上 下
1 / 2
一章 彼方より来る者

第一話 救世主アマクサ

しおりを挟む
 魔王。
 いつ現れたのか定かではない。
 なぜ魔王軍を作ったのかもわからない。
 どんな姿をしているのかすら誰も知らない。
 だが、確かに存在しているそれによって人類は滅びの瀬戸際に立っている。
 魔王の住まう領域を隔離するように壁を築き、魔王と魔王軍の攻撃を滅びの際で耐え続けて幾百年。

 
 パーティー会場のように多くの人がいる部屋の中は、しかしパーティー会場とは似ても似つかない静寂に支配されていた。
 原因は中央で向かい合っている二人だろう。
 対照的な二人だ。
 玉座に座る者と地に跪く者。
 豪奢な衣服を身に着ける者と粗末な衣服を身に着ける者。
 老人と若人。
 白髪と黒髪。
 彼らの間に流れる張り詰めたような雰囲気が伝搬して部屋に満ちた。
 周囲の人が壁の花のように彼らの行く末を眺める。
 裁く者と裁かれる者を。

「救世主アマクサに斬首刑を言い渡す」

 下された裁きが部屋中にざわめきを広げていく。しかし、裁きを下された救世主は何も言わず、ただ審判者を光のない目で眺めるだけであった。

 
 滅びに瀕して幾百年。
 救世主はまだ現れない。
 人類は滅びの定めから救い出してくれる者を待っている。
 悪しき魔王を打ち滅ぼす者を求めている。
 世界は救世主を欲している。

 ◇

「才能……ないんだな、俺」

 暗い部屋の中で今もなお画面に表示され続けているどこの誰のものともしれない感想を眺める。
 
 夢があった。
 中学生、いや小学生の頃からの夢だ。
 俺は、昔から漫画やアニメといったサブカルチャーが好きだった。誕生日のプレゼントもサンタさんに頼んだものも親からのお小遣いもお年玉も、全部漫画やアニメにつぎ込んできた。
 そんな俺が、小説にハマるのは当然のことだった。
 最初は、アニメ化されたものを買って読んだ。続きが気になって、原作が文字だらけの小説だとしても読みたいと思ったのだ。
 次は、タイトルやあらすじを見て気になったものを一巻だけ買ってみた。続きが気になるものがあれば、全巻揃えるためのご機嫌取りに両親や祖父母の手伝いをした。
 その次は、Web小説を読んだ。無料で読めるというのもあって、金欠気味だった俺には都合がよかった。
 読んで探して、読んで探して。
 段々と読みたくなるようなWeb小説がなくなり徐々に時間を持て余していく中で、ふと思いつきで小説を書いてみることにした。
 最初の作品は幼稚な妄想を書きだしたようなものだった。それでも、自分の妄想を形にしていくことが楽しかった。
 俺が小説家になりたいと思ったきっかけは、きっとそれだったのだろう。
 中学三年間は、部活なんかやらずに家でひたすら小説を書き続けた。
 専門学校では、専門的な知識を学び技術の向上に努めた。
 高校を卒業すると、アルバイトをしながら小説家を目指した。
 年を重ねると昔の同級生たちが華々しい活躍をしていくのに対して、いまだに小説家になれていないことに焦りを感じるようになった。
 それでも、もっと技術を高めればいつか夢を叶えられると信じ続けた。

『チープで面白くない』

 今日までは。

「……バイト辞めようかな」

 ベッドの上でこぼした独り言が脳内にこびりついて離れない。

「……明日からやることなくなったな」

 やることも、やりたいこともなくなった。
 縛るものがなくなった思考は、行きつくところに行きついた。

「もしできるなら、最後の夢が見たいな……。俺が憧れた世界で生きる夢を……」

 おそらく最後になるだろう眠りが、少しでも幸せなものであることを願いながら瞼を閉じる。
 
 ◇

「何処だ、ここ」

 太陽の光で目を覚ました俺は、見覚えのない部屋の中をゆっくりと見渡す。
 石造りの壁に、床一面に敷かれたカーペット。壁に掛かった絵画にセンスのいい調度品。
 どう考えても俺の知っている部屋じゃない。
 俺の部屋はコンクリート造りだし、カーペットなんか敷いたこともない。絵画なんてものに興味もなければ、調度品なんて安いものを適当に買っている。
 こんな西洋の城のような部屋とは無縁のはずだ。
 どう考えてもおかしな状況に混乱すらできていないのか、冷静な思考が頭の中を巡っている。

