夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第三章 Cjumelneer Loreley (キュメルニア・ローレライ)

12. 戦艦「Marcelo Brogi da Silva」(マルセロ・ブロージ・ダ・シウヴァ)

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 Section: Cjumelneer Loreley (キュメルニア・ローレライ)
 第十二話
 title: 戦艦「Marcelo Brogi da Silva」
 
 
 
■ 3.12.1
 
 
「ホールアウト5秒前、4、3、2、1、ホールアウト。駆逐艦『霧風』『谷風』ホールアウト確認。本船同一平面前方50km。本船は機関チェックシーケンスに入ります。ジェネレータ出力クルーズ。」
 
 ルナに代わってレジーナの声が、ネットワーク越しに響く。
 視覚的には濃いグレイ一色で、レーザー散乱測距でのみ感知できるワームホールの壁以外には何もない風景が、一瞬で後ろに飛び去り、色とりどりの星に彩られた漆黒の宇宙空間に置き換わる。
 太陽系最外縁部。オールト雲の外縁部。
 一光年も離れたここから見る太陽は遠すぎて、他の星よりもちょっと明るい恒星、程度にしか見えない。
 
「地球軍艦隊を発見。距離80光時。戦艦2、巡洋艦4、駆逐艦6。旗艦は戦艦『マルセロ・ブロージ・ダ・シルヴァ』バレンシア級戦艦4428番艦。本船周囲20光時以内に地球軍のプローブと思しき質量点は存在しません。地球艦隊はまだこちらを探知できていません。」
 
 ルナの声が報告する。
 どうやっているのかまでは聞いていないが、地球軍艦隊には機械達のプローブが張り付いている。その動きはほぼリアルタイムでレジーナに伝わる。
 引き続きルナが地球艦隊の別働隊について報告した。
 
「ほぼ推定位置に地球軍駆逐艦八隻の伏兵を確認。太陽系の反対側です。距離1.5光年。八隻いずれもセバストポリ級駆逐艦。主砲が長レールガンです。」
 
「やはり居ましたね。」
 
 と、レジーナ。
 
「まぁ、使う気があろうと無かろうと、とりあえずは置くだろうな。保険みたいなものだ。使うかどうかは、そこの艦隊の司令官と、乗り込んでいる情報部将校の人柄次第、というやつだろう。」
 
 地球艦隊の武装で一番恐ろしいのは大口径レーザーや中性子弾長射程マスドライバー(ニュートロンガン)などではない。
 ホールドライヴを使って超高速のミサイルや、中性子散弾(ニュートロンスプレーガン)をごく至近、もしくは船内に直接送り込んでくるホールショットと呼ばれる攻撃方法が最大の脅威かつ必殺の攻撃だ。
 
 特に至近に展開した艦隊を観測艦として利用して、数光年先の射撃艦からこのホールショットを釣瓶打ちされたら防ぎようが無い。
 船のすぐ脇にいきなりワームホールが開いたと思うと、そこから数万もの中性子散弾がぶちまけられる。もしくは亜光速のミサイルが突然飛び出してくる。
 電磁シールドも重力シールドも、重積シールドでさえ完全に無視してその内側のごく至近距離にいきなり出現する。
 予知能力者でも搭乗していない限り、まず絶対に避けられない。
 
 今、太陽系のちょうど反対側、1.5光年先に展開している駆逐艦八隻がこの狙撃部隊だと思われる。四隻がホールドライヴを制御し、残る四隻が射撃係だろう。
 レジーナから80光時の地球艦隊は、確かにセイレーンを迎えに出てきた船なのだろうが、同時に観測艦としての役割も担っているのだろう。
 駆逐艦四隻分のミサイルや中性子弾マスドライバを撃ち込まれれば、レジーナなど一瞬で破壊される。
 あとは向こうの出方だ。
 この八隻の存在を知らしめて交渉のカードにしてくるなら良し、しかし伏兵として隠し続けるようならば、最後の決定的瞬間に本当に撃ってくる可能性が高い。
 
 レジーナにも武装が無い訳ではない。
 元々設置されていた対デブリ600mmレーザーが三基あるが、これは軍艦に対して用いるには余りに貧弱で、武装と呼べるレベルのものでは無い。
 ニュクスが調子に乗って増設した20連短距離ミサイルランチャーを結局一基だけ残してある。ホールドライヴと組み合わせて使うなら、地球軍の使うホールショットとほぼ同じ方式での攻撃が可能だ。
 
