人生リスタート!~夢破れた男は異世界でまた夢を見る~

.嘘

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一章 彼方より来る者

第二話 地下牢での出会い

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「アマクサ殿。どうか魔王を倒すために、力を貸してもらえないだろうか」

 頭を下げながら告げられた言葉は、何度も目にしてきた設定と同じものだった。

「……魔王を倒す、ね」
「そうだ。人類の天敵、数百年にわたって続いてきた争いの歴史に終止符を打って欲しいのだ」

 国王の言葉が右から左へ通り抜けるように感じる。

『チープで面白くない』

 頭の中で絶望が再び鎌首をもたげ、視線が自然と床へ向く。

「当然、魔王討伐には最大限の支援を行う。仲間や資金、道具、情報、我が国にできることであればどんなものでも支援しよう」

 続けられた言葉も、頭の中にとどまることはない。

『チープで面白くない』

 脳裏にはただひたすら絶望があふれている。

「報酬に関しても、最大限の努力を約束しよう。もしもこの玉座が欲しいというのであれば、市民や臣下を無下にしないと約束してもらえれば喜んで譲ろう」

 謁見の間が騒々しくなるが、国王がそれを気にした様子はない。
 ただひたすらに、俺を見つめ続けている。

「……なんで、俺なんですか?」
「神の啓示があったのだ。夢にそなたが現れ、救世主になると告げられた。半信半疑ではあったが、実際にそなたが目の前に現れた以上は信じるほかにないだろう」
「……そうですか」
「それで、どうだろうか? 魔王討伐の旅に出てはもらえないだろうか?」
「……もし、断ったら?」

 国王の目が鷹のように鋭くなる。

「そなたには、王城に侵入した罪がある。王城への侵入、それすなわちこの国への害意ありと見做して斬首刑に処す」

 はっきりと言い放った言葉を最後に、場が緊張で満たされる。
 生唾一滴飲み込むだけでも聞こえてしまいそうな静寂さは、常人であればそこにいるだけでも精神を削られてしまいそうなほどだ。
 この状況であれば誰もが魔王討伐を了承するだろう。

「……それでいい」

 だが、俺にはどうでもいいことだ。
 所詮俺の夢ではこの程度の設定しか思いつかなかったのだろう。
 この部屋に来るまではあった興奮はいつの間にか冷め切って、ただひたすら終わりを求めていた。

「……さっさと殺して終わりにしてくれ」

 場が騒がしくなる中、国王だけが俺の本質を見抜こうとするようにジッと眺める。
 しかし、それもすぐに終わったのか視線をそらしてため息をつく。

「であれば、王城侵入の罪により救世主アマクサに斬首刑を言い渡す。刑の執行は三日後の朝に行う。それまでは、この者を地下牢に拘束しておけ」

 ◇

 謁見の間でのやり取りが終わり地下牢に拘束されてから、一夜が明けただろうか。
 眠りから目覚めると、真っ先に鉄格子が目に入った。蠟燭の火で照らされた地下牢は、薄暗く少し不気味な雰囲気を醸し出している。

(それにしても、寝て起きても景色が変わらないとは。これも明晰夢だからなのか?)

 頭の中から追い出していたありえない可能性が少しだけ過る。

(そもそも、明晰夢で見たことのないものが現れるなんてあるのか?)

 化粧台やアルラウネ、謁見の間やそこにいた人の顔などを思い出しながら思いついた疑念を深くする。

(五感もしっかりと機能している)

 ジャラリと鎖で拘束されている手を眺めながら否定できない理由を重ねていく。

(まさかとは思うが、ここって――)

