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本編
第243話
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「家政婦ってのはカモフラージュ、みたいな?これがもし事実ならおもしろくないですかー?」
「ママ活なんて……タビト君がそんなことするわけないだろ!」
「わかりませんよー?聖人君子に見える人間が実は、モラルに反することを平然とやるクズ野郎だったなんていうのはわりとよくある話ですから。まー、タビトの記事はなに書いても売れるだろうし……ママ活、純愛、不倫、なんでもいいんですけどねー」
「さっきからあなた……記者としてのプライドはないんですか?」
「とっくに便所に捨てましたよそんなもの。私たちみたいな掃きだめの人間にまでそんなものがあると思ってるだなんてピュアなんだなー、レノさんって」
小馬鹿にされ、込み上げる怒りもあらわに彼はタカザワを睨みつける。
「タビト君を貶めるような真似をするな」彼は床に転がったままでいるミツキに視線を流し、「君もなんとか言えよ!このままじゃタビト君が――」
「好きに書かせればいいじゃん」
その言葉を聞き、あっけにとられた様子でミツキを凝視する。彼女は無表情のまま、ぼんやりとした口調で言った。
「そっかぁ……タビト、ママ活してたんだぁ……」
「いい加減な憶測を信じるなよ。タビト君がそんなやつじゃないことは君が一番よく知ってるだろ」
「そういうやつだったんだよタビトは。あの女とはカネで繋がってるだけの関係に決まってる……だってどう考えてもこのあたしが、あんなババアにタビトの心を獲られるわけないもん」
彼女は上体を起こし、ゆっくりと首を回らせた。狂気を孕んだ黒い瞳がレノを捉える。
「パパもママもじぃじも、お金はくれたけど愛してはくれなかった。いっしょにいてほしいとき、そばにいてくれなかった。……タビトだけが支えだったの……いつもそばにいてくれたあたしの神さま……」
胸いっぱいに息を吸い込みながら静かに立ち上がると、「――違う」首を横に振りながら、噛み締めるように言葉を続けた。
「あいつは神さまじゃなかった。だって神さまは、女にカネで買われたりしない」
呼吸に合わせて揺れる体を深く折り曲げ、床を睨む。その双眸から大粒の涙がしたたり落ちた。
「神さまなんていなかったんだ」
「おい!頼むから冷静になってくれよ」
肩を掴んで揺らし、視線を合わせようとするも――まるで骨のない人形だ。愕然とするレノを前に、ミツキは唇を歪めて言い放つ。
「ウル・ラドを壊して、あたしだけのものにするつもりだったけど……あんなやつもういらない」
不気味な引き笑いが、レノの耳の底にへばりつく。焦点の合わない瞳を宙にさまよわせたまま、彼女はやけにはっきりとした声で続けた。
「ウル・ラドと一緒に消えてもらう」
「ミツキ……!」
「セナの件は、サシャに頼んだ。もう準備はぜーんぶ整ってんの。グループが壊れてあいつらが苦しむのを一緒に見よ?」
絶句しているレノの後ろから、突如としてタカザワの笑い声が響いてきた。
「いやー、おもしろくなってきたなー」
「あんたは黙っててくれ!」
炎のような怒りに怯む様子もなく、タカザワは飄々とした態度を崩さない。
「レノさんもウル・ラドの崩壊を望んでるんでしょー?ミツキさんから聞きましたよ、アキラとヤヒロとの三角関係の話」
再びレノの視線を奪って、タカザワは満足そうに笑う。動きをとめたまま、レノは絞り出すような声でつぶやいた。
「……なんだって?」
「あれー?言い方間違ってます?この言葉がぴったりだなぁって思いましたけどねー私は」
ミツキの肩を掴んでいた手をゆっくりと離し、タカザワに向き直った。
青い顔のまま後ずさりするレノの姿を見て、彼は目を細める。
「どんなに愛してもどんなに尽くしてもアキラの特別にはなれなかった……彼の『特別』はヤヒロだから。その悔しさをずーっと引きずってるんでしょー?」
「――違う」
「アキラをヤヒロから引き離したいと今でも思ってるんじゃないんですかー?」
「違う……!やめろ!」
「そうでしたかー。違うなら私たちに加担する理由はないですね。じゃあ、帰ってどうぞ」
レノは返す言葉を失ったまま立ち竦んでいる。廊下に続く扉を手で示しながら、タカザワは続けた。
「この計画のことは忘れて、アイドル活動がんばってくださーい。さー、お出口はあちらですよ」
レノは表情を固くしたまま微動だにしない。
いつまでもそうしている姿を見てにんまりしたタカザワは、彼に向かって前のめりになりながら声をひそめた。
