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本編
第154話
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「ところでランさんとは最近どうなの?」
「あー……。最近ちょっと、うまくいってないんだよね。なかなか会えないし、たまに休日が一緒になっても――なんていうか、前みたいに気楽な雰囲気じゃないっていうか」
「そんな……急に?ずっと仲良くやってきたのに」
「んー……仕事についてあれこれ相談したり話し合ったりできなくなったからかも。お互い手の内を明かすわけにはいかないし」
カラになったスープカップを置くと、指のあいだで短くなっている煙草を苦い顔で吸う。
「お互いにすこし秘密が増えただけで、こんなにうまくいかなくなっちゃうなんてね。私たちの仲なんてそれくらいのもんだったのかって思うと悲しいけどさ……ま、仕方ない」
皮肉に頬を歪めるが、瞳には悲哀の光がある。
「もうこの話はおわり。てかタビト、髪伸びたよね」
強引な話題転換に笑いながら、タビトはうなじに流れる黒髪に触れた。
「このまま伸ばそうか切ろうか迷っててさ」
「肩につくくらい伸ばしたことないし、このまま切らないでいけば」彼女はそう言ってから急に眉を寄せ、「――でも、サンがあんたの髪をピンクに染めるって張り切ってんだよねー……」
「ピンク?」
また突飛なことを……人を食ったようなサンの笑顔を思い出し、タビトは溜息をつく。自分のあずかり知らぬところでそんな計画が持ち上がっていると聞くと不安しかない。
「その髪の長さでピンクはさすがにちょっと……」携帯灰皿に煙草の先を押し付けつつ正面からタビトをまじまじと見て、「――いや、いけるか?」
目を剥いたタビトは頭をぶるぶると横に振る。
「いけないいけない」
「いけるいける。アニメから飛び出してきたみたいになりそう」
「いくらなんでもウル・ラドのイメージからかけ離れすぎてるでしょ……」
「MVとか宣材はいつも通りの無難な感じになっちゃったけどさ、新曲のコンセプトは“夢と現実”だもん。すこし風変わりなことしてもよさそうじゃない?」
発売を数日後に控えた新曲「DYING TO KNOW」。この曲は深夜帯に放送される人気バラエティ番組のエンディングテーマ曲に起用されることが決定しており、楽しみに待ってくれているファンが大勢いる。リリース後は音楽番組だけでなく、野外ライブ出演、新曲発売記念ミニライブ、サイン会と――人前に出て直接触れ合う機会も多い。ファンをがっかりさせたくはないし、自分が納得できる容姿で臨みたいところだが、どうやらそれを叶えることは難しそうだ。
「せめて髪を短くしてほしいな」
「たぶん長いまま染めたがると思うよ。あんたを中性的な感じに仕上げたいみたいだから」
「ピンクにするのって、ブリーチしてから?」
「一口にピンクって言ってもいろいろあるしなあ。どんな色味にするかにもよるけど、どぎついピンクなら確実にブリーチするだろうね」
「すっごく痛いんでしょ……やだな……」
「ぜーんぜん痛くないって!大丈夫だよ」
「嘘じゃん。ランさんにやってもらったとき大騒ぎしてたくせに……」
アコは目玉をくるりと動かしてタビトから視線を外し、溜息をつく。そしておもむろに自分の髪を掴むと、毛先を見つめつつぼそりと言った。
「……場合によっちゃ頭皮がやばいことになって風呂の時間が地獄になる」
そうと聞いたタビトは絶望に呻いて、頭を抱える。
「痛いのやだ。黒髪のままがいい……なんとか考え直してもらえないかな」
「望みは捨てて腹くくった方がいいと思うけど。あいつ、そうと決めたら一歩も引かないからさ。口から生まれてきたみたいな野郎だし、言い合いしても勝つのは無理だよ」
アコは鼻で笑い、
「気が進まないのはわかる。でも、今まで保守的になりすぎてたところがあるだろ。あんたたちを支えるチームも一新したし、このタイミングでファンに新しい姿を見せるのもいいんじゃないの」
