夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第三章 Cjumelneer Loreley (キュメルニア・ローレライ)

14. ホールショット

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■ 3.14.1
 
 
「バカ者。そのようなつまらぬ合成画像に欺される阿呆がおるか。船は元気に飛び回っておるわ。」
 
 頭の中にニュクスの声が大音量で響く。まるでハンマーで殴られたようだ。
 実際には音では無いのだが、しかし頭の中に響くその余りの音量に思わずしゃがみ込む。
 
「狙撃用駆逐艦が待機しておって、儂も含めた全員が船を離れておる今が船を攻撃する最良のタイミングじゃと、お主みずから思い至らせるまでが罠じゃ。こんな単純なことに気付かんでどうする。しっかりせい、船の長じゃろうが。」
 
 そうだ。彼女の言うとおりだ。単純な罠だ。
 俺はレジーナの残骸をこの目で見た訳では無い。
 俺が見たのは、ホロモニタに投影された光学モニタ画像でしかない。
 
「今、其方に向こうとる。しばし時間を稼ぎや。」
 
 立ち上がる。艦隊司令と眼が合う。
 
「どうだろうか?」
 
 司令が言う。
 話が見えない。ニュクスの大音量音声通信が割り込んでいて、艦隊司令の声など全く聞こえていなかった。
 
「すまない。ちょっと混乱していて話が頭に入っていなかった。もう一度頼む。」
 
 艦隊司令は僅かに眼を顰めて機嫌を損ねた表情になったが、それは僅か一瞬のことですぐに無表情な仮面に戻った。
 
「君の船を狙撃した犯人を特定したい。僅かながらでも君の船に何らかの情報が残されている可能性が有る。残骸からそれをサルベージしたい。システムアクセスコードを教えてもらえないだろうか。」
 
 なるほど。
 実際に狙撃したかしていないかは関係ない。
 実はまだピンピンしているレジーナから、キュメルニアローレライに関する情報を全て消去したいのか、キュメルニア星団を訪れたという記録さえも抹消したいのか、それともレジーナという船の存在そのものを消去したいのか。
 いずれにしても、レジーナのシステムを乗っ取り、言うことを聞かせたいわけだ。
 
「断る。俺の船だ。俺がレジーナに行って情報を取り出す。追いかける。小型船を一隻貸してくれ。」
 
「それは認められない。私の管理下の船を民間人に操船させるわけには行かない。セキュリティの問題だ。」
 
 どの面下げてそんな台詞を吐く。
 今まさに、つまらない嘘の仕掛けで俺の船のセキュリティを騙し取ろうとしているクソ野郎が。
 
「では、パイロットごと貸してくれ。」
 
「認めん。」
 
 司令官の顔に少しずつ怒気が浮かび始める。
 やはりこの男、対人スキルがかなり低い。
 ニュクスは時間を稼げと言った。もう少し弄ってみるか。
 
「ならば行かないだけだ。破壊された船だ。何を取り出すでもない。」
 
「だから我々が回収してやろうと言っているのだ。アクセスコードを教えろ。」
 
 どうやらこの男は対人交渉力はほぼ無能に近いらしい。こんなにシステムアクセスコードにこだわって話をしていたら、どんなバカでも怪しいと気付くだろう。
 
「余計な世話だ。レジーナが破壊されたならそれが全てだ。犯人を特定したところでレジーナが戻ってくるわけでもない。意味がない。」
 
「目の前で犯罪行為が行われたのだ。犯人を特定する必要がある。捜査に協力しろ。公務執行妨害で逮捕されたいか。」
 
 司令官の顔が怒りで徐々に赤くなっていく。俺が奴の言うことを聞かないのが余程気に入らないらしい。まるでガキだな。
 
「ほう、そうか。ならば今、儂の目の前におる犯罪人も逮捕せねばならんのう。」
 
 後ろから声がした。
 振り向くと、目を爛々と輝かせ妖しい笑顔のニュクスが部屋の入り口に立っていた。
 
「貴様、何を勝手に艦内をうろついている。部屋に戻れ。」
 
「勝手にと言われてものう。『何か要望があれば何なりと申しつけろ』と言われたでのう。要望を伝えに来たのじゃが?」
 
「勝手に艦内をうろつくな。部屋に戻れ。」
 
「フフ。お主ぁ儂が何者か覚えておるかの?在地球大使セイレーン付武官じゃったと思うたがのう。同盟条約締結直前のこの微妙な時期に、儂をそのように扱うてええんかのう。のう?」
 
 そう言うとニュクスはゆっくりと歩を進め、部屋の中に入ってきた。その後ろからブラソンとルナが顔を出す。
 
「き、貴様等までここで何をしている。部屋に戻らんか!」
 
 司令官はほぼ絶叫している。どうやらヒステリー系の男らしい。
 死の恐怖にお漏らしして気絶するような情報部員といい、ちょっと他人が言うことを聞かなかっただけでヒステリックに絶叫する艦隊司令といい、地球軍は本当に大丈夫か?
 
