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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)
3. 未確認軽巡艦隊
しおりを挟む■ 4.3.1
軍事用艦艇の中で、艦隊を組む「艦(ふね」として認識されているものの中で最小のものは駆逐艦となる。一部、移動砲台やミサイル艇の様なさらに小型の船舶もあるにはあるが、これらは自立ジャンプ能力を持って居らず、従って艦隊行動が取れないために「艦」には分類されない。
一方、ジャンプなどの長距離航行能力は無くとも、重量当たりの火力に特化した小型船舶の分類がある。この種類の小型船舶は、大概もう一つ特技を持っており、そのもう一つの特技を組み合わせる事で大火力を生かしている。
連続砲撃能力を持つものは「移動砲台」であり、多種のミサイルを大量に搭載して大集団で飽和攻撃を掛けるのが「ミサイル艇」であり、強固なシールド能力を持つものが「防衛砲台」であり、そして高い機動力を持ったものを「戦闘機」と呼ぶ。
戦闘機に長い戦闘継続能力は無い。純粋な戦闘時間として考えれば、長くても数分、準光速戦闘機などは僅か数秒ぶんの戦闘継続能力しか持たない。それで十分だからだ。
なぜならば戦闘機は、母艦の周囲に展開して一時的に母艦の攻撃力を数倍から数十倍にも引き上げ、母艦と同時に攻撃を行ってその強大な攻撃力を一度に敵艦に叩き付ける、という用兵を取るためだ。
機体の小さな戦闘機に何度も反復攻撃するだけの武装を搭載する事は出来ないので、必然的に一撃離脱戦法を採る事になる。ただ一度の攻撃に持てる全てを注ぎ込むやり方が戦闘機とその母艦の用兵となる。
反復攻撃が必要であれば、戦闘機母艦を使用するよりも駆逐艦隊を用いるのが普通だ。
相対速度が数万km/secにも達する宇宙空間での戦闘は、同航戦でも無ければまるで長槍を構えた騎士の突撃のように、すれ違いの僅か一瞬で勝負が決まる。
反復攻撃をしようとするならば、すれ違いの後一瞬のうちに数十万から数百万km離れてしまった敵の動きを読みながら、再度延々と加速する必要があり、そして再び進路が交錯したとしても攻撃できるのはやはりまた一瞬の事でしかない。
時間ばかりかかり、燃料消費がやたらと大きなこの戦闘方法は最近の流行ではなく、大艦隊が正面を向き合い、遠距離から大口径砲を撃ち合う艦隊戦が最近の主流となっているようだ。
そのようなスタイルの艦隊戦の中では、戦闘機を展開しきるまで高機動の出来ない戦闘機母艦はただの的でしかなくなり、また戦闘継続能力が著しく低くただ一度の肉薄攻撃しか出来ない戦闘機群は、被撃墜率が高い上に攻撃後の回収が面倒なだけの無用の長物と成り下がった。
そうなると、特に現在主流の遠距離艦砲戦では、戦闘機を搭載するくらいならば同体積のミサイルを搭載している方がまし、という事になる。
そうなると戦闘機の用途は非常に限られたものになり、何らかの都合があって小型の戦闘機以外では達成できない任務や、あとは軍事拠点近傍の防空迎撃用程度となる。いわゆる迎撃戦闘機、局地戦闘機という奴だ。
というような訳で、汎銀河戦争に関しては大艦巨砲主義がまかり通っている。
水上艦艇と航空機であれば、より速度が速く運動性も良く、長距離弾薬投射能力がある航空機が有利となる為、巨大な戦艦はやがて廃れ、航空母艦とその擁する航空機群が水上戦力の主力となった。
しかしそれは、艦艇が水上を航行し、航空機が空中を航行するという条件の下にのみ成り立つ。
宇宙空間では、そもそも艦艇と戦闘機の間に境界など無く、戦闘機は小型の艦艇に分類され、戦艦は大型艦に分類されているだけで、いずれも宇宙船という同じ種類の乗り物なのだ。
そうなると、より大きな推進力、高い攻撃能力と防御力、長い連続航行能力の全てを兼ね備える戦艦が、戦闘機よりも遥かに有利となる。
そもそもが、より大きな艦内スペースがある戦艦の方が、戦闘機よりも巨大なジェネレータを装備する事が出来る為、出力/艦体比が高い事の方が多い。
即ち、重力推進を用いる限りにおいて、加速力も旋回性も戦闘機よりも戦艦の方が勝っている事が多い、という意味だ。
「戦闘機」という軽快なイメージのある言葉に惑わされてしまうが、宇宙という無限の空間の中で考えた場合、運動性を含めたあらゆる面で巨大な戦艦の方が勝っている。
さて、話を戻そう。
今、レジーナを追っている二つのグループの内、貨物船団の方は、まあ無視しても良いだろう。船団の四隻は、運動性から見て本当に貨物船を改造しただけの様だった。例え準光速ミサイルを持っていようとも、遠距離から数発撃つ分には対処も可能だ。
何を思ってこんな普通の貨物船で追いかけてきたのかは知らないが、とりあえず無視しても良いので助かる。
