147 / 158
お墨付き
双龍のタリスマン
しおりを挟む
若い村役人は痙攣めいた瞬きをした。
ブライトの言わんとしていること、やらんとしていることが、彼には理解も推察もできいない。
きょとんとした顔で己を見上げる役人の鼻先に、ブライトは手を差し出した。
「ペンとインクと、それから封蝋」
「あ……」
言われて、ようやく理解した様子だった。
村役人は携えてきた筆記具を彼に手渡し、自身が書きまとめた書類の最後の一葉を卓上に広げた。
書類の制作者の署名、彼の直接の上役の署名、村長の署名が、紙の上方三分の一に、押し込められるようにして並んでいた。
残り三分の二の空間に、都人によるご見識とご署名を賜りたい、ということだ。
「用意のいいことだ」
ブライトは使い古しの鵞ペンの先をインク壺に漬けた。卓上の用紙を極端に斜めに置き直す。
強い筆圧で押し潰されたペン先が、起伏が少ないく平べったい続け字を、右肩上がりに記してゆく。
書き上げられたのは僅か二行。
『関係者の証言を一言一句間違えることなく記したものと認むるものなり。
なお、この地に訪れし“彼の者”はしかるべき場所にしかるべき如く在るなり。』
一行目はまだしも、次の行が何を意味する言葉であるのか、若い役人には理解できなかった。小首をかしげて書き手の手元をじっと見つめる。
「これかい?」
ペンをほ放り出すと、ブライトは唇の端に柔らかい小さな笑みを浮かべた。
もしこの場にエル=クレール・ノアールがいたなら、すぐさま、この笑顔が彼の感情から自然と湧き出たものではなく、物事を有利に進めるための狡猾な作り笑いであると見抜いただろう。
蝋燭の炎の上に禿びた封蝋の先端をかざしつつ、ブライトは空いた手で卓上の銀色の円盤……すなわち「双龍のタリスマン」などと呼ばれる、身分証の役目を持ったものに手を伸ばした。
胴体が細長い蛇の化け物のような格好の龍が二頭、その首を絡みあわせながら、結局は左右別の方角へ顔を向けている図案が浮き彫りに描かれた表面も、いくつかの赤く丸い小さな石が象眼された裏面も、その細工は豪華で美しい。
ブライトはそれらの文様、つまりはギュネイ帝室の御印章を、意識的に無視した。汚物でも取り上げるかのようにして左手の親指と中指で軽くつまみ上げる。
人差し指で分厚い外周に刻まれた文字の凹凸を弾くようにして手の中で転がし、指の腹で文字を読んでいる。
「その回りくどい御託の意味なンざ、この俺だって知るものか。
聞くところによりゃぁ、解る人には解る決まり文句みたいなもンだそうだ。
例えばウチの姫若様や、お宅のゴ領主サマぐらいにゴ身分が高い方だけが、こいつをゴ理解なさるってものさ。
俺達のような下々の者にゃ、関係のないことなンだろうよ」
ブライトの言わんとしていること、やらんとしていることが、彼には理解も推察もできいない。
きょとんとした顔で己を見上げる役人の鼻先に、ブライトは手を差し出した。
「ペンとインクと、それから封蝋」
「あ……」
言われて、ようやく理解した様子だった。
村役人は携えてきた筆記具を彼に手渡し、自身が書きまとめた書類の最後の一葉を卓上に広げた。
書類の制作者の署名、彼の直接の上役の署名、村長の署名が、紙の上方三分の一に、押し込められるようにして並んでいた。
残り三分の二の空間に、都人によるご見識とご署名を賜りたい、ということだ。
「用意のいいことだ」
ブライトは使い古しの鵞ペンの先をインク壺に漬けた。卓上の用紙を極端に斜めに置き直す。
強い筆圧で押し潰されたペン先が、起伏が少ないく平べったい続け字を、右肩上がりに記してゆく。
書き上げられたのは僅か二行。
『関係者の証言を一言一句間違えることなく記したものと認むるものなり。
なお、この地に訪れし“彼の者”はしかるべき場所にしかるべき如く在るなり。』
一行目はまだしも、次の行が何を意味する言葉であるのか、若い役人には理解できなかった。小首をかしげて書き手の手元をじっと見つめる。
「これかい?」
ペンをほ放り出すと、ブライトは唇の端に柔らかい小さな笑みを浮かべた。
もしこの場にエル=クレール・ノアールがいたなら、すぐさま、この笑顔が彼の感情から自然と湧き出たものではなく、物事を有利に進めるための狡猾な作り笑いであると見抜いただろう。
