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一章 彼方より来る者
第一話 救世主アマクサ
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魔王。
いつ現れたのか定かではない。
なぜ魔王軍を作ったのかもわからない。
どんな姿をしているのかすら誰も知らない。
だが、確かに存在しているそれによって人類は滅びの瀬戸際に立っている。
魔王の住まう領域を隔離するように壁を築き、魔王と魔王軍の攻撃を滅びの際で耐え続けて幾百年。
パーティー会場のように多くの人がいる部屋の中は、しかしパーティー会場とは似ても似つかない静寂に支配されていた。
原因は中央で向かい合っている二人だろう。
対照的な二人だ。
玉座に座る者と地に跪く者。
豪奢な衣服を身に着ける者と粗末な衣服を身に着ける者。
老人と若人。
白髪と黒髪。
彼らの間に流れる張り詰めたような雰囲気が伝搬して部屋に満ちた。
周囲の人が壁の花のように彼らの行く末を眺める。
裁く者と裁かれる者を。
「救世主アマクサに斬首刑を言い渡す」
下された裁きが部屋中にざわめきを広げていく。しかし、裁きを下された救世主は何も言わず、ただ審判者を光のない目で眺めるだけであった。
滅びに瀕して幾百年。
救世主はまだ現れない。
人類は滅びの定めから救い出してくれる者を待っている。
悪しき魔王を打ち滅ぼす者を求めている。
世界は救世主を欲している。
◇
「才能……ないんだな、俺」
暗い部屋の中で今もなお画面に表示され続けているどこの誰のものともしれない感想を眺める。
夢があった。
中学生、いや小学生の頃からの夢だ。
俺は、昔から漫画やアニメといったサブカルチャーが好きだった。誕生日のプレゼントもサンタさんに頼んだものも親からのお小遣いもお年玉も、全部漫画やアニメにつぎ込んできた。
そんな俺が、小説にハマるのは当然のことだった。
最初は、アニメ化されたものを買って読んだ。続きが気になって、原作が文字だらけの小説だとしても読みたいと思ったのだ。
次は、タイトルやあらすじを見て気になったものを一巻だけ買ってみた。続きが気になるものがあれば、全巻揃えるためのご機嫌取りに両親や祖父母の手伝いをした。
その次は、Web小説を読んだ。無料で読めるというのもあって、金欠気味だった俺には都合がよかった。
読んで探して、読んで探して。
段々と読みたくなるようなWeb小説がなくなり徐々に時間を持て余していく中で、ふと思いつきで小説を書いてみることにした。
最初の作品は幼稚な妄想を書きだしたようなものだった。それでも、自分の妄想を形にしていくことが楽しかった。
俺が小説家になりたいと思ったきっかけは、きっとそれだったのだろう。
中学三年間は、部活なんかやらずに家でひたすら小説を書き続けた。
専門学校では、専門的な知識を学び技術の向上に努めた。
高校を卒業すると、アルバイトをしながら小説家を目指した。
年を重ねると昔の同級生たちが華々しい活躍をしていくのに対して、いまだに小説家になれていないことに焦りを感じるようになった。
それでも、もっと技術を高めればいつか夢を叶えられると信じ続けた。
『チープで面白くない』
今日までは。
「……バイト辞めようかな」
ベッドの上でこぼした独り言が脳内にこびりついて離れない。
「……明日からやることなくなったな」
やることも、やりたいこともなくなった。
縛るものがなくなった思考は、行きつくところに行きついた。
「もしできるなら、最後の夢が見たいな……。俺が憧れた世界で生きる夢を……」
おそらく最後になるだろう眠りが、少しでも幸せなものであることを願いながら瞼を閉じる。
◇
「何処だ、ここ」
太陽の光で目を覚ました俺は、見覚えのない部屋の中をゆっくりと見渡す。
石造りの壁に、床一面に敷かれたカーペット。壁に掛かった絵画にセンスのいい調度品。
どう考えても俺の知っている部屋じゃない。
俺の部屋はコンクリート造りだし、カーペットなんか敷いたこともない。絵画なんてものに興味もなければ、調度品なんて安いものを適当に買っている。
こんな西洋の城のような部屋とは無縁のはずだ。
どう考えてもおかしな状況に混乱すらできていないのか、冷静な思考が頭の中を巡っている。
