夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

26. 正義を司る者再び

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■ 1.26.1
 
 
 迂闊だった。
 いや、考えが甘かった、と言っても良い。
 よりにもよって、あと一人居ると分かっていた敵の前に無防備に姿をさらしてしまったのだ。
 そこを火薬式の護身用ハンドガンか何かで撃たれたらしい。
 
 訓練もしていない素人がハンドガンを使って射撃をしても、命中率などたかが知れている。
 だが、10m程度の距離なら、10発も撃てば幾つかは当たる。
 事実、右胸に一発、右脇腹に一発、右太股に一発、計3発も食らっていた。
 甘かった。
 二人目の首を掻き切り、そのまま体重を乗せて向こう側に倒れれば良かっただけの話だったのに。
 その先にマサシが居て、満身創痍のマサシの上に兵士の身体を落とすのは可哀想だ、と、つい思ってしまった。
 全身が打ち身だらけであろうと、骨が折れているわけではない。
 マサシの上にそのままなだれ込んでも、マサシは痛みを感じるだけで死んでしまうわけではなかった。
 だから、マサシの上に兵士の身体を落とせば良かったのだ。
 そうすれば、着地地点はドアを越えたところになり、もう一人の白服からは見えない所に着地できたはずだ。
 
 マサシはどうしただろう。
 渡していたのは、あのクナイとか言う名前の両刃のナイフだけだった。
 幾つか渡した、変わった形の投げナイフが実戦に役立つはずはなかった。
 あんなものを敵に命中させ、ダメージを与えるには余程の膂力がなければ不可能だ。
 
 マサシも撃たれただろうか。
 それとも増援が来て、また地下牢に逆戻りになったか。
 ナノマシンコントロールからの信号は、あと数分で限定的な活動が可能になる、というものだった。
 しかしつい先ほどまで、完全に気を失っていた。
 実体弾を体内に打ち込まれた際のショック症状だった。情けない。
 だから、マサシが今どうなっているか分からない。
 確認しようにも力が入らず、体を起こすことが出来ない。
 あたりはやけに静かだった。
 
「ブラソン、聞こえるか?」
 
 静かだと思えば、戦闘中にあれほどやかましく騒ぎ立てていたブラソンの声が、先ほどから聞こえていない事に気付いた。
 まさか何らかの理由で接続が切れたのかと、一瞬不安になった。
 
