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第三章 Cjumelneer Loreley (キュメルニア・ローレライ)
2. ホールドライヴ
しおりを挟む■ 3.2.1
ホールドライヴ。
徐々に銀河種族達に追いつきつつある地球の科学技術、軍事技術の中で、現在最高機密とされるものだ。
最高機密とはいえ、その存在自体は有名になっている。汎銀河戦争の中で何度も使用されているためだ。最高機密であるのはその存在ではなく、その理論と機構、そして製造方法だ。
銀河種族達も何種類かの星間航行法を持っている。
重力により空間を破断して目的地と繋ぐジャンプ航法がもっとも一般的だ。
他に、やはり重力で空間を歪曲し、目的地との距離を縮めて旅程を圧縮するスプリングドライヴ、次元断層を用いていわゆる亜空間を航行するワープドライヴ。
ジャンプ航法が一番多く用いられている理由は、それが最も効率がよいからだ。他の二つはジャンプ航法に比べて遅い。ジャンプ航法が数日で踏破できる距離を、その倍、三倍の時間をかけて移動する。さらにワープドライヴは次元断層を越えるとき、亜空間を航行するときの事故率が高い。
もっとも安全かつ高速な移動手段であるため、現在銀河ではジャンプ航法が最も一般的に用いられている。
しかし、ジャンプ航法にもいくつもの欠点がある。
最大の欠点は、ジャンプの起点と終点で重力傾斜、つまり空間の歪みがほぼ無いことが求められる。つまり、星系外で恒星の重力の影響がほとんどなくなった場所か、星系内でも極めて安定なラグランジュポイントが必要になる。
空間の歪みが存在した場合、ジャンプイン時の空間の歪みにジャンプアウト時の空間の歪みを行列的に乗算した歪みが船体にかかる。
ジャンプアウト時の空間破断面の調整によって、ある程度この歪みを戻すことは出来るが、歪みが余りに大きかった場合や、出口側の空間の歪みが既知でなかった場合には歪みを戻すことが非常に困難になる。
歪んだままジャンプアウトしたらどうなるか。
運が良ければ、船体がねじ曲がったままジャンプアウトすることになる。ただし、歪みは空間的なものであり、つまり船体だけでなくその中身も同様に歪むため、荷物や旅客も同様に歪んでしまうことになる。一度のジャンプで発生する歪みは微少でも、これが何度も積み重なると大変なことになるのは想像に難くない。
運が悪ければ、原子の重なり合いが発生して最悪大爆発を起こすか、逆に原子間が離れてしまって物体としての形を保てなくなる。
ジャンプ航法黎明時には、そのような事故が何度も起こったらしい。だから今ではジャンプポイントは大概星系外に設定されており、そのようなジャンプポイントには恒久的な施設としてジャンプゲートが建造され、ジャンプドライヴを内蔵しない一般船舶にもジャンプ航法が利用可能となっている。
これに対して、地球製のホールドライヴ。
その発見は失敗による偶然だったと言われる。
三百年前、ファラゾアとの接触戦争の真っ直中の時代。撃墜したファラゾア機を調査解析し、地球人は重力推進を手に入れた。
戦闘の中で重力ジェネレータを最大出力で使う場面があったことだろう。その時、地球製の重力ジェネレータを最大出力で運転すると、周囲数kmの範囲内にあるファラゾアの重力ジェネレータが何らかの共鳴作用を起こし、バースト状態になって機能停止することが発見された。
この現象を用いて、対ファラゾア大量破壊兵器が生み出されたりするのだが、それはまた別の話だ。
何が起こっていて、なぜそんな事になるのか、当然解析調査が行われた。
接触戦争終了後しばらく経って、その原因が判明した。
地球製のジェネレータは、現物からのコピー技術であったため、一部理論的に詰め切れていないところが存在した。空間の歪みを発生させる量子的な処理工程で、量子スピンの極性を逆に取り扱ってしまっていた部分があった。
その結果、空間の歪みの影響がジェネレータ近傍で止まることなく延びてしまう現象が起こり、共鳴するようにしてこの歪みは近傍にある他のジェネレータに摺り寄り、空間の歪みを繋げてしまう現象が起こっていた。いわゆる空間のワームホールがジェネレータ間に発生していたのだった。
ジェネレータの共鳴バースト現象は、このワームホールを通じて過剰なエネルギーが付近のジェネレータに短絡されて起こっていたものだった。
ここまでくれば後は技術的な問題だけだ。
偶然の結果発見してしまったこのワームホールを、艦船が通過できるほどの大きさに拡大し、起点と終点がジェネレータに繋がっているのを解放して、ジェネレータの前方にワームホールの起点を発生させ、終点を任意の座標に繋げられる様にすれば良い。
そしてこの、ワームホールの起点と終点を任意に設定できる様にしたのが、ホールドライヴと呼ばれているデバイスだ。
地球製の重力ジェネレータの部品を幾つか取り替え、ジェネレータにホールドライヴデバイスを取り付けるだけで良い。