 地下牢内に響き渡る足音が、思考を断ち切る。
 少し聞き耳を立てると、二人の男の声が聞こえてきた。

「お待ちください! 貴方様がこのような場所に足を運ぶなど……」
「俺が来たくて来たのだ。気にすることなど何もない」
「ですが――」

 どうやら牢番が何者かを止めようとしているらしい。
 仕事熱心なことだと、他人事のように牢番の言葉を聞き流す。

「お前がアマクサ・タイキだな!」

 どうやら牢番は止めきれなかったらしい。
 慌てている牢番を横目で見ながら、鉄格子の向こう側に立つ中年らしき男を見る。
 くすんだコバルトの髪を持ち、灰色の目は大きくよく笑うのか目尻には笑い皺ができている。鎧と剣を身に着け、マントを羽織っている姿はまるで小説で見る騎士のようだ。

「俺の名前はリベリウス・アレクラド・フォートレス。アレクラド家の長子にして、この国の皇太子である!」

 両手を腰に当てて胸を張る姿にはまるで威厳というものが存在していないが、自然と視線が男に吸い寄せられてしまうほどの存在感があった。

「……その皇太子さまが何の用ですか?」
「いやなに、父上の夢の中に救世主として現れた男が現実にも現れた上に、死刑を望んで地下牢にぶち込まれているとあれば興味が湧いてしまってな」
「……そうですか。期待に応えられそうになくてすみません」

 謝罪の意など欠片も籠っていない謝罪を投げると、皇太子は髭の生えた顎に手を当てながら少し考え込むような仕草をした。

「……絶望にとらわれていると聞いたが、完全に絶望しているわけではないのか」

 声の響く地下でなければおそらく聞こえなかっただろう大きさで呟かれた言葉は、俺には理解できないものだった。

「……何のことですか?」
「……そうだな、少し話をするか」

 皇太子は鉄格子の前で腰を下ろすと、牢番に離れるように指示を出す。
 牢番が離れたのを確認すると、こちらに顔を戻して腕を組む。

「それで、何が聞きたい?」
「……さっきの言葉の意味を教えてください」
「ふむ。まあ、それを聞くだろうな。と言っても、大した意味があるわけじゃない。父上はお前のことを絶望にとらわれていると言っていたが、俺にはそうは見えんというだけのことだ」

 あの国王は、あれだけの時間で俺の事を見抜いたらしい。伊達に国王をしているわけではないということか。
 それに比べてこの皇太子は、俺が絶望していないように見えるらしい。
 だから何だというわけではないが。自分の事を自分以上にわかる人間などいないのだ。当然と言えば当然の結果だ。ただ、あの国王がすごかったというだけで。

「今度は俺の番だな」
「……は?」
「お前も聞きたいことを聞いただろう? ならば、俺にも同じように聞く権利があるはずだ」

 いたずら好きな悪童のような笑みを浮かべて、皇太子が正論を宣う。

「……好きにしてください」
「おう」

 別に馬鹿正直に答えなければならないわけでもないのだ。ならば、適当に嘘をついて誤魔化せばいいだろう。
 少し胸がモヤっとしながら、皇太子の質問を待つ。

「タイキ家は貴族なのか?」
「はい?」
「いやなに、身なりは平民の様だが手のひらに豆がない上に爪の間に土もない。農民というには無理があるからな」
「……違いますけど」
「ふむ、そうなのか。当たっていると思ったのだがな」
「……それと、大輝は名前で姓は天草です」
「そうなのか! もしや、他国の出身なのか?」
「……そうですけど、今度は私の番では?」
「む。確かにそうだな」

 意外に律儀なんだな。
 素直に引き下がる皇太子を見て思わず半眼になる。

「この国について教えてください」
「そんなことでいいのか?」
「はい」
「では、この国の皇太子である俺が直々にこの国について教えてやろう」

 得意げな様子を無視していると、皇太子が少し不満げな様子で唇を尖らせる。
 それすらも無視すると諦めたように肩を落として話をする。

「我らがフォートレス王国が守護の国として八百年近い歴史を持っているのは知っているな?」
「いえ」
「何!? 守護の国だぞ! 人類領域を魔王軍の脅威から守る最後の砦、フォートレス王国だぞ!」
「知りませんけど」
「そうなのか……フォートレス王国を知らないなど田舎者にもほどがあると言いたいところだが、まあそれは置いておくとしよう」

