手に握っているスプーンの柄が深々と突き刺さっており、リーダーはそれを払おうとしていた。
 ・・・スプーンって、刺さるものだったか?
 
「このクソッタレ!」
 
 左腕に刺さったスプーンを取ろうと伸ばした右腕だったが、気が変わってルナを殴ることにした様だった。
 ルナは上半身を軽く動かしてリーダーのパンチを避けた。
 同時にパキリという音がした。
 ルナの手には柄の折れたスプーンの半分が残っている。
 
「ガッ!!」
 
 もちろん、折れた柄の先端はリーダーの腕の中に残っている。
 リーダーは右手で左の二の腕を押さえている。
 中に柄が残っているので、動かす度に激痛が走るはずだ。
 こいつ結構えげつないことをする。
 
「てめえ!」
 
 テーブル脇にいる残り四人が怒鳴り声を上げて動く。
 ルナの身体が少し動いたと思えば、チンピラの一人が突然倒れる。
 椅子に座ったまま右足だけを動かして低い足払いを放ったルナは、やはり椅子に座ったまま右手で倒れるチンピラ2号の首筋に手刀を放ち、床に叩き伏せた。
 妙な声を上げて床に這いつくばったチンピラ2号の身体は動かなくなる。
 
「峰打ちです。」
 
「ねえよ。」
 
「一度言ってみたかったのです。」
 
 殺してはいない、と言いたいらしい。
 別のチンピラがルナに殴りかかる。
 ルナはその殴りかかった拳を右手で掴み、止める。
 しかしルナは何でこんなに敵の捌き方が上手いんだ?
 
「あ゛っ!がっ、ぐあ!」
 
 チンピラ3号はルナに掴まれた拳を引き抜こうとしているが、AEXSSのパワーで掴まれた拳はがっちりと固定され、微動だにしない。
 そのままルナが手に力を入れると、チンピラ3号の拳からパキポキという音がする。
 
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
 
 チンピラ3号が絶叫する。
 パワードスーツの力で生身の拳を握られれば、当然そうなるだろう。
 
「てめえら、ナメやがって!」
 
 ドアの近くにいた二人が陳腐に一声吠え、ルナに駆け寄る。
 同時に、テーブル脇のもう一人がルナに殴りかかろうとする。
 さすがに挟撃されるのは宜しくないか。
 俺は席を立って、チンピラリーダーを押しのけ、今にもルナに殴りかかろうとした男の振りかぶった右手を掴む。
 左手でチンピラリーダーに裏拳を食らわせて吹っ飛ばし、右手でもう一人を引き寄せながらこちらに向かせる。
 右手を離し、そのまま突き出して額を軽く打ち抜く。
 チンピラ4号は一撃で昏倒した。
 もう一人残っている方に向き直ると、まさに俺に向かって殴りかかろうとしたところだった。
 殴りかかる手を左手で払い、左足で足払いを掛ける。
 さらに追い打ちで、右手で後頭部をはたく。
 チンピラ5号の身体が風車の様に回転する。
 鈍い音がして、チンピラ5号は顔面から勢いよく床に突っ込み、動かなくなった。
 ここまで店内備品の被害はゼロだ。
 一応気にして戦っているのだ。
 あ、スプーンが折れていたか。
 
 見やると、ルナは既にドアの所にいた二人の内の一人を片付け終わっており、まさに今両手で襟を掴んだチンピラ7号の腹に膝蹴りを打ち込んだところだった。
 うめき声を上げて7号も床に沈んだ。
 
 二人でドアを開けて店の外に出る。
 右側から金属製のパイプを持った8号が打ちかかってくる。
 右手を挙げて肘でパイプを止める。
 ルナがパイプを掴み、引き寄せながら腹に前蹴りを入れる。
 二つに折れて地面に落ちる8号から、ルナがパイプを奪う。
 左から俺に殴りかかってくる9号の腹に、ローアングルから遠慮無しの左エルボーを打ち込むと、9号も二つに折れて飛んでいき、建物の壁にぶつかって止まって動かなくなった。
 手にした金属パイプでルナが10号を袈裟掛けに殴って叩き伏せ、半ば戦意を喪失していた11号の襟を俺が掴んで持ち上げ、通りの反対側の壁に放り投げて叩き付ける。
 辺りを見回したが、他に動くものは無かった。
 
 もう一度扉を開けて店内に入る。ルナはガラガラとパイプを引きずりながら俺の後を付いてくる。
 族の喧嘩じゃないんだから、そんな柄の悪いことをするな。
 
 意識のあるチンピラリーダーと3号の前に二人で立つ。
 ルナがパイプでチンピラリーダーの左肩を小突く。リーダーは顔をしかめ、うめき声を上げる。
 お前、結構酷い奴だな。そっちはスプーンの柄が刺さっている方の腕だろう。
 まあいい。
 
「さて。一気に立場逆転と言ったところだが。お前がどこの誰で、何の目的のために俺達を襲ったのか、教えてもらおうか。」
 
 床にへたり込んでいる二人を見下ろして言い放つ。
 二人ともうつむいたまま、うめき声を上げるだけで何も言わない。
 焦れたのか、ルナがパイプでリーダーの二の腕を殴る。もちろん、柄が刺さっている場所だ。
 リーダーは叫び声を上げて床をのたうち回っている。
 こいつ結構怖い性格しているぞ。
 
