祝福の居場所

もつる

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 ランダウルは両手剣を携え、司令室の扉を開く。
 案の定、そこではゼネズが四天王と共に待ち構えていた。

「やはり来たか、ランダウル……」
「ゼネズ……きさまの命もここまでだ」

 ランダウルは剣を抜き、鞘を捨てる。

「報いを受けるがいい」

 するとブライレム、ミィパ、ヒュシャンが一歩前に出た。
 ランダウルは眉をひそめる。

「……やはりゼネズにつくか」
「つくも何も」ブライレムが返す。「わしはそもそもゼネズさまの思想に影響を受けた男ですぞ。あなたには今も一定の敬意を持ってはおりますが、ゼネズさまと比べるとどうしても……」

 ミィパが続けて言う。

「アタシも、ゼネズさまについていくと決めました。……やっぱり男は見た目より中身で決めるべきですわね」
「ランダウルさま。私もゼネズさまの側に移るつもりです」
「ヒュシャン……」
「どうやらあなたは人道を重んじるタイプと見受けました。ですがそれでは今までのような活動ができない可能性が高い。資金面でも不安が残る。なのでこのような判断を下しました。ご理解を」

 ランダウルは彼女の言葉に何も返さなかった。
 彼はフレーシに顔を向ける。フレーシはしかめた顔じゅうから汗を流していた。

「フレーシ、きみはどうなんだ?」
「オレは……」
「悩む必要はない、フレーシ」ゼネズが言う。「おまえを救ってやったのは私だ」
「ゼネズと私は長年記憶を共有していた。それが人格面に影響を与えないはずがない。ゼネズ自身は戦力欲しさで無作為にきみを選んだだけだが、私は違う。……正しい判断をしてくれ」
「正しい? バカを言うなランダウル。きさまが正しさを語れるのか? 憎しみに駆られ故郷を焼き、挙句の果てに自らの弟妹を殺したではないか。己の手で!」
「惑わされるなフレーシ!」
「同じ言葉をかけよう、フレーシ」

 フレーシは目を閉ざし、歯を食いしばっていた。
 ランダウルとゼネズは彼の名を呼び続ける。それをかき消すように、フレーシは叫んだ。
 彼は拳を構える。

「ランダウルさま! お覚悟を!」

 フレーシは一直線に突撃し、ランダウルに拳打を放った。
 それをガードし、ランダウルは後ずさる。
 すかさずブライレムとミィパが追撃してきた。
 スレッジハンマーの打撃と鉤爪の斬撃を躱し、剣を薙いで牽制する。
 背後でヒュシャンが対物ライフルを構えた音がした。
 跳んで銃撃を避け、四人と間合いをとる。
 ランダウルの顔に苦い表情が浮かぶ。

「……やむを得ん」

 席についたままのゼネズがその光景を見て小さく笑い声を上げた。

  ◇

 マーシャは、仲間たちと共に司令室へ近づくにつれ、ゼネズの気配が大きくなるにつれ、自らの体の内より湧き上がる力が強さを増すのに気づいた。
 アノットが殺された時に感じた力と同じ――あるいはより強烈なものだ。
 妙な心持ちだった。ゼネズへの憎悪は依然消えないのに、頭の中は冷静そのもので、忌まわしい記憶を想起しても、胸中は凪いだままだ。
 おそらく、ジェラとアリテームも同じ気分を味わっているのだろう。

 これがブレシッドの力だとすれば……。
 この力で断ち切らなければならない。ずっと昔から続く、大勢の命と心を踏みにじり、居場所を奪ってきた<呪い>を。

 マーシャの心には、確かな使命感が芽生えていた。
 そして、四人は司令室のすぐ近くまで至る。
 その時、扉が吹っ飛んで一人の男が床に転がった。

「え……!? フレーシ!?」

 フレーシは傷だらけで、ぐったりと倒れ込み、指一本動かさない。
 四人は室内に駆け込んだ。
 そこでは、ランダウルが四天王の残り三人と単身、向かい合っていた。
 三人は息が上がり、消耗しているのがわかる。だがそれはランダウルも同じだった。
 ゼネズは、玉座でかれらの闘いぶりを見て楽しんでいる様子である。
 ランダウルは横目でマーシャたちを見た。

「……やはり、来ると思っていたよ」

 彼は微笑むと、また敵へ向き直る。

「だがこれは私が決着をつけなければならぬこと……手出しは必要ない」

 するとゼネズが笑った。

「無理をするなランダウル。フレーシ一人で息切れしておるではないか!」

 ゼネズは立ち上がると、ランダウルへ突進した。
 ランダウルは避けきれずはじき飛ばされる。
 壁に背を打ち、さらにブライレムが追撃をかけてきた。
 躱した先にゼネズが待ち受ける。
 重い一発がランダウルの胴を突き、剣を落とさせた。
 ゼネズはすかさず蹴りを放ち、ランダウルを倒す。