 皇太子の口ぶりからすると相当大きな国らしい。

「フォートレス王国は八百年ほど前に建国された。建国の理由は、当時すでに猛威を振るっていた魔王軍から人類を守護するためだと言われている」
「……」
「メイカエトナと呼ばれる魔王の住まう場所――魔王領域と唯一つながっている土地に、十五メートルほどの壁を築き上げることで魔王軍の侵攻を止め、人類を滅亡の危機から守護したのだ」

 先祖の偉業を誇るような語り口で告げられたのは、救世の偉業だった。

「それ以来、我らアレクラド王家は人類を魔王軍から守る守護者と呼ばれるようになったのだ」
「……凄いですね」
「そうだろう? お前もフォートレス王国の偉大さが分かったか」

 俺の感嘆に機嫌よく頷いている目の前の男を見ると、到底そうは見えないがフォートレス王国、ひいてはアレクラド王家が成し遂げてきたことは誰にも真似できないことだ。
 きっとあの国王も同じように成し遂げ、この皇太子もいずれは成し遂げるのだろうと理由はないが信じることができた。

「今度は俺の番だが、聞くことは決まっている。お前の育った場所について教えてくれ」

 皇太子の質問に対して、少しだけ嘘をつくか悩んで沈黙する。
 嘘をついたところでばれることはないだろうし、本当のことを言っても理解できるとは思えない。
 それでも、ここで嘘をつくのは少しだけ嫌だった。

「……俺が育った国は日本といって、平和な国でした。戦争なんて遠い国の話で、多くの人が好きなことを学んで好きなことに挑戦して、好きに夢が見られる国でした」

 思い出すように日本のことを、皇太子に語る。
 目を閉じて、一日前まで見ていた光景を瞼の裏に描く。

「命の危険なんかない場所で、平穏に生きて平穏に死ぬ。それができる国でした」

 自分のことを棚に上げて伝えた。変なのは俺の方だと分かっているから。

「よい国だな」
「……はい」
「俺もそのような国を作りたいものだ」

 ただでさえジメジメとした地下牢にしんみりとした空気が流れる。
 キノコが生えそうな湿度を嫌ったのか、皇太子が口を開く。

「一つ聞いてもいいか?」
「……何ですか?」
「どうして魔王討伐の旅を拒絶した。危険はあれど、報酬は破格なものだったはずだ」

 真剣な表情で見つめてくる皇太子から逃げるように視線を逸らす。

「……別に、報酬に興味がなかっただけですよ」
「それだけとは思えんのだがな」
「……それに、皇太子さまも困るでしょう?」
「何がだ?」
「……あの国王様、報酬で玉座を明け渡してもいいって言ってましたよ?」

 反撃するようにまっすぐと皇太子の目を見つめて言い放つ。

「俺が魔王を倒したら、国王にはなれないかもしれませんよ?」

 ◇

 今日も皇太子は俺の前に現れた。
 昨日と違うことといえば、酒と料理を持ってきていること。
 それに加えて――。

「……なんで牢の中に入って飯食べてるんですか?」
「お前も腹が減るだろう? 俺も腹が減った! ならば、一緒に食えばいいだろう!」
「……いいわけないでしょう。そもそも、昨日のこと忘れたんですか?」
「何のことだ?」
「俺が魔王を倒したら、国王にはなれないかもしれないという話です」

 昨日のあの質問のあと、皇太子は唐突に席を立ってそのまま話が中断した。
 正直、腹を立てて国王に直談判でもしに行ったのかと思ったが。

「あー、あれか。別に構わんぞ」
「……は?」
「人類が魔王の脅威から解放されるのであれば、これ以上に喜ばしいことはない。それはこの国の皇太子としてだけでなく、一個人としても喜ばしいことなのだ」
「……どうしてですか?」
「人類を魔王の脅威から解放すること。それが俺の夢だからだ」
「……いや、そっちじゃなくて。どうして昨日答えずに出て行ったんですか?」
「ふむ、そっちか。いやなに、腹が空いたので飯を食いに行ったら思いのほか飲みすぎてな。お前の分も持って行ってやろうと思ったのだがな」