「新しい姿ね……」
それは悪くないが、果たしてピンクが自分に似合うかどうか……心配だ。そしてなにより一番気になるのはチカルの反応である。インスタントコーヒーに湯を注いで手渡しつつ、タビトは眉を曇らせる。
「……ショック受ける子もいそうだけど」
「そーね。ヤヒロはデビュー前から赤とか緑とかコロコロ変わって忙しかったけど、タビトはずっと黒髪担当だったもんな」
その言葉に彼は視線をあげてアコを見る。
「アコもずっと金髪だね」
「ランがこの髪色、好きだって言ってくれたの。私に似合うって。バカみたいに真に受けて、それからずーっと」
どこかしんみりとそう言った。一瞬の沈黙のあと彼女は自分の感傷を嘲るように鼻で笑い、
「――ま、今となっちゃそんな健気な思いでこだわってるわけでもないんだけどさ。いつのまにか仲間内で、金髪といえばアコ!になっちゃって今さらやめられないだけ。トレードマークみたいなもんね」
確かにアコのトレードマークは金髪だが、そこにランの影響があったとは。彼女は他人の意見に影響されないと勝手に思い込んでいただけに、タビトは内心驚いている。
「気乗りしないだろうけど、とにかくサンから詳細聞いてみな」
「時間あるかな……明日から仕事終わりに毎日ダンスレッスンが入っちゃうんだけど」
「うちに来る時間ないなら、練習室に行くように伝えとく。そろそろ話詰めてもらわないと衣装も決まらないし。あんたが明るい髪色にするならそれに似合うやつ用意したいからさ」
「いつもありがとね」
やさしい声で紡がれた感謝の言葉に、アコは照れくさそうな顔になりながらコーヒーを飲む。
「スタイリストチームはユミグサ主導で動いてるから楽しみにしてな。私とはまた違った感性持ってるし、新しいウル・ラドの一面を発見できるかもよ」
「今回も結構ハードな振り付けだから、動きやすくて涼しい素材だと助かるんだけど」
「その辺は私がアドバイスしたり補強したりするから心配無用」言ってからふと真顔になり、「振り付けといえばさ。ユリアとなにかあったの?」
「あー……。最近ちょっと、うまくいってないんだよね。なかなか会えないし、たまに休日が一緒になっても――なんていうか、前みたいに気楽な雰囲気じゃないっていうか」
「そんな……急に?ずっと仲良くやってきたのに」
「んー……仕事についてあれこれ相談したり話し合ったりできなくなったからかも。お互い手の内を明かすわけにはいかないし」
カラになったスープカップを置くと、指のあいだで短くなっている煙草を苦い顔で吸う。
「お互いにすこし秘密が増えただけで、こんなにうまくいかなくなっちゃうなんてね。私たちの仲なんてそれくらいのもんだったのかって思うと悲しいけどさ……ま、仕方ない」
皮肉に頬を歪めるが、瞳には悲哀の光がある。
「もうこの話はおわり。てかタビト、髪伸びたよね」
強引な話題転換に笑いながら、タビトはうなじに流れる黒髪に触れた。
「このまま伸ばそうか切ろうか迷っててさ」
「肩につくくらい伸ばしたことないし、このまま切らないでいけば」彼女はそう言ってから急に眉を寄せ、「――でも、サンがあんたの髪をピンクに染めるって張り切ってんだよねー……」
「ピンク?」
また突飛なことを……人を食ったようなサンの笑顔を思い出し、タビトは溜息をつく。自分のあずかり知らぬところでそんな計画が持ち上がっていると聞くと不安しかない。
「その髪の長さでピンクはさすがにちょっと……」携帯灰皿に煙草の先を押し付けつつ正面からタビトをまじまじと見て、「――いや、いけるか?」
目を剥いたタビトは頭をぶるぶると横に振る。
「いけないいけない」
「いけるいける。アニメから飛び出してきたみたいになりそう」
「いくらなんでもウル・ラドのイメージからかけ離れすぎてるでしょ……」
「MVとか宣材はいつも通りの無難な感じになっちゃったけどさ、新曲のコンセプトは“夢と現実”だもん。すこし風変わりなことしてもよさそうじゃない?」
