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第一章 危険に見合った報酬
36. Dance, dance, dance
しおりを挟む■ 1.36.1
戦艦五十隻。
一対一でさえ、どうあがいても駆逐艦では絶対に勝てないのが戦艦という怪物だ。
それが五十隻。
「何でこんなに接近するまで!?」
俺の言葉をミリが代弁する。
「ステルスかかっていた。戦闘機さばくのにリソース使いすぎた。スマン!」
背中をぞわりと嫌な感覚が這い上がった。
全速で上昇。
駆逐艦霧谷は、一瞬でベレエヘメミナから数百km離れる。
宇宙空間では、レーザーは見えない。
しかし今まで散々ミサイルや戦闘機を撃破してきたこの空間は、デブリ濃度が高く、戦艦の主砲の光路で真っ白に燃え上がり一瞬で蒸発するデブリの煌めく光が、レーザー砲の光路に沿ってキラキラと光って見えた。
「無理だ!逃げろ!」
ブラソンが叫ぶ。
やってみなきゃ、分からないじゃないか。
それに逃げると言っても、奴らの方が脚が速い。逃げ切れない。
全速でベレエヘメミナに向けて加速する。
一瞬で目の前にベレエヘメミナが現われる。
衝突回避アラートがうるさく鳴り響く。
2500Gでフル制動。
まさかベレエヘメミナに向けて真っ直ぐ突っ込むとは思っていなかったのだろう。戦艦は対処できていない。
静止した霧谷の舳先からベレエヘメミナ壁面までわずか5m。
実は俺もちょっと焦った。
方向転換もせずに、そのままベレエヘメミナに沿って急加速する。
いままで霧谷がいたところをレーザーが通過する。
ベレエヘメミナから突き出した構造物が、何箇所か鋭い光をあげて蒸発する。
姿勢制御し、ベレエヘメミナから高度50mを維持、相対速度200km/sec。
足下を流れていくベレエヘメミナは、余りの速度に何もかもが溶け合ってただの灰色の一枚板にしか見えない。
一瞬でベレエヘメミナの空間転移シールドの内側に潜り込む。
今まで頭上に見えていたベレエヘンムと戦艦が消え、のっぺりとした黒一色の空間になる。
真っ黒なチューブの中を灰色のベレエヘメミナが遙か先まで伸びている。
そのベレエヘメミナに沿って、駆逐艦霧谷はチューブの中を疾走している。
【作戦第四段階;システムコントロールルーム近傍に陸戦隊を突入させよ】
ん? 第三段階が飛んだな?
「コントロールルームは2万5000km先だ。相対速度100km/sec以上をキープしろ。」
ブラソンからの声が飛ぶ。
「ベレエヘメミナからの高度150m以下をキープしろ。200m以上離れると、固定砲台から狙われるぞ。」
高度150mで相対速度100km/sec以上。
・・・まぁ、やってやると豪語したのは俺だしな。
「絶対やられたと思ったぜ。無茶苦茶やりやがって。まあ、あれくらい出来なけりゃ、今からやる曲芸は到底無理なんだろうが、な。」
ブラソンの、半分苦笑いの混ざった呆れ声が届いた。
咄嗟の判断だった。
勿論、瞬時に考えついた中で最も生き延びる可能性が高そうな行動をした訳だが、では自信があったのかと問われると、それを肯定するには少々危なすぎる橋だった。
しかしブラソンの言ったとおり、多分何度も襲いかかってくるであろう敵の攻撃を避けながら、ベレエヘメミナ表面からの高度150m以下、速度100km/sec以上という制約の下、今から25000kmという距離を踏破する事を考えると、まだマシだったかも知れない。
高度150mだと、幅20kmのベレエヘメミナは広い平面に見える。
色々な構造物が、凄まじい勢いで後ろに吹っ飛んでいくのだが、余りにスピードがありすぎて目で追う事も出来ない。
回避の必要な障害物は数百km先からマーカーが付いている。さほど数は多くないので、マーカーの少ないところを選んで飛んでいれば、回避はそれほど骨の折れる作業ではない。
固定砲台は性質上、壁面から少し出っ張った場所に設置されている。
安全のため一定の角度以下では撃てないようになっているらしい。ベレエヘメミナ自身を撃たないようにする為の安全策だ。
