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8◆父親の幻影

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温かな食事を食べることが許されなかった。

美味しいものを食べることが許されなかった。

お腹いっぱい食べることが許されなかった。

僕に許された食事は、焼いてないパン一枚とか冷たいご飯がお茶碗半分とか。

おかずなんて贅沢なものはない。

死なないぐらいの最低限の量の食事。

高校生になるまでは給食だけしか食べられなかったけれど、あの頃は温かな美味しい食事が嬉しかった。

父さんは外面だけは良い人で、暴言暴力をするような人にはみえないからね。

だから、ちゃんと給食を食べさせてくれていたんだ。

……ちゃんと良い父親にみえるように。

まぁ、長期の休みには給食なんてないから、その時も必要最低限の食事だったけど。



僕が作る料理は父さんだけの食事で、作る際に味見はさせてもらえないからレシピ道理に作るしかない。

だから味の微調整はできなくて、たまに美味しくない食事を作ってしまうと食器ごと僕に向かって投げられた。

だけど、残飯になってもその食事を食べることは許されなかった。

お腹が空いていたのに、父さんが食べることを拒否した食事を全部生ゴミとして捨てなくてはいけなくて、その時は切なくて仕方なかった。



僕が勝手に温かなものや美味しいものを食べたら、父さんは烈火の如く怒り激しく暴力を振るわれた。

給食以外はとにかくダメだったんだ。

あの頃の僕は、まだ僕が食べるということが悪い行為だとちゃんとわかっていなかったんだ。

わかっていなかったからお腹が空いて、空いて、空いて……。

我慢ができなくてバレないように温かなご飯やおかずを、父さんの隙をみてスプーンで一口だけ食べたりしていた。

スプーンで一口ぐらいならバレないと思ったんだけれど……まぁ、結果はバレでボコボコにされたよ。



……ずっとお腹が空いていた。

だけど、食べることが悪いことだとちゃんとわかってからは……。

罪悪感を感じるようになってからは、空いていることが正しくなった。



温かな美味しい食事……スープを一口食べさせられて、どうしてマリウスがそんなことをしたのかわからない。

温かなスープは胃に流れ、ずいぶん久しぶりの美味しいものに喜んではいけないのに喜びたくなる。

……けれど、父さんの幻影は喜ぶことを許さなかった。

幻影は僕を罵りながら暴力を振るう。

父さんの幻影は、幻影とは思えないほどリアルなんだ。

その暴力は、幻影なんだから本来は痛みなんか伴わないものなんだろう。

だけど、記憶の中の痛みと幻影の暴力はリンクしていて、僕は痛くて痛くて堪らない。

……枯れたと思っていた涙が一雫流れ、まだ出たんだなと薄れゆく意識で思うのだった。
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