「帰れませんよねー……?ミツキさんが本気でウル・ラドを終わらせようとしてるってわかっちゃったから」
喉の奥でくつくつと笑い、さらに声のボリュームを絞って言葉を継ぐ。
「さっきはああ言いましたけど、ほんとはあなたの協力がどうしても必要だったんですよー。よかったー。うれしいなー」
「協力するとは言ってない。調子に乗らないでください」
素っ気なく返すと、タカザワは眼鏡の奥の目を三日月形にしながら声を弾ませる。
「レノさんはー、セナがいなくなったウル・ラドの人気ってどうなると思いますー?」
「……さあ?わかりません」
「たしかにー、セナがストルムの手に落ちればウル・ラドはバランスを崩すでしょうね。でも正直、このくらいじゃあのグループはダメにならないと思うんですよー」
――それはレノも思うところではある。ミツキの口から出た「復讐」という言葉に心がぐらついたものの、うまくいく確信はどうしても持てなかった。
「ミツキさんは考えが甘い。確実に壊すならー、あの5人の中でダントツで人気のあるタビトを狙うべきなんですよー。セナが陥落したそのタイミングでー、私はタビトのスキャンダルを世間に流したい。でも私が持っているのは一般女性がひとりで映っている写真だけ……嘘記事をでっちあげるにしてもー、これじゃあまりにおそまつだ。そこでレノさんにお願いがあるんです」
そう言って立ち上がるとチカルが映っている一枚を手に取る。それをひらひら翳しながら、レノに近づき顔を寄せた。
「タビトとこの女が一緒に映ってる写真を数枚、撮ってきてもらえませんかー?」
「――なに言って……、そんなの無理にきまってるだろ!」
「タビトとジーマは大親友ですよねー?彼を使えばきっとうまくいきますよー。なんたって写真撮影っていう高尚な趣味をお持ちですし」
タカザワの温い呼吸を不快に感じながらも、彼は逃れることができずにいる。
「ジーマは大事な仲間だ。巻き込むわけには……」
「このビッグチャンスを逃していいんですかー?計画を成功させられれば今度こそアキラを懐柔することができるかもしれませんよー?傷ついた彼を慰めて、誰が本当の味方なのかを思い知らせてやりましょーよ」
タカザワは相変わらずしまりのない柔和な笑みを浮かべているが、目の前の若者に迫るさまは残酷な捕食者そのものだ。
「アキラを手に入れたいなら覚悟を決めてくださいねー。犠牲なくしてこの計画の成功はありえないですから。さーて、どうしますー?」
窓から差し込む落日の光を受け、レノの顔の陰影はますます濃くなっていく。
「ママ活なんて……タビト君がそんなことするわけないだろ!」
「わかりませんよー?聖人君子に見える人間が実は、モラルに反することを平然とやるクズ野郎だったなんていうのはわりとよくある話ですから。まー、タビトの記事はなに書いても売れるだろうし……ママ活、純愛、不倫、なんでもいいんですけどねー」
「さっきからあなた……記者としてのプライドはないんですか?」
「とっくに便所に捨てましたよそんなもの。私たちみたいな掃きだめの人間にまでそんなものがあると思ってるだなんてピュアなんだなー、レノさんって」
小馬鹿にされ、込み上げる怒りもあらわに彼はタカザワを睨みつける。
「タビト君を貶めるような真似をするな」彼は床に転がったままでいるミツキに視線を流し、「君もなんとか言えよ!このままじゃタビト君が――」
「好きに書かせればいいじゃん」
その言葉を聞き、あっけにとられた様子でミツキを凝視する。彼女は無表情のまま、ぼんやりとした口調で言った。
「そっかぁ……タビト、ママ活してたんだぁ……」
「いい加減な憶測を信じるなよ。タビト君がそんなやつじゃないことは君が一番よく知ってるだろ」
「そういうやつだったんだよタビトは。あの女とはカネで繋がってるだけの関係に決まってる……だってどう考えてもこのあたしが、あんなババアにタビトの心を獲られるわけないもん」
彼女は上体を起こし、ゆっくりと首を回らせた。狂気を孕んだ黒い瞳がレノを捉える。
「パパもママもじぃじも、お金はくれたけど愛してはくれなかった。いっしょにいてほしいとき、そばにいてくれなかった。……タビトだけが支えだったの……いつもそばにいてくれたあたしの神さま……」
胸いっぱいに息を吸い込みながら静かに立ち上がると、「――違う」首を横に振りながら、噛み締めるように言葉を続けた。
「あいつは神さまじゃなかった。だって神さまは、女にカネで買われたりしない」
呼吸に合わせて揺れる体を深く折り曲げ、床を睨む。その双眸から大粒の涙がしたたり落ちた。
「神さまなんていなかったんだ」
「おい!頼むから冷静になってくれよ」
肩を掴んで揺らし、視線を合わせようとするも――まるで骨のない人形だ。愕然とするレノを前に、ミツキは唇を歪めて言い放つ。
