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お墨付き
署名のない捺印
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厭味と卑下と慇懃無礼を練り混ぜたブライトの言葉に、村役人は、
「そういうものですか」
素直な感嘆を返した。大きく何度もうなづいている。
「いつだって上つ方々の考えることなんてもなぁ、下っ端には到底理解できないものさ。くだらないといやぁ、とことんくだらないこったがね」
ブライトは鼻先で笑った。彼の言う「上つ方々」に向けた嘲笑だった。
同時に、素直さも純朴さも欠片すら持ち合わせていない自分に対する冷笑でもあった。
やがて、ブライトの手の中の銀の盤の回転が、ある一点で止った。
節くれ立った太い指の先が小さく動く。彼の手の中で、金属の留め金が外れる小さな音が鳴った。
ブライトは「双龍のタリスマン」の本体を卓上へ放り捨てるようにして置いた。彼の掌の中には、タリスマンから取り外された、タリスマンを五分の一程度に縮めたような、丸い金属片が一つあった。
右手で炎にかざしていた封蝋を、充分に熔けた頃合いで取り出し、書類の上に滴らせる。
蝋の質があまり良くない。赤黒い円が紙の上にどろりとながれた。
その上に、ブライトは小さなメダルを乗せた。
指先で軽く押しつけた後にメダルを退けると、蝋の上には鬣のある蛇の様な龍の紋章の印影がくっきりと残っていた。
しばらく書類を眺めていたブライトは、蝋が冷え固まったと見ると、紙の束を役人の前へ少々乱暴に押しやった。
受け取った若い村役人は、浮き彫りに描かれた「貴い紋章」に恭しく礼をしつつ、
「ご署名をいただけませんか? 若君のものでなくとも、貴殿のものかまわないのですが」
遠慮気味に訊ねた。
「そのハンコがありゃ、余計なモノいらねぇのさ。そういうもんなんだよ」
ブライトは唇の端に柔らかい小さな笑みを浮かべた。これも作り笑いだ。
役人も笑った。こちらは心から湧き出る晴れ晴れとした笑顔だった。肩の荷が消えたなくなった気軽さが、おのずと表に出たのだろう。
役人は、書類の束を大事そうに抱持し、幾度も頭を下げた。いそいそと出口へ向かった彼は、ドアを閉める直前室内へ振り返り、また深々と頭を下げた。
廊下の靴音が聞こえなくなった頃、ブライトの顔の上に貼り付いていた笑顔がすっと消えてなくなった。
彼は椅子の上で大きな伸びをした。立ち上がり、窓辺に寄る。眼下に彼の役人が「村一番の大通り」を足早に行き去るのが見えた。
「あの手の真面目な小役人の扱いが一番厄介だ。ぶん殴るわけにも罵り倒すわけにもいかねぇ分、あしらうのがとんでもなく面倒臭ぇ」
独り呟いた後、彼は窓枠に足をかけた。
身を乗り出した頭の上に、上階の窓枠が見える。
窓は空いていた。
直後、ブライト・ソードマンの巨躯はその場から消えた。
「そういうものですか」
素直な感嘆を返した。大きく何度もうなづいている。
「いつだって上つ方々の考えることなんてもなぁ、下っ端には到底理解できないものさ。くだらないといやぁ、とことんくだらないこったがね」
ブライトは鼻先で笑った。彼の言う「上つ方々」に向けた嘲笑だった。
同時に、素直さも純朴さも欠片すら持ち合わせていない自分に対する冷笑でもあった。
やがて、ブライトの手の中の銀の盤の回転が、ある一点で止った。
節くれ立った太い指の先が小さく動く。彼の手の中で、金属の留め金が外れる小さな音が鳴った。
ブライトは「双龍のタリスマン」の本体を卓上へ放り捨てるようにして置いた。彼の掌の中には、タリスマンから取り外された、タリスマンを五分の一程度に縮めたような、丸い金属片が一つあった。
右手で炎にかざしていた封蝋を、充分に熔けた頃合いで取り出し、書類の上に滴らせる。
蝋の質があまり良くない。赤黒い円が紙の上にどろりとながれた。
その上に、ブライトは小さなメダルを乗せた。
指先で軽く押しつけた後にメダルを退けると、蝋の上には鬣のある蛇の様な龍の紋章の印影がくっきりと残っていた。
しばらく書類を眺めていたブライトは、蝋が冷え固まったと見ると、紙の束を役人の前へ少々乱暴に押しやった。
受け取った若い村役人は、浮き彫りに描かれた「貴い紋章」に恭しく礼をしつつ、
「ご署名をいただけませんか? 若君のものでなくとも、貴殿のものかまわないのですが」
遠慮気味に訊ねた。
「そのハンコがありゃ、余計なモノいらねぇのさ。そういうもんなんだよ」
ブライトは唇の端に柔らかい小さな笑みを浮かべた。これも作り笑いだ。
役人も笑った。こちらは心から湧き出る晴れ晴れとした笑顔だった。肩の荷が消えたなくなった気軽さが、おのずと表に出たのだろう。
役人は、書類の束を大事そうに抱持し、幾度も頭を下げた。いそいそと出口へ向かった彼は、ドアを閉める直前室内へ振り返り、また深々と頭を下げた。
廊下の靴音が聞こえなくなった頃、ブライトの顔の上に貼り付いていた笑顔がすっと消えてなくなった。
彼は椅子の上で大きな伸びをした。立ち上がり、窓辺に寄る。眼下に彼の役人が「村一番の大通り」を足早に行き去るのが見えた。
「あの手の真面目な小役人の扱いが一番厄介だ。ぶん殴るわけにも罵り倒すわけにもいかねぇ分、あしらうのがとんでもなく面倒臭ぇ」
独り呟いた後、彼は窓枠に足をかけた。
身を乗り出した頭の上に、上階の窓枠が見える。
窓は空いていた。
直後、ブライト・ソードマンの巨躯はその場から消えた。
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