どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

あさひれい

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エインズワース辺境伯

完璧な肖像

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アルバートン公爵様は今はっきりと「アマリア」と名前を呼んだ。しかも、口づけを交わすほどの間柄ということは…。最悪の事態を想像して、俺は背筋がぞくりと震えた。



俺達が近づこうとする前に、公爵様に付き従っていた騎士達が一斉に跪いた。



「奥様!我々の失態への罰をどうぞお与えください!!」



城中の者が何が起きているのか全く理解できていなかった。しかし、今はっきりとフローラ様のことを「奥様」と呼んだ。

公爵様の腕の中で、戸惑った表情のまま固まってしまっているフローラ様は俺の場所からでも体が震えていることがわかった。

早く、早くお助けしなければ。俺が前に出ようとするのを、メイナード副官が腕を出して止めた。その顔は苦虫を嚙み潰したように歪んでいた。横にいたジャンも拳を握りしめ、体を震わせていた。



「アマリア?この者達を覚えているかい?アマリアがいなくなった日についていた護衛達だよ。アマリアを見つける職務を全うしてから死にたいと言うから生かしておいたけれど、どうしようか?」



「?!!」



俺でさえ耳を疑う内容にフローラ様は顔面蒼白になり、首を横に振った。

それを見て、公爵様が笑顔を作るとフローラ様の体を引き寄せて額に口づけた。



「相変わらず、アマリアは優しいね。まぁいい。私達の家に帰ろう」



フローラ様の細い肩に腕を回し、歩き始めようとするのを見て俺は声をあげようとした。しかし、その時、後方からどよめきが生まれた。

思わず後ろを振り返ると、騎士団と共にやってきた荷馬車から大きな肖像画が下ろされ、巻かれていた布が取り払われたところだった。

そこには、正装の男女が二人描かれていた。それは今とほぼ変わらない美貌の公爵様と椅子に腰かけ美しい笑顔でこちらを見ているフローラ様だった。



「私の妻、アマリアが長いことこちらの城でお世話になったようだ。妻は連れて帰るが、妻を世話してくれた報奨は潤沢に払おう。騎士団の派遣はその一つだと思ってくれて構わない。望むものがあれば残していく家臣に伝えてくれ。金でも騎士でもなんでも言うだけ出そう」



低く通る声は辺りによく響いた。

想定した中で最も悪い答えだった。フローラ様が正真正銘、公爵家の奥様だった。

もうこの事実を覆すことは不可能だった。

呆然と肖像画を見つめているしかできなかった。フローラ様が公爵様と騎士に囲まれたまま馬車近くまで来たとき、フローラ様が自分の体を抱きしめるようにして悲鳴を上げた。



「きゃああああ」



「アマリア?!」



その場にしゃがみこみそうになる体を公爵様が抱きとめ、名前を呼び続けていた。

フローラ様は馬車が怖くて乗れませんと叫ぼうとしたときだった。



「ハンナ!」



「はっ、こちらに」



髪は短く、男性の服装をしていたハンナと呼ばれた女がハンカチと小瓶を取り出し、ハンカチに何かをしみこませると混乱しているフローラ様の口と鼻を塞ぐようにしてあてた。

するとフローラ様が急にぐったりとしたように力が抜け、公爵様が軽々とそれを抱き上げた。



「私はこれで失礼する。後のことはこの者達が対応する」



それだけ言うと公爵様はフローラ様ごと馬車に乗り込み、御者が扉を閉めてしまった。



「お待ちください!」



「フローラ様!」



「フローラ様!!」



扉の閉まる音でようやく呪縛から解けたように動き出すことができたが、馬車の周りは既に公爵家の騎士に囲まれており、俺達の前にも公爵様が連れてきていた騎士が壁のように立ちふさがっていた。