蝋燭の炎の上に禿びた封蝋の先端をかざしつつ、ブライトは空いた手で卓上の銀色の円盤……すなわち「双龍のタリスマン」などと呼ばれる、身分証の役目を持ったものに手を伸ばした。
胴体が細長い蛇の化け物のような格好の龍が二頭、その首を絡みあわせながら、結局は左右別の方角へ顔を向けている図案が浮き彫りに描かれた表面も、いくつかの赤く丸い小さな石が象眼された裏面も、その細工は豪華で美しい。
ブライトはそれらの文様、つまりはギュネイ帝室の御印章を、意識的に無視した。汚物でも取り上げるかのようにして左手の親指と中指で軽くつまみ上げる。
人差し指で分厚い外周に刻まれた文字の凹凸を弾くようにして手の中で転がし、指の腹で文字を読んでいる。
「その回りくどい御託の意味なンざ、この俺だって知るものか。
聞くところによりゃぁ、解る人には解る決まり文句みたいなもンだそうだ。
例えばウチの姫若様や、お宅のゴ領主サマぐらいにゴ身分が高い方だけが、こいつをゴ理解なさるってものさ。
俺達のような下々の者にゃ、関係のないことなンだろうよ」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
王都にアンデッドが大量発生!!~不遇「解毒士」でしたが、国を救ったら人生逆転しました~
Saida
ファンタジー
王都ステラデーテン。
成人になった時に授かった珍しいスキル「解毒士」を活かして生計をたてるマルサスだったが、精製した解毒ポーションは強欲な薬屋に買い叩かれ、生活は貧しい。
そんなある日、王都に謎の伝染病が発生。「アンデッドに噛まれた人が、アンデッド化する」という奇病によって、街は一夜にしてアンデッドで溢れかえる。
王都の精鋭集団である騎士団は「アンデッド化した人間」のことを「ゾンビ」と名付け、彼らを人に戻す方法を模索するが、どんな回復魔法・治療薬も効かない。
ただ一つ、マルサスが精製した解毒ポーションを除いて。
これは、
低賃金で馬車馬のように働かされていた不遇「解毒士」が、
一夜にして国を救う英雄となり、
その後、国から与えられた報奨金によって始めた薬屋で
不遇職の仲間たちを次々に救って人生逆転する、
そんな物語。
※以下の新作も公開中です!
※9/5 4作ともHOTランキング入りしました!リアルタイムで追いかけてくださっている方、ありがとうございます!
『勇者召喚されたのですが、わけあって【巨大神竜】となり、異世界都市を踏み潰してます!~魔物はちまちま討伐するより、踏み潰す方が楽だし早い~』
『追放された先は、極寒の辺境「ホッキョク」でした。人生詰んだと思ったら氷属性のスキルを覚醒したので、辺境開拓は楽勝です!!』
『スラムへ追放された神官、【神の力】で貧しい人々を救いまくる!~神様いわく、教会で祈る人が増えるほど、使える力が大きくなるそうです~』
最強幼女は惰眠を求む! 〜神々のお節介で幼女になったが、悠々自適な自堕落ライフを送りたい〜
フウ
ファンタジー
※30話あたりで、タイトルにあるお節介があります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これは、最強な幼女が気の赴くままに自堕落ライフを手に入を手に入れる物語。
「……そこまでテンプレ守らなくていいんだよ!?」
絶叫から始まる異世界暗躍! レッツ裏世界の頂点へ!!
異世界に召喚されながらも神様達の思い込みから巻き込まれた事が発覚、お詫びにユニークスキルを授けて貰ったのだが…
「このスキル、チートすぎじゃないですか?」
ちょろ神様が力を込めすぎた結果ユニークスキルは、神の域へ昇格していた!!
これは、そんな公式チートスキルを駆使し異世界で成り上が……らない!?
「圧倒的な力で復讐を成し遂げる?メンド臭いんで結構です。
そんな事なら怠惰に毎日を過ごす為に金の力で裏から世界を支配します!」
そんな唐突に発想が飛躍した主人公が裏から世界を牛耳る物語です。
※やっぱり成り上がってるじゃねぇか。 と思われたそこの方……そこは見なかった事にした下さい。
この小説は「小説家になろう」 「カクヨム」でも公開しております。
上記サイトでは完結済みです。
上記サイトでの総PV1000万越え!
