上 下
40 / 97
最初の夫婦と最初の娘たちの話

この世界で最初の夫婦に、最初の月剰りの赤ん坊が生まれた時のこと。

しおりを挟む
 この世で最初のお百姓さんが耕す畑は大分広くなり、この世で最初の機織り職人が織る布はもう大分大きくななっていました。
 でも相変わらずお百姓さんはこの世に一人しかおらず、機織り職人はこの世に一人しかおりません。
 こういったわけですから、二人の間に赤ちゃんができて、月が満ち過ぎているので明日にも赤ん坊が出てくるかも知れないと判っていても、この世で最初のお父さんは畑から離れるわけにはゆきませんでした。

 月が満ち過ぎているので明日にも赤ん坊が出てくるかも知れないと判ってみても、この世で最初のお母さんは糸錘を手放すわけには行きませんでした。
 最初の時と違ったのは、この世にいるのは二人きりではなく、この世で最初の娘のフッラという産婆の役をできる三人目がいるということでした。
 二番目や三番目や四番目や五番目の時と違ったのは、フッラの仕事を手伝ってくれる、マッハという四人目と、ジョカという五人目とポイベという六人目と、ディーヴィという七人目がいることでした。

 この世で最初の赤ん坊で、この世で最初のお医者さんで、この世で最初のお産婆さんのフッラは、自分が生まれたときのことをよくよく思い出しました。それから双子の妹たちが生まれてきたときのこともよくよく思い出しました。逆子の妹が生まれてきたときのこともよくよく思い出しました。極々小さな妹が生まれてきたときのこともよくよく思い出しました。
 何がいるのか、どうすればよいのか、よくよく考えました。
 そうして姉妹達は手分けして産湯を沸かし、手分けして産着を仕立て、手分けしてゆりかごを作り、手分けして準備を整えました。

 少し困りましたのは、今回は月が満ちたというのにちっとも産気づきませんので、全部の準備を整えきっても、まだまだ準備をし続けて、いろいろな物が余分の余分にできあがってしまったことです。
 余分の余分の物はこの世で最初の家族が住まいにしている洞窟の中には収まりきらず、雨ざらし風ざらしの外に置くより他にありませんでした。
 総ての準備が整っているというのに今度の赤ん坊はちっとも生まれてくる気配がありませんでしたが、それでもフッラは、この世で最初のお母さんのとてもとても大きく膨らんだお腹に、よくよく聞こえる方の耳を当てました。

 お母さんのお腹の中では、小さな心の臓の拍動が

「どどど、どどど」

 と、力強い音で鳴っておりました。

「私の弟妹はきっと大人のように大きな赤ん坊に違いない」

 フッラが言いますと、お母さんは大変びっくりしました。
 だって、この世にはこのお母さんより先に月が満ちてもまだお腹の中に居座っている大人のように大きな赤ん坊のお母さんになった人が一人もないのです。
 ですから、誰も大きな赤ん坊の取り上げ方を知りませんし、誰も大きな赤ん坊の取り上げ方を教えてはやれないのです。
 兎にも角にも、センウズモドキの花の咲いた頃、この世で最初のお母さんは産気づきました。
 そうして、この世で最初の夫婦が住まいにしていた岩の洞窟の中の、布団にしていた藁の山の中で、最初の過期産の赤ん坊は生まれたのです。

 この世で最初にお産婆さんになったフッラは、この世で最初の月が満ち過ぎてから生まれてきた赤ん坊の手が出てきたときに、

「早く引き出してあげないと」

 と言いました。大きな赤ん坊が狭いところから出てくる間に、体が押されて息が詰まってしまうかも知れないからです。あるいはお母さんの体の方が裂けてしまうかも知れません。
 この世で最初のお産婆さんは丸々太った手を優しく握って、そっとだけれども力一杯に引っ張りました。
 そうすると、この世で六番目に生まれてきた赤ん坊はとても元気よく、空を飛ぶような勢いでお母さんのお腹から飛び出てきたのです。

 勢いの良さは、最初の赤ん坊や二番目の赤ん坊や三番目の赤ん坊や四番目の赤ん坊や五番目の赤ん坊の時と同じか、もっとずっとありました。
 でも最初の時とはちがって、しっかり受け止めてくれるお産婆さんがおります。
 産湯の準備も産着の準備もゆりかごの準備も充分すぎるほどに整っています。
 でもお産婆さんのフッラは大慌てでした。
 何分にも、そのまま直ぐに歩き出しそうなくらいに大きく育ってから生まれてきた赤ん坊です。体中に赤ん坊らしからぬ力が満ちています。 
 赤ん坊はむずがって手足を動かしているだけなのでしょうけれども、抱きかかえているフッラにしてみれば、まるでおもいきり殴られ蹴られているようでした。
 大人のように大きな体で生まれてきた娘は、雷さながらに大きな産声を上げました。

 この世で最初のお母さんは、赤ん坊を抱き上げて首を傾げました。畑から戻ってきたこの世で最初のお父さんも、とてもとても不安になりました。
 大人のように大きな体で生まれた赤ん坊を育てた人など、この世には一人だっていないのです。ですからこの世で最初の夫婦は心配になったのです。
 するとこの世で最初の大人のように大きな体で生まれた赤ん坊は、不安がる両親に向かって元気の良い声で言ったのです。

「お父さん、お母さん、ついこの間までこの世にはあなたたちしかいませんでした。
 あなたたちが悲しむことは、この世の総てが悲しむことと同じででした。
 でも今は私たち姉妹がおります。
 この世に生まれてよろこんでいる私たちのために、この世には悲しみだけでなく、
喜びの声にも満ちるでしょう。
 お父さん、お母さん、ついこの間までこの世にはあなたたちしかいませんでした。
 あなたたちが苦しむことは、この世の総てが苦しむことと同じでした。
 でも今は私たち姉妹がおります。
 私たちはお父さんを助けることができ、私たちはお母さんを助けることができます。
 さあ泣かないで、悲しまないで。
 どうかよろこんで、笑ってください」

 この世で最初のお父さんとお母さんは大変よろこんで、大人のように大きな体で生まれた赤ん坊を抱きしめました。
 この世で最初のお父さんとお母さんは、この世で最初の大人のように大きな体で生まれた娘にティアマトという名前を付けました。

 それは、紫のセンウズモドキの花の咲いた日のことでした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...