ガラガラガラと車輪の回る音が響き、そのまま城門をくぐって出て行ってしまった。

なすすべもなく全てが終わったことに、俺はその場に膝から崩れ落ちた。

俺達が切望した大公妃殿下をこんな形で、主もいない間に奪われることになるなんて、誰が想像しただろうか…



「あなたが副官のメイナード殿かな?私はノーランド伯爵だ。今後のことについて話し合いの場を持ちたいのだが」



「か、かしこまりました。どうぞ、こちらにご案内いたします」



冷静なメイナード副官がノーランド伯爵と数名の補佐らしき人物と護衛を連れて城の中へと入っていった。

エインズワースの騎士達は誰もが今起きたことが信じられず、ただ唖然としたまま立ち尽くしていた。

その中で誰かが動き出そうとしたのを察知して、俺は大声を上げた。



「エインズワース騎士団!全員訓練場に集合しろ!」



「はっ!」



どんな時でも命令には即座に反応し、行動できることが訓練の賜物だった。ジャンと他の文官に公爵家の騎士達のことを任せ、俺は訓練場に急いだ。

訓練場に整列した仲間達の目は完全に火がついていた。俺が発する言葉を今か今かと待ち構えていた。俺はその期待を裏切ることを承知したうえで、ゆっくりと話し始めた。



「みんなの気持ちはわかっている。しかし、今フローラ様の後を追うことは許されない」



「でも!フローラ様は大公妃殿下にあと少しでなられるところだったんですよ!」



「記憶も戻っていないんだから、救い出してここで口裏を合わせれば」



「静かに!おまえたち、いいか、落ち着いて考えろ。フローラ様がここに来てもうすぐ1年だ。公爵様はこの1年間、フローラ様を探し続けていたんだ。いつ情報が入ったのかわからないが、王都から10日以上かかる道のりを、自ら足を運んでここまで来た。その意味がわかるか」



俺の話に仲間達の目がだんだんと落ち着きを取り戻していく。



「しかも、騎士団を連れてきたのはこの城への派遣と今はなっているが、もし俺達が蜂起すればそれを制圧するだけの数を準備してきたともとれる。もしくは、フローラ様が逃亡を図ったらそれをすぐさま捕まえようとしていたのかもしれない」



「まさか…」



「それに、見ただろう。フローラ様が暴れたときに、薬を使った…つまり、そういう事態になっても強引にまで連れて帰ろうとしていたんだ。それほどの執着を持っている相手のところに下手に俺達が乗り込んでいったら、フローラ様がどうなるか想像もつかない」



仲間達の顔がどんどん青ざめていくのを見て、俺も目を覆った。

俺達は戦場に行く騎士であると同時に街の治安を守る警備隊でもある。様々な家庭で起きたトラブルからの殺人も目にしてきた。

以前、南の割と裕福な家庭で、若い妻をめとった商人の男が嫉妬のあまり疑心暗鬼になり、妻の両足の腱を切り、地下室に閉じ込めた事件があった。それを救出した時の光景を目の当たりにした者もここにはいる。そして、その凄惨さは誰もが知る内容で、記憶に新しいためにみんなもそれを思い出したにちがいなかった。



「悪い…えらそうなこと言って……俺もさ…たかくくってたんだ…。閣下はこの国の辺境伯で、この国の国境を守ってこられた方なんだ。だから、フローラ様がたとえどんなにいいご家庭の方でも、大公妃殿下になられた後に四の五の言いだしても突っぱねられるって思ってたんだ。でもさ…公爵家は敵に回しちゃいけないだろ…俺達が勝手に争っちゃいけないんだ…公爵家の後ろは王家がいるんだぞ。王家への反乱とみなされて、閣下の爵位はもちろん閣下の命だって…それに城、領地すら没収されて、みんなの家族もめちゃくちゃになることだって考えられるだろ。みんなどんな思いでここを守ってきたんだよ。戦ってきたんだよ。閣下も…ずっと、ずっと、戦いの中に身を置かれて…っっ…やっと……なんでっ…なんでなんだよ…」



もうこれ以上言えなかった。溢れてきた涙を止められなかった。

今すぐ馬に乗って駆け出して、あの馬車からフローラ様を救い出してかっさらいたい。

フローラ様が目を覚まされたら、どれだけ悲しまれることだろう。記憶も戻っていないのに、どれほど不安に思われることだろう。それなのに、見ていることしかできなかった。

閣下のために、フローラ様を連れ戻したい。でも、それと同じだけ、この城もみんなも、領地も守りたい。

俺は無力だ。何も、何もできなかった。

仲間達も肩を震わせて泣いていた。

自慢の腕を見せることすらできずに完膚なきまでに叩きのめされ、俺達は打ちひしがれるしかなかった。
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