「伯父さん!」
「マーシャ……ジェラ……」
「所詮はこの程度か……」

 ゼネズは彼を踏みつける。
 そこでランダウルはナイフを抜き、ゼネズの足を刺した。
 短い悲鳴を上げ、ゼネズは衝動的にランダウルを蹴飛ばす。
 ランダウルは床に這いつくばり、力尽きて意識を失った。
 ナイフを抜き捨て、ゼネズはマーシャらに言う。

「ほう、これはちょうどいい……奇しくも四対四だ。さあ、どうする? ブレシッドたちよ……」
「決まってるでしょ……」

 マーシャは刀の切っ先をゼネズに向けた。

「ここで倒す! あなただけは――絶対に許さない!」

 彼女に呼応するように、ジェラ、アリテーム、ローハも構えた。
 ブライレム、ミィパ、ヒュシャンもゼネズの側に集う。
 かくして、闘いが始まった。
 マーシャとゼネズが、ジェラとミィパが、アリテームとヒュシャンが、ローハとブライレムがぶつかり合う。
 マーシャはゼネズの攻撃をはじき、斬撃を放った。
 ゼネズは爪の腕で斬撃を受け止め、ヒトの腕でマーシャを殴る。
 彼女は殴られた勢いを利用して回し蹴りを繰り出した。
 蹴りは脚の付け根にヒットしゼネズをにわかに傾ける。
 するとミィパがマーシャに体当たりを仕掛けてきた。
 マーシャは転がり、ゼネズの刺突が迫る。
 が、ジェラが彼女を護った。盾で爪を防いだのだ。
 兄妹は目を合わせて互いに微笑み、再度敵へ向かう。
 マーシャはミィパと斬り結ぶ兄の背後からゼネズの死角に回り込み、斬りかかる。
 しかしゼネズの反応も速い。攻撃は避けられた。
 ゼネズの反撃が来て、マーシャはスライディングで躱す。
 すれ違いざまの斬撃がゼネズの脚にまた傷をつけた。
 そこまでは良かった。起き上がりざまにマーシャはゼネズの拳を腹に受けた。
 息が詰まって体を折り、延髄に肘鉄を受ける。
 マーシャは床に突っ伏した。上にゼネズの足の気配を感じる。

「いかん!」と、ローハの声。

 ゼネズの踏みつけが、マーシャの頭の真横に落ちた。
 ローハはブライレムを蹴飛ばし、彼をぶつけてゼネズを傾けたのだ。

「邪魔だァ!」

 ゼネズはブライレムを突き飛ばした。
 マーシャとゼネズはひと呼吸置いてから、掛け声と共に斬撃の応酬を始めた。
 幾度と無く刃をぶつけていると、彼女の脳裏にアノットとの特訓の日々がよぎる。
 怒り憎しみ、あらゆる感情が、全ての雑念がマーシャから遠ざかっていく。
 目の前の敵を、倒す。
 その気持ちだけが残って、彼女の双眸を輝かせた。
 剣の閃きが更に鋭くなる。
 振り上げた斬撃はゼネズに一筋の傷と焦りの毛色を与えた。

「なんだ――コイツは――!?」

 懐に飛び込み、拳を喰らわせる。
 顔面にクリーンヒットし、ゼネズは大きく揺らいだ。
 マーシャの迫撃は止まらない。
 手足を、胴を斬りつけてゆく。斬撃は回数を重ねるごとに、ゼネズの皮膚を越え、肉体のより深くへ刃を走らせる。
 彼女は心臓目がけて刺突を放った。
 ゼネズは刀を手掴みし、血で刀身を汚しながらマーシャの攻勢を止めた。

「ヒュシャン! こいつを撃て!」

 その言葉を受けてヒュシャンはアリテームを叩き伏せてから、銃を向けた。
 対物ライフルの大口径がマーシャを狙う。
 マーシャは一瞬、判断を迷った。刀を手放して離脱すべきかどうか。
 その時だった。
 アリテームが倒れた姿勢のまま、キャリー・プレイトのライフルを撃つ。
 放たれた弾丸はヒュシャンの手首を穿った。
 照準がブレて、彼女の撃った弾はゼネズの背に大穴を開けた。
 ゼネズは絶叫しマーシャを放す。
 最後の、しかし最高の勝機が訪れた。
 マーシャは全身全霊をかけて跳び、ゼネズの右肩から一直線に叩き斬る。
 心臓を両断した感触がして、刀をゼネズから振り抜く。
 ゼネズは胸を押さえて、おびただしい量の血を流しながら倒れ込んだ。
 その光景を目の当たりにして、ブライレムが片膝をつく。

