子檀嶺城始末―こまゆみじょうしまつ―

神光寺かをり

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情報の収集と分析

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 四郎兵衛は次郎太の耳にどうにか聞き取れるほどの、ギリギリの小声で、

「上田に攻め込んで来たのは徳川様の御本隊だって話だ。将も兵もりすぐりで、その数は万を超えるそうだ。
 それが、あの作りかけの小城に攻め寄せてくる。
 真田のなにがしめが。なぁにが信玄の直弟子だ。戦上手が聞いてあきれる。
 あそこは南側は断崖だが、堅固なのはそれだけだ。西も東も北もてぇらで開けてる。だから南以外はどこからだって攻め寄せられる。
 そんな強みのない所へ、あんなちっぽけな城を建てやがった。そんな戦上手があるかものか」

 四郎兵衛の小さな声から、けだものうなっているような凄味すごみが感じ取れる。次郎太の身体が固まった。
 その凄味すごみは、満ちあふれる自信から出ているものに聞こえたが、狂気にとらわれているものとも聞こえる。

 次郎太は急にこの従弟いとこの顔を見るのが恐ろしくなった。顔を動かさずに、たずねる。

「あの城は、そんなにだめな城か?」

 次郎太声はわずかに震えている。それに四郎兵衛はかすかだが強い声で答えた。

「今は、な……。
 そもそもは徳川様が上杉様へのおさえとして建てようって考えて建てさせた城でな、真田の野郎は、言ってみりゃ大工でぇく棟梁とうりょうとして雇われたようなものさ。
 それでな、野郎は、越後から善光寺ぜんこうじ街道を伝って上杉勢が攻め込んできたときに、巧いこと足止めができるように、てぇことで、西側は矢出沢の川を付け替えて堀の代わりにした。
 なぁに、真田の小勢のやることだ。川の流れを変えるなんて大普請おおぶしんがまともにできるわけがねぇ。上杉様が本気で攻めてきたらあっという間にコロリと落ちる。
 真田の野郎はそれがこえぇから、上杉へせがれを一人、人質を出して頭を下げてやがったのさ。
 そのないしょ事が徳川様に知れたからさあ大変だ。
 徳川様がお怒りになって、攻めて来るってのさ。……西の方からくる連中と戦うために建てた城の、がら空きの東側せなかからさ。
 真田の野郎は百姓町人までが掻き集めて、人数は二千になるかならないかだとさ。情けねぇ話じゃねぇか。
 城は弱い、人は少ない。徳川様がちょいと揺すれば簡単に落ちる。赤ん坊にだってわかることだぁな。
 実際、幾日か前に川向こうで火の手が上がったじゃねぇか。今ン頃、城はもう落ちてるかもしれねえ。
 いや、もしかしたら真田の野郎共の首桶くびおけが、徳川様ンところに着いてるかもしれねぇぞ」

 小声で、早口で、強く、まくし立てた。
 塩田平の中でうろうろしていた四郎兵衛が、徳川の兵数や上田城の縄張りを詳しく知るはずがない。
 実際、四郎兵衛にくっついて同じようにふらついていた次郎太は、上田城のことも徳川方の動きもさっぱり判っていない。
 それなのに四郎兵衛は、何もかも見通しているような口ぶりで言っている。

『こいつ、どこからそんな情報ハナシを聞き込んだのだ?』

 いぶかしみが次郎太の顔にはっきり出ているのを、四郎兵衛は読み取った。だからその質問が言葉になる前に前に答えた。

「悟円坊の情報網ツテだ」
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