「早めに喋った方が良いと思うぞ。この娘が何をやろうが、俺は止めないからな。」
 
 それでもチンピラ達はダンマリを決め込んだままだった。
 右手の拳を左手で支えるチンピラ3号の顔面をルナがつま先で蹴り飛ばした。
 3号の意識は蹴られた瞬間に飛んだらしく、のけぞった後頭部が嫌な音を立てて床に叩き付けられ、3号の身体は床の上に延びて痙攣している。
 ルナはもちろん相変わらずの無表情だ。余計恐ろしい。
 
「ルナ。こいつ外に連れて行こう。店の床を血で汚して迷惑掛けるのは申し訳ない。内蔵の匂いはこびりつくとなかなか取れないからな。」
 
 チンピラリーダーは俺の台詞を聞いてピクリと身体を動かした。こちらを見上げて不安気にキョロキョロと眼を動かしている。
 最初の威勢の良さに較べて随分見劣りする情けなさだが、だいたいこんなものだ。
 地球のヤクザやマフィアが根性が入り過ぎているのだ。
 
 ルナが無表情にチンピラリーダーに近づき、襟首を掴んで引きずり起こす。
 俺は左脇のショルダーホルスタから高振動ナイフを引き抜く。刃渡り30cm以上あるダガーナイフだ。ナイフと言うよりも、そろそろショートソードの範疇に入ろうかという長く分厚い刃を持つ。
 
「ど、どうする気だ。」
 
 リーダーが、先ほどまでとはうって変わって情けない声を上げる。
 いくら何でもヘタレすぎないか、お前? 仮にもそっちの方面の職業だろう。地球なら高校生でももう少し気合い入ってるぞ。
 
「決まってる。喋る気になるまで解体ショーだ。安心しろ。命に関わらない指先とかから始めてやる。人間そう簡単には死なないもんだ。」
 
「やめろ、やめてくれ。」
 
「だから喋る気になるまで止めないと言っているだろう。何、指の先から1cm刻みで削っていくから大分時間はある。手足が全部無くなっても、案外人間は生きているもんだ。その気になれないなら、ゆっくり悩んでから結論を出してくれりゃあ良い。ああ、喋る気になるなら内蔵に到達するより前にしてくれよ。内蔵を削り始めると結構簡単に死んでしまうからな。」
 
「止めてくれ! 頼む!」
 
「じゃあ喋れ。」
 
「う。」
 
 変なところで強情な奴だ。ヘタレならヘタレらしく、さっさと喋ってしまえば良いものを。
 まあ本当のところは、事務所からモニタされているので、何か喋ったら後で消されるのが怖いのだろうが。
 
「通りの向こう側にしよう。店の前を血の海にされても迷惑だろう。」
 
 ルナに引きずられるチンピラリーダーの脇を歩きながら、これ見よがしにナイフを見せつける。
 刃の長さと分厚さもさることながら、サンドブラスト処理された表面が鈍くぎらりと輝く姿がなかなか美しくて、このナイフのことは結構気に入っている。
 
「この辺りで良いだろう。」
 
 ルナは、襟を掴んで後ろ向きに乱暴に引きずってきたチンピラリーダーの身体を乱暴に路上に放り出した。
 そして胸元をパイプで小突いてリーダーの身体を倒し、左手首を踏みつけた。
 
「止めてくれ! ヤメロ!」
 
 リーダーは必死でもがくが、ルナに踏みつけられた手首を動かすことは出来ない。
 胸元に金属パイプを押しつけられ、身体を起こすことも出来ない様だ。
 幾ら負傷した上に不利な体勢で押さえつけられていると言っても、本来小柄なルナの体重くらいこの男は簡単に持ち上げてしまうだろう。
 多分、ルナはジェネレータを使って体重を増加している。
 しかしそれは、不用意に発言すると命に関わりそうな話題だ。
 特に先ほどからのルナの暴行を見ていると。
 正確に事態を把握しておく必要がある。もしくは、完全に無視して話題に触れないか。
 触れない方を選ぼう。
 
「さて。どの指が良い? そうだな、親指から行こうか。」
 
「止めろ! 頼む!」
 
 絶叫に近いリーダーの叫びを無視して、ナイフを手のすぐ脇の路面に突き刺す。
 硬化発泡セラミックの路面など、高振動ナイフにかかればパンケーキみたいなものだ。
 
「さて、ここでお得な情報を教えてやろう。お前達に付いている監視の眼は既に切ってある。今、お前は誰にも監視されていない。12区C488番地という住所はどこだ? ボスの事務所か? それともネットワーク部隊の事務所か?」
 
「え? 切った? そ、それはボスの事務所だ。」
 
「そうか。良かったな。お前が俺の髪の毛を掴んだとこから後は、全員の信号を遮断している。今も遮断中だ。と言うことで、喋っても大丈夫だぞ。誰も見ていない。それとも本当に身体を刻むか? 住所は分かったんだ。手間はかかるが、調べはつく。だが、お前が喋ってくれる方がこっちとしても手間がかからない。」
 
「わ、分かった。喋る。喋るから、姐さん足をどけてくれないか。重くてかなわねえ。」
 
 あ、余計な事を言いやがったこいつ。
 
 案の定、チンピラリーダーはルナにボコボコに蹴り飛ばされていた。
 
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