「おお、こ奴らは大使館で雇用した職員じゃ。儂等は人手不足でのう。ゆくゆくは事務官として雇用することが内定しておる故、それなりの扱いをしてやってくりゃれや?そこなパイロットも同じじゃぞえ。」
 
 そう言ってニュクスは俺の方を見て嫣然と笑う。
 
「ふっ、ふざけるな!そこの二人を拘束しろ!」
 
 二人を、と言ったか。ニュクスを対象としないだけ、まだ判断力は残っているらしい。
 司令官の命令で、部屋の中にいた兵士たちが動く。
 
「そ奴らは大使館の職員で、儂は武官じゃと言わんかったかのう。」
 
 そう言い放ったニュクスの口角がニイと吊り上がる。
 次の瞬間、ニュクスの姿が消える。
 ふわりと揺れて風に舞った艶やかな黒髪の残像だけが鮮やかに視野に残る。
 
 床を低く滑るように進んだニュクスが、左足を軸に、次に右足を軸にして旋回し、手近な二人の兵士の足を払う。
 宙を泳ぐ兵士の背中を踏み台にして空中に飛び上がり、三人目の兵士の額に爪先蹴りを叩き込んだ。
 空中で身を捻り、さらに四人目の兵士の首筋に蹴りが入る。
 倒れる兵士の肩を蹴ってさらに高く飛び上がる。
 天井付近で見事に回転したニュクスは、そのまま天井を蹴り勢いを付けて五人目の兵士の側頭部に蹴りを叩き込んだ。
 それはまるで、黒い羽を持った怪鳥が次々と人を襲い昏倒させている様に見えた。
 クルリと回転し、軽く膝を曲げて床の上に降り立つ。
 
 ニュクスの生義体のオリジナルはルナだ。
 ルナの身体機能にも、組み込んだシステムモジュールにも格闘機能など付けていない。
 どうやら、小型化と同時にいろいろといじったらしい。
 
 ここに来て残りの兵士もニュクスに反応し、足を止めてニュクスを包囲する。残り四人。
 兵士はそれぞれが手にした銃をニュクスに向けている。
 
「さあて、ここで質問じゃ。ここらで手を引いて、大人しく言うことを聞き儂等をレジーナに戻すのが良いか。それともこのまま続けて、全てを失うのが良いか。お主に選ばせてやろうぞ。どちらじゃ?」
 
 ニュクスが司令官を睨み付けながら、紅い唇をいかにも楽しげに曲げる。
 その言い方では大概の奴は言うことを聞かないだろう。
 果たして。
 
「何をやっている。早くそのガキを拘束しろ!」
 
 司令官が喚く。
 
「ガキ?」
 
 ニュクスの笑顔がさらに妖しさを増す。
 
「ブラソン、全力でやるぞえ。儂も一緒じゃ。」
 
 
■ 3.14.2
 
 
 マサシ達が船を出て行った後、ニュクスと機械達の忠告に従って新設の#4リアクタの出力を100%に上昇させた。
 その分#2と#3の出力を30%に押さえる。30%での低出力運転で有れば、燃料さえ供給すればほぼ瞬時に100%に戻すことが出来る。
 
 マサシが気にしていた、太陽系の反対側に待機中の狙撃駆逐戦隊の情報は、機械達のネットワークから「谷風」の中継を通じてほぼリアルタイムで手にすることが出来る。
 機械達の予測では、この駆逐戦隊がレジーナに向けてホールショット・レールガンを撃ち込んでくる可能性は五分とのことだった。
 マサシと共に戦艦「マルセロ・ブロージ」に向かったセイレーンと地球政府の交渉が上手く行けば、駆逐戦隊が撃ってくる可能性は低い。
 そしてもし撃ってくるのであれば、苦し紛れながらもどうにか言い訳が付く、ニュクスとセイレーンの両方がレジーナを離れた瞬間を狙ってくるだろうと予想されていた。
 
 ただ機械達は、この目の前の艦隊の司令官の情緒的安定性が低いものとみており、最終的曲面を決定する最大の不確定要素としてマークしていた。
 セイレーンがどれ程交渉を首尾良くまとめようとも、この情緒不安定な艦隊司令が激発すれば、駆逐戦隊に斉射の指示が飛ぶものとみていた。
 同じく「マルセロ・ブロージ」に搭乗している情報軍将校ヤンフーン・ヨム中佐は、本作戦当初から砲撃派だった。司令を諫めることは無いだろうと思われていた。
 