「こんな立派な化粧台、ホテルでも見たことないな」
物珍しさからベッドを降りてまっすぐ近づく。
一般庶民としての本能から、化粧台に触らないよう最大限の注意を払って観察すると、鏡の縁や机、椅子などに高級なものだと誰が見てもわかるほどの繊細な細工が施されていることが分かる。
椅子から机へ視線が移る。机から鏡の縁へ。そして、鏡の縁から鏡へと意識が移るとようやくそれに気が付いた。
「昔の俺?」
さっぱりとした短髪。短い睡眠時間による目の下の隈はなくなり、こけていた頬にも肉がついている。伸ばしっぱなしだった髭は見る影もなかった。
現実ではありえない状況に俺は寝る前に願ったことを思い出した。「憧れた世界で生きる夢が見たい」という願いを。
「これが明晰夢か。眉唾物だと思ってたけど、実際にあるんだな」
そう結論付けて再び若い頃の自分が映る鏡を凝視する。すると、部屋に奇妙なものが置かれていることに気が付く。
窓際に置かれた小さな鉢植え。植えてある植物は風もないのに揺れているような気がする。
正体を見破ろうと、鏡に顔を近づけながら穴が開くほどに見つめる。
高さ十センチほどの植物で、茎らしきものは人の上半身の様で太いがしなやかに曲がり先端についた紫色の花を左右に揺らしている。
鏡越しではこれ以上の情報は得られないと思った俺は、後ろを振り返り鉢植えに近寄った。
「なんだこれ。小人?」
恐る恐る鉢植えに顔を近づけると、閉じた瞼のように見える部分が開いて黒い目と視線がぶつかる。
「うおぁっ!」
思わず仰け反り鉢植えから距離を取って小人を観察する。
小人は俺の大声を気にすることもなく、のんきな様子で背伸びをしている。
小人の気の抜ける姿に肩の力を抜きながら、再び顔を近づけて観察する。
「緑色の肌をした人型の植物。アルラウネか?」
アルラウネ。
ファンタジー小説では一般的に人を襲う魔物として描かれる……のだが、目の前で無邪気に頷いているのを見るとそんな印象は感じない。むしろ、人懐っこい子供みたいな印象を受ける。
「それにしても、鉢植えで生活するアルラウネか。俺が思いついたものとは思えない設定だな」
頬を緩めながらアルラウネをつついていると、服のようなものを着ていることに気が付く。
「植物が服? どうなってるんだろう、これ」
ギョッとした顔をするアルラウネを視界に収めながらも、好奇心に負けてにじり寄る。
「なんというか、着せ替え人形を脱がせるときのような背徳感というか、気恥ずかしさを感じるな」
服らしきものに手をかける前に一度動きが止まるが、夢の中だからと言い訳をして葛藤を振り払う。
動きを再開した俺を見て、アルラウネが抵抗するのを諦めた婦女子のように力を抜く。
あまりにも犯罪チックな反応に、背中に冷たいものを感じる。
そのまま凍り付いたかのようにアルラウネと見つめあっていると、後ろにある扉の開く音がした。
「……」
「……」
音に反応して振り向くと、鎧を身にまとった兵士が扉を開けた姿勢で動きを止めている。
「……」
「……」
「ち、違いますよ?」
とりあえず何か弁解しようと考えて口を開くが、疑いを深めただけのような気がしてならない。
「国王陛下が謁見の間にてお待ちです」
深い後悔と羞恥で床を転がりまわりたい衝動にかられながら、部屋に流れる沈黙に耐えているとおもむろに口を開いた兵士が部屋に現れた用件を告げた。
◇
部屋の中央を横切る赤いカーペット。左右には部屋に現れた兵士と同じような鎧姿の兵士が綺麗に整列をしている。カーペットを辿った先には、豪奢な椅子が主人を載せて鎮座している。
豪奢な椅子に座っている人物――おそらく国王――は、老人ながらも妙な威圧感を放っていた。
「そなた、名を何という?」
雰囲気に呑まれるように粛として待っていると、国王が沈黙を破った。
「あ、天草大輝、です」
名前を言った途端に部屋の中が騒然とする。
周囲の反応に眉根を寄せて聞き耳を立てるが原因はわからない。
しかし、それも束の間の事で国王が片手をあげるだけで部屋に静寂が戻る。
静かになった謁見の間で、国王が目を閉じたまま眉間にさらに深い皺を作る。何も起こらないまま時間が一秒二秒と過ぎていく。
十秒ほどの時間が過ぎたあと、国王が緩慢に瞼を上げる。鋭い灰色の眼光が俺の事をまっすぐに射貫く。