「ウル・ラドを壊して、あたしだけのものにするつもりだったけど……あんなやつもういらない」
不気味な引き笑いが、レノの耳の底にへばりつく。焦点の合わない瞳を宙にさまよわせたまま、彼女はやけにはっきりとした声で続けた。
「ウル・ラドと一緒に消えてもらう」
「ミツキ……!」
「セナの件は、サシャに頼んだ。もう準備はぜーんぶ整ってんの。グループが壊れてあいつらが苦しむのを一緒に見よ?」
絶句しているレノの後ろから、突如としてタカザワの笑い声が響いてきた。
「いやー、おもしろくなってきたなー」
「あんたは黙っててくれ!」
炎のような怒りに怯む様子もなく、タカザワは飄々とした態度を崩さない。
「レノさんもウル・ラドの崩壊を望んでるんでしょー?ミツキさんから聞きましたよ、アキラとヤヒロとの三角関係の話」
再びレノの視線を奪って、タカザワは満足そうに笑う。動きをとめたまま、レノは絞り出すような声でつぶやいた。
「……なんだって?」
「あれー?言い方間違ってます?この言葉がぴったりだなぁって思いましたけどねー私は」
ミツキの肩を掴んでいた手をゆっくりと離し、タカザワに向き直った。
青い顔のまま後ずさりするレノの姿を見て、彼は目を細める。
「どんなに愛してもどんなに尽くしてもアキラの特別にはなれなかった……彼の『特別』はヤヒロだから。その悔しさをずーっと引きずってるんでしょー?」
「――違う」
「アキラをヤヒロから引き離したいと今でも思ってるんじゃないんですかー?」
「違う……!やめろ!」
「そうでしたかー。違うなら私たちに加担する理由はないですね。じゃあ、帰ってどうぞ」
レノは返す言葉を失ったまま立ち竦んでいる。廊下に続く扉を手で示しながら、タカザワは続けた。
「この計画のことは忘れて、アイドル活動がんばってくださーい。さー、お出口はあちらですよ」
レノは表情を固くしたまま微動だにしない。
いつまでもそうしている姿を見てにんまりしたタカザワは、彼に向かって前のめりになりながら声をひそめた。
「帰れませんよねー……?ミツキさんが本気でウル・ラドを終わらせようとしてるってわかっちゃったから」
喉の奥でくつくつと笑い、さらに声のボリュームを絞って言葉を継ぐ。
「さっきはああ言いましたけど、ほんとはあなたの協力がどうしても必要だったんですよー。よかったー。うれしいなー」
「協力するとは言ってない。調子に乗らないでください」
素っ気なく返すと、タカザワは眼鏡の奥の目を三日月形にしながら声を弾ませる。
「レノさんはー、セナがいなくなったウル・ラドの人気ってどうなると思いますー?」
「……さあ?わかりません」
「たしかにー、セナがストルムの手に落ちればウル・ラドはバランスを崩すでしょうね。でも正直、このくらいじゃあのグループはダメにならないと思うんですよー」
――それはレノも思うところではある。ミツキの口から出た「復讐」という言葉に心がぐらついたものの、うまくいく確信はどうしても持てなかった。
「ミツキさんは考えが甘い。確実に壊すならー、あの5人の中でダントツで人気のあるタビトを狙うべきなんですよー。セナが陥落したそのタイミングでー、私はタビトのスキャンダルを世間に流したい。でも私が持っているのは一般女性がひとりで映っている写真だけ……嘘記事をでっちあげるにしてもー、これじゃあまりにおそまつだ。そこでレノさんにお願いがあるんです」
そう言って立ち上がるとチカルが映っている一枚を手に取る。それをひらひら翳しながら、レノに近づき顔を寄せた。
「タビトとこの女が一緒に映ってる写真を数枚、撮ってきてもらえませんかー?」
「――なに言って……、そんなの無理にきまってるだろ!」
「タビトとジーマは大親友ですよねー?彼を使えばきっとうまくいきますよー。なんたって写真撮影っていう高尚な趣味をお持ちですし」
タカザワの温い呼吸を不快に感じながらも、彼は逃れることができずにいる。
「ジーマは大事な仲間だ。巻き込むわけには……」
「このビッグチャンスを逃していいんですかー?計画を成功させられれば今度こそアキラを懐柔することができるかもしれませんよー?傷ついた彼を慰めて、誰が本当の味方なのかを思い知らせてやりましょーよ」
タカザワは相変わらずしまりのない柔和な笑みを浮かべているが、目の前の若者に迫るさまは残酷な捕食者そのものだ。
「アキラを手に入れたいなら覚悟を決めてくださいねー。犠牲なくしてこの計画の成功はありえないですから。さーて、どうしますー?」
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