 だから機械達は最悪の事態を想定して、100万発のニュートロンスプレーガンに瞬時に対処できるようレジーナにアドバイスを行った。
 ニュクスが指揮し、機械達が協力した新設の分解フィールドであれば、この脅威に対抗できるはずだった。
 すぐ脇に接舷している「マルセロ・ブロージ」がいることから、スプレーガンでは無く単発弾の連射になると予想されているが、機械達は常に最悪を想定して準備するように彼女に求めていた。
 そのための#4リアクタ出力100%保持だった。
 
 マサシは拒否したが、ニュクスがレジーナに追加装備しようとした武装は、面白がって悪戯したわけではなく、もちろん全てそれなりの理由を持って必要と思われた為に装備されたものだった。
 結局マサシは大半の追加装備を拒否したが、リアクタ増設とそれに伴う船体の伸延、エントロピー機関の増設、そして何よりも分解フィールドを残したことは正しい選択だった。例えマサシがそれを意識しておらずとも。
 
 艦隊戦における防御力としての分解フィールドの有用性は、古くから知られていた。
 ただ艦隊戦のスタイルが、ロングレンジ先制攻撃を中心に組み立てられるものに移り変わるに従って、昔のような肉薄砲撃戦から遠距離砲撃戦が中心となった。それに従い主要兵器も大口径レーザーや亜光速ミサイルに変わっていき、弾体速度の遅いレールガンなどのマスドライバ系兵器の使用頻度が極端に落ちたため、分解フィールドの有用性が相対的に低下したに過ぎない。
 そして分解フィールドはそのまま、忘れられた技術と化した。
 しかし地球軍が持っているホールショットと云う光速を遙かに超えるマスドライバが実用化された今、そのような非常識な兵器の防御方法としては分解フィールドを置いて他に無かった。
 
 ニュクスは持ち前の悪戯心を発揮して、マサシに泣き落としを仕掛けて分解フィールドを残すように言っていたが、もしあの時拒否されていたら理詰めで説明して、分解フィールドだけは絶対に残させるつもりだった、と笑っていた。
 
 大量のナノマシンを使役でき、レジーナクラスの船ならその気になれば数日もあれば無から作り上げることさえ可能なニュクスが、三日も掛けてアライメントしたレジーナの分解フィールドと重積シールドは特別製だった。
 仮想空間で展開シミュレーションを行った時、その緻密なシールドの構造に目を瞠らされたことをレジーナは記憶している。
 その重積シールドを使用するときが来た。
 
 駆逐艦「谷風」からの報告で、太陽系の反対側に布陣した狙撃駆逐戦隊が四対の組となって狙撃位置に着いたことを知った。
 戦艦「マルセロ・ブロージ」に乗り込んだニュクスとセイレーンの報告から、艦隊司令ミカエル・アントヌッチオの人格は未熟かつ不安定であり、駆逐船隊に砲撃指示を出す可能性が非常に高いと機械達は分析した。
 射撃位置についた四隻の駆逐艦が、マスドライバーを射出したことを機械達のネットワークが告げる。
 弾体がワームホールに入り、レジーナに到達するまで数十秒の時間が必要だった。#4以外のリアクタの出力を100%にするにも十分な時間だ。
 
 ホールショットの恐ろしさは、数光年も離れた場所から撃った弾体がいきなりごく近傍の空間に出現する事、そしてそれを察知することができない事にある。
 どこから撃ったかも分からない弾が回避する間も無く着弾する。完璧な狙撃と言って良い。
 しかし自分が狙われていること、そして弾体が発射されたことを量子通信などで知らされていれば十分に回避できる。
 しかし今回は回避しない。
 分解フィールドにパワーを流し込み、スキニーモードで起動する。分解フィールドが船の外殻から僅か数十cmの距離で船を包む。
 通常荒っぽい使われ方をする分解フィールドとは思えない、緻密で繊細な調整が施してある。
 分解フィールドを展開したことで、戦艦「マルセロ・ブロージ」の接舷ゲートが分解されて切断される。へその緒の切れ端のように残ったゲートをレジーナ側から強制イジェクトし、エアロック外扉を閉じる。
 