もちろん、砲台の真上を通過すれば、この安全角度を大きく上回ってしまう。しかし100km/sec以上の速度の目標では、砲台が機械動作的な限界で目標を追跡できない。
自動追尾を切って固定角度で待ち伏せる、という手もあるが、予想した進路を霧谷が通過するとは限らない。
レーザーは光学兵器なので効果範囲が狭いのだ。ミサイルの爆発とは違い、目標が光路よりほんの僅かずれただけで全く効果がなくなる。
【駆逐艦「イクティプト」、駆逐艦「ルトバ」、駆逐艦「アラディヤー」、撃沈。強襲駆逐艦隊残存1】
感情の籠もらない声でシステムが告げる。
どうやら僚艦は全滅したようだった。
俺の曲芸飛行と、ブラソンの航法とハッキングという個人技を当てにした作戦立案だったのだ。
逆にそれに付き合わされた、その様な特殊技能を持たない兵士が操艦していた残り九隻の駆逐艦については、この作戦に参加した事が不運だったと言うしかない。
「相対速度200km/secをキープする。ブラソン、今の内にポッドに行け。」
「分かった。撃ち落とされるんじゃねえぞ。」
ブラソンの気配がネットワークから抜けていくのを感じた。。
警告音。前方500kmに複数の巨大構造物。
どうやら戦艦が何隻か係留されているらしい。その巨体はまるでベレエヘメミナからそそり立つ高さ数千mの巨大な柱のように見える。
高度100mをキープしたまま艦を横滑りさせる。
障害物を回避した進路を取ると予想され、そこに何らかの罠が仕掛けられている可能性がある。
三隻の戦艦がベレエヘメミナに対して垂直に係留されている間を抜けるコースを取る。
視野の中で前方にデカい突起物が見えたと思った次の瞬間、その間を抜け、戦艦は遙か後ろに消える。
マーカーが示されているので、障害物の場所は遥か遠くからあらかじめ分かってはいるが、その障害物を実際に目視出来るのは僅か一秒にも満たない一瞬の間だ。
シールドに反応がある。
どうやら係留された戦艦から伸びたケーブルを何本か引っかけたようだ。その程度であれば、シールドが問題無く排除してくれる。
空間転移シールドの内側に入ったので、反乱軍艦隊からの攻撃はない。とりあえず色々な事に対処できる。
システムメンテナンスルームを確認する。残り18000km。現在の相対速度約200km/sec。このままいけばあと90秒程度で到達する。
突入ポッド射出シーケンスを、残距離1000kmで自動起動するように設定する。さらに、残距離50kmで強制実行されるようにしておく。
これで、俺とミリの二人ともが全く手が放せない事態が発生しても、目標に接近すればポッドは確実に自動的に射出される。
警告音。
2000km前方と1000km後方に戦闘機隊が出現。前方三十機、後方五十機。
先ほどとは違い、ベレエヘメミナと空間転移シールドとの間の30kmという狭い空間なので、混乱を来さないように出撃数も絞っているようだ。
駆逐艦霧谷から前方に十発、後方に十発、それぞれミサイルが放出される。ミリのコントロールだろう。
前方に飛ぶミサイルは、ベレエヘメミナから150mの位置を僅かに広がりながら真っ直ぐ突き進んでいく。
さらに十発、連続的に発射。
少し違和感を感じる。本当にミリか?
後方の戦闘機群はこちらとの相対速度50km/secで接近してくる。
高度が低すぎて自動操縦は効かず、かといって手動操縦では速度が出せないのだろう。しばらく放って置いて良い。
前方のミサイルは戦闘機群の200kmほど手前でベレエヘメミナからの高度をとる。
ミリはミサイルをレーザーで撃ち、戦闘機群の前方にプラズマの雲を発生させる。
戦闘機群もこれは予想していたらしく、減速してタイミングを外す。
そこに後続の十発が襲いかかる。
十発中八発が命中し、数機がプラズマに巻き込まれ、爆発で数機が弾き飛ばされる。
弾き飛ばされた機体の一部は空間転移シールドの領域を踏み越えて暗灰色の壁の向こうに消える。
残十二機。
主砲がスキャン照射し、八機を吹き飛ばす。残四。
距離300kmで戦闘機群がミサイル放出。八十発。
バカなのかこいつ等?