「おう。起きたか。バイタルは戻ってきてたし、医療用ナノマシン入ってると聞いてたから余り心配はしちゃいなかったが。無事か?」
 
 やけに落ち着いた声でブラソンの返答が聞こえた。
 という事は、状況は落ち着いていて切迫していないのだろう。
 
「無事な訳が無いだろう。三発ほど食らった。まだ身体が動かん。」
 
「三発も食らっておいてそれだけ元気そうなら、大丈夫だな。動ける様になったら教えろ。」
 
「分かった。もう少し掛かる。マサシはどうした。」
 
 一瞬の間があって、ブラソンの声が再び聞こえた。
 
「・・・またダナラソオンに取られた。」
 
 あの白服はダナラソオンだったのか、とミリは今更ながらに気付いた。
 それでもまだマサシが生きているなら良い。
 
「左手を見る様に言え。まともに戻るだろう。」
 
「言ったさ。通信切りやがった、あのバカ。」
 
 ブラソンの返答は、投げやりと言うほどではなかったが、心ここにあらず、という感じがした。
 他に何か作業をしているのか、気になることがあるのか。
 
「マサシの位置は特定出来ているのか?」
 
「勿論だ。ダナラソオンと一緒に格納庫にいる。シャトルを起動している様だ。もうすぐ起動が終わって飛ぶだろう。」
 
 それは拙い。
 宇宙に上がられるとマサシの回収が難しくなる。
 
「一時ネットから外れても構わない。すぐサベス連隊長に連絡を取ってくれ。二人がシャトルで宇宙(うえ)に上がろうとしている事を伝えてくれ。」
 
 地上で取り逃がした時の事を考えて、ハフォネミナで確保する策を講じておかねばならないだろう。
 
「バカ言え。俺がネットから外れたら、お前は一発で見つかって終わりだ。それにこっちも今やらなきゃならん事がある。サベスにはメッセージを打っておいてやる。」
 
「分かった。それで良い。」
 
「・・・あ、クソッタレ、あのバカ。切りやがった。」
 
「どうした?」
 
「マサシが起動しているシャトルを乗っ取ってやろうと思ったんだが。マサシの野郎、こっちに気付いて機長権限で全通信をカットしやがった。お手上げだ。」
 
 なるほど、先ほどからどうも気もそぞろという感じがしたブラソンの喋り方は、こちらと話をする脇でそういう作業を行っていたからなのか、と納得する。
 しかし、今のブラソンの発言からすると、マサシとダナラソオンは今まさに宇宙に上がろうとしており、またそれを止める手段が無いことを示している。
 
「奴らを止めろ。何とかしろ。」
 
「無理だな。格納庫の屋根は緊急発進権限で開けられた。もうあとは飛ぶだけだ。王宮高位職員権限で完全通信管制(サイレント)モードに入りやがったから、交通管制局からも干渉出来ん。」
 
「軍に迎撃を依頼しろ。」
 
「無理だ。どうやってこの状況を軍に納得させるんだ? サベスでも無理だろう。そもそもお前、マサシまで殺す気か?」
 
「ハフォネミナから迎撃は? 駐留艦隊はどうだ?」
 
「だからマサシ殺すなつの。
「同じ事だ。納得させられない。ダナラソオンがクーデターを起こそうとしている事の明確な証拠を俺達は未だ掴めていない。その証拠も無くダナラソオンが乗ったシャトルを撃とうとする奴はいないだろう。
「なんにせよ、俺にはもう止められん。サベスに相談する。」
 
「頼む。」
 
「お前、動くなよ。サベスと話した次は、お前をそこから出さなきゃならん。下手に動き回ってセンサーに引っかかって、全部台無しにするんじゃねえぞ。」
 
「分かっている。動ける様になったら知らせる。」
 
 しばらくして、チップのナノマシンコントロールから行動可能の信号が発せられた。
 試しに両腕に力を入れてみる。
 まだ実体弾が貫通した右脇が痛むが、動かすことは出来た。
 半時間もすればその痛みもかなり収まるだろう。
 ブラソンにメッセージを入れておいて、反応があるのを待つ事にする。
 
 身体を起こす。
 まず目に入ったのは自分が流した血の池だった。
 ハフォン人は、皇王の御座である宮城を汚してはならない、と幼少の時分から繰り返し強く教わる。
 自分の血で汚れてしまった床を見て一瞬焦る。
 警備兵の首を掻き切ったときに吹き出した血もあたりに飛び散っている。
 そもそも、目の前に血まみれの死体が四つ転がっている。
 
 いや、これは任務遂行上仕方のないことだったのだと言うしかあるまい、と思いつつ、しかし二階級くらい降格されるかも知れないな、と諦める。
 そんなことよりも、まずここから脱出すること、折角取り戻したマサシを再び奪還することを考えなければならない。
 
 身体を起こしたミリは床に腰を下ろした。
 ブラソンからの呼びかけがあるのを待っているうちに、医療用ナノマシンコントロールから、治療完了の信号が送られてきた。
 
 
■ 1.26.2
 
 
 シャトルの起動シーケンスが走る。
 前回の操作がまだ多少頭の中に残っているので、前回よりは効率よく作業が出来る。
 コンソールを操作するが、先ほどの戦闘で負った火傷がかなり痛む。
 手を動かす度に服と擦れて、かなりひどい痛みを先ほどから発している。
 しかし最終的には何らかの治療を行うとしても、今は後回しだ。
 