一方の軽巡と戦闘機の戦隊の方が厄介だった。
貨物船は普通、こんな戦隊と戦ったりしない。そもそも、貨物船で戦おうという発想があり得ない。
だから基本的に逃げる事を主眼に置いて対策を立てるのだが、戦闘機の向こうに控えている軽巡クラスの艦が問題だった。
戦闘機の方は、もし逃げ切れないとしても最悪弾切れか燃料切れに追い込んでやれば良い。多対一の鬼ごっこに耐え抜かねばならないが、最初の数回の突っ込みさえ躱せばなんとかなるだろう。
問題は、下手をするとレジーナよりも航続距離が長く、同程度の運動性を持っているであろう軽巡洋艦三隻の方だった。
今レジーナとブラソンが相手の航跡を解析し、ジャンプポイントであるエグネス・ポイントまでの最適経路を計算している。
だだっ広く、殆ど障害物の無い宇宙空間とは言え、最適の位置関係、タイミングで回避して加速する事で、相手との距離を稼ぐ事が出来る。
しかし、相手の方がこちらよりも加速性の高い船だった場合、何日もかかる太陽系外のジャンプポイントまでの道程の途中で追いつかれる事になる。
追いつかれてしまえば、軍艦と貨物船では全く勝負にならない。こちらには武装らしい武装というものが無い。レジーナが装備している対デブリ用レーザーと、20発程度のミサイルランチャーだけでは鼻歌交じりで避けられてしまい、そして撃沈されるのは間違いなくレジーナの方だろう。
「予想最適加速ポイントに到達しました。加速最大2500G。」
2500Gでの加速は、レジーナが出せるほぼ最大の加速になる。
「軽巡反応しました。出力の上がりは遅いですが、最終的に3000G近く出ています。接触まで12時間34分。」
I/Fを通じて、ブラソンから不安げな意識が伝わってくる。分かってる。
「逃げ切れないな。何か適当な手を考えよう。」
虎の子であるホールドライヴを使う事は出来なかった。キュメルニアガス星団に向かった時に取り付けられたホールドライヴのコピーを継続使用する事の条件が、レジーナにホールドライヴが搭載されている事を他国に知られない事、となっている。
その時、視野の端にある惑星にふと気付いた。
惑星をズームする。第六惑星ナバワ。ガス惑星だが、20近い衛星を持っている。
ふむ。
「レジーナ、第六惑星ナバワの衛星で、岩石か氷などの表面を持っていて、大きく荒れているものがあるか?クレバスや山が沢山ある、という意味だ。」
メタンや水の雪が降り積もって滑らかな表面のものでは、今考えている用途に役に立たない。
「該当する衛星は4つです。」
「地形情報を持っているか?」
「申し訳ありません。地形情報までは保有しておりません。デピシャノかナバワ軌道上のステーションから取得する事も出来ますが、電磁通信となりますのでかなりの時間が必要です。」
量子通信でデータのやりとりは出来ない。
同じ太陽系内とは言え、距離が離れている為に電磁信号のやりとりには片道数十分近くかかる。しかしそれよりも、指向性の甘い電磁通信では信号を傍受される可能性があった。
「いや、いい。地形情報は現地で実測しよう。信号をインターセプトされて、地形情報を要求していると知られたくない。
「レジーナ、進路変更。目標第六惑星ナバワ。」
「マサシ、ナバワを到着目標とすると、減速時に軽巡艦隊に追いつかれます。」
進路変更する前にレジーナが警告を発する。
当然そうなるだろう。要するに、ブレーキをかけるタイミングをこちらより少し遅らせれば良いわけだ。余り遅らせすぎるとナバワの向こう側に大きくオーバーシュートしてしまうが、戻ってくれば良いだけだ。直径数万kmの惑星など、手前で少し軌道修正してやればぶつかる事などあり得ない。
「仕方が無いな。どうにかするさ。遅いか早いかの差でどのみち追いつかれるんだ。目標第六惑星ナバワから変わらず。」
「諒解。目標変更。第六惑星ナバワ。到着予想時刻6時間27分後。軽巡艦隊接触予想時刻6時間6分後。」
宇宙空間の行動では、一度航路を決めてしまえば、その後は長く暇な時間が続く。もちろん、敵の動きの監視や、通常のデブリ監視業務など、その間にもそれなりにやらねばならない事はあるのだが、作業の密度は断然低くなる。さらにこの船にはレジーナというAIが乗っている。その手のルーチン業務は全てレジーナ任せに出来る。
「コーヒーでも飲んでくる。」
俺はいったんシステムからログアウトし、席を立った。
コクピットのハッチを抜け、普段は開きっ放しの乗務員室隔壁を抜ける。
今はイベジュラハイとその奴隷達という一般乗客がいるので、一般客室と乗務員室との間に隔壁が下りている。ダイニングはその向こうだ。
キッチンでサーバーからカップにコーヒーを一杯注ぎ、ダイニングに入ると、イベジュラハイが先客でテーブルに着いており、何か飲み物を飲んでいた。