秘宝を集めし領主~異世界から始める領地再建~
りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とした平凡なサラリーマン・タカミが目を覚ますと、そこは荒廃した異世界リューザリアの小さな領地「アルテリア領」だった。突然、底辺貴族アルテリア家の跡取りとして転生した彼は、何もかもが荒れ果てた領地と困窮する領民たちを目の当たりにし、彼らのために立ち上がることを決意する。
頼れるのは前世で得た知識と、伝説の秘宝の力。仲間と共に試練を乗り越え、秘宝を集めながら荒廃した領地を再建していくタカミ。やがて貴族社会の権力争いにも巻き込まれ、孤立無援となりながらも、領主として成長し、リューザリアで成り上がりを目指す。新しい世界で、タカミは仲間と共に領地を守り抜き、繁栄を築けるのか?
異世界での冒険と成長が交錯するファンタジーストーリー、ここに開幕!
異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!
ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!?
夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。
しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。
うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。
次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。
そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。
遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。
別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。
Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって!
すごいよね。
―――――――――
以前公開していた小説のセルフリメイクです。
アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。
基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。
1話2000~3000文字で毎日更新してます。
稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜
撫羽
ファンタジー
ある邸で秘密の会議が開かれていた。
そこに出席している3歳児、王弟殿下の一人息子。実は前世を覚えていた。しかもやり直しの生だった!?
どうしてちびっ子が秘密の会議に出席するような事になっているのか? 何があったのか?
それは生後半年の頃に遡る。
『ばぶぁッ!』と元気な声で目覚めた赤ん坊。
おかしいぞ。確かに俺は刺されて死んだ筈だ。
なのに、目が覚めたら見覚えのある部屋だった。両親が心配そうに見ている。
しかも若い。え? どうなってんだ?
体を起こすと、嫌でも目に入る自分のポヨンとした赤ちゃん体型。マジかよ!?
神がいるなら、0歳児スタートはやめてほしかった。
何故だか分からないけど、人生をやり直す事になった。実は将来、大賢者に選ばれ魔族討伐に出る筈だ。だが、それは避けないといけない。
何故ならそこで、俺は殺されたからだ。
ならば、大賢者に選ばれなければいいじゃん!と、小さな使い魔と一緒に奮闘する。
でも、それなら魔族の問題はどうするんだ?
それも解決してやろうではないか!
小さな胸を張って、根拠もないのに自信満々だ。
今回は初めての0歳児スタートです。
小さな賢者が自分の家族と、大好きな婚約者を守る為に奮闘します。
今度こそ、殺されずに生き残れるのか!?
とは言うものの、全然ハードな内容ではありません。
今回も癒しをお届けできればと思います。
転生幼女はお願いしたい~100万年に1人と言われた力で自由気ままな異世界ライフ~
土偶の友
ファンタジー
サクヤは目が覚めると森の中にいた。
しかも隣にはもふもふで真っ白な小さい虎。
虎……? と思ってなでていると、懐かれて一緒に行動をすることに。
歩いていると、新しいもふもふのフェンリルが現れ、フェンリルも助けることになった。
それからは困っている人を助けたり、もふもふしたりのんびりと生きる。
9/28~10/6 までHOTランキング1位!
5/22に2巻が発売します!
それに伴い、24章まで取り下げになるので、よろしく願いします。
【完結】あなたの思い違いではありませんの?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?!
「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」
お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。
婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。
転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!
ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/19……完結
2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位
2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位
2024/08/12……連載開始
男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
藤雪花(ふじゆきはな)
恋愛
双子の王子と姫が入れ替わる。
その約束も16才まで。
再び王子は王子に、姫は姫に戻ったはずでした。
姫の元には縁談申し込みが多数寄せられ、悩みます。密かに初恋王子との結婚を望んでいたのでした。
だけど、姫を迎えに現れた初恋王子は傲慢な強国王子となっていて。
さらに強国王子が国に連れて帰ったのは、妻の姫ではなく、再び王子扮する姫。
そして、強国王子のスクールに男として参加することになる。
(強国)王子 × (男装)王子
この恋、成就不可能ではないですか?
※ご感想、大歓迎です!!
☆表紙の画像は以下で作りました。EuphälleButterfly さまありがとうございます!!!
https://picrew.me/image_maker/336819
Lavörice arno euphälisiese nou ewintezsel.
(訳 : 愛しいあの子の横顔)
【報告】
※エブリスタ小説大賞2021めちゃコミック女性向けマンガ原作賞 優秀作品に選ばれました!!(2022.3.28)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる