夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第三章 Cjumelneer Loreley (キュメルニア・ローレライ)

15. ハードウェア

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■ 3.15.1
 
 
 ニュクスの呼びかけと同時にブラソンもその場に立って動かなくなった。
 意識を全てネットの方に移したのだろう。
 とすると、現実世界の方のブラソンの身体を守ってやらねばならないのだが、と思い動こうとした時に、突然辺りが真っ暗になった。
 先ほどの将校達や兵士達が突然の暗闇に声を上げている。
 誰かに腕を掴まれた。
 
「マサシ、静かに。こっちです。」
 
 耳元でルナのささやきが聞こえる。
 腕を掴んでいるのはルナか。腕を引かれるままに歩き始める。
 この暗闇はニュクスとブラソンがやってのけたのだろう。暗闇の混乱に乗じてこの場から逃げ出そうというわけか。
 
「レジーナに戻ります。」
 
「ブラソンは?」
 
「大丈夫です。ブラソンはニュクスが。」
 
「OK・・・は良いんだが、お前見えているのか?」
 
「はい。艦内の3Dマップに赤外線画像を重ねています。ご心配なく。」
 
 赤外線スコープを持っていたらしい。用意の良いことだ。
 
「マサシ、30秒ほど音を立てないでここにいてください。」
 
 ルナがそう言って俺の胸に手のひらを当てた。言われるまま立ち止まる。
 風の流れでルナがそばを離れたのが分かる。
 少しして、前方から激しい物音がし、数人の短いうめき声が聞こえた。そしてそれもすぐに静かになった。
 ややあって、また空気の流れを感じる。
 
「経路確保しました。行きましょう。」
 
「お前、いつの間に格闘技能なんて手に入れたんだ?」
 
「いえ、格闘技能は持っていません。相手は暗闇で目が見えませんから。」
 
 ということは、赤外線可視や音波探知などの能力を持つ戦闘用義体が出たらおしまい、ということか。
 
「大丈夫です。そこのエアロック脇に重装甲スーツ格納庫と、続き部屋の武器庫があります。」
 
 声に出していった覚えは無いのだが。まぁ、想像は付くか。
 
「ブラソン達はついて来ているか?」
 
「いえ。彼らは立ち止まってハッキングを行っています。武装を手に入れて早く戻らないと。」
 
 なるほど、そういうことか。ならば急がなければ。
 ルナに手を引かれて通路を駆け抜ける。100mも走っただろうか。ルナが速度を落とす。格納庫に着いたのだろう。
 
「申し訳ありません。先を越されました。格納庫内で五機の重装甲スーツが起動中です。」
 
「ハッキングできないか?」
 
「フルサイレントモードで動いています。あらゆるデータ通信を遮断しています。」
 
 武装重装甲(アームド・パワード)スーツなど、艦船内で暴れるには最強の兵器となる。担当の兵士が真っ先に押さえたに違いない。
 他にも、艦載機の格納庫などの武装と脚が手に入る場所は全てもう押さえられていると考えた方が良いだろう。
 
 フルサイレントモードは、母艦である「マルセロ・ブロージ」のシステムがハッキングされたので、その影響を受けないための処置だろう。
 ということは逆に、スーツの機体センサーで直接検知する以外、こちらの情報を得ることも出来ないわけだ。
 しかし不用意に格納庫の扉を開けば、その次の瞬間に集中砲火を受けて終わりだろう。相手は地球人だ。反応速度の差を利用した突撃など出来ない。
 それに相手は船外活動も出来るスーツだ。少々の被害など無視して、確実に俺達を排除しようとするだろう。
 
「マサシ、こちらへ。」
 
 ルナに手を引かれ、部屋と思しき場所に入る。ドアが閉まる音がして、明かりが灯る。
 壁に沿って軽装甲スーツ、つまり船外活動服が並んでいる。ルナが灯したのは、一番手前のスーツのヘッドライトだった。
 
「レジーナとノバグの協力で艦隊のハッキングは終了したようです。数分しか保ちません。ブラソンとニュクスはこちらに向かっています。船外活動服は着ていた方が良いと思います。ここで合流にしましょう。」
 