「マサシ、済まないが急いでもらえるかな。予定よりも少々遅れている。」
 
「承知いたしました、ダナラソオン様」
 
 起動シーケンスがほぼ終了し、コマンドを受け付けるようになったところですぐに通信を切る。
 放っておけば、間違いなくブラソンがシャトルのシステムに侵入してくるだろう。奴に侵入されたら一発だ。
 コントロールを奪われ、勝手にどこかに誘導されるに決まっていた。
 ダナラソオンは王宮から自分が外出していることを誰にも知られたくないらしい。
 これは、クーデター計画の実行当日なのだと理解した。
 では俺がするべき事は、ダナラソオンの望むとおりに彼をハフォネミナに連れて行き、キュロブが待っているという駆逐艦に少しでも早く乗せることだ。
 
「ダナラソオン様。外部からの干渉を遮断するために全ての通信をカットします。その代わり、交通管制システムが使えなくなり、半手動操縦となります。少々揺れが発生しますが、ご容赦ください。」
 
 実際の所、揺れは発生しないだろう。一応断っているだけだ。
 慣性制御システムと客室内人工重力システムが揺れや横Gは全て打ち消す。
 
「ああ、構わないとも。気を遣わせてしまって済まないな。」
 
「気を遣うなどと。ダナラソオン様からの命に従っているだけです。なにもお気になさらないで下さい。」
 
「分かった。よろしく頼む。」
 
 格納庫の屋根は緊急発進用コマンドで開く。
 コマンドを送るだけの一方通行の通信であるため問題ない。
 屋根が開いたのを確認してシャトルの機体を持ち上げる。
 飛んでしまえば自動操縦に出来るが、格納庫からの発進とハフォネミナへの接岸はどうしても手動になる。
 機体が浮き上がり、格納庫の上空に滞空状態になった。
 ハフォネミナの220番ピアに向けて飛行するよう自動操縦を組む。
 とりあえずの作業は一段落した。シャトルは夜明けの近い空をハフォネミナに向けて一直線に上昇していく。
 
 手動の作業が一段落したところで、腕の火傷の痛みが気になってきた。
 何をするにもひどく痛む。
 まぁ、あれだけの火球を二発も受ければ相当な火傷になるだろう。
 難燃性の素材で出来ている服も、さすがに熱でボロボロになっている。
 
 取り敢えず袖を捲り上げ、服と火傷が当たらないようにする。
 擦れさえしなければ痛みはそれほどでもなくなるだろう。
 左腕の袖を捲り上げる。中から出てきた腕は、案の定酷い状態になっている。
 火傷で真っ赤に腫れ上がり、所々皮膚が切れて血が滲んでいる。
 自動操縦に切り替えたことだし、シャトル機載の医療用キットに外傷用プラスタがあるか探してみよう。
 ダナラソオンに一言断り、操縦席を離れて客室後部まで歩いてツールボックスを開ける。
 緊急用工具類のすぐ脇にある機載医療キットを開け、外傷保護用のプラスタを取り出す。
 プラスタの保護フィルムを剥ぎ取り、左腕に張り付けようとして患部を見たとき、それが目に入った。
 俺の名前。
 
 ドクン、と一瞬心臓が跳ね上がった気がした。
 ・・・俺は、何をしている。
 いや、わかっている。
 先ほどの戦闘中、ミリのシールドに隠れたときにダナラソオンからまた催眠術か何かを掛けられたのだ。
 しかし今、それは解除された。
 
 これは、チャンスだ。
 ダナラソオンと二人きりでシャトルに乗っており、そのシャトルの機長は俺だ。
 正気に戻った事をダナラソオンに気付かれないように、プラスタを患部に張る。
 催眠が解除されたことを奴に気取られてはならない。
 そして何か確実にダナラソオンの意識を失わせる方法が必要だ。
 奴の意識があれば、何度でも催眠術を掛けられてしまう。
 医療キットの中から、パッチ式と圧注射式の麻酔薬を取り出し、上着のポケットに滑り込ませる。
 何事もなかったかのように医療キットを閉じ、ツールボックスを閉じる。
 
 ダナラソオンは操縦席の反対側、前から三列目に座っている。
 ツールボックスから操縦席に戻る途中で襲いかかるには、こちら側のシートの列が邪魔になり過ぎる。
 奴が小型の火炎放射器を持っているのは知っているが、それ以外にも何か護身用の武器を持っているならば、この距離と障害物では襲撃は失敗する。
 