 しかし実際の所、武装があるからと云ってもほとんど意味は無い。
 ホールショットを使用した撃ち合いは、不意打ちである初撃がほぼ100%の命中率を持つため、先手必勝となる。撃った側が何らかの理由で余程手加減を加えない限り、撃たれた側は初撃命中で戦闘能力を失い、あとは宇宙を漂うただの標的となる。
 例えばレジーナに夜の女神の手厚い加護があり、凄まじく運良く初撃を避けることが出来たなら、その後の逃走時に使うチャンスがあるかも知れない、程度の武装だ。
 要するに、気休めに近い。
 そんなことは分かっている。それでも連中の前に完全に丸腰で出て行く気にはならなかったのだ。
 
「レジーナ、量子通信で地球艦隊の旗艦を呼んでくれ。一声掛けてから短ジャンプで横に付ける。」
 
「諒解です。回線開きました。当方映像はマサシのみを送ります。映像をクルー全員に同時配信します。」
 
 レジーナの声がすると同時にAARコンソールにウィンドウが開く。
 地球軍の艦隊勤務士官の制服に身を包んだ、いかにもという風采の将校が一人映っている。
 
「こちら地球軍第四十七艦隊旗艦『マルセロ・ブロージ・ダ・シルヴァ』。私は艦隊司令のミカエル・アントヌッチオ准将だ。レジーナ・メンシスⅡ号、まずはお疲れ様だった。貴船の無事の帰還と作戦の成功はとても喜ばしいことだ。本艦右舷に接舷ポートを展開する。貴船接舷後は、機械群大使殿と共に貴船の乗員全員を本艦に招待する。歴史的瞬間だ。接舷後速やかに乗艦願いたい。よろしいか?」
 
 アントヌッチオ准将と名乗ったその男は、こちらが挨拶をする間もなく一気にそれだけまくし立てた。
 准将という位まで昇っている割には、コミュニケーション障害持ちな奴なのだろうか。
 
「アントヌッチオ准将、こちらはレジーナ・メンシスII、船長のキリタニだ。遙々のお出迎え戴き感謝する。現在本船は貴艦から80光時の距離にある。短距離ジャンプで貴艦近傍にホールアウトする。その後、貴艦からの誘導に従い接舷する。貴艦に移乗するのは、機械群大使一名、本件の依頼人一名の計二名。同時に貴艦を訪問するのは船長キリタニ以下四名だ。以上。」
 
「キリタニ船長、諒解した。無事の接舷を祈る。以上。」
 
 軍の指示は短く明確で分かり易くていい。
 しかし、全員移乗しろとは、いったい何を考えているのだろうか。誰もいなくなったところで陸戦隊を突入させてレジーナを占領するか、太陽系の反対側に控えている狙撃部隊を使ってレジーナを破壊するか、そんなところか。レジーナを破壊してしまえば、キュメルニア・ローレライの情報も外部に漏れることもなく、ホールドライヴデバイスが他に流出することもない。
 今後の予定を乗員全体に対してレジーナからアナウンスさせつつ、地球艦隊の狙いを想像する。
 レジーナを交えてコクピットクルーの中で地球艦隊の狙いを議論して、いくつかの対策を立てた。
 
 その中で、ニュクスからの提案があった。
 レジーナに元々備わっていた重力シールドと電磁シールドに組み合わせて、分解フィールドを展開する新タイプの重積シールドだ。
 新タイプとは言うものの、三十万年前、分解フィールドが戦闘艦の標準装備だった頃はこのスタイルは珍しくなかったのだそうだ。
 
 第一層の高重力フィールドで大方のデブリを吹き飛ばす。第二層の電磁シールドで、重力では効果が薄い電磁系の障害を排除する。そして第三層の分解フィールドで第一層、第二層で除去しきれなかった、あらゆる粒子系障害物を素粒子にまで分解して無害化する。
 
 ニュートリノやタキオンと云った素粒子類を排除することは出来ないが、α線やγ線は分解フィールドで無害化できる。
 この重積シールドを使えば、先のキュメルニアガス星団内での最高速度制限も無くなってしまう。
 それならそうと、キュメルニアガス星団に居る内にさっさと展開してくれれば良いものを、と抗議すると、重積シールドとして展開するために他のフィールドとの擦り合わせアライメントに数日必要だったとの事だった。
 レジーナやルナのバックアップを得たニュクスが、それほどの時間をアライメントに費やすのは少々奇異に思えたが、地球製の船やデバイスに慣れていないのかも知れない。
 