「こんな立派な化粧台、ホテルでも見たことないな」

 物珍しさからベッドを降りてまっすぐ近づく。
 一般庶民としての本能から、化粧台に触らないよう最大限の注意を払って観察すると、鏡の縁や机、椅子などに高級なものだと誰が見てもわかるほどの繊細な細工が施されていることが分かる。
 椅子から机へ視線が移る。机から鏡の縁へ。そして、鏡の縁から鏡へと意識が移るとようやくそれに気が付いた。

「昔の俺?」

 さっぱりとした短髪。短い睡眠時間による目の下の隈はなくなり、こけていた頬にも肉がついている。伸ばしっぱなしだった髭は見る影もなかった。
 現実ではありえない状況に俺は寝る前に願ったことを思い出した。「憧れた世界で生きる夢が見たい」という願いを。

「これが明晰夢か。眉唾物だと思ってたけど、実際にあるんだな」

 そう結論付けて再び若い頃の自分が映る鏡を凝視する。すると、部屋に奇妙なものが置かれていることに気が付く。
 窓際に置かれた小さな鉢植え。植えてある植物は風もないのに揺れているような気がする。
 正体を見破ろうと、鏡に顔を近づけながら穴が開くほどに見つめる。
 高さ十センチほどの植物で、茎らしきものは人の上半身の様で太いがしなやかに曲がり先端についた紫色の花を左右に揺らしている。
 鏡越しではこれ以上の情報は得られないと思った俺は、後ろを振り返り鉢植えに近寄った。

「なんだこれ。小人?」

 恐る恐る鉢植えに顔を近づけると、閉じた瞼のように見える部分が開いて黒い目と視線がぶつかる。

「うおぁっ!」

 思わず仰け反り鉢植えから距離を取って小人を観察する。
 小人は俺の大声を気にすることもなく、のんきな様子で背伸びをしている。
 小人の気の抜ける姿に肩の力を抜きながら、再び顔を近づけて観察する。

「緑色の肌をした人型の植物。アルラウネか?」

 アルラウネ。
 ファンタジー小説では一般的に人を襲う魔物として描かれる……のだが、目の前で無邪気に頷いているのを見るとそんな印象は感じない。むしろ、人懐っこい子供みたいな印象を受ける。

「それにしても、鉢植えで生活するアルラウネか。俺が思いついたものとは思えない設定だな」

 頬を緩めながらアルラウネをつついていると、服のようなものを着ていることに気が付く。

「植物が服? どうなってるんだろう、これ」

 ギョッとした顔をするアルラウネを視界に収めながらも、好奇心に負けてにじり寄る。

「なんというか、着せ替え人形を脱がせるときのような背徳感というか、気恥ずかしさを感じるな」

 服らしきものに手をかける前に一度動きが止まるが、夢の中だからと言い訳をして葛藤を振り払う。
 動きを再開した俺を見て、アルラウネが抵抗するのを諦めた婦女子のように力を抜く。
 あまりにも犯罪チックな反応に、背中に冷たいものを感じる。
 そのまま凍り付いたかのようにアルラウネと見つめあっていると、後ろにある扉の開く音がした。

「……」
「……」

 音に反応して振り向くと、鎧を身にまとった兵士が扉を開けた姿勢で動きを止めている。
 
「……」
「……」
「ち、違いますよ?」

 とりあえず何か弁解しようと考えて口を開くが、疑いを深めただけのような気がしてならない。

「国王陛下が謁見の間にてお待ちです」

 深い後悔と羞恥で床を転がりまわりたい衝動にかられながら、部屋に流れる沈黙に耐えているとおもむろに口を開いた兵士が部屋に現れた用件を告げた。

 ◇

 部屋の中央を横切る赤いカーペット。左右には部屋に現れた兵士と同じような鎧姿の兵士が綺麗に整列をしている。カーペットを辿った先には、豪奢な椅子が主人を載せて鎮座している。
 豪奢な椅子に座っている人物――おそらく国王――は、老人ながらも妙な威圧感を放っていた。