ミサイルを放出した直後、まだ戦闘機の機体から離れていないミサイルをミリが操作する霧谷のレーザーが打ち抜く。
打ち抜かれたミサイルが爆発し、まだ散開していない他のミサイルが誘爆する。
巨大なプラズマが発生し、前方の戦闘機群は全てそれに巻き込まれる。
こうなるに決まっているだろうに。
薄れゆくプラズマの雲と、戦闘機隊の残骸であるデブリの中を霧谷は一瞬で突き抜けて進んでいく。
前方の戦闘機群の間抜けな行動により、進路がクリアとなった。
後は後方から追いすがってくる五十機、いや先ほどのミサイルで数を減らして四十三機だ。距離700km。その距離が
さすがに先ほどの前方戦闘機群の最期を見ていた分、近距離でミサイルを撃つという愚を犯すものはいない。
かといって、水鉄砲の様な艦載機搭載のレーザー砲による攻撃では、駆逐艦である霧谷のシールドを抜く事は到底不可能だ。
要するに、後ろを付いて来るのは良いが、かといって手も足も出せない状態なのだろう。
と思えば、三十機ほどが二手に分かれて、ベレエヘメミナの縁を回り込んで視界から消えた。
ベレエヘメミナ本体は、20kmx10kmのほぼ長方形断面を持っている。
今駆逐艦霧谷は、幅20kmのベレエヘメミナ環内面を飛んでいる。
反乱軍の迎撃戦闘機十五機ずつが角を回り込み、幅10kmの両側面側に隠れて霧谷に接近してきている状態だ。
両側面に展開した合計三十機がミサイルを放出した。片側三百発、計六百発。
考えたな。確かにこれなら、発射の瞬間を狙い撃ちされることは無い。
しかし甘い。
反乱軍は拠点にしているベレエヘメミナの機能が低下するのは大きな損害だろうが、別に俺たちはベレエヘメミナが傷付こうがどうしようが、はっきり言って関係ない。
そう思うや否や、ミリが十発ずつ二回、計二十発のミサイルを発射した。
戦闘機の撃ったミサイルが、ベレエヘメミナの端を越えて回り込んでくる。
ミリはそのミサイルを一つずつ潰していっている。巻き込まれて誘爆するものも出ているので、思ったより早くミサイルは減っていっている。
側面に回り込んでいた戦闘機が端を越えて環内面に戻ってくるちょうどその時、駆逐艦霧谷が発射したミサイルが戦闘機群を襲う。
ベレエヘメミナ壁面と空間転移シールドとの間隔が一番狭いところを通過するので、密集していた戦闘機群にもろにミサイルが突っ込む。
直撃したものと巻き込まれたもので、十二機の戦闘機が消えた。戦闘機残三十一。
メンテナンスルームまであと8000km。
後方からのミサイル残三百八十。距離200km。
「マサシ、こっちは席に着いたぞ。いつでもやってくれ。」
ブラソンがポッドに到着して、固定が終了したようだ。
200kmは、最大加速するミサイルならば数秒で追いつかれる。その間に三百八十発全てを打ち落とすのは無理だろう。
霧谷はずっと高度150mを保っているので、それを追尾するミサイルの高度も徐々に下がっている。
距離100km。
艦を高度500mまで一瞬だけ上昇させ、ベレエヘメミナ相対速度をゼロにまで制動すると同時に、高度を10mまで一気に下げる。
レーザーがシールドを幾つかかすめた様だが、艦体に被害なし。
つられて高度を上げたミサイルは、いきなり停止して高度を下げた駆逐艦霧谷の動きに追従できず、全弾ベレエヘメミナに突っ込んだ。
ワンパターンな回避で悪いな。
霧谷前方数十kmのところに大量の火球が発生する。ベレエヘメミナが千切れなければいいが。
霧谷を後進で大加速し、一瞬で300km/secに達する。
異常な機動に付いて来れない戦闘機群が上空を追い抜いていく。
霧谷停止。前方に加速。
一転、戦闘機群は追いかけられる側になる。前方100km。
戦闘機達の挙動で慌てているのが分かる。甘いな、こいつら。
ミリが主砲を使って戦闘機を撃墜する。
四機が、霧谷が実施したと同様の急制動で後ろに抜けていく。気づいた奴は生き延びられる。
勿論、後方に抜けたからと言って、その途中で霧谷のレーザーに切り刻まれる機体もある。
結局、ミリが十二機墜とし、さらに十五機が逃げ延びた。残十九機。
色々トリッキーな対応をされたので警戒しているのだろう。戦闘機群は500kmより近づいてこなくなった。
それならそれで良い。指を咥えて見ていろ。
メンテナンスルームまであと5500km。
とはいえ、いつまでもこのまま傍観してくれるとは思えない。相対速度を300kmに上げる。
また衝突アラート。前方に係留中の宇宙船三十三隻。距離1800km。
ベレエヘメミナのこちら側の面全体を覆う様にして、まるで金属で出来た林であるかの様に、長く巨大な艦がそびえ立っている。
結構密集していて避けるのがきつい。が、何とかなる。
「ミリ、あれを通り過ぎたあと、後方ミサイル。戦闘機が抜けるのを狙え。」
「後方はブラソンの担当だ。」
「任せろ。」
おや?
状況と会話が噛み合っていない気がするが。ブラソンがポッドに移動中に行った攻撃は誰がコントロールしたのだろう?
巨大な障害物マーカーが目の前に迫る。
この速度だと抜けられるルートは二つ。
右ルートは僅かな捻りで通り抜けられる余裕のあるルート。対して左は、かなりギリギリで何とかすり抜けられそうなルートしか取れない。
そうか、しまった。
「ミリ、右のルートにミサイル。大量のデブリ雲を作れ。固定砲台の罠だ。」
ミリの返答の代わりに艦首から十発のミサイルが放出される。
右側のルートを形成している宇宙船群に命中する。
稼働中で無い為、シールドも何も展開していない艦体にミサイルが直撃し、プラズマと破片が大量にまき散らされる。
巡洋艦クラスの船が一隻、固定を外れて重力アンカーの焦点を中心に回転し始める。
ミリはさらに主砲を連続照射する。
さらに一隻の巡洋艦が爆発し、大量のデブリをまき散らす。
この一隻が消えたことで別ルートが開いた。
デブリが邪魔してくれればいいが。
ベレエヘメミナからそびえ立つ柱の手前で僅かに減速し、ひねり込む。
右ルート入り口から大きく逸脱し、ギリギリで宇宙船群の中を抜ける。
シールドゲージが跳ね上がる。シールドにいろいろ接触している。
次の瞬間、柱のエリアを抜けた。
後方に置き土産のミサイルが十発撃ち出される。
ミサイルは真っ直ぐ突き進み、手前に係留されていた戦艦数隻に直撃する。
そこに左ルートを抜けてきた戦闘機群が突っ込む。
こいつ等ほんとにバカだな。
固定砲台の待ち伏せ罠は俺でも気づいたのだが。
同様に罠を張るには絶好の場所だと思わなかったのだろうか。
戦闘機残数ゼロ。
メンテナンスルームまで2500km。
送り狼もいなくなった。あとは突き進むだけだ。
さらに増速する。400km/sec。
あと6秒。
ポッド射出シーケンスが動いた、と思った瞬間、世界が明るくなった。
頭上にベレエヘンムが見える。明るくなったのは、ベレエヘンムからの反射光だ。
接敵アラート、ロックオンアラート、衝突防止アラート。
左舷に戦艦四十隻、右舷にも四十隻。
反射的に急上昇する。
ベレエヘメミナの表面のあちこちが、駆逐艦霧谷を囲んだ戦艦からのレーザー照射の熱で白熱して蒸発、爆散する。
あとコンマ数秒遅れていたらやられていた。
これは本気でヤバい。
「総員耐衝撃!」
思わず叫ぶ。
ベレエヘメミナ上空20km。
レーザー照射アラート。
霧谷を方向転換。
艦首をベレエヘメミナに。
シールドゲージが跳ね上がり、シールド崩壊アラートが艦内にけたたましく鳴り始める。
大加速。
「主砲発射!」
艦長権限が割り込み、主砲を発射。
ベレエヘメミナの表面が白熱し、爆散する。
ベレエヘメミナが急速に迫る。
さらに衝突防止アラートの大音響が加わる。
駆逐艦霧谷は、120km/secの速度でベレエヘメミナに艦首から突っ込んだ。
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