「アマクサ殿。どうか魔王を倒すために、力を貸してもらえないだろうか」
いつ現れたのか定かではない。
なぜ魔王軍を作ったのかもわからない。
どんな姿をしているのかすら誰も知らない。
だが、確かに存在しているそれによって人類は滅びの瀬戸際に立っている。
魔王の住まう領域を隔離するように壁を築き、魔王と魔王軍の攻撃を滅びの際で耐え続けて幾百年。
パーティー会場のように多くの人がいる部屋の中は、しかしパーティー会場とは似ても似つかない静寂に支配されていた。
原因は中央で向かい合っている二人だろう。
対照的な二人だ。
玉座に座る者と地に跪く者。
豪奢な衣服を身に着ける者と粗末な衣服を身に着ける者。
老人と若人。
白髪と黒髪。
彼らの間に流れる張り詰めたような雰囲気が伝搬して部屋に満ちた。
周囲の人が壁の花のように彼らの行く末を眺める。
裁く者と裁かれる者を。
「救世主アマクサに斬首刑を言い渡す」
下された裁きが部屋中にざわめきを広げていく。しかし、裁きを下された救世主は何も言わず、ただ審判者を光のない目で眺めるだけであった。
滅びに瀕して幾百年。
救世主はまだ現れない。
人類は滅びの定めから救い出してくれる者を待っている。
悪しき魔王を打ち滅ぼす者を求めている。
世界は救世主を欲している。
◇
「才能……ないんだな、俺」
暗い部屋の中で今もなお画面に表示され続けているどこの誰のものともしれない感想を眺める。
夢があった。
中学生、いや小学生の頃からの夢だ。
俺は、昔から漫画やアニメといったサブカルチャーが好きだった。誕生日のプレゼントもサンタさんに頼んだものも親からのお小遣いもお年玉も、全部漫画やアニメにつぎ込んできた。
そんな俺が、小説にハマるのは当然のことだった。
最初は、アニメ化されたものを買って読んだ。続きが気になって、原作が文字だらけの小説だとしても読みたいと思ったのだ。
次は、タイトルやあらすじを見て気になったものを一巻だけ買ってみた。続きが気になるものがあれば、全巻揃えるためのご機嫌取りに両親や祖父母の手伝いをした。
その次は、Web小説を読んだ。無料で読めるというのもあって、金欠気味だった俺には都合がよかった。
読んで探して、読んで探して。
段々と読みたくなるようなWeb小説がなくなり徐々に時間を持て余していく中で、ふと思いつきで小説を書いてみることにした。
最初の作品は幼稚な妄想を書きだしたようなものだった。それでも、自分の妄想を形にしていくことが楽しかった。
俺が小説家になりたいと思ったきっかけは、きっとそれだったのだろう。
中学三年間は、部活なんかやらずに家でひたすら小説を書き続けた。
専門学校では、専門的な知識を学び技術の向上に努めた。
高校を卒業すると、アルバイトをしながら小説家を目指した。
年を重ねると昔の同級生たちが華々しい活躍をしていくのに対して、いまだに小説家になれていないことに焦りを感じるようになった。
それでも、もっと技術を高めればいつか夢を叶えられると信じ続けた。
『チープで面白くない』
今日までは。
「……バイト辞めようかな」
ベッドの上でこぼした独り言が脳内にこびりついて離れない。
「……明日からやることなくなったな」
やることも、やりたいこともなくなった。
縛るものがなくなった思考は、行きつくところに行きついた。
「もしできるなら、最後の夢が見たいな……。俺が憧れた世界で生きる夢を……」
おそらく最後になるだろう眠りが、少しでも幸せなものであることを願いながら瞼を閉じる。
◇
「何処だ、ここ」
太陽の光で目を覚ました俺は、見覚えのない部屋の中をゆっくりと見渡す。
石造りの壁に、床一面に敷かれたカーペット。壁に掛かった絵画にセンスのいい調度品。
どう考えても俺の知っている部屋じゃない。
俺の部屋はコンクリート造りだし、カーペットなんか敷いたこともない。絵画なんてものに興味もなければ、調度品なんて安いものを適当に買っている。
こんな西洋の城のような部屋とは無縁のはずだ。
どう考えてもおかしな状況に混乱すらできていないのか、冷静な思考が頭の中を巡っている。
「こんな立派な化粧台、ホテルでも見たことないな」
物珍しさからベッドを降りてまっすぐ近づく。