「そなた、名を何という?」

 雰囲気に呑まれるように粛として待っていると、国王が沈黙を破った。

「あ、天草大輝あまくさ たいき、です」

 名前を言った途端に部屋の中が騒然とする。
 周囲の反応に眉根を寄せて聞き耳を立てるが原因はわからない。
 しかし、それも束の間の事で国王が片手をあげるだけで部屋に静寂が戻る。
 静かになった謁見の間で、国王が目を閉じたまま眉間にさらに深い皺を作る。何も起こらないまま時間が一秒二秒と過ぎていく。
 十秒ほどの時間が過ぎたあと、国王が緩慢に瞼を上げる。鋭い灰色の眼光が俺の事をまっすぐに射貫く。

「アマクサ殿。どうか魔王を倒すために、力を貸してもらえないだろうか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

召喚魔王様がんばる

雑草弁士
ファンタジー
 世界制覇を狙う悪の秘密結社の生み出した改造人間である主人公は、改造完了直後突然に異世界へと召喚されてしまう。しかもなんと『魔王』として!  そして彼は『勇者』の少女と出会ったり、敵対的な魔物たちを下して魔王軍を創ったり……。召喚された異世界で、彼はがんばって働き続ける。目標は世界征服!?  とりあえず、何も考えてない異世界ファンタジー物です。お楽しみいただければ、幸いです。

俺の娘、チョロインじゃん!

ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ? 乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……? 男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?  アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね? ざまぁされること必至じゃね? でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん! 「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」 余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた! え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ! 【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile
ファンタジー
 異世界から、敵対する二人の王子が、神震ゴッド・クウェイクに弾き飛ばされ、地球の荒廃した未来にやって来た。  王子のうち一人は、記憶を失なったまま、巨大防護シェルター外の過去の遺産を浚うサルベージマン見習いのアレンに助けられる。  もう一人の王子はこのシェルターの地下世界・ゲヘナに連行され、生き延びるのだが、、。  やがて二人の王子は、思わぬ形で再会する事になる。  これより新世紀の創世に向けてひた走る二人の道は、覇道と王道に別れ時には交差していく、、長く激しい戦いの歴史の始まりだった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ダンジョンズ&かませ犬s

気づいたら寝てた
ファンタジー
「君はレベル1に巻き戻ってる」 かつての旧友から衝撃の事実を告げられた元最高レベルファイターのカードオタク、アイザック レベルを取り戻す為、謎を解き明かす為 同じくレベル巻き戻りの被害を受けた最高レベルの面々である料理オタクの侍、理屈家の盗賊、婚期に焦るウィザードとパーティを組み再び迷宮踏破を目指す! ウィザードリィ(名作ダンジョンRPG)とエルミナージュ(同じく名作ダンジョンRPGゲーム) それとダンジョンズ&ドラゴンズ(テーブルトークRPG)を混ぜた作品を目指しています。

サモンブレイブ・クロニクル~無能扱いされた少年の異世界無双物語

イズミント(エセフォルネウス)
ファンタジー
高校2年の佐々木 暁斗は、クラスメイト達と共に異世界に召還される。 その目的は、魔王を倒す戦力として。 しかし、クラスメイトのみんなが勇者判定されるなかで、暁斗だけは勇者判定されず、無能とされる。 多くのクラスメイトにも見捨てられた暁斗は、唯一見捨てず助けてくれた女子生徒や、暁斗を介抱した魔女と共に異世界生活を送る。 その過程で、暁斗の潜在能力が発揮され、至るところで無双していくお話である。 *この作品はかつてノベルアップ+や小説家になろうに投稿したものの再々リメイクです。

処理中です...