 マルセロ・ブロージが耳元で何か喚いているが、隠れたところから人を狙い撃ちしようなどと云う卑怯な手を使う連中の仲間の言うことなど聞く気にもならない。どうせゲートを切断してしまったことに文句を付けているに決まっている。
 頭上に違和感を感じてそちらに意識を集中すると、船体上方にワームホールが四つ口を開いているのが分かる。重力センサで拾える重力線の空間連続性データがねじ曲がっている。
 ワームホールから超高速で飛翔体が飛び出してくる。
 空間の歪み方から、百トンクラスの中性子弾(ニュートロンブレット)という事が分かる。四発で四百トン。その程度であれば同時に着弾しても問題ない。
 レールガン発射の連絡から十分に時間はあった。しかし敢えて避けず、わざと被弾することで地球軍がレジーナを破壊しようとしたという事実を確実なものにする。そして、機械群が狙撃駆逐戦隊をモニタしている事をうやむやにする。
 
 着弾。
 予想通り中性子弾は分解フィールドに接触した瞬間に消滅する。後には、大質量が一瞬で素粒子化されたエネルギーの残滓である紫色のプラズマが煙のように立ち上り、レジーナを固定している戦艦「マルセロ・ブロージ」の重力アンカーに引かれてレジーナの船体にまとわりついている。
 すでに高出力になっているリアクタからのパワーをジェネレータに一気に叩き込み、大加速で「マルセロ・ブロージ」の重力アンカーから抜け出す。
 同時に六発のミサイルを射出し、パッシブ誘導を開始する。
 「マルセロ・ブロージ」から十分な距離をとり、駆逐艦「霧風」「谷風」と合流。そして「マルセロ・ブロージ」とヘッドオン状態で静止する。
 
 狙撃駆逐戦隊からのホールショット攻撃は断続的に行われているが、駆逐戦隊が弾体を射出した情報を受けてから数百キロ移動するだけで十分回避できる。
 すでに弾体は中性子散弾(ニュートロンスプレーガン)に変更されており、たまに散弾のうち数発が命中することがあるが、数トンの散弾体が数発当たる程度、分解フィールドで問題なく処理できる。もちろん「霧風」「谷風」も、スキニーモード可能な同じ分解フィールドを搭載している。
 
 先ほど発射したミサイルが長い助走を終えて十分な速度を維持して戻ってきた。0.1光速。駆逐戦隊が射出している中性子弾体の速度よりも遙かに高速だ。
 二発ずつ三グループに分け、三秒の間隔を持ってそれぞれのグループがレジーナと「霧風」「谷風」の数十m脇を通過するように誘導する。
 後方からミサイルが接近する中、それぞれの船が前方にワームホールを開く。その出口はもちろん、狙撃駆逐戦隊の狙撃担当艦に狙いを定めている。
 詳細な射撃座標は機械群から「谷風」を通して報告されており、そして統合射撃管制はレジーナが握っている。
 ミサイルの第一グループがワームホールに突入する。
 すぐさま標的を変更する。
 そしてミサイル第二グループがワームホールに突入した。
 
 ミサイルがホールアウトするまで数秒程度のタイムラグがある。
 地球艦隊は距離にして数光秒程度なので、こちらがホールショットを行おうとしている事を察知してすぐに狙撃駆逐戦隊に連絡し、駆逐戦隊が間髪を入れずに遷移すれば避けられてしまう可能性はある。
 命中しないのならば、それでも構わなかった。
 ただ、こちらに向けて本気で攻撃してきたからにはもちろん自分たちも殴り返されるのだ、という事を連中に知らしめるだけでも十分だと考えている。
 いずれにしても、地球軍が先に攻撃してきた事実は変わらない。
 
 「谷風」を通じて、第一グループのミサイルが全弾命中したことが報告された。すぐに次弾命中の報告も入る。
 亜光速で反応弾頭が着弾して、駆逐艦クラスの船が無事でいられるわけがなかった。
 果たして機械群からの報告によると、三隻は爆散、一隻は艦体の半分を吹き飛ばされて独楽のように高速で回転しながら漂流中とのことだった。
 これで地球軍の狙撃駆逐戦隊は残り四隻となった。
 
 レジーナと地球艦隊は数百万kmの距離を開けて正面で向かい合う形になっている。
 正面の地球艦隊からの攻撃は無いはずだった。曲がりなりにも艦隊司令まで上り詰めた者が、そこまで頭が回らない筈はなかった。
 「正体不明の船団が、たまたま機械群の大使と大使付武官が下船した後のレジーナを狙撃した」のと、「在地球大使付武官が乗船することになっているレジーナを地球艦隊が攻撃した」のでは、政治的意味が全く異なってくる。
 
 後は「マルセロ・ブロージ」の中の誰かから指示が飛んでくるのを待つだけだ。
 レジーナ達三隻は、まるで猫科の猛獣が大型の獲物に狙いを定めてまさに今襲いかからんとしているが如く、地球艦隊の正面で爪を研ぎ澄ましていた。
 
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