確か出発前に積み込んだ、デピシャノでポピュラーな清涼飲料という事だったが、俺たちは飲んではならないとレジーナに警告されていた。重金属系の溶解物が多すぎ、中長期的にヒューマノイドの健康を害する可能性が高いのだそうだ。
デピシャノ人は外骨格を維持するために、俺達ヒューマノイド型人類とは異なる様々なものを接種しなければならない。そのようなものの一つなのだろうと理解している。
半水棲のデピシャノ人がドリンクを飲む習慣を持つというのも少々不思議な気がする。地上にいる間は、その手の飲み物から水を補給しているのだろうか。
だがそれは、それほど不思議な話でも無い。俺たち陸棲のヒューマノイドも水の補給を必要とする。それと同じ事だ。考えようによっては、常に水を補給していなければならない陸生生物、という方が余程に奇異に聞こえる。
「航海は順調ですか?」
イベジュラハイからネットワーク越しに音声メッセージが飛んでくる。やはりこちらの方が、翻訳機を使うよりも遥かに聞き取りやすかった。
当たり前の話だが、レジーナは詳細な航海情報を乗客に公開していない。些細な事で一喜一憂して乗客にパニックになって欲しくないからだ。
もちろん、例えば危険が接近しており、あからさまに異常な行動を取らざるを得ない時には、情報の無い乗客が逆に不安になってパニックを起こさないように、事前に情報を与える。
しかし、どのタイミングでどの様な情報を与えるかは、船長である俺に一任されていた。
「ああ。総て順調だ。問題無い。」
「そうですか。良かった。運送業者達には随分脅かされましたからね。心配していたのです。」
「そうか。今のところは特にこれと云った問題はない。何かあれば教えるが、心配しなくて良い。任せておけ。」
「はい。面倒なことになってしまった私の依頼を運送業者から名指しで受注なさるような方です。頼りにしております。よろしくお願いいたします。」
カップの中のコーヒーを飲み干すと、俺はダイニングテーブルを立った。
そう。どのタイミングでどのような情報を乗客に与えるのかの判断は、総て俺の責任の元、俺に一任されているのだ。
何をすることも出来ない、何時間も前から余計な情報を与えて怖がらせる必要はない。
イベジュラハイがそのような愚かな乗客だと決め付ける積もりはないが、運行上の情報を知って乗務員に対して煩く色々と文句を言い注文を付け、乗員の業務の邪魔をして逆に船の安全な運行の障害になるような迷惑な乗客もいるのだ。
口の中のコーヒーの苦い後味を感じつつ、俺はコクピットに戻った。
■ 4.3.2
「第六惑星ナバワ、距離3光分。減速開始します。」
軽巡艦隊から全速で逃げて、レジーナの太陽系内速度は0.2光速近くに達していた。惑星系に接近するためには、それなりの遠距離からの減速が必要となる。
当たり前の事だが、2500Gで40分加速したなら、止まるのにも2500Gで40分ブレーキしなくてはならないのだ。
減速を開始するよりも前に、こちらの進路から目標が第六惑星である事は軽巡艦隊にも分かっているだろう。
ただ、俺達が何を目的にしてわざわざガス惑星の強烈な重力井戸に向かって突っ込んでいくのか、その意図を図りかねているに違いない。
だから、ブレーキを遅くしてレジーナの横をパスしながら攻撃してくる可能性は無い、と踏んだ。こちらが何をするか、後ろを追従しながらまずは意図を探ってくるはずだ。
そもそも、もし奴らが追いついてきて攻撃を加えたとするならば、まだまだ減速が不十分のレジーナの残骸は、数千km/secという速度で第六惑星に突っ込んでいき、重力に掴まり確実にガスの海の底に沈んでいく。
連中が目的としている300kgのデピシャナイトも一緒に海の底、となるわけだ。
水素が固体化する様な超高圧のガスの海の底から、小さな目標を正確に取り出す技術は、さすがの現代でもまだ開発されていない。
一瞬で俺達を無力化し、一瞬で貨物を奪取する自信が無ければ、余程のマヌケで無い限りは手を出してこないだろう。そして、そんな方法など無い。俺がさせない。
徐々に赤茶色の第六惑星ナバワが近付いてくる。システム画像上でも、特にズームをするでも無くナバワが球状の惑星として、漆黒の宇宙空間に浮いているのが認識できる。
「ナバワ惑星系、衛星の光学観察を開始します。マサシ、探しているのは、どの様な地形ですか?」
「幅5~10km、深さ5km以上、長さが数十km以上のクレバスを探してくれ。材質は不問。デカくて深くて長い程良い。」
「出来るだけ大きなクレバス、材質不問。諒解しました。」
さて。ブラソンはもしかしたら俺が何をする気なのか気付いたかも知れない。
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