子檀嶺城始末―こまゆみじょうしまつ―

神光寺かをり

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山伏・悟円坊

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「あのこつじきぼうがどんな情報網ツテを持ってるっていうんだ?」

 次郎太の眉の上の疑念は消えない。

「修験者の横の繋がりはめたもんじゃねぇって事さ」

 まるで自分のことのように自慢げに四郎兵衛は答えた。
 修験者の情報網ネットワークのことは、次郎太も少しは知っている。
 あちこちの霊山を登り歩く山伏達にとって、地形やら道筋やら、あるいは各地の人々様子やらは大切な情報ちしきだ。彼らはそれを仲間内で教え合い、共有している。

 だが彼らがその情報を「離れた所にいる仲間」に伝えることができるのだろうか。
 四郎兵衛たちが子檀嶺城を「再建」してからこの方、悟円坊がこの山から下りたことはないし、悟円坊以外の山伏がここへ来たこともない。
 次郎太は考え込んだ。すると四郎兵衛が訳知り顔をして、

和尚おしょうがいを吹くことがあるだろう?」

「ああ、朝だの昼だのに馬鹿でかい音を立てて、やっちょしいてかなわん」

 山伏・悟円坊はまだ暗いうちに誰よりも早く起き出す。
 例の石塔の前の炎は細くして夜通し燃やしているが、悟円坊は起き抜けに柴を積み上げ直して火力を整える。大きくなった炎に抹香を投げ込んで焚く。経文らしいモノを短く唱える。
 そこまでの作業をこなしても、まだ日は昇っていない。
 悟円坊は東の方へ向いて、大きく呼吸をする。呼吸を整えて、時を待つ。
 太陽が遠く東の果ての山の稜線を闇の中に輝かせる、その瞬間が訪れると、悟円坊は法螺貝を取り出し、整った呼吸をその中に吹き込むのだ。

 まずは東に昇りつつある太陽へ向かって高々と吹き鳴らす。
 振り返って西に残る闇に向かって吹く。
 次に南の飛騨山脈へ向き直して吹く。
 仕上げに北の、千曲川を越えた先の太郎山山脈へ正対して吹く。
 これを毎日くり返す。

 初めはそのやかましさに文句を言っていた城内の連中だったが、三日を過ぎる頃にはすっかりなれて、今では

「鶏の声やときつげ梵鐘かねの代わりに、目覚ましにもなるし飯の時間が判るから重宝する」

 などと、かえって便利に使っている。

 法螺貝を吹くのは朝ばかりではない。太陽が一番高くなる頃にも吹く。日が落ちる時にもまた吹く。つまりは最低三回は法螺貝が鳴るわけだが、日によっては朝と昼の間、昼と夜の間にも吹く。
 ある夜など、真夜中に起き出して、ただ一吹きして止めたことがある。
 方角も、常に東西南北にピタリと合わせて吹くとは限らない。

「和尚曰く、あれは勤行おつとめなんだそうだ。それと同時に、別の山にいる仲間の山伏との連絡つなぎでもあるんだとよ。
 吹き方だの音の高さ低さだの、そういうのを組み合わせると、ずいぶん細かく会話ハナシができるんだとさ」

 この頃の四郎兵衛は悟円坊を「和尚」とうやまって呼んでいた。最初は「糞坊主」呼ばわりしていたのに、だ。
 悟円坊はこの山頂にたどり着いたその日に、どこの何者とも名乗らなかった自分の、半ば脅迫に近かった言い分を、真剣に受け止め、真面目にぎょうりおこなってくれた。社の前に小さな火がきて、抹香まっこうの清らかな香りが立ち上った瞬間から、四郎兵衛はこのボロ雑巾を纏ったあかまみれの行者を信頼し、尊敬し、すっかりしてしまった。

 次郎太は四郎兵衛ほどには悟円坊をとうとんでいない。道案内をしてくれたことも、祈祷きとうをしてくれていることも有難いことだとは思うが、ただそれだけのことだ。
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