 開いた口を塞ぐことができないほどの衝撃だった。
 あの状況で腹が減ったからといって、飯を食いに行ったうえに飲みすぎて潰れるとは。いい年して恥ずかしくないのだろうか。
 あまりにも自由な行動に、周囲にいるだろう人たちへ同情の念を送ってしまう。

「お前の方こそ夢はないのか?」

 意識外からの質問に思わず苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまう。

「……ないです」
「そのようなことはあるまい。恥ずかしがらずに話してみせよ」

 押しの強さを鬱陶しく感じながらも、話すかどうか逡巡する。
 それでも、あと数日の命だからと皇太子の持ってきた酒をひったくるようにして飲み、酒の力で口を開いた。

「……小説家になりたかった」
「ほう! 俺も王家の教養の一環として学んだことがあるぞ」
「そういうのじゃない。もっと大衆向けで、心躍るような冒険譚や強大な敵に立ち向かうような英雄譚だ。たくさんの人が目にして、面白いと言ってくれるようなものが書きたかったんだ」
「よい夢ではないか。何を恥じることがある」
「……諦めたんだよ。二十年近く追い続けて芽が出なかった。きっと、俺には才能がなかったんだ」
「……少し待て。二十年だと? お前いったいいくつだ?」
「……三十四」
「さんじゅっ……!?」

 皇太子の驚いたような顔を見て、自分が若返っていることを思い出した。
 それでも、今更何を構うものがあるのかと開き直って酒を飲む。

「ま、まあ、三十四だろうが、夢を諦めるには早かろう。俺など、五十六にもなってまだ夢を掲げて生きておるわ」
「そう、かもしれないが……。俺にはもう無理だ」

 早くも酒が回ってきたのか、弱音ばかりが溢れ出す。
 手に持った酒に映った顔は、負け犬そのもので自嘲の笑みがこぼれてしまう。

「心が折れたら、もう走れない」

 ◇

 結局、昨日はため込んでいた弱音をひたすらに吐き出した。
 俺の面倒な弱音を受け止め続けていた皇太子の器はおそらく海よりも広いのだろう。おかげで、悪くない気分で処刑を迎えられそうな気がする。
 地下牢で太陽が全く見えないとはいえ、まだある程度の時間感覚は残っている。正確な時間まではわからないとはいえ、おそらく今日が刑の執行日のはずだ。
 できればもう一度だけ、皇太子に会ってきちんと礼を言っておきたいものだが、会えるはずもないか。

「なあ、アマクサよ」
「……暇なの?」

 そう思っていたはずなのに、皇太子はまた鉄格子の中にいた。

「暇ではない! ……まあ、いいから聞け」

 いつもの調子で否定したと思えば、すぐに真剣な表情に戻る。
 今から処刑かと居住まいを正して皇太子と向かい合う。

「アマクサよ。俺の夢は昨日教えたな?」
「魔王の脅威から人類を解放する、だっけ?」
「そうだ。だが、俺はこの年になっても未だその方法すらも見つけられずにいる。このままでは、夢を見たまま死ぬだろう」
「……そうかもな」
「だが、そんな折にお前という存在が現れた。はじめは、半信半疑だった。だが、お前と直接話すうちにお前であればと思ったのだ」
「……」
「お前が自分のために走れないというのであれば、俺の夢のために走れ。命がいらないというのであれば、俺の夢のために死ね」

 どこにそんな期待をする要素があったのか疑問が尽きない。
 やはり、この皇太子は節穴だと呆れを含んだ視線で眺める。
 俺の夢のために死ねと、横暴な奴だと思う。

「友人として、俺を助けてくれ」

 たった二日と少し程度の付き合いで友人扱いなど、強引な奴だと言葉にしたくなる。
 それ以上に、その一言だけで動いてしまった自分のチョロさに恨みが募った。
 それでも、人生でたった一人の友人の頼みだ。
 手助けくらいならしても許されるだろう。
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