 ここは一旦操縦席に戻るって、襲撃方法を考える。
 シートベルトを着けずにシートに座る。
 いい方法を思いついた。
 前回のベレエヘメミナへの非常識旅行の時に、暇に任せてこのシャトルのマニュアルを読破していたのが役に立った。
 チップから自動操縦システムにアクセスし、自動操縦のロックを解除する。
 機長権限で安全機構(セーフティロック)を外し、ジェネレータのオートモードを解除して手動割り込み可能とする。
 
 高度は約100km。十分だ。問題ない。
 しかし高度5000mで作動するはずの墜落防止機構(アンチクラッシュ)は、安全機構解除と共に解除されているので、高度にだけは気をつけなければならない。
 
 ジェネレータ出力をいきなりゼロにすると同時に自動操縦(オートパイロット)を停止(カット)した。
 推進力を失ったシャトルはいきなり自由落下状態になり、ゼロGとなる。
 
 俺達船乗りでも、人工重力を不意に切られて突然自由落下状態になれば一瞬ぎょっとする。
 これが普段地上で生活している者にとっては、突然の落下感に恐怖し、パニックを起こす。
 しかも成層圏上層部を飛ぶシャトルだと、突然の自由落下状態から空気抵抗で機体が裏返って上下が逆転し、頭から地上に落下し始めることで地上生活者は大パニックだ。
 
 俺は操縦席の床を蹴って天井に向けて飛び上がる。
 実は無重力下でこういう芸当は大得意だ。
 右手をポケットに突っ込み、圧注射式麻酔薬のシリンダを握る。
 天井までの途中で身体の向きを反転させ、天井を蹴り飛ばす。
 天井を蹴った勢いで、ダナラソオンに向けて一気に近づく。
 宇宙船での経験の少ないダラナソオンは、突然の落下感にパニック状態になっている。
 両手でシートの肘掛けを硬く握り、背を突っ張って歯を食いしばっている。
 
 簡単な事だった。
 俺は、麻酔薬のシリンダをダラナソオンの首筋に当て、反対側のボタンを押した。
 ガスが漏れるような音がして、一瞬の後、ダラナソオンの身体はぐったりと力を失った。
 椅子の背もたれを掴み身体を固定する。
 ポケットに入っているパッチ式の麻酔薬をダナラソオンの首筋に貼る。
 これで数十時間は目を覚まさない。
 
 キャビン内をふわふわと漂って操縦席にたどり着く。
 シートベルトで身体を固定し、ジェネレータ出力を元に戻す。
 体重が戻り、シャトルの飛行行姿勢が安定する。
 全面的に封鎖していた通信を再開する。
 通信カットやジェネレータカットなどの異常な飛行状態に対して、交通管制システムから誰何が飛んでくる。
 全て異常なしと答えておく。
 そのうち人間のオペレータが食いついてくるだろうが、たぶんそれより前にブラソンがやってくるだろうと思っていた。
 
「マサシ、大丈夫か?何があった?」
 
 案の定、すぐにブラソンの声が聞こえてきた。
 シャトルの通信機ではなく、自前のバイオチップの方からだった。
 便利な奴だ。
 
「済まんな。心配掛けた。王宮でダナラソオンの催眠術をまた食らった。今は戻っている。ダナラソオンの身柄を確保した。麻酔で眠らせてある。どこに降りればいいか、情報軍に問い合わせてもらえるか? ところで、ミリはどうなった?」
 
 ブラソンが明らかに安堵の溜息を吐いた一瞬の間があった。
 
「一度に色々言うんじゃねえ。ミリは無事だ。着陸地点は情報軍に問い合わせる。滞空して少し待て。それ以上高度を上げない方が良いな。ハフォネミナか、駐留艦隊の中のイベント主催者から砲撃される可能性がある。」
 