 いつも思うのだが、ハッカーやクラッカーと言った連中は、そっち方面がそれほど得意でない俺にとってはまるで魔法使いのようにも思える。
 眼に見えないところでいつの間にか全力で戦っており、知らないうちにその戦いに決着がついている。そして眼に見えない割りには、全体の情勢を支配するような決定的な攻防がほとんどだ。
 聞けば、自身の脳やチップの中に格納しているツール類をその場に合わせてネットワーク上に多数展開し、ミリ秒単位で殴り合いを行っているという。
 ミリ秒単位の処理を全て人間が行っているわけではないのだろうが、それにしてもその戦いを制御できていることがすでに凄い。
 
 俺達が船外活動服(ソフトスーツ)を付け終わる頃、部屋のドアが開いてブラソンとニュクスが飛び込んできた。
 
「時間がない。AIの対抗策が早くて抑えきれない。保って数分だ。」
 
 ブラソンはそれだけ言うと壁に並んだ船外活動服のひとつに飛び込み、あちこちのジッパーを閉じ始めた。すでに着用を終わっているルナがそれを手伝う。
 
「どうする?子供用のスーツは軍艦には置いてないぞ。」
 
 俺はニュクスを見ながら言う。
 
「大丈夫じゃ。少しの間ならこのまま保つ。ちょこちょこと改造してあるのはお主も知っておろう?」
 
「少しの間?何かやる気か?」
 
「霧風がここを切り取ります。その後レジーナにより回収。切り取りまであと83秒。」
 
 ルナが意味不明のことを言う。切り取る?
 
「テランというのは思いもよらぬ事を考えつく。この様な無茶苦茶な脱出方法など聞いたことがないわ。」
 
 そう言ってニュクスが楽しそうにクツクツと笑う。
 ちょっとまて。お前等何をする気だ?
 
「54秒後にマルセロ・ブロージの全リアクタをシャットダウンします。60秒後に霧風がマルセロ・ブロージ近傍にホールアウト。至近を通過しつつ、我々が待機しているこの場所周辺を分解フィールドで切り離します。70秒後にレジーナがマルセロ・ブロージ近傍にホールアウト。我々四名を回収し、脱出します。」
 
 やりたいことは分かった。しかし無茶苦茶すぎる。主にニュクスについて。
 
「大きくても良いからスーツを着るんだ。今のお前は生義体だ。死ぬぞ。」
 
「ふふ。心配してくれるのかや?嬉しいのう。でももうダメじゃ。時間が無い。ブラソン、ジェネレータのシステムダウン開始じゃ。儂とノバグ01でマルセロAIを止める。
「マサシ、お主は自分の事を第一に考えや。ルナ、二人を守りや、の?」
 
 そう言って妖艶に笑い、俺の顔を覗き込みながら両手で俺のヘルメットの両側を押さえ、スイッチを回し、シールドを下げる。
 ルナもニュクスの言葉に頷きながらシールドを下げる。
 
「ちょっと待て馬鹿野郎。お前、何をする気だ。」
 
 音声はすでにスーツの外部マイクに切り替わっている。
 
「決まっておろうが。戦いじゃ。」
 
 ニュクスが妖しく笑う。ヘッドライトに照らされ、赤く妖しく光る唇が目に焼き付く。
 重力が消える。
 ニュクスのゴスロリ調の黒いスカートがふわりと広がり、身体が宙に浮く。
 
「マサシ、危険です。ドアに張り付いてください。すぐ向こうを3cm幅で切り取ります。あと18秒。何かに捕まってください。」
 
 ルナがブラソンと俺の身体をドア脇に押しつける。
 ルナとニュクスもこちらに寄ってきて、ドアの周囲にある手摺りに掴まる。
 
「10秒。」
 
「パワーコア停止。システムダウン。復旧にしばらくかかるぞ。」
 
 ブラソンの声が響く。
 
「パージ衝撃に備えてください。5秒前、4、3、2、1、今。」
 
 期待した様な白い光だとか、そのようなものは何も見えなかった。
 一瞬、再原子化した元素による紫色のプラズマの揺らめきが見えた様な気がした。
 次の瞬間、掴まっている手摺りが急に加速し、突然発生した強風にもみくちゃにされる。
 船殻の一部を切り飛ばし、艦内大気圧でパージしたのだ。
 俺達が捕まっている船殻の切れ端はゆっくりと回転しながらマルセロ・ブロージから離れていく。
 ルナの声がレシーバから聞こえてきた。
 