「まさか……ゼネズさまが……!?」
「……嘘でしょ……?!」

 ミィパも鉤爪の先が下がる。
 ヒュシャンは冷や汗を流していた。
 肩で息をしながら、マーシャは切っ先を床につけて言う。

「もう……終わりだよ……」

 だが、ゼネズはまだ生きていた。

「終わりというのは……」ゼネズは全身を軋ませ、立ち上がる。「きさまらの命運のことだ……」

 マーシャはゼネズを見て、姿勢を正したが構えまでは取らなかった。

「……もうやめよう。あなたの副心臓は破壊した。今までみたいに動けるとは思わないで」
「やめるだと……? 絶対に許さぬと言ったのは……きさまのほうだろう?」

 ゼネズは鉤爪の腕をゆっくりと、大きく広げる。

「さあ、かかってこいマーシャ……! 私かきさま……どちらかが死ぬまで終わらぬ……!」

 そう言われて、マーシャの刀を持つ手に力が入った。
 が、そんな彼女を回復したランダウルが引き止める。

「伯父さん……」
「もういいんだ。マーシャ……」

 ランダウルは彼女に代わってゼネズと向き合い、剣を構える。

「今度こそくたばれ。できそこないのクズめ」

 咆哮と共にゼネズが爪を振り下ろそうとした。
 すると、唐突にゼネズの動きが固まる。

「なんだ……!?」

 ゼネズが困惑を口にした。
 鉤爪がゼネズの体の方を向く。
 そのまま爪はゼネズの胸に突き立った。

「ゼネズさま、なにを――!?」

 ブライレムが驚く。
 ゼネズは自らの腕を掴み、必死に抗っていた。

「きさまァ……! おとなしく死んでいればいいものを……!」
「どういうことなの……!?」

 マーシャは困惑する。
 が、ランダウルは気づいたようだ。

「アノットだ……! 彼女の霊がゼネズの体に憑いたんだ」
「そうか……」と、ローハ。「彼女の策とはこのことか……」

 ゼネズの鉤爪はもう四分の一ほど、胸に食い込んでいた。
 ブライレムは彼のもとに駆け寄るが、苦しみもがくゼネズに跳ね除けられた。

「よせ! やめろォ!」ゼネズが叫ぶ。「私の言うことがわからんのか!? やめろと言っているんだ!」

 やがて爪の突き立った傷口からまた多量の血が流れ出てきた。
 ゼネズは真上を向き、断末魔の絶叫を轟かせる。その顔は深いシワを作ってひきつっていた。
 爪がゼネズの主心臓を貫き、背から飛び出す。
 そして、ゼネズの巨体は後ろに傾いた。彼は、倒れると同時にどす黒い塊となってはじけた。
 場にいる誰もが呆気にとられ、ゼネズの最期を見届ける。
 間もなく、ゼネズの死体から青白い煙にも似た、淡い光を放つ何かが湧いてきた。
 それは一点に集まって、人の形をつくる。

「……アノットさん……? アノットさんなの?」
「マーシャ……ありがとう」

 アノットの霊は、ゆっくりと目を開けた。

「私は前に、ゼネズの研究施設跡で霊縛術の痕跡を見つけたの。……あなたたちの村の、ほど近くよ」
「だから私にゼネズが憑いているとわかったのか……」
「半信半疑だったけれど、ゼネズは科学力で術を完成させてたみたいね。……それが、巡り巡ってこの結果とは……」

 彼女は微かに笑う。そこには一抹の憂いがあった。

「ねえマーシャ……あなたは紛れもない善人よ。憎しみはね……多くの場合、深い愛が生み出すものなの。……私、あなたに愛してもらって幸せだったわ」
「アノットさん……ずっと、あたしを――あたしたちを見守ってくれてたんだね」
「……あなたたちを、いつか生まれるはずだった我が子のように思ってた」