 この方式の重積フィールドは非常に高性能だが、最大の欠点は分解フィールドがエネルギー喰いなので、フルパワーでシールドを展開すると専用のリアクタが確実に一基必要になることだった。
 全長二千mというような巡洋艦戦艦クラスの大型船ならともかく、小型船にリアクタの追加は痛い。それだけのスペースが無い。さらに、分解フィールドを追加することでパワーの消費量が跳ね上がる割には、戦闘中はミサイルやマスドライバーといった実体弾にしか効果がない。
 近距離で打ち出されるミサイルは速度が載っていないので重力シールドで弾くことができる。遠距離から接近するミサイルや実体弾は、探知してレーザーで打ち落とせばよい。
 
 戦艦同士の接近戦というのはまずあり得ず、そして接近戦を仕掛けてくる駆逐艦の小さなボディでは、ミサイルを格納した時点で容量一杯で、マスドライバーを乗せる余裕がない。太陽系の向こう側に潜伏している駆逐船隊は、ホールショットを行う前提でマスドライバーを装備した、地球艦隊ならではの特殊仕様だ。
 つまり、通常なら至近からマスドライバーを撃たれる状況そのものが成立しない。
 
 結局、分解フィールドはニュクスが言ったとおり、接舷白兵戦を挑みかかろうとする敵艦に対して用いることになるが、現在の戦闘の主流は遠距離砲撃戦であるので、その状況そのものが成立しない。
 恒星をエネルギー源とした物質転換機が幾らでも作れる現代、白兵戦を仕掛けて敵艦を鹵獲するよりも、ほぼ無尽蔵に生み出される資源から新造艦を大量生産した方が割の良い仕事、ということになる。
 汎銀河戦争の交戦規定があるため、戦時中であっても民間ベースでの技術交流が僅かながら発生する。新たな技術が開発されても、しばらくすればその技術は銀河中に広まる。艦隊戦の残骸を回収しても良い。白兵戦を仕掛けて苦労して敵艦を鹵獲する旨味というのが殆ど無い。だから、接舷白兵戦など発生しない。
 ならば、パワー喰いの分解フィールドなど要らない、ということになる。
 これが、現在銀河種族達の戦闘艦隊で分解フィールドが装備されていない主要な理由らしい。
 
 銀河種族達はまだ気付いていないのか、気付いていても彼ら特有の行動の緩慢さでまだ実戦配備に至っていないのか、実はこの分解フィールドはホールショット攻撃に対して極めて有効な防御手段に成り得ると俺は睨んでいる。
 リアクタ出力さえ常に高めにして準備しておけば、分解フィールドはほぼ瞬時に展開できる。船体の至近にフィールドを展開すれば、例え相手が中性子弾であろうと亜光速ミサイルに搭載された反応弾だろうと、素粒子にまで分解してしまえばなんと言うことはない。
 分解フィールドは同時に処理する質量に対してのみ処理能力が左右されるので、中性子弾を0.5光速で打ち込まれようと問題ない。
 だからニュクスの悪戯のうち、分解フィールドだけは撤去せずにそのまま残してある。
 超絶美少女の外見をしたニュクスの涙にほだされて残したわけではないのだ。絶対ないのだ。
 そしてレジーナでは小型船特有のスペースの問題も解決済みだ。
 スペースが無ければ継ぎ足せば良いという、機械のくせにどんぶり勘定な発想のニュクスが単純且つ荒っぽく力業で解決した。その結果船体が30mほど長くなったが。
 
 
■ 3.12.2
 
 
 レジーナは地球艦隊から10万km程の宙域にホールアウトした。
 ここまで接近すれば、通信を含めてすべて通常の電磁波を利用することができる。
 地球艦隊旗艦のマルセロ・ブロージから接舷用ビーコンが発せられ、ニュクスがそれを拾って航路を乗せる。
 数分もしない内に地球艦隊が肉眼で視認できるようになり、レジーナが接近するにつれてその艦体が徐々に大きく見えてくる。
 マルセロ・ブロージは3000m級の大型戦艦だった。
 第47艦隊とは言えど、艦隊旗艦なのだ。当然といえば当然だろう。
 マルセロ・ブロージの船体脇に接舷ポートが延びており、レジーナがそこに接舷する。
 「霧風」と「谷風」はレジーナから少し離れ、100kmほど離れたところで静止した。
 3000mもある大型戦艦の脇に300mしかない細い鏃のような形のレジーナが接舷すると、まるで戦艦とミサイルのようだった。
 