ホールドライヴ航法は、ジャンプ航法のように空間破断面を通過することがない。あっちとこっちを穴で繋いで、通常空間を航行しているように移動すれば、ホールから外に出ていつの間にか目的地に到着している。
空間破断面を通過しないという利点はすさまじく大きい。
最大の利点は、空間破断面近傍の空間の歪み問題から完全に解放されることだ。つまり、空間が歪んでいようがお構いなくホールを開けて超光速航法に突入できるということだ。理論上、ブラックホールの重力井戸の中からでも穴を開けて飛び出すことが出来る。
太陽系外辺までわざわざ通常空間航法で何日もかける必要がなくなる。
敵艦の艦内にホールを開けて爆弾を放り込むことも出来る。ホールは通常空間のあらゆる障害物を無視するので、重力障壁や、空間断層障壁などがあろうとお構いなしだ。
このホールドライヴを独占している地球軍が享受している軍事的優位性は計り知れない。
なので、ホールドライヴデバイスは、全てのユニットが完全に地球軍の管理下に置かれており、俺たち民間の人間が入手することは不可能だ。
汎銀河戦争の中で地球軍艦隊が神出鬼没に現れ、好き放題に致命的な攻撃をしまくり、旗色がやばくなるとさっさとケツをまくってどこかに消えてしまうという驚異的な戦術を採ることはすでに銀河中の話題になっており、全ての種族がその地球軍の秘密をどうにかして手に入れようと血眼になっている。
だから、ホールドライヴデバイスは地球軍の完全管理下に置かれ、登録されたジェネレータ以外では動作しないよう調整され、さらに大破した船から回収など絶対にされないよう、ご丁寧に自爆機能まで付いているという徹底した念の入りようだ。
そのホールドライヴを今回貸与してくれるという。
すなわち、この依頼は軍の息のかかった依頼と言うことだ。
確かに、ホールドライヴがなければ、キュメルニア星団に突入することも無理ならば、星団の中でたった一隻の難破船を探し回ることも不可能だろう。
ホールドライヴがあれば、探索成功の可能性も見えてくる。
だがそれは即ち、軍の管理下に置かれ、依頼完了後も軍に眼を付けられるということを示している。
軍に繋ぎが出来ることは、メリットもあれば、デメリットもある。
俺たち、自由に銀河を飛び回る船乗り達にとってみれば、とにかく誰かから拘束され命令されるのが気に入らないので、軍と繋がりを持ちたがる奴は滅多にいない。
軍や政府と云ったところは、国家の利益のためであれば平気で個人の都合や権利というものを無視してくる。今回の依頼、断ったところで必ず追いつめられ、のっぴきならない状況に陥らされて最終的には首を縦に振らざるを得ない事にされる臭いがプンプンしている。
ここは、素直に依頼を受けるために地球に戻っ方が良いのだろう。
■ 3.2.2
ハバ・ダマナンからまた何日もかけて太陽系に戻った。
太陽系のジャンプポイントを出た時点でシャルルに連絡し、予想到着日を知らせる。予想到着日の翌日に、今回の依頼主との打ち合わせを設けるとシャルルは言った。依頼主に関する情報についてシャルルは相変わらず一切口にしない。ここまで徹底されると、確実に軍か政府関係だろう。
太陽系を内側深くに進んでいくが、今回は「Red Sun」のお出迎えはないようだった。何もなく無事にシャルルの造船所にたどり着く。
造船所にたどり着くと、ドック入りを指示される。名目上は整備だが、今回の依頼を断れないものとしてホールドライヴの取り付けを行うための下準備だろうと想像する。レジーナは当然地球製の重力ジェネレータを搭載しているので、基本的には今のままホールドライヴを取り付けることが出来る。ジェネレータの中の幾つかの部品を交換してやるだけだ。
シャルルの造船所に到着し皆の歓待を受けた翌日、依頼主がやってきた。
黒縁の眼鏡を掛け、濃いブラウンの髪をまとめ上げて黒いスーツに身を包んだその女は、アデール・ミンネマン(Adele Minnemann)と名乗った。黒いスーツは軍服ではなく、量販店で買えるようなものだったが、身に纏った雰囲気、歩き方、所作、目つきなど、どこから見ても明らかに軍の将校、しかも情報部などの冷徹な判断を要求される部署のそれなりの地位の人間だというのが丸わかりだった。
打ち合わせの中でそれとなくそこに触れると、所属や彼女の階級、仕事の内容などに関しては一切明かす事が出来ないが、今回の依頼が軍からのものである事だけは肯定した。
かのキュメルニア探査船は銀河人類のルーツを探る調査を行っていたらしい。銀河人類のルーツを探っている船が、何を考えてあんな過酷なガス星団に接近したのかは分からないが、難破する直前に相当に有力な情報を掴んでいた事だけは確からしい。
俺達船乗りの間では、都市伝説的に一攫千金の話の中で「キュメルニア・ローレライのお宝」と言われる事もあるのだが、今回地球軍(の、多分情報部だろう)が調査したところに寄ると、確かに何らかの有用な情報を得たと本国に連絡があった後に探査船は難破したのだという。