 マーシャと、ジェラは静かに涙を流した。
 アノットの姿が薄らいでゆく。
 彼女はいつしか、美しいドレスに身を包み、長い髪をなびかせていた。

「……そろそろ行かなければ」

 アノットの瞳に、輝きが戻る。

「さようなら。マーシャ、ジェラ……元気でね。あなたたちの人生に祝福を――」

 優しい微笑みと共に、アノットの姿は消え去った。
 ただそこに広がる虚空に、マーシャは言う。

「さよなら……お母さん……」

 その時、生体戦艦が震え、悲鳴にも似た軋みがそこかしこから聞こえてきた。
 ランダウルが言う。

「ゼネズが死んで、生体戦艦の自壊装置が動いたか」

 艦全体が大きく揺さぶられ、足元から崩壊の音が迫る。

「脱出を――!」

 マーシャの言葉を遮るように、司令室の壁が剥離し床が割れた。
 その場の全員がよろめき、周囲の物に手を伸ばす。
 が、断裂のど真ん中にいたブライレムは、何かにしがみつく暇もなく転落した。

「ブライレム!」ミィパが叫ぶ。

 司令室が傾き、壁の装置の一部がミィパ目がけて飛んできた。
 彼女はそれを避け損ねて吹っ飛び、ヒュシャンを巻き込んで落ちていく。
 手を差し伸べる間も与えられなかった。
 マーシャたち四人とランダウルは、出入り口までよじ登る。間一髪で司令室の崩落に巻き込まれずに済んだ。

「脱出艇はすぐそこだ」ランダウルが言った。「ついてくるんだ!」

 生体戦艦内の随所で破断と爆発が起こっていた。
 幾度となく、通るつもりの通路が使えなくなり、遠回りを強いられる。
 肉壁は血に似た液体を噴き、みるみるうちに萎びていく。
 だが、なんとか全員欠けずに格納庫にたどり着き、脱出艇内に飛び込んだ。
 ランダウルは操舵席に身をぶつけ、艇を始動させる。
 マーシャは仲間たちの搭乗を確認して、ハッチを閉めた。

「全員乗ったよ!」
「よおし発進する! しっかり掴まれ!」

  ◇

 生体戦艦の自壊は、バードラでも観測できた。
 ディクティニスたちは艦橋の窓越しに、腐り落ちてゆく巨体を目の当たりにする。
 バードラが受けたダメージは相当なもので、度重なる砲撃で装甲の表面は煤けて歪み、ところどころ裂けていた。機関部も航行に支障は無いものの出力が低下している。あまつさえ弾薬も底を尽きかけて、乗組員の誰もが――ディクティニス自身ですら死を覚悟していた。
 だが、ランダウルの言を信じるならば命を落としたのはゼネズのほうということだ。
 助かった事実を存分に認識したところで、ディクティニスは言う。

「あの子たちは――!?」

 レーダー手の横に立ち、確かめる。
 そこに脱出艇らしき反応は見とめられなかった。
 間に合わなかったのか? 彼は冷や汗を流す。
 最悪の想像と共に目を伏せた次の瞬間だった。

「ムッシュ・ディクティニス……小型艇の反応が――!」

 レーダーに光点が現れた。
 それはまっすぐバードラに飛んでくる。
 肉眼で確認できる距離まで来て、ようやく手放しに安心することができた。
 脱出艇内では、マーシャが笑顔で大きく手を振っているのが見える。
 ディクティニスは感慨無量の面持ちで、脱出艇を確保した。

  ◇

 マーシャたちは、バードラに乗って茜色の空の下に広がる大海原を進む。その速度はとても穏やかだ。修復作業を行いながら、というのもあるが、やはりみんな戦いの終わりに心安らいでいるのだろう。
 バードラの向かう先は、マーシャたちの故郷の村からすこし離れたところにある海岸だ。
 直接村の港へ行くことを、生還した五人全員で反対したためである。なにしろ朝っぱらから村民たちを恫喝した戦艦なのだ。いらぬ混乱と諍いを招きかねない。
 時間は余計にかかるが、星空の東側で月が輝くころには帰れるだろう。
 マーシャら四人は、キャリー・プレイトの見舞いのため医務室にいた。

「ローハさんから聞いたよ。あたしたちを助けるために飛行機を操縦してくれたって」
「できることをしただけさ。……アノットは残念だったが、きみたちが無事でよかった」
「ほんとうに、ありがとう。プレイトさん」

 それからアリテームが言う。

「あの、先生……」
「ん?」
「じつはボク……ジェラとマーシャの村で暮らそうと思ってて……ローハさんもいて、四人で……その……」

 口ごもるアリテームは、無意識的になのかジェラの手を握っていた。
 キャリー・プレイトは微笑んだ。

「いい判断だ。私もね、海底都市に移住しようと思っているんだ」
「海底都市に? それはまたどうして……」
「ムッシュ・ディクティニスと共に、古代文明の人々と手を取り合うためさ。今回の戦いを経て、もっと積極的に地上の人々と交流しようと思ったらしい」