 ステーションに接岸するときとほぼ同じ接舷シーケンスが完了し、エアロックが開く。
 
「では、行ってくる。レジーナ、留守をよろしく頼む。」
 
 リンクシステムから外れ、船長席から立ち上がりながら言う。
 
「万事承知しました。お気を付けて。」
 
 レジーナの船内ネットワークという仮想空間の中でニュクスや機械達に遊んでもらっているからなのか、レジーナが凄まじい勢いで成長している気がする。その受け答えはすでに古女房か、どこぞの高級旅館の女将のようだ。
 船長席脇の機関士席からほぼ同時に立ち上がったルナと目が合う。
 ルナは相変わらず全くの無表情だ。
 とはいえ、レジーナに対して成長が遅れているわけではない。レジーナ同様仮想空間での学習は進んでいる。
 どうみてもニュクスと手を組んだとしか思えない悪戯を無表情に仕掛けてきたり、絶妙なタイミングで冷ややかにキツい突っ込みを入れてきたりするので、無表情の内側では実は色々と感情が動いていることは分かっている。
 彼女はこういう性格なのだろう。つい数日前までレジーナとルナは同一のAIだった筈なのだが、この短期間でこうも差ができるのは驚きだ。
 
 ブラソンとニュクスを伴い、俺たち四人はコクピットを出る。
 到着予定と接舷の進行状況を常に配信していたので、通路にはそれぞれの自室から出てきたセイレーンとアデールが俺たちを待っている。
 セイレーンはにっこりと微笑むと何も言わずに俺の脇に並んで歩き始めた。
 アデールは相変わらず俺を睨むと、一歩進んで俺たちの前にこちらを向いて立ち止まった。
 
「感謝はしない。お前達は私からの依頼を達成しただけだ。依頼の達成率は100%で、セイレーン在地球大使をお連れできる事を加味すれば100%以上と言って良いだろう。」
 
 どうやらこのクソ女も再起動して平常運転に戻ったようだ。
 これでこの船から下りる以上、俺たちにはもう関係ない。好きにどんどんやってくれ。
 
「依頼達成率100%以上のおまけ報酬として一つだけ教えておいてやる。地球軍の中では、コピーを作ることができるネットワーク上の機械知性体の扱いは、破壊すると補填できない生体であるヒトよりも一ランク下だ。気を付けろ。」
 
 それだけ言うとアデールは前に進み、セイレーンの斜め後ろの位置に並んだ。
 レジーナと、当然その脇で耳をそば立てている機械達の耳にも届いただろう。連中は俺よりも頭が良い。
 俺は再び歩き始めた。生体を持つレジーナの乗員全員がその後ろに続く。
 
 通路の先にあるハッチをくぐり、接舷ポートのゲートチューブを進む。
 戦艦マルセロ・ブロージのエアロックは広く、部屋の両脇に銃を構えた陸戦隊兵士が数十人整列していた。
 俺たちが全員エアロックを抜けると、号令がかかり、兵士達が派手な音を立てて捧げ銃の姿勢をとった。
 正面に数人立っている艦隊将校の制服を着た男達の中から一人が進み出て、俺たちの数m前までやってきて口を開いた。
 
「地球軍第47艦隊旗艦『マルセロ・ブロージ・ダ・シルヴァ』へようこそ。セイレーン在地球大使殿、ソル太陽系へようこそ。まずは全地球を代表して私からご挨拶申し上げる。私は第47艦隊司令ミカエル・アントヌッチオ准将です。なにぶん軍艦故、むさ苦しい船で申し訳ありませんが、滞在中おくつろぎ戴けるよう最大限配慮申し上げます。何なりとお申し付け下さい。」
 
 立ち止まっている俺の右脇を抜けて、セイレーンが進み出る。同時に左側からニュクスが前に出る。
 
「ミカエル・アントヌッチオ司令官殿、お出迎え戴き感謝申し上げます。私が在地球大使のセイレーンです。こちらは在地球大使付武官のニュクスです。外に控えておりますのが、駆逐艦「霧風」「谷風」です。同じく大使付武官となります。ニュクスは民間船『レジーナ・メンシスII』号乗務となりますが、ともどもよろしくお願い申しあげます。」
 
 口上とともに、セイレーンとニュクスがスカートの端をつまみ上げ、軽く片膝を曲げて右足のつま先を突き、少々古めかしいコーテシーを見せる。久々に例の鏡面シンクロをやっているようだ。
 置物の人形のような超絶美少女の二人がゴスロリ服を着てやると素晴らしく様になっている。
 やればできるんじゃないかこの悪戯小僧ども。レジーナの中でもそれくらい大人しくしていて欲しかったものだが。
 というか、在地球大使付武官という仰々しいタイトルはいったい誰だ。
 待てよ。セイレーンの髪がいつの間にかプラチナブロンドになっているぞ。
 金髪碧眼の美少女が全権大使。とことんあざとい奴らだ。
 
 そんな中、ニュクスの声が頭の中に響いた。
 
「奴らが射撃位置についたぞえ。」
 
 まるで彼女のあの悪魔のような美しい笑顔が添付されたような、そんな嬉しげな声だった。
 
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