一般庶民としての本能から、化粧台に触らないよう最大限の注意を払って観察すると、鏡の縁や机、椅子などに高級なものだと誰が見てもわかるほどの繊細な細工が施されていることが分かる。
椅子から机へ視線が移る。机から鏡の縁へ。そして、鏡の縁から鏡へと意識が移るとようやくそれに気が付いた。
「昔の俺?」
さっぱりとした短髪。短い睡眠時間による目の下の隈はなくなり、こけていた頬にも肉がついている。伸ばしっぱなしだった髭は見る影もなかった。
現実ではありえない状況に俺は寝る前に願ったことを思い出した。「憧れた世界で生きる夢が見たい」という願いを。
「これが明晰夢か。眉唾物だと思ってたけど、実際にあるんだな」
そう結論付けて再び若い頃の自分が映る鏡を凝視する。すると、部屋に奇妙なものが置かれていることに気が付く。
窓際に置かれた小さな鉢植え。植えてある植物は風もないのに揺れているような気がする。
正体を見破ろうと、鏡に顔を近づけながら穴が開くほどに見つめる。
高さ十センチほどの植物で、茎らしきものは人の上半身の様で太いがしなやかに曲がり先端についた紫色の花を左右に揺らしている。
鏡越しではこれ以上の情報は得られないと思った俺は、後ろを振り返り鉢植えに近寄った。
「なんだこれ。小人?」
恐る恐る鉢植えに顔を近づけると、閉じた瞼のように見える部分が開いて黒い目と視線がぶつかる。
「うおぁっ!」
思わず仰け反り鉢植えから距離を取って小人を観察する。
小人は俺の大声を気にすることもなく、のんきな様子で背伸びをしている。
小人の気の抜ける姿に肩の力を抜きながら、再び顔を近づけて観察する。
「緑色の肌をした人型の植物。アルラウネか?」
アルラウネ。
ファンタジー小説では一般的に人を襲う魔物として描かれる……のだが、目の前で無邪気に頷いているのを見るとそんな印象は感じない。むしろ、人懐っこい子供みたいな印象を受ける。
「それにしても、鉢植えで生活するアルラウネか。俺が思いついたものとは思えない設定だな」
頬を緩めながらアルラウネをつついていると、服のようなものを着ていることに気が付く。
「植物が服? どうなってるんだろう、これ」
ギョッとした顔をするアルラウネを視界に収めながらも、好奇心に負けてにじり寄る。
「なんというか、着せ替え人形を脱がせるときのような背徳感というか、気恥ずかしさを感じるな」
服らしきものに手をかける前に一度動きが止まるが、夢の中だからと言い訳をして葛藤を振り払う。
動きを再開した俺を見て、アルラウネが抵抗するのを諦めた婦女子のように力を抜く。
あまりにも犯罪チックな反応に、背中に冷たいものを感じる。
そのまま凍り付いたかのようにアルラウネと見つめあっていると、後ろにある扉の開く音がした。
「……」
「……」
音に反応して振り向くと、鎧を身にまとった兵士が扉を開けた姿勢で動きを止めている。
「……」
「……」
「ち、違いますよ?」
とりあえず何か弁解しようと考えて口を開くが、疑いを深めただけのような気がしてならない。
「国王陛下が謁見の間にてお待ちです」
深い後悔と羞恥で床を転がりまわりたい衝動にかられながら、部屋に流れる沈黙に耐えているとおもむろに口を開いた兵士が部屋に現れた用件を告げた。
◇
部屋の中央を横切る赤いカーペット。左右には部屋に現れた兵士と同じような鎧姿の兵士が綺麗に整列をしている。カーペットを辿った先には、豪奢な椅子が主人を載せて鎮座している。
豪奢な椅子に座っている人物――おそらく国王――は、老人ながらも妙な威圧感を放っていた。
「そなた、名を何という?」
雰囲気に呑まれるように粛として待っていると、国王が沈黙を破った。
「あ、天草大輝、です」
名前を言った途端に部屋の中が騒然とする。
周囲の反応に眉根を寄せて聞き耳を立てるが原因はわからない。
しかし、それも束の間の事で国王が片手をあげるだけで部屋に静寂が戻る。
静かになった謁見の間で、国王が目を閉じたまま眉間にさらに深い皺を作る。何も起こらないまま時間が一秒二秒と過ぎていく。
十秒ほどの時間が過ぎたあと、国王が緩慢に瞼を上げる。鋭い灰色の眼光が俺の事をまっすぐに射貫く。
「アマクサ殿。どうか魔王を倒すために、力を貸してもらえないだろうか」
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