「レジーナが来ます。船殻から離れます。マサシ、ブラソン、私の手を掴んでください。ニュクスはそちら側を。」
 
 左手でルナの右手を掴み、反対の手でニュクスの手を掴もうとした。
 ヘッドライトの明かりの中、ニュクスのゴスロリ服が飛び上がる。
 見上げると、船殻の向こう側から明かりが出てくるところだった。重装甲スーツ。
 どうやら切り取られたこちら側にたまたま一機張り付いていたらしい。
 ニュクスがスーツの頭部に取り付く。
 辺りを見回すが、武器になりそうなものはなかった。たとえあったとしても、余程の武器でなければ重装甲スーツには対抗できない。
 頭部に張り付いたニュクスを、スーツの左腕が掴み、投げ飛ばす。
 ニュクスの身体は凄まじい勢いで船殻に叩き付けられ、バウンドして虚空に消える。
 スーツが右手に持ったライフルを構える。
 はね飛ばされたニュクスの後を追おうと足に力を入れた瞬間、ヘルメットの中に声が響いた。
 
「マサシ、動かないで下さい。」
 
 次の瞬間、重装甲スーツの向こう側に白銀色に光る船体が突如出現した。
 重装甲スーツが火を噴いて吹き飛ばされる。
 
「全員こちらに飛んで下さい。」
 
 レシーバからレジーナの声が再び響く。見れば100mと離れていないところにレジーナの大型貨物用ハッチが開いているのが見える。ろくに太陽光も届かない暗い宇宙空間に、明かりに照らされたそこだけが妙に白く浮き上がる。
 俺たちは三人で互いの腕を掴み、レジーナのハッチ目指して船殻の破片を蹴った。
 船殻の破片は緩く回転していたため、ジャンプの方向は正確ではなかったが、レジーナに近づくと重力に捕まった感触がして、レジーナのハッチが急速に近づいてきた。
 
「ニュクスが吹き飛ばされた。」
 
「大丈夫です。こちらでもモニタしています。回収します。」
 
 重力に引かれ、かなりの勢いでハッチの壁に叩き付けられる。
 痛みはあるが、しかしレジーナに戻ってきたのだ。
 
「ニュクスを回収します。マサシ、受け止めてあげてください。」
 
 見上げると、ハッチの向こうから白と黒のゴスロリ服がこちらに向けて加速しながら漂ってくるのが見える。
 ライトに照らされ、白いブラウスと、力なく曲がった真っ白い足が異様に目立つ。
 ニュクスの身体はそのまままっすぐ落ちてきて、俺たちの所に到達する頃にはそれなりの速度が出ていた。
 身体全体で受け止めるようにニュクスを抱きとめる。勢いを殺しきれずに、もう一度床に叩き付けられた。
 エアロックの外扉が閉まる。
 
「急速加圧します。」
 
 エアロックの壁から断熱膨張で白く煙った空気が凄まじい勢いで吹き出す。
 視野が白く染まると同時に音が戻ってくる。
 抱き抱えているニュクスを見ようとして、床の血溜まりに気付いた。
 
「おい、ニュクス!」
 
 背中に腕を回し、頭を支えてニュクスの顔を見る。
 鼻と口から血を吐いた彼女の顔の下半分は真っ赤に染まっており、今も口から止めどなく零れ出してくる血が真っ白なブラウスを徐々に赤く浸食していく。
 右目は潰れ、眼球が飛び出して垂れ下がっている。
 重装甲スーツに捕まれ叩き付けられたときに、内圧で肺が破裂したのだろう。眼はそのときぶつけたか。これは、内蔵も無事ではすまないだろう。
 