 キャリー・プレイトはアリテームの肩に手を乗せた。

「住む場所が変わっても、私たちは仲間だ」
「……はい。先生……」
「幸せにな」

 ジェラとアリテームが互いに見つめ合い、笑顔を浮かべる。
 その様を見て、マーシャもまた笑顔になった。

  ◇

 艦橋にいるディクティニスのところへ、ランダウルがやって来た。
 ランダウルは彼の傍に近づく。

「……あなたがたには……本当に多大なご迷惑をおかけしました」
「きみの責ではない。謝ることはない」
「しかし、ゼネズにつけ入る隙を与えたのは私の邪念……。許せぬと感じる者は少なくはないでしょう」
「……きみは、私と似ているな」

 ディクティニスはかすかな笑みを浮かべた。

「今更になってわかった……。私は、地上の人々に対して罪の意識を感じていたのだと。祖先が地上を見捨て、自分たちだけ海底に逃げたことに、申し訳無さを抱いていた」
「それはあなた自身の責任ではないでしょう」
「……そういうことだ」

 彼の答えを聞き、ランダウルはにわかにはっとなった。
 ディクティニスは続ける。

「ようやく、私もかれらと向き合う勇気が持てたよ。……ありがとう」

 窓の外の陸地が近くなってきた。

「そろそろ降りる準備をしたまえ」

  ◇

 ローハはマーシャたちやランダウルと共に甲板の上に出た。
 潮風が吹いてきて、ローハは胸いっぱいに吸い込む。すこし溜めてから息を吐くと、心の中で淀んでいた負のものが一緒に出ていくような気がした。
 陸はもう近い。
 マーシャ、ジェラ、アリテームは陸側を見て喜ぶが、ローハは海の方を見ていた。
 そしてランダウルはローハの隣にいる。

「ありがとう、ローハ」ランダウルが言った。「あの子たちを護ってくれて……」
「……やるべきことを、できる限りしたまでさ」

 ローハの答えに、ランダウルは微笑んだ。

「……きみにもうひとつ、お願いしたい」

 ランダウルはローハに向き直る。

「あの子たちの――親になってくれ」
「……あの子たちはもう立派に一人立ちしている。それに、親というならわたしよりも適任がいるだろう?」

 ローハが言うと、ランダウルは首を横に振った。翳りのある笑みと共に。

「私は一線を超えてしまった。もはや後戻りなどできない……。皆が許してくれても、自分で自分を許せぬのだ……」
「……これからどうするつもりだ?」
「償わねばならぬ……。私のやり方でしかできないが……」
「そうか……なら止めはしない。だが、ひとつ覚えておいてくれないか」

 ローハは兄妹の方を見ながら言う。

「……あなたの居場所は、あの子たちのそばにある」

 そして微笑んだ。

「いつかあなたが己を許せるようになったら……あの子たちに会いに帰ってくれ」
「……約束する」
「ありがとう」

 バードラが止まった。マーシャたちを降ろす予定の地点に到着したのだ。

「きみたちの未来に――祝福を」

 ランダウルはその言葉を残して、姿を消した。
 ただ風と波の音ばかりが聞こえる。
 ローハは夕陽を見ながらしばらく立ち尽くしていた。

  ◇

 マーシャは一陣の風を感じて、ローハとランダウルの方へ振り返る。
 が、ランダウルの姿はそこに無かった。
 かすかな寂寥と、胸いっぱいの感謝がこみ上げてくる。
 微笑みと共に、彼女は伯父に別れを告げた。

 さようなら、伯父さん。また会おうね。

  ◇

 数カ月後――。
 マーシャとジェラの村では、不思議な現象が起きていた。瘴気を吸い込んでも怪物化しない人々が現れたのだ。その人物はマスクの破損に気づかず、瘴気の中に長時間いたのだが、帰宅後すこし具合が悪くなった程度でそれ以上の変化は何もなかったという。
 またある人は、怪物と交戦中にマスクを剥がされたものの、自決直前に変異の兆候が消えたというのだ。
 どちらの人物も、兄妹と面識はあるが血縁関係には無い。アリテームと同じく、赤の他人であった。

  ◇

 マーシャ、ジェラ、それにアリテームとローハは出発の準備が完了した。

「忘れ物ない?」

 ジェラが皆に訊く。

「うん」アリテームが答えた。「ちゃんと三度確認したからね」
「わたしも大丈夫だ」

 と、ローハは言って大型のバックパックを背負う。

「マーシャはどうだい?」
「あたしも――」

 彼女は答えながら、アノットの刀を背に回し、背負い帯の留具を固定した。

「これで準備完了!」
「よし――行こう!」

 四人は扉を開け放つ。
 青の空が広がる地上で、新しい旅が始まった。

   了
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