発売を数日後に控えた新曲「DYING TO KNOW」。この曲は深夜帯に放送される人気バラエティ番組のエンディングテーマ曲に起用されることが決定しており、楽しみに待ってくれているファンが大勢いる。リリース後は音楽番組だけでなく、野外ライブ出演、新曲発売記念ミニライブ、サイン会と――人前に出て直接触れ合う機会も多い。ファンをがっかりさせたくはないし、自分が納得できる容姿で臨みたいところだが、どうやらそれを叶えることは難しそうだ。
「せめて髪を短くしてほしいな」
「たぶん長いまま染めたがると思うよ。あんたを中性的な感じに仕上げたいみたいだから」
「ピンクにするのって、ブリーチしてから?」
「一口にピンクって言ってもいろいろあるしなあ。どんな色味にするかにもよるけど、どぎついピンクなら確実にブリーチするだろうね」
「すっごく痛いんでしょ……やだな……」
「ぜーんぜん痛くないって!大丈夫だよ」
「嘘じゃん。ランさんにやってもらったとき大騒ぎしてたくせに……」
アコは目玉をくるりと動かしてタビトから視線を外し、溜息をつく。そしておもむろに自分の髪を掴むと、毛先を見つめつつぼそりと言った。
「……場合によっちゃ頭皮がやばいことになって風呂の時間が地獄になる」
そうと聞いたタビトは絶望に呻いて、頭を抱える。
「痛いのやだ。黒髪のままがいい……なんとか考え直してもらえないかな」
「望みは捨てて腹くくった方がいいと思うけど。あいつ、そうと決めたら一歩も引かないからさ。口から生まれてきたみたいな野郎だし、言い合いしても勝つのは無理だよ」
アコは鼻で笑い、
「気が進まないのはわかる。でも、今まで保守的になりすぎてたところがあるだろ。あんたたちを支えるチームも一新したし、このタイミングでファンに新しい姿を見せるのもいいんじゃないの」
「新しい姿ね……」
それは悪くないが、果たしてピンクが自分に似合うかどうか……心配だ。そしてなにより一番気になるのはチカルの反応である。インスタントコーヒーに湯を注いで手渡しつつ、タビトは眉を曇らせる。
「……ショック受ける子もいそうだけど」
「そーね。ヤヒロはデビュー前から赤とか緑とかコロコロ変わって忙しかったけど、タビトはずっと黒髪担当だったもんな」
その言葉に彼は視線をあげてアコを見る。
「アコもずっと金髪だね」
「ランがこの髪色、好きだって言ってくれたの。私に似合うって。バカみたいに真に受けて、それからずーっと」
どこかしんみりとそう言った。一瞬の沈黙のあと彼女は自分の感傷を嘲るように鼻で笑い、
「――ま、今となっちゃそんな健気な思いでこだわってるわけでもないんだけどさ。いつのまにか仲間内で、金髪といえばアコ!になっちゃって今さらやめられないだけ。トレードマークみたいなもんね」
確かにアコのトレードマークは金髪だが、そこにランの影響があったとは。彼女は他人の意見に影響されないと勝手に思い込んでいただけに、タビトは内心驚いている。
「気乗りしないだろうけど、とにかくサンから詳細聞いてみな」
「時間あるかな……明日から仕事終わりに毎日ダンスレッスンが入っちゃうんだけど」
「うちに来る時間ないなら、練習室に行くように伝えとく。そろそろ話詰めてもらわないと衣装も決まらないし。あんたが明るい髪色にするならそれに似合うやつ用意したいからさ」
「いつもありがとね」
やさしい声で紡がれた感謝の言葉に、アコは照れくさそうな顔になりながらコーヒーを飲む。
「スタイリストチームはユミグサ主導で動いてるから楽しみにしてな。私とはまた違った感性持ってるし、新しいウル・ラドの一面を発見できるかもよ」
「今回も結構ハードな振り付けだから、動きやすくて涼しい素材だと助かるんだけど」
「その辺は私がアドバイスしたり補強したりするから心配無用」言ってからふと真顔になり、「振り付けといえばさ。ユリアとなにかあったの?」
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