「ニュクス、大丈夫か!」
 
 どこをどれだけ損傷しているか分からない。揺さぶることもできないニュクスの身体を抱き抱えたまま叫ぶ。
 
「まあそう慌てるでないわ。まだ生きておる。船内に入ったら、早めに調整槽に入れてくれると助かるの。体内のナノマシンでは対処しきれぬわ。」
 
 半笑いで少し人を揶揄するようないつものニュクスの声が聞こえる。目の前の彼女の口は動いていない。ネットワーク越しか。
 
「レジーナ、加圧はまだか?」
 
「現在800hpa。内扉開放します。」
 
 エアロックの内側の扉が開くと共に強い風が吹き込んできた。風に逆らいカーゴエリアを突っ切り、リフトに駆け込む。リフト内の重力に捉えられ、身体が持ち上がる。
 ニュクスの口からは止まること無く血が溢れ出し、俺の腕を赤く濡らしている。すでに彼女のブラウスは全て真っ赤に染まっている。
 ヘルメットを跳ね上げ、顔が彼女の血で濡れるのも構わず胸に耳を当てる。心音が無い。
 
「ほんにしょうのない奴じゃのう。すでに人格パッケージは用意してある。この身体が駄目になっても、次の身体を作るだけじゃというに。」
 
 ニュクスが笑いながら言う。
 
「うるせえ。そんなことは分かってる。」
 
 リフトから飛び出し、ニュクスの部屋の扉を蹴り開ける。
 部屋の中には変わらず黒い棺桶が二つ並んでいる。
 俺が部屋に入ると同時に左側の棺桶の蓋が勢いよく開く。
 棺桶の中にゆっくりとニュクスの身体を横たえる。俺の腕とニュクスの身体の間に溜まっていた血が、棺桶の中にパタパタと音を立てて落ちて内張の羅紗に赤黒い染みを作る。。
 蓋を閉じようとして立ち上がると、蓋は自動で閉まった。
 
「まったく非論理的な奴じゃ。人格パッケージさえあれば身体は幾らでも交換が利くと言うに。」
 
 身体があれだけ大きく損傷しているのに彼女の元気な声が聞こえるというのは、何か違和感がある。
 一応やれるだけのことはやった。
 俺は床に座り込み、今しがたニュクスの身体を格納したばかりの棺桶に右肘を乗せてもたれかかり、棺桶の中のニュクスに話しかける様に言った。
 
「知ってるさ。だがな、例えば乗務員もシステムも全部同じだからといっても、船殻を変えればそれは別の船だろう。お前の人格と身体とが一緒になってニュクスという存在を構成しているんだ。交換が利くからと云って気軽にポンポン取り替えて良い物じゃ無いと俺は思う。
「分かってる。お前達の様に交換する事が出来ない生体を持つ者の、意味の無いただのこだわりだ。だが、俺の考えはそうだ。」
 
 しばらくニュクスからの返事は無かった。
 どうしたのか少し不思議に思い始めた頃、頭の中に彼女の声が響いた。
 
「そうじゃの。儂もお主の言うのが正しいと思う。儂ら機械は、ハードはハード、ソフトはソフトと切り離して考える事が多いでな。生義体を使ってヒトの社会の中に入っていく時は考えを改めねばならんの。よう分かった。
「身体を大切にするお主等ヒトじゃから、あれほどまでして儂の身体を守ろうとしてくれたのじゃろう?済まなんだな・・・ありがとう。」
 
 いつも少し斜に構えた様な事ばかり言うニュクスだが、言葉を噛みしめるかの様にゆっくりと言う。
 思いは伝わったようだ。後は彼女の身体が補修されるのを待つだけだ。
 
「マサシ、機械群の大艦隊が本船周囲にホールアウトしてきました。」
 
 機械群の艦隊?そんな予定は無かった筈だ。少なくとも俺は聞かされていない。
 もちろん、機械達が何かするのを全て俺に断る必要などどこにもないのだが。
 
「艦隊規模は?」
 
「超大型母艦1、三千m級以上の大型戦艦1万5千、二千m級巡航型戦艦4万、巡洋艦6万、駆逐艦20万、総計約32万隻です。」
 
 随分な大艦隊を送って寄越したものだが、地球艦隊といざこざを起こした俺たちとしては絶妙のタイミングで都合の良いものがやってきた事になる。
 しかし、レジーナが今非常に気になることを言ったが。
 
「超大型母艦て何だ?」
 
「ほぼ球形の超大型艦です。長直径一万一千km。本船からの距離25万km。」
 
 一瞬本気で、レジーナが単位を間違えたのではないかと思った。
 
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