「幾つか、はっきりさせておかなくちゃならない。」
射貫かれて後頭部まで貫通しそうなアデールの眼光を精神力という盾で弾きながら、俺は質問を場に投げ込んだ。
「何だ。内容によっては返答しかねるが。」
情報部にいると誰もこういう話し方が身につくのだろうか。いや、戦闘モードのミリの方がまだ愛嬌があったような気がする。
「一つ目。上手く行ったとして、キュメルニア・ローレライの情報が元々あんた達の期待に応えられない程度のものだった場合の報酬はどうなる?」
「君たちにその責任はない。報酬は満額支払う。」
「では、俺たちが得た情報がサルベージ出来る最大限だった、とどうやって証明する?」
「やり始める前から逃げ道を作る気か。最大限サルベージするための貴殿の相棒だろう。」
アデールは俺を蔑むような目つきで見る。ムカつく女だ。
「勘違いするな。最大限の情報を取って帰ってきても、難癖付けられて報酬を目減りされないか、と疑ってるんだよ。」
「軍を信用しろ。君は自分が所属する国家が信用できないのか。」
まあ、仕事でやってるんだから仕方ないのだろうけれどな。本気でその台詞を吐いているんだったら、ずいぶん残念な頭の女だ。
「信用できないから言っているんだ。信用していれば今頃軍のパイロットをやっている。」
「国家に対する不穏な発言として見過ごせんな。何か理由を付けて逮捕されるのと、依頼を受けて金を受け取るのと、どっちがいい?」
「そういう事を言うから信用できねえと言ってるんだ。交渉は決裂だ。おいブラソン、行くぞ。」
そう言って俺は席を立った。ブラソンも相当不機嫌な表情で立ち上がる。;
俺も国家だ政府だというやつは虫が好かないが、ブラソンにとっては天敵のようなものだ。その敵側の人間がこれだけ傲岸不遜な態度を取れば、機嫌も最悪だろう。
「公務執行妨害と国家反逆罪なら、今すぐにでも付けられるが、どうする?」
その台詞に決定的にムカついて、女の方を見ると、テーブルの下から黒い銃口が覗いていた。
「撃てよ、このクソ女。武装していない無抵抗の民間人を射殺してみろよ。」
台詞を吐いた勢いでテーブルを蹴り上げて、テーブルで射線を遮り、さらにアデールにぶつけるという両方を同時にやってやろうと脚に力を込めた瞬間、シャルルが力一杯テーブルを叩き、会議室にでかい音が鳴り響いた。
「お前らいい加減にせんか。マサシ、てめえ俺の顔を潰す気か。アンタもアンタだ。ケンカをしに来たのか、依頼の詳細を詰めに来たのかどっちだ。」
「ケンカを売ってきたのはそいつだ。」
アデールが表情を変えずに言い放つ。
「馬鹿言え。先に挑発してきたのはてめえだろうが。」
女を殴るのは趣味じゃないが、本気で一発殴ってやろうかこいつ。
「どっちもどっちだバカヤロウ。アンタもそれを仕舞ってもらおうか。俺の会社の中でそんなモンチラつかせるんじゃねえ。マサシ、おめえもだ。ガキじゃねえんだ、ちゃんと仕事しろ。」
アデールの手からハンドガンが消えた。
アデールの顔を睨み付けつつ、俺ももう一度椅子に座る。
「ようし。二人とも良い子だ。仕事に戻ろうか。で、さっきの話だが、確かにマサシが言うのももっともだ。仕事を完了した事をどうやって証明し判断する?」
「心配いらん。私が同行する。私がその場で判断する。」
「断る。」
「お前達が判断出来るものでも無かろう。」
「船の空気が腐る。」
「ほう、お前は・・・」
「マサシ、いっぺん頭冷やしてくるか?絶対零度で。」
ギロリとシャルルがこちらを睨む。
「ち。分かったよ。積んできゃいいんだろ。エンジンルームな。」
「おまえな、いい加減にしとけよ。」
シャルルがこっちを本気で睨んでいる。
そうは言うが、気の進まない依頼に、ムカつくクソ女に、極限までやばい状況だ。ホールドライヴ貸与でなくて払い下げでもなければやる気など出てこない。シャルルに恩があるからまだこの椅子に座っているだけだ。
「一つ面白い話をしてやろう。むかし昔、極東の島にガキが一人住んでいた。ガキは小さな頃から宇宙にあこがれていた。ある時、納品のため地上まで降りてきた貨物船に人目を盗んで転がり込んで密航し、その船が宇宙に上がった後に密航がバレてからはそのままその船の船員になった。
「さてそのガキには、出入国管理法違反、免疫法違反、住居等不法侵入、器物損壊、公文書虚偽申告、脱税、そして業務上過失致死と殺人の疑いがかけられている。ちなみに私には職務上、逮捕権と警察権がある。どうするね?」
アデールが口の端を皮肉に歪めながら、黒い眼鏡の縁の向こうからまたあの蔑むような眼で俺を見ている。
・・・クソッタレ。
このクソ女、キュメルニア星団で裸のまま船外に叩き出してやる。
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