「諒解した。イベントに巻き込まれない様に現在高度を維持する。」
 
 しばらく経って再びブラソンから音声が入る。
 
「ミリの上司に確認した。情報軍の連隊長だ。シャトルを首都第三宙港『ラシェーダ港』に降ろせ。そこに情報軍が拠点を築きつつある。俺達もそこに合流する。」
 
「諒解。敵味方識別信号(IFF:トランスポンダ)は現状のまま固定する。間違えて撃墜なんてしないでく・・・」
 
 ブラソンの声が聞こえて少し緊張が解け、軽口を言おうとしたところに、シャトルのキャビンで鋭い警告音が鳴った。
 
「どうした?いや、確認した。軍用機三機接近中。距離150、方位320、高度250、後ろから被せてくるぞ。第五基幹艦隊からの戦闘機だ。マズい。口先で何とかかわせ。」
 
 一瞬で航海士の口調になったブラソンが、冗談か本気か判別つきかねる要求を出してくる。
 
「そっちで欺瞞情報出せないのか?」
 
 視野の中にAAR映像として投影されたセンサー画像を確認しながら、ブラソンに言う。
 
「スマンな。沢山あるもんで第五基幹艦隊までまだ手が回ってなくてな。敵とは限らん。上手いこと言って逃げ切れ。」
 
 このタイミングでやってくる戦闘機編隊が敵性でないはずがない。
 たぶん、元々はダナラソオンが乗ったシャトルを護衛(エスコート)する目的でこの航路を取っていたのだろう。
 
「こちら第五基幹艦隊戦艦119876所属第68戦闘機小隊。ダナラソオン様、お迎えに上がりました。」
 
 やはり敵だ。
 さて、面倒なことになった。
 いくら軍用とは言え、所詮シャトルで戦闘機から逃げきれるわけはない。
 しかも敵は三機だ。本気で掛かられたら一瞬で勝負はつく。
 ダナラソオンの身柄を人質に取るしかないか。
 取り敢えず、ラシェーダ港に向かいつつ適当にはぐらかそう。
 
「こちら第五基幹艦隊戦艦119876所属第68戦闘機小隊。王宮軍シャトル2号機、応答せよ。迎えにきた。」
 
 少しイライラしたような声で、敵の編隊長が再び誰何する。
 どうやら編隊長は気の短い男の様だ。
 
「王宮軍シャトル2号機。応答せよ。どうした。通信機の故障ならデータリンクを返せ。」
 
 いや、通信機が故障していたらお前からの誰何も聞こえていないから、何を言っても意味はないと思うぞ。
 よく聞こえてるがな。
 と思ったら、視野に浮かんでいる通信ログのAARウインドウに戦闘機編隊からのデータリンク要求が表示された。
 あまりダンマリを決め込むと撃墜されかねない。
 とにかくダナラソオンの身柄がこちらの手の内であることだけははっきりさせておかねば。
 
「第68戦闘機小隊、こちら王宮軍シャトル2号機。済まない。トイレに行っていた。」
 
「なっ・・・ダナラソオン様にお変わりはないか?」
 
 ちなみにハフォンでは、公共の場で下の話をすることは極めて破廉恥な行為とされている。
 それがどうした。
 
「ああ、問題ない。お迎えご苦労さん。」
 
「定められた手順を守れ。ダナラソオン様からの認証情報が必要だ。何をやっている。」
 
 認証情報? これはマズいことになった。
 勿論そんなものを俺が知る訳がない。ダナラソオンはもちろん寝ている。
 敵戦闘機隊との距離は100kmを切った。
 
「いや、済まない。ダナラソオン様は今ちょっと都合が悪くて出られないんだ。また次の機会にな。」
 
「ふざけるな。貴様、何者だ? ダナラソオン様はどうした?」
 
 だから、ちょっと都合が悪くて今は出られない、と言っているじゃないか。
 シャトルの進路をラシェーダ港に向ける。
 
「おい、高度が下がっている。方向が違うぞ。何をやっている?」
 
「いや、ちょっと忘れ物をしてね。気にしなくていい。先に行っててくれるかな?」
 
「何だと?何を言っている? ダナラソオン様を出せ。いい加減にしろ。」
 
 キャビンの中に再び鋭い警告音が鳴る。ロックオンされたようだ。
 本格的にマズいな。編隊長は本当に気の短い男